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Mr.NO-GOOD´  作者: 慎之介
第一章:聖王国の学園編
6/106

五話

「いてっ!」


町に買い出しに来ていた俺は、不意に飛んできた小石を避け損ねてしまった。


「や~い! や~い! クズ~!」


石の飛んで来たほうを見るとクソガキ共が、俺を挑発していた。


はいはい……。


本気出してぶっ殺しますよ、クソガキが!


家まで追いかけて行って、魔剣振り回したろか!


などと心では思っても、そこは泣き寝入りしないといけない……。


俺が暴れると、アドルフ様に迷惑がかかる。


はぁぁ……。


国のアイドルでお姫様を襲った最低のクズとして、俺は学園だけでなく王都内でも有名になってしまった。


買い出しすらまともにできない……。


店によっては俺に売りたくないと、営業拒否しやがる。


やってらんね~……。


「ちょっと! あなた!」


「えっ?」


そんな俺に女性が話しかけてきた。


また何か文句でも言いたいのか?


その二人ずれの女性達は、王都でも珍しいエルフだった。


ええ~……。


俺、エルフにまで嫌われてるの?


もぉぉぉ……。


「この店へ、私達を案内なさい」


「はい?」


何言ってんだ? この感じの悪いエルフは?


「だから、この店よ! 分からないの?」


エルフが差し出したのは王都の観光ガイドマップで、指さしているのは有名な焼き菓子の店だった。


この街の人間なら、誰でも知っているような超有名店。


そこで、俺は理解した。


この二人は旅行者なのだと。


多少態度は大きいが、俺は普通に声をかけられただけだったらしい。


こんなことは最近なくなっていたので、疑心暗鬼にかかっていたようだ。


てか、俺軽く人間不信?


「どうなの? 分からないの?」


エルフの女性がぼんやりとしてしまっていた俺に、再度問いかけてきた。


「この店なら、あそこの酒屋を右に曲がって、リバーサイドって喫茶店を左に曲がって真っすぐのところにありますよ」


俺にとってそれは、久し振りの普通の会話なので、出来るだけわかりやすく丁寧に説明した。


「だからぁ! 案内なさいって言っているでしょう!」


やべぇ……。


俺はどうやら、頭が痛い人に話しかけられたようだ。


礼儀って……言葉知ってますか?


「早くなさい!」


「はっ、はい!」


おおぅ。


お嬢様との生活に慣れているせいで、反射的に返事しちまった。


はぁ……仕方ないか。


俺が内心諦めたところで、もう一人が話しかけてきた。


「申し訳ありません。この王都は私も姉も初めてなので、お願いできますか?」


丁寧にお姉さんの非礼をかばいつつ、頼んでくれた。


ああ……こんなことでも、幸せを感じる俺って……。


「こちらです」


気分を良くした俺は、二人を目的の店へと案内した。


「じゃあ、これで……」


「ちょっと! ここで待っていなさいっ!」


「はい?」


「また、姉がすみません。ただ、この後ももう少し案内を、お願いできませんでしょうか?」


「ソニア! 謝るのは何故かしら? 私が何か悪い事でもしたというのですか?」


「カーラお姉さま。初めて会った国外の人に、その物言いは失礼になるんですよ」


おお?


妹に諭されて、カーラと呼ばれた姉が少しシュンとなった。


「あなた! 案内なさ……してよ!」


これが、このカーラのギリギリの譲歩か……。


どうするかな?


二人が俺の返事を待つように顔を覗き込んできている。


よく見ると二人とも美人だ。


エルフ族は全員が美男美女と言うのは、本当なんだな。


少し考えた俺は屋敷に連絡をとり、買い出しを別の使用人仲間に変わってもらった。


何故かって?


理由は二つ。


一つは店側の販売拒否で買い出しが、まともに出来ない。


そして、もう一つはこんな美人と普通の会話できる機会を、俺は逃さん!


普通に会話が出来るだけでも嬉しいのに、その相手がとびきりの美人二人!


もう、人間は俺の相手してくれないんだ……。


このエルフにかけるしかないだろう!


結論を出した俺は、二人にオーケーの返答をした。


その返答に二人は笑顔を作ってくれた。


おお!


この二人、笑顔がかわいすぎる。


姉は、腰まである長い金のストレートヘアーで、透き通るような緑の瞳。


少し気が強そうな顔だが、綺麗な顔を持っている。


それに対して妹は、紙と瞳の色は姉と同じだがショートヘアーで、穏やかさが滲み出している優しそうな顔立ち。


勿論、顔も文句のつけようがない。


二人とも鎖骨がくっきり出るほど細いのに、胸がデカイ!


どこを切り取っても、理想的だな。


何? 神様お詫びですか? ありがとう! 心の底から、ありがとう!


****


それから三人で街中を観光する事になった。


二人はショッピングと、食べ歩きを思うさま楽しんでいる。


まあ、俺はほとんど何も食べなかったが……。


二人について店に入ってしまうと、二人に迷惑かけるかもしれないからね。


ソニアちゃんが、焼き立てのカレーパンを一つ買って渡してくれたのは嬉しかった。


泣きそうだよ、本当に……。


二人はやはり、このアルティア王国から海を挟んだ同盟国であり、エルフが治めるファルマ王国からの旅行者だった。


カーラは二つ年上で、ソニアちゃんは俺と同い年だそうだ。


エルフはかなりの長寿で年をとらないから実年齢が分かりにくいが、この二人は本当に若いようだ。


しかし、カーラの傲慢さとソニアちゃんの物腰を見る限り貴族だろうか?


多分、身分がそれなりに高いと感じた。


****


俺の至福の時間は、夕方ホテルの前へ二人を送り届けるまで続いた。


ああ……普通って、こんなに幸せなんだなぁ……。


「クズ……」


笑顔で帰宅しようとした俺の背後から、俺をあだ名で呼びとめる奴がいた。


最高の気分が台無しだ。


振り返ると……。


げっ! リリーナお嬢様……。


俺の顔は一気にひきつった。


「何よあの二人は?」


「旅行者だそうです……」


「ふ~ん。それでか……」


まさか! やきもち!?


なわけあるはずがなかった……。


「案内なんて、クズであるあんた側から断りなさいよ! あんたが笑顔で話しかけるのを見てると、あの二人がかわいそうで仕方ないわ! 本当にあなたの笑顔は吐き気がするわね!」


俺の気分を一気にどん底に落としたお嬢様は、一人で帰って行った。


わざわざ、そんな事言っていかなくてもいいじゃん。


この性格ドブス!


帰りつくまでに、犬のフンを二回ぐらい踏めばいいのに……。


お嬢様のせいでけちはついたが、その日の俺は幸せだった。


美人二人が笑ってくれたからだ。


それだけでおれは、幸せになれる。


なので、今回もタイムマシーンでこの時間まで戻してほしい……。


もぉぉぉぉぉ!


ソウルイーターで魂じゃなくて、人の運を吸いとれればいいのにぃ。


****


その日は日曜日で学園が休みだったので、アドルフ様への報告もなく夜の修練に向かおうかと準備をしていた。


その俺に、アドルフ様は部屋へ来るようにと言ってきた。


何だろう?


例の事件で、何か分かった事があったかな?


「失礼します」


俺は、主人の部屋をノックして中に入った。


「すまんな。修練はこれからか?」


アドルフ様は、俺の事全てを知っている。


「はい」


「そうか。ところで、お前はファルマ王国の事は知っているか?」


「はい。国土のほとんどが森になっている離島。エルフが国を治めていて、棲息モンスターは平均がC~Bランクと高く、国民の戦闘力も高いんでしたよね」


「うむ。我が国との関係は……」


「はい、エルフはおおよそ精霊魔法を使いますが、ファルマは我が国と同じ神を信仰して法術を好んで使用することから、友好関係が結ばれている事。ファルマ王家は王族の三つの血筋から一番有能なものを次の王に指名する制度をとっている事。現在のカーミラ女王様と我が国の王妃様が旧知の中で、ファルマからはその戦力と民芸品、我がアルティアからは工業製品と鉄などの鉱物を輸出している事くらいは知っていますが……」


「特に付け足すことはない」


そう言ったアドルフ様は、何か言いたそうな顔をしている。


ファルマ王国がどうかしたのか?


まさか、ファルマも今回の事件に関係が!?


「レイよ。お前は本当に……あれで精一杯の成績なのか?」


「はい……」


「もしかして……」


「はぁ……、実はそうです」


俺の成績があまりよくないのにも、それなりの理由がある。


俺は元々この国の出身ではない。


この国の言葉を喋る事は出来たが、読み書きは出来なかった。


現在も、それを克服しきれていない。


勉強があんまり好きじゃないんだよね……。


なので、国語が特にひどいが他の教科も問題が分からない時や、意味を取り違えてこの成績なんだ。


数学と理科だけしかまともな点をとれない。


歴史や文化は好きだから知っているが、言葉の壁で誤答は多い。


「レイよ。わしはお前には嘘をつきたくないから本音で言うが、お前がもう少し要領がよく器用なら……」


あ~あ!


言っちゃった!


そんな事分かってるよ!


だから苦しんでるんですよ!


アドルフ様は俺に嘘をつかない、信用できる主人だが……。


優しい嘘ってあると思うんだ……。


あ……また心の汗が……。


「すまん。話がそれた」


「ああ。はい、何でしょうか?」


「実は明日、ファルマ王国の王族で継承権をもった方々三人が、我が国の生態調査に来る。新しい民芸品の模索の為だそうだ」


「なるほど、では明日はそちらをお手伝いに伺えばいいんでしょうか?」


「お前は本当に話が早くて助かる。先方からの依頼で大げさにしてほしくないらしくてな。少数精鋭で警護にあたる。私も行くがお前にもついてきてほしい」


「了解しました」


「学園には私のほうから病欠の連絡を入れておく。そして、警護の人数も増やしておこう」


「はい」


****


翌日、俺はアドルフ様と親衛隊五人、そしてアドルフ様の信頼する兵士五人に混じって王子様一人とお姫様二人を警護することになった。


お姫様とはもちろんカーラとソニアだった。


アドルフ様から話を聞いてうすうすは気が付いていた。


これはもう、ソニアルートでしょう!


俺にも運が回ってきた!


今度こそ逆たま!


もう失敗はしないぞ!


なんてついつい期待してしまっていた自分が、悲しい。


「なんだ? この見るからに使えなさそうなガキは」


俺をいきなり使えないと言ってきたのは、王子のルーベンだ。


エルフは百パーセント美男美女ではないらしい。


このルーベンは、ひょろひょろで動きも気持ちが悪い。


何よりも、顔が半魚人みたいだ。


その上、性格も悪いようで兵士達もさっきから悪口やわがままに、作り笑いが歪み始めている。


アドルフ様にまで失礼なことを……。


斬り殺すぞ! この河童野郎!


ソニアちゃんが、ルーベンは年上なので王家のしきたりで注意できないと、申し訳なさそうに小声で誤ってくれた。


なんと、カーラすら許せと、上からではあるが謝罪をしてきた。


二人も日ごろ苦労しているのだろうなぁ。


****


顔合わせの挨拶を済ませた俺達は、馬車で目的の森へと向かった。


今回はその森の獣やモンスターを狩って、持って帰るんだそうだ。


さすがは森の民。



ここで、獣とモンスターの違いを説明しておこう。


獣はそのままただの動物。


モンスターは魔力を帯びた、人を襲う有害な動物。


モンスターはピンキリで、ただのオオトカゲから魔法を使う魔獣まで様々だ。


ちなみに魔族は人間族に敵対する亜人種の事で、モンスターとは全くの別物だ。


****


森に到着後、俺はアドルフ様の従者としてきているが、三人と出来るだけ離れずに行動することになった。


単体での俺の戦力を、アドルフ様が信頼してくれているからだ。


森の中に入って二人のお姫様が、エルフである事を実感した。


弓矢を装備して、歩きにくいけもの道をするすると進むし、気配の消し方は手練れの猟師が裸足で逃げ出すレベルだ。


俺のように周りと同化して気配を消す方法とは少し違うようだが、正直勉強になる。


バカ王子だけは、自分で気配の消し方も一流だとか言ってるが、何を消しているか分からない。


俺なら百メートル離れてても分かるぞ、この馬鹿が……。


しかし……今日は森の様子が変じゃないか?


俺もこの森はあまり来た事がないから断言はできないが……生き物の気配が少ない様に感じる。


普通の森ならもう少しモンスターが出てもおかしくないんだが、さっきから全く出てこない。


「ねえ?」


「はい?」


「この森っていつもこんな感じ?」


カーラも違和感を覚えたようだ。


「断言はできないですが、俺も違和感がありますね」


「そうよね。森の木々達がざわついてる」


「そうですね。お姉さまの言うとおり、木々や風の精霊たちが何か怯えてますね」


「この私の威圧感に森も恐れをなしたか?」


カーラとソニアは異変に気が付いている。


森の民らしい感じ方だ。


バカもなんか言ってるが、意味が分からん。


多分こいつの使う言語は、俺達とは違うんだろう。


大勢で動くと獣に気づかれるからと、俺達は三人プラスバカ一匹だけで森に入ったが失敗だったか?


「しっ……」


カーラがいきなり手で俺たちの動きを抑制した。


茂みの先に鹿の一種だろうか?


今日初めての獣がいた。


その瞬間、カーラは身を屈めて弓に矢をつがえた。


絵になる光景だ。


真剣に弓で照準を付け、独特の呼吸をするカーラは純粋に美しかった。


その最中に、バカが気配を丸出しにして動いてしまった。


死ねよ、この妖怪野郎。


鹿がこちらに気が付いて顔をあげてしまう。


カーラは急いで矢を放った。


さすがに命中したが、わずかに急所からずれている。


そのままでは、走り去られてしまう。


「怪我は負わせた! 追うわよ!」


カーラの言葉で、俺達は走り出す。


バカは俺たちについてこれないが、ほおっておこう。


バカは風邪も引かないんだし、死んだりしないだろう。


むしろ、事故でも巻き込まれてしまえ。


手負いで速度の落ちた鹿を、俺達は必死に追いかけた。


しかし、よく考えると妙だ。


鹿は普通群れで行動するものだ。


しかし、今回は一匹だった。


周りに群れがいる気配もしない。


ここで引き返すべきか?


そして、鹿が茂みに飛び込んだ瞬間……。


「何!?逃げられる!」


「どうしました?」


その茂みから強い魔力を感じて、俺は二人の腕をつかみ引き留めた。


まずい!


ここも例の事件のポイントになる可能性があったんだ。


国全体を覆う魔法陣がまだ完成には程遠く、形を読み違えた。


強い魔力で何かを召喚する陣でも、魔力を吸収する陣でもなかった。


この位置は、法術を無効化する陣だ。


くそ!


読み違えた! 俺の馬鹿!


カーラとソニアは俺の真剣な顔に、首をかしげている。


俺は、魔剣のおかげか、感知能力が人より強い。


敵も気配を消しているので分かりにくいが、舐めていいレベルではなさそうだ。


しばらくすると、茂みからバキバキと骨が折れるような音がしてきた。


そして、先ほどの鹿のものだと思われる足の先が転がり出す。


それを見て、やっと俺が止めた理由を察した二人も身構えた。


まずいな。


国外の人間でも魔剣は見られたくない。


念のためにアドルフ様から普通の剣を借りてきているが、正直心もとない。


「動けば、飛びかかってくる可能性があります。ここは、お二人で助けを呼んできていただけませんか?」


俺は茂みをにらみながら、二人にこの場から離れるように促してみた。


「ソニア……。貴女が行きなさい」


「お姉さま……」


二人も茂みから目を離さずに話しているが、二人とも早く行けよ。


ぶっちゃけ、二人とも邪魔なんだよ。


「二人ともお逃げ下さい。ここは俺が……」


その言葉にカーラから、小さく低いが強い意志のこもった言葉が返ってきた。


「お前一人を置いて逃げる事など出来るか……。私も手伝えば生き残る可能性は高まるだろうが。これが最善策だ……」


これは、引いてくれそうにないな。


魔剣は出さない以上、全力でいくしかない。


「行け!」


カーラの声で、ソニアちゃんが走り出す。


そして、茂みから影が飛び出してきた。


敵の狙いはカーラ。


そのカーラは、敵の動きに反応しきれていない。


俺はカーラの前に飛び出し、そいつの牙を受け流した。


敵の全体像が確認できた。


くそ……Bランク……アラクネだ。


アラクネとは、大きな蜘蛛型のモンスターだ。


魔剣なしで戦えるのか?


やるしかない!


最悪は、魔剣を出すまでだ!


奴の爪には麻痺毒。


そして、牙には即効性の致死毒がある。


攻撃を受けてしまえば終わりだ。


「援護を!」


俺は、カーラに叫んだ。


前衛は俺がするべきだ。


さっきの受け流しで、こいつは今持っている剣で斬るのが、ほぼ不可能だと分かった。


さすがに虫型だけあって硬い。


エルフの放つ矢は魔力がこもっているから、貫ける可能性が高い。


俺が、攻撃を受け流し主力の攻撃はカーラに任せるのが、今の最善だろう。


今回は何時ものかく乱するような動きが出来ない。


それで、カーラに攻撃が向いては元も子もないからな。


しかし、同じ場所に立ち止れば直撃をうける。


なので、小刻みなステップを使い、俺は敵の爪と牙を受け流していく。


速度はそこそこあるが、何とか俺なら対応できる。


問題は今持っている剣だ。


さっきから軋み始めやがった。


全ての威力を流し切れていない俺の修行不足のせいだが、いつまでもつかわからん。


俺が、牙を受け流した瞬間の隙をついて、カーラの矢がとんでもない連射でアラクネにヒットして足を一本もぎ落してくれた。


カーラの戦闘力は、十分Bランクモンスターに対応できるようだ。


これならば、いけるかもしれない。


アラクネは痛みで力任せに足を振り回すが、大ぶりになってくれたおかげで避けやすい。


そして、隙が出来るように受け流せばカーラが的確に矢を連射してくれる。


足が三本もげ、腹にも矢が十本は深く刺さった。


糸を吐いてくるようになったが、こんな遅い攻撃俺が食らうはずもないし、十分に距離を取っているカーラも交わせている。


剣も後十回くらいは、なんとか敵の攻撃を防げるだろう。


これなら勝てる。


生まれて初めての、他人との連係プレー。


悪くない。


しかし、神様は俺にどうしても運をくれないようだ。



「ふう、ふう。今日は調子が悪いな……」


このタイミングで、バカが言い訳をしながら茂みをかき分けて、追いつきやがった。


この本当の馬鹿が!


ソニアちゃんとも行き違えたのかよ!?


「ふひぃやああああっ!」


「座り込むな! 逃げろ!」


その隙を見逃さず、アラクネの爪が俺に振り下ろされた。


それを受け流そうとしたが、受け流しきれなかった。


俺は吹っ飛ばされた上に、剣に深い亀裂が走る。


くそ!


アラクネが、馬鹿に向かっていく。


そして、アラクネは薙ぐように爪を馬鹿に振るった。


「きゃああああ!」


それを、なんとカーラが間に入って受け止めた。


そして、彼女は吹っ飛ばされていく。


まずい! そっちは崖だ!


急いで起き上がった俺は、全力で崖へ向って走った。


カーラは何とか、崖際の木につかまってくれている。


早く助けないと。


爪を食らってるんだ、麻痺しはじめて落ちてしまう。


背後から木々が押し倒される音がして振り向くと、アラクネがこちらへ向かって走ってきている。


馬鹿はどこ行った!?


ああ……。


さっきまでへたり込んだくせに、今はスタコラ逃げていってるよ……。


「お前も……、逃げ……ろ……」


カーラが苦しそうにそう言った。


出来るかこの高飛車女!


お前は確かに口が悪い!


でも、俺と普通に話をしてくれる貴重な女なんだよ!


「うおおおおおっ!」


俺は、剣を犠牲にする覚悟で、アラクネに渾身の一撃を打ち込んだ。


俺も吹っ飛んだが、アラクネも多少弾き飛ばせた。


剣は砕けたが、十分だ。


「馬……鹿……」


そう、最後まで憎まれ口をたたいたカーラは、気を失って手からも力が抜ける。


木から離れたカーラの腕を、ギリギリで受け止められた。


吹っ飛ばされて崖に来るのも計算の内だ!


麻痺毒で気を失ったカーラを、崖の上に引き上げた俺は、魔剣を呼び出した。


アラクネが甲高いうなり声をあげているが、もうてめぇに勝ち目はないんだよ!


カーラを巻き込む危険を避ける為、俺はアラクネの足二本と牙を切り落としながら戦う場所をずらした。


この事を後で後悔するんだけどね……。


Bランクとはいえかなりの手負いで、俺とソウルイーターに勝てるはずがない。


アラクネが、Bランクなのはその毒と糸の攻撃が厄介だからで正直キマイラやヒュドラより、俺にとっては相性のいい敵だ。


爪も牙も魔剣なら切り落とせるし、その重い体重から体さばきも遅い。


最速の攻撃である糸も、俺には難なく躱せる。


敵は吐き終わった糸で、敵の動きを止めるように罠を仕掛けようとしているが、お前の吐く糸がどこに飛んだかすべて記憶できる俺には意味がないんだよ。


「はっ!」


最後の一撃でアラクネを両断した。


自重に潰されるように、アラクネは沈んでいった。


****


「ふぅぅぅ……」


大きく息を吐いた俺は、魔剣を収納して崖の方へと戻っていく。


カーラが心配だ。


麻痺毒だから死ぬことはないはずだが、早く手当てをしたほうがいい。


カーラの近くには、すでにアドルフ様率いる兵士達と、ソニアちゃんが来ていた。


ついでに馬鹿も来てやがる。


俺が、近づいていくと馬鹿が俺を指さし、何かを叫び出した。


「こいつは我らを置いて逃げたのだ! 私が、何とか追い払ったがこのものは極刑に値する!」


はっ!?


逃げたのてめぇだろうが!


「将軍よ! すぐに捕縛しろ!」


ははぁぁん……。


自分が逃げた事隠そうとして、俺を始末する気か……。


ふざけんなよ!


「見てみろ! こいつは丸腰だ!」


うおっ!


馬鹿のくせに痛いところを付いてきやがった。


どうする?


俺は、アドルフ様を見つめた。


あ……。


目をそらされた……。


「レイ……この者も剣を失い、仕方なく我らを呼びに回ったのではないでしょうか……」


ああ、そう言う筋書きが限界なんですね。


アドルフ様が苦しい言い訳を始めてくれた。


「全く違う方向から帰って来たのにですか? ルーベンさんの言う事が真実なら……」


ソニアちゃんが俺に近づいてきた。


そして、ビンタされましたよ。


ちょっとこの展開慣れてきた。


「今回は、私達個人の訪問ですし、イレギュラーなトラブルですから国際問題にするようなことはしません。ですが、私達が遺憾に思った事は分かって下さい! 将軍!」


とばっちりで、アドルフ様がソニアちゃんに怒られてるよ。


それをバカ王子満足げに、見てやがる。


お前斬り殺して国際問題引き起こすぞ! こらっ!


「ここは、将軍の顔に免じて追及はしませんが、今後もうこの方とはお会いしたくないですね」


馬鹿が逃げた証拠はないが、俺が魔剣を出せないから武器の無い俺は濡れ衣なのに証拠が残った形になっている。


フラグもルートも消滅した……。


帰りは行きに乗っていた馬車には乗せてもらえず、アドルフ様の馬に乗せてもらう事になった。


馬車からは、馬鹿が自慢げにアラクネとどう戦ったかのほら話が聞こえてくる。


何時か殺す!


「お前は、いつもこうなのか?」


事情が推測できたらしいアドルフ様が、聞いてきた。


「はぁ……大体こんな感じでしょうか……。まだ、マシかも知れないくらいです」


「苦労をかける……」


本当にアドルフ様がいなかったら、大暴れするところだよ。


****


カーラは肋骨を痛めているらしく、毒の回復も含めて三人はすぐに帰国することになった。


最後にあれだけ優しく可愛かったソニアちゃんに軽蔑のまなざしを向けられ、ファルマ王国には来ないでほしいと言われた。


今回も頑張ったのに……。


折角友達が出来たと思ったのに……。


あ~あ……。


神様よぉ……。


俺をぬかよろこびさせて、何が楽しいんだよ。


不満があるなら直接言ってくれよ。


直すからさぁぁ……。


返事しろよ! このクソ神様!


まったく……。


やってらんね~……。

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