三話
「ふっ!」
まだまだだな。
空間を斬るか……。
正直この半年で腕は上がったと思うけど、全然だな。
空間を斬れる確率も、せいぜい一割程度。
それのこの技は放つまでに時間がかかり過ぎて、まだ実戦で使えない。
俺は皆が寝静まってから、孤児院の庭で練習用の剣を振るう。
感覚を研ぎ澄ませて……。
「はっ!」
う~ん……。
無駄のない動き……。
動きを洗練するか~。
師匠の流儀は、難しすぎるんだよなぁ。
元々人間用じゃないのかもしれないけど、明らかに他の剣技とは違うもんな。
五感を研ぎ澄まし、世界と一体となる。
そして、そこから導き出された全く無駄のない動きを実現するために、身体を鍛える。
心技体全てを極限に高めて戦うなんて、普通できないだろう……。
ハードルたけぇぇよ。
そう言えば学園で習ったのは、まず身体を鍛えて技を習得するだったもんなぁぁ。
完全に逆だもんな~。
今俺がこのレベルにいるのは、師匠のお陰だけど……。
本当に極める事が出来るのは、何時になるんだろ……。
てか、人間に出来るのか?
死ぬまで一生勉強です、なんて俺は嫌だぞ~。
さっさと最強になって胡座をかいて生きて行きたい。
ん?
こんな夜中に……。
まさか!
五人娘の誰かとのフラグですか!?
誰だ!?
誰が最初に俺の嫁に……。
出来れば……いや! 誰でもいい!
さあ! 俺の胸に飛び込んでおいで!
「さすがにレベルの高い奴は違うなぁぁ。頭が下がるぜ」
お前かい!
ここは、女の子とのイベントじゃないのかよ!
なんで、ゲッシーが出てくるんだよ!
萎えたぁぁ……。
やってらんね~……。
「しかし、昼間も見てたがお前は凄い奴だ」
知ってるよ。
それより出来ればチェンジしてくれ。
キャンセル料払うから……。
指名できるなら……リン……いや! リサで!
「本当にお前は絵になる男だな~……」
そんなのどうでもいいから、チェンジ!
お前なんかのフラグなんて、クソの役にも立たん!
「俺もお前みたいだったらなぁぁ……。お前、彼女とかいるのか?」
なんですかぁぁ? この野郎は?
いちいち逆鱗に触れてきやがって。
殺しますよ? ああぁぁん?
早くチェンジィィィィィ!!
「お前も気付いてると思うんだが、妹たち全員がお前に惚れちまってるみたいなんだ」
チェェェェェェェェェェ……えええええっ!!
マジで!?
ドッキリとかじゃなくて!?
マジで!?
いや、ちょ! マジで?
お金払わなくても色々出来るの?
やらせてもらえるの?
「もしお前にその気があるなら、一人選んでくれ……」
出来れば、全員お持ち帰りで!
我がまま言わないから、全員差し出せ!
「お前になら、任せられると思うんだ……」
任されるから、全員よこせ。
いいから!
「あいつらは、小さいときから本当に苦労してきたんだ。だから……」
全員! 全員! 全員! 全員! 全……。
いちいち涙ぐむなよ……。
しらけるだろうが……。
「いけね~な。邪魔になっちまうな。続けてくれ」
「いや、もう寝るところだ」
「お前は、本当に中身も一級品だな。その不器用な優しさは、女には毒だぜ?」
優しさは優しさだろうが。
毒って何だ!
俺を否定するなら殴るぞ?
「全く神様ってのは、不公平だよな……」
それは全面的に同意します!
俺も常々、そう感じてるよ。
「俺にも、お前みたいな……力だけでもあればなぁ」
はははっ……。
代わってやろうか~!?
仰天するぐらいついてないんだぞ!
ちょいちょい殺されそうになるんだぞ!
辛いんだぞぉぉぉぉぉ!!
神様、死ねばいいのに……。
「ははっ……。愚痴っちまった。すまねぇぇな」
それよりチェンジはないの?
ハーレムになるなら、今すぐにでもお願いしたいんだけど……。
「じゃあ、寝るか」
ですよね~……。
俺が、こんな事でうまくいくとは思ってませんよ! コンチクショォォォォ!!
それも、ゲッシーの思い込みで、それぞれが別に好きな奴いるとかってオチだろう?
俺が告白した瞬間、恥をかくって罠だろっ!
言ってみろ!
分かってるから!
世界……この世全体が俺の敵って事だろうが!
ああ……。今日も目から変な汁が出そうだ。
もう疲れた。
眠ろう……。
****
その日、何故か二度目の夢を見た。
今度は、セシルさんが苦笑いをしていた。
何かのお告げ?
馬鹿な俺は、その意味を理解出来ない。
だって、俺は馬鹿だからね……。
本当に嫌になってくるよ、自分が。
****
翌朝も、頭が痛くなるほど賑やかな食事だった。
女性陣が、化粧の仕方を色々と話し合っている。
楽しそうだ……が!
気に入らん!
昨日のゲッシーの言葉が気になって意識してしまい、みんなの顔を見てしまう。
だる! ことごとく目をそらされる!
何処が俺を好きなんだ!
唯一隣にいたリンだけが、化粧に慣れてないから恥ずかしいと意思表示してくれたけども!
これのどこが好意だ!
なんかちょっと嫌われてるんじゃね?
なんだよ~!
俺、まだ今回は何もしてないじゃんか~!
俺の何がいけないんだよ~!
フラグって、どうやれば回収できるんだよ~!
誰か教えてくれよ~!
「じゃあ、そろそろ行くか? レイ」
「ああ……」
もう、多分ここに俺のフラグは無い。
とっとと金貯めて、カーラ達を捜しに行こう。
泣かないよ。
元々期待なんかしてなかったもん!
強がりじゃないもん!
きっと俺にもいい事あるもん……。
きっと……。
「なんだ~? お前本当に朝は弱いんだな~」
お前のせいじゃ!
変な期待させやがって!
ブルー通り越して、鬱なんだよ!
****
「どう言う事なんだ!」
ああ?
ギルドの着くと、ルーカスって奴が騒いでいる。
朝から元気なおっさんだ。
「私に言われましても……」
「責任者を連れてこい! 納得できるか!」
「ですから、依頼元の町議会からなんですよ」
「くそっ! 舐めやがって! この町にはオーウェン様がいるってのに!」
また、オーウェン様か。
あいつ、オーウェン様大好きだな。
「なあ、ゲッシー?」
「なんだ?」
「あのルーカスって奴、何であそこまでオーウェンにこだわるんだ?」
「ああ……。ルーカスさんからすると、オーウェン様は仲間であると同時に、師匠で人生の目標なんだ」
ルーカスは、オーウェン教の信者って事ね。
おっさんがおっさんに心酔するって、キモイな。
あいつと喧嘩したかったら、オーウェン馬鹿にすればいいんだろうなぁぁ。
英雄ってのを、いきなり殴るわけにもいかないし……。
ムカついたら、やってやろうかな……。
「もう、いい! ルーカス!」
「オーウェン様! しかし!」
「実際に被害が増えているんだ! 当然の事だろう」
「はぁ……」
「今後も私達で出来る事をやればいいだけだ。人は関係ない」
「はい……」
「それに、噂のフィフスチームを見られるのは、少し楽しみではないか?」
「オーウェン様以上の者などいませんよ……」
「ふ~……。まぁ、今からでもキャンセルさせるくらい、頑張ってみようじゃないか」
「はい! 私も及ばずながら!」
「うん! では、行こう!」
大騒ぎした挙句、勝手に納得して出て行きやがった。
あれ?
ゲッシー?
「聞いてきたぜ!」
「何を?」
「さっきの騒ぎの原因だよ! 興味ないのか?」
あんまり……。
「昨日俺達も退治した、サルの化け物の被害がかなりひどいらしくてな。前に言った隣町のフィフスチームを、町議会が呼んだらしいんだ!」
はいはい。
それだけで、あの馬鹿が騒いでた理由が分かったよ。
それよりも……。
「俺達も、北の森に急ごう。儲けが減っちまう」
「おっ!おう!そうだな……」
あんなに楽して稼げる仕事も、少ないんだ。
今日中に稼げるだけ稼ごう。
なんて、考えは甘かった……。
この不幸スパイラルまっただ中の俺が、それで済むわけがないんだ。
俺は路銀稼ぎすら、うまくできないらしい……。
****
ジジィ!
『分かっておる……』
北の森に到着したところで、俺の額から冷や汗が流れ出していた。
ちょっとやばいよな? これ。
『そうじゃな……』
「ゲッシー!」
「なっ? なんだ? もう敵が来たのか?」
「ああ! かなりの数だ!」
「なっ!? やばいのか!?」
「ちょっと洒落にならん……」
「何処だ!? いったん引くか!?」
どうする!?
少なくともBランクが、五百近くいるぞ……。
それも町に向かって来てる……。
「ぐあああぁぁぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
悲鳴?
って!
俺より先にゲッシーが走り始めていた。
****
声の主は……。
案の定、オーウェンのパーティー……。
ゲッシーは、ミリーの声を聞き分けたのか……。
オーウェンとルーカス、そしてミリーが怪我をしている。
もう一人は、やられてるな……。
目の前には何時もの、気持ち悪い化け物達……。
『少なくとも二千匹はおるな……』
あのクソでかいのは、なんだ?
『巨大な熊? かのぉ?』
腕が六本もあるぞ……。
くっそ!
Aランク確実の魔力だし!
それも何体いるんだよ……。
『十体じゃ……』
あれは……。
「逃げろ! ジョシュー! 町にこの事を知らせるんだ!」
「あ……あああ……」
「町から、人を避難させるんだぁぁぁぁぁぁ!!」
オーウェンがゲッシーに叫んでいる。
だが、ゲッシーはその場に立ちすくんでしまっていた。
あることに気を取られていた俺も、敵に取り囲まれる。
「くう……。ここまでなのか……」
「まだだ! まだ諦めるな! 私達が時間を稼ぐんだ!」
「はい!」
オーウェンの言葉で、ルーカスが槍を構える。
無理だって、一体でも勝てるか分からないレベルの敵がこの数だよ?
「そ……そんな……町は……終りだ」
へたり込むな! げっ歯類!
抵抗空しく、オーウェン達が吹き飛ばされ、俺の足元に転がってきた。
化け物達が、こちらに跳びかかってくる。
「うわあああ!」
俺以外の四人が覚悟をしたところで、跳びかかってきた化け物が両断される。
もちろん、俺が斬り殺した。
俺は魔剣の切っ先を、化け物に交じっている一人の人間に向ける。
「てめぇに聞きたい事がある!」
「君は……その髪の色! なるほど! 試練か」
真っ白い髪とローブを纏った男が、こちらを見て笑ってやがる。
間違いない!
奴はあの馬鹿の仲間だ!
『あれが元凶で間違いないじゃろう!』
殺す……。
拷問して、情報を吐かせてから殺す!
『気を付けるんじゃぞ! 今回は前回より敵が多いうえに、奴のあの腰の剣も多分……』
分かってる。
分かってるが、殺意が抑えられん。
俺の身体から、真っ黒いオーラが放たれるのに反応した化け物達が、跳びかかってくる。
だが、遅い!
「おい! お前ら! 早く町に危険を知らせに向かえ!」
「しかし……」
「お前らは邪魔なんだよ! 早く行け!」
「レイ!」
「早く行け! この数だ! 全部はおさえられん!」
「君だけを残して……」
「早く行け! 雑魚! 足手まといだ!」
頭に血の登った俺が叫ぶと同時に、四人が走り始めた。
今の俺には、あいつらに気を使うほど心に余裕がない。
殺意が体中からあふれ出しそうだ……。
まず、四人を追おうとした奴から切り捨てる。
「さすがは私の試練だ。やれ……」
男の指示で、化け物達が俺に向かってくる。
はっ!
遅いんだよ!
俺は、短い時間で二百匹以上を斬り殺した。
Bランクくらいなら、上位レベルでも今の俺には止まって見える。
「やはり、私自ら行くしかないか……」
さっさと来い!
『落ち着け! 油断するでないぞ!』
分かってるって!
あいつは掴まえて! 何もかも聞き出してやる!
そして、殺す!
「行くぞ……」
予想通り、敵はオリハルコンの剣を出した。
そして、男が白いオーラを纏った瞬間……。
視界から姿が消えた……。
どうなってる?
超高速移動か?
瞬間移動の可能性もある!
何処に行きやがった!
****
俺が再びチート武器と戦闘を開始する頃、町では住民がシェルターにほぼ避難完了したところだった。
そのシェルターは、人間同士の戦争に備えて作られた物らしい。
まあ、実はオリハルコンの剣で簡単に壊されてしまうんだろうが、今は多少でも時間が稼げる。
「私は何をおごっていたのだ……」
「オーウェン様……」
「私のおごりが、あの若者を殺してしまった……」
「オーウェン様! レイは必ず生きて帰ってくる! 幾ら英雄でもそれは……。その言葉は俺が許さねぇ!」
「ジョシュー……」
「あいつは……あいつは信じられないくらい強くてかっこいいんだ! 死んだりするもんか!」
「ふぅぅ……情けない。私は年をとり、心まで弱くなっていたようだ。すまない、ジョシュー」
「オーウェン様……」
「彼が戻ってくれば、彼が戦いの要になるだろう! その為の準備をするんだ!」
そのオーウェンの声で、傭兵や兵達が準備を始めた。
始めたんだけど……。
俺別に逃げるつもりも、負けるつもりもなかったからね!
なに勝手に盛り上がってるんだよ!
なんか勝手に死んだ人みたいな扱いやめろよ、馬鹿!
「兄さん!」
「おお! リン! みんな無事か?」
「それが……」
「どうした? 誰か……」
「ベンがいないの! 他の子に聞いたら、レイに貰ったおもちゃを取りに行くって……」
「くそっ! なんてこった!」
「私捜しに行く!」
「駄目だ! 俺が行く!」
「私達も!」
「外は本当に危険なんだ! 俺が行く!」
シェルターを飛び出したジョシューに続いて、孤児院の大人全員が走り出していた。
「お前ら! 戻れ!」
「嫌よ! ベンも大事な家族なんだから!」
「あたし達も助けたいのよ!」
俺いないんだから、無茶するなよぁ……。
****
リンたちの予想通り、ガキは孤児院にいた。
「ああ! ベン! 無事か?」
「よかった~……」
「心配させるんだから! この子は!」
ガキをリサが抱きしめた瞬間、ジョシューの顔が青ざめる。
「くそ……。ついてね~な」
「そんな……」
ジョシュー達の目に映ったのは、もちろん化け物の群れ。
「ここは俺が時間を稼ぐ! お前達はシェルターまで逃げるんだ!」
「でも! お兄ちゃん!」
「早く行け! 頼む……」
走り出そうとしたリサ達の周りを、すぐに化け物達が囲う……。
「くっそぉぉぉぉぉぉ!! こんなのありかよ! 神様ぁぁ!」
ジョシューはこの絶望的な状況に絶叫していた。
だから、死亡フラグだって言ったのに……。
神ってのは、とことん残酷だ。
やってらんね~……。




