十二話
くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!!
何処にいるんだよ!?
くっそぉぉぉぉぉ!!
『落ち着け!!』
オリビア!! オリビアァァァァァァ!!
頼む!! 無事でいてくれ!!
頼むよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
『落ち着かんか!!』
神様!!
頼むよ!! 今すぐ俺を殺していいから、オリビアを返してくれよ!!
あいつは…………。
あいつはこれ以上苦しんじゃいけないんだよ!!
報われなる番なんだよ!!
俺はどうなってもいいからオリビアを返せよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
『あの子の為にも、落ち着かんか!!』
ジジィ! 何とかしてくれよ!
どんな事でもするから! 何とかしてくれよ!
『わしの考えが間違えていないなら、まだ遠くへは行っていないはずじゃ!』
――考えろ。どんな窮地でも思考を停めるな――
師匠の言葉が頭をよぎる…………。
どうする?
どうすれば、特殊な空間に隠れた馬鹿を見つけ出せる!?
どうする?
隠れる?
原理は魔力…………魔法と同じ……。
そう言う事か!
放出される魔力を感知するんじゃない!
魔力の反響を使えば!
『そうじゃ! 急げ! 奴が十五キロ外に逃げる前に!!』
俺は自分を中心に、ソナーのように魔力の波を飛ばす……。
魔力の反響を感じ取るんだ…………。
いた!!
十三キロ先に二メートルの立方体? 変な反響をしている!
奴だ!!
****
俺は考えるよりも先に、走り出していた。
見失わないよう、定期的に魔力の波を飛ばしながら。
間に合ってくれぇぇぇぇぇぇ!!
「あああああぁぁぁぁぁ!!」
本当に世界は…………。
人生は…………。
運命ってやつは思い通りにならない。
全く…………。
やってらんね~……。
****
馬鹿が向かったのは、町はずれにある共同墓地だった。
二十キロ四方の平地。
過去この地区が戦場だった証ともいえる、広大な墓地。
その管理塔に馬鹿が入って行った…………。
馬鹿から遅れる事数分で、墓地にたどり着いた俺は急いで塔に向かう。
ちっ!
想定済みか!
俺が塔に近づいた瞬間、白い魔方陣から大量の大型昆虫が現れ、俺の行く手を阻む。
「邪魔するな!!」
二百体近くいた昆虫達は、全て俺に斬り殺された。
くそっ!!
想像以上に手間取った!!
――焦りは技を殺す――
分かってる! 分かってるけど、師匠!
感情がコントロール出来ねぇぇんだよ!!
オリビア! オリビア!! オリビアァァァ!!
『落ち着け!』
何処だ?
何処に居る?
何処なんだよ!! チクショォォォォォ!!
『落ち着けと言うておる!(くっ! 届かんか……。こやつは攻めることに関して秀でている代わりに、守ることに慣れておらん…………。オリビアへの思いがこれほど戦闘力への足かせになるとは……)』
何処だ?
こっ! ここか!!
塔内部の地面から魔力が漏れ出している事に気がついた俺は、地面を切り裂いた。
目の前に現れた地下への階段を、全力で下った。
『落ち着けって! お前まで死んでしまうぞ!!』
までってなんだ! クソジジィ!!
オリビアは無事なんだ!!
俺と一緒に暮らすんだぁぁぁぁぁぁ!!
****
嘘だ…………。
これは夢だ…………。
俺は悪い夢を見ているんだ…………。
こんなの嘘だぁぁぁぁぁぁ!!!
「あ…………あああ…………」
「どうやら僕の勝ちのようだね~! レイ君!」
俺の目に映ったもの…………。
「くっくっくっ……。いい顔をしてくれるじゃないか~! それを見たかったんだよ、僕は!!」
それは……。
「これこそメシア様の念願をかなえる、僕の究極作品だ! お気に召して貰えたかい?」
三メートルの巨大な裸の女性…………。
魔道生物を作っていたような、大型のバイオポッド。
全身が銀色のその女性は、立ち上がってポッドの中からゆっくりと出てくる。
その女性は、両手が蟹のようなハサミになっておい、棘のついた尻尾を生やしていた。
「こいつは、今までの僕の作品全てより……。いや! 僕よりも強いぞ! 君を殺すための作品だよ~!!」
巨大な女性の胸部には…………。
全てが銀色に変わってしまった…………。
オリビアの上半身が…………。
同化している…………。
「キュオオオオオォォォォォォ!!!」
強大な女性は、雄たけびを上げる……。
銀で出来た像のようになったオリビアは、全く動かない……。
動いてくれない…………。
「この娘は君の恋人なんだろう? 最後は愛する人に殺されるといい!! 君の罪はそれほど重いんだ~!!」
分からない…………。
理解出来ない…………。
「因みにこの娘がコアになっているから、僕の作品を止めたいなら恋人を殺すことだな! まあ! 出来るわけないか~!!」
馬鹿の狂った笑い声が聞こえる…………。
何も…………。
分からない…………。
『しっかりするんじゃ!!お前が殺されてなんになるんじゃ!!』
全身から力が抜け、心が凍りついていく俺に…………。
賢者の言葉は届かない…………。
「あぁぁぁはははっははっ!! さあ! 奴を殺せ!!…………あ? え?」
笑い続けていた馬鹿が、女性に指示を出す…………。
「なんで? あれは…………僕のか……ら……だ?」
振り抜いた魔剣の上には、馬鹿の首だけが乗っており、見る間に生気が抜けていく。
馬鹿にかける言葉なんてない…………。
脳を失った身体もその場に倒れ、首を魔剣から地面へ捨てると同時に、オリハルコンの剣が崩れ去っていく。
『馬鹿な! 技に精彩さが戻った!?』
誰が馬鹿だ…………。
一撃だ……。
苦しまないように一撃で仕留める…………。
『う……うむ!(思考が読み取れん? どうなっておるんじゃ!?)』
俺は魔剣を掲げて秘言を唱える。
「この世に漂いし、迷える戦士の魂よ!! 我の元に集い我が刃となれ!!」
周囲から光の小さな玉が、剣に吸収されていく…………。
『今じゃ!!』
「力を示せ!! スピリットオブデス(死神の魂)!!」
真の名を叫ぶと同時に、魔剣は光の大剣へと姿を変える。
せめて…………。
せめて、苦しまないように…………。
「キュオオオオオォォォォォ!!」
巨大な女性が、俺に向かい走り出す。
それじゃあ、遅い…………。
本気の俺は音をも超える…………。
黙視できないほどの俺は、巨大な女性の…………。
胸に…………。
胸に向かい剣を振り下ろす…………。
全てを切り裂く光の大剣は、大きな女性の左腕を切り落とし、左鎖骨部分から身体に食い込んでいく。
あっ…………。
――二度とお前には剣を向けない――
約束…………。
約束したんだ…………。
『馬鹿者ぉぉぉぉぉぉ!!』
えっ!?
気がつくと、剣が止まっていた。
女性の鎖骨部分を切り裂き、オリビアに届く手前で止まってしまった。
心を殺しきれなかった俺の技は、死んでいたんだ…………。
そして、敵の右腕が空中でとどまっている俺に直撃した。
「うっ! がはっ!」
俺の飛ばされた身体は柱を砕き、壁に激突して止まった。
カシャンと音を立て、俺の手から離れた魔剣が元の形に戻り、女性の胸から地面に落下する。
ああ……。
そうだった…………。
人間ってのは、こんなにも脆かったんだ…………。
何時もそうだったじゃないか……。
何時もギリギリの綱渡りだったんだ…………。
一撃でも食らえば即アウト…………。
神どころか、Bランクモンスターの一撃でさえ、まともに食らえば死んでしまうんだ。
自分の悪運が強すぎて忘れていた…………。
俺はただの人間なんだ……。
こんなに簡単に死ぬんだ…………。
敵のハサミに貫かれた腹部が真っ赤に染まり、体中の骨が粉々になった。
原型をとどめているのが、不思議なほどの威力だった…………。
神経が切れた様で、下半身からはそこに何もないかのように、信号が来ない。
頭から流れる血で、視界が真っ赤に染まっている。
なんて…………。
なんて最後だ………………。
運を使い果たした俺は、こんなもんか…………。
幸せの代償は死って事か…………。
ああ…………意識が…………。
う……す…………れる…………。
****
俺は真っ暗闇に浮いていた。
これが死ぬって事か?
実際に味わったのは始めてだから、分からないや。
なんとも情けない最後だったな…………。
何がお前は俺が守るだよ……。
守るどころか俺のせいで、恋人が怪物になっちまったよ…………。
本当に情けない…………。
「レイ…………」
ん?
「レイ…………」
お迎えか?
誰が来てくれたんだ?
暗闇に、一筋の光が差し込んでくる…………。
ああ…………。
オリビア…………。
どうしたんだよ!?
お前まで死んじまったのか?
「レイ、目を覚まして」
俺は寝てないぞ?
死んでるけど…………。
「私は、これ以上レイを傷付けたくない…………。だから……私を…………殺して…………」
俺はおかしくなってしまったのかもしれない…………。
幻覚や妄想でなかったとは、俺には証明できない…………。
それでも…………。
****
『しっかりせい! 眠るな! 死んでしまうぞ!!』
俺の右腕に帰ってきたジジィが、うなだれてピクリとも動かない俺に声をかけ続ける。
『くう!! 魔力が…………魔力があれば!!』
俺の身体はボロボロで、今ジジィの中にある魔力では到底全快しない。
それどころか、生命維持もギリギリの状態だ。
今持っている以上の魔力は、入手できない状態だ。
オリビアと同化した死が、そんな俺に近づいてくる。
「キュルルル…………」
俺に与えられたダメージで呼吸を荒くして、止めを刺すためにゆっくりと近づいてくる。
もう一撃くらえば、俺には確実な死が待っているだろう。
『こ……ここまでなのか…………』
残り少ない魔力で回復を行いながらも、ジジィは俺に向かってくる死を見つめる。
ジジィの五感は全て俺からの伝達だ。
実際に化け物を見ているのは俺の目…………。
その目は何時ものように死んだ魚のような瞳ではなく、瞳孔が開ききっており生気が無くなっている。
医学的には既に臨終と言う状態かも知れない……。
『無念じゃ…………』
ジジィの心が折れた瞬間……。
俺の身体から大量の蒸気が噴き出す。
『なっ!? これは!?』
莫大な量の魔力がジジィに流入していく……。
最後まで回復に向けていた力が加速し…………。
瞬く間に俺の身体を修復していった。
『こっ! この力は!!』
魔剣が秘言を使わずに、光の大剣へと姿を変えた。
それほどの力が、魔剣へと流れ込んだ……。
ミルフォスとの戦いの際に、エンジェル達から吸収した以上の魔力が魔剣に溜まっていく。
「行くぞ…………、ジジィ」
『う…………うむ!!』
俺が全快した時には、すでに化け物が目の前まで迫っていた。
俺は剣の切っ先を、化け物に…………。
化け物コアである胸部に向ける…………。
<シャイニングアロー>
光の矢となった俺の一撃は化け物を貫き、後ろにあった柱二本を粉砕しながら、敵を壁に縫い付けた。
化け物から魔力が失われていく…………。
「レ……イ…………」
先端から腐食し始めた化け物の色が、銀色から肌色にかわった。
そして、同化していたオリビアの両腕が化け物の体から抜け、元のオリビアに戻っていた。
オリビアの両手は俺の頬にあてられる。
「私は…………。ほんの短い時間だったけど、あなたのおかげで幸せでした……。あなたは真っ暗だった私の人生に、光を与えてくれた…………」
オリビアの唇が俺の唇に重なる。
「私の最後のお願いを聞いて…………」
俺はただ、オリビアを見つめる…………。
光の大剣となった魔剣はまだ、オリビアの胸に突き刺さったままだ…………。
「ごほっ……ごほっ! えほっ……私は貴方を好きになれて、本当によかった…………」
オリビアが苦しそうに咳き込む……。
吐血したそれが、俺の顔にかかった。
「お願い…………私の事を忘れて…………」
血を流して笑いながらオリビアは言葉を続ける。
「私の事を記憶から…………消して…………」
どんどん…………。
俺の愛した人は…………。
腐り落ちていく………………。
それでも、その涙を流して笑う顔は…………。
何よりも美しかった…………。
何よりも…………何よりも…………。
「じゃ……あ…………ね…………」
その言葉と共に、魔剣は元に戻り…………。
俺が愛した人は………………。
崩れ去った…………。
オリビア…………。
瞬きをしなかった俺の目からは、オリビアの返り血が…………。
涙のように零れ落ちた…………。
これが俺のファーストキスかよ…………。
やってらんね~……。
「あ……ああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
俺のせいだ!!
俺のせいで、オリビアが死んだ!!
『違う! どうしようもなかったんじゃ!!』
俺が!! 俺が!! 俺が!! 俺が!! 俺が!! 俺が!!
俺がオリビアを殺した!!
「ああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
膝をついた俺は、ただ上を向き、叫んでいた……。
俺のせいで!!
俺が愛したから!!
俺が……俺さえいなければ!!
殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した! 殺した!
『違う! 違う! 違う!!』
「ああああああああぁぁぁぁぁ!!」
壊れる…………。
俺が壊れる…………。
気がつくと、俺は柱に頭をぶつけていた。
何度も……何度も…………。
執拗にぶつけた額からは、血が流れ出していた……。
『やめるんじゃ! 仕方なかったんじゃ! 仕方が…………』
ああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………。
俺の胸の奥にある何かに亀裂が入る…………。
亀裂はどんどん大きくなっていく…………。
止められないほどの速度で…………。
墓地の地下で一時間。
俺は叫び続けていた。
ただ、俺の顔に表情は無い。
俺は昨日、恋ではなく愛を知った……。
そして失った…………。
自分のこの手で、愛を殺したんだ…………。




