十一話
どっかオリビアと二人で、平和に暮らせる場所探そうかな。
その方が賢いよね?
故郷には二度と帰れないけど、家族居ないし問題ないよね?
うん!
そうしよう!
死にたくない!
カーラ達に会えば、百パーセント殺される!
シャワーを浴びながら、俺はそう結論を出した。
****
支度を済ませ、部屋を出ていこうとしたオリビアが振り返る。
「ねえ、レイ?」
「ん?」
「何で二つも年下の貴方が、そんなに落ち着いてるの?」
「苦労したからかな?」
嘘ですけどね。
心の中は、全く落ち着いてませんけどね。
「ふふっ。また、後で来てもいい?」
「待ってるよ……」
何でしょうね~。
幸せすぎる。
本当にこの瞬間は、最高に幸せだったんだ……。
人間ってのは、一度幸せを感じて、それを奪われた時絶望するらしい……。
なんであんな事になったんだろう……。
やってらんね~……。
****
若干の不安を残しつつも、俺は何時も通り屋敷の庭を掃除する。
しかし……。
あの馬鹿のアジトには、どうすれば行けるんだろう?
どう思うジジィ?
『さて……』
なんか敵を追跡する魔法を、都合よく持ってるとかは……。
『ないわ……』
ですよねぇ……。
魔剣の能力って、身体能力と回復力の向上……。
後は魔力で切れ味が凄いってだけだよな?
『なんじゃ? 不満を言うつもりか?』
いや……。
そう考えると、やっぱオリハルコンってズル過ぎる!
なんでそんな物持った奴が、いっぱいでてくるの!?
ジジィを使えるだけで、人間としてはびっくりするくらい強いはずなのに……。
『確かに一般人が持っても、Cランク並みの戦闘力は引き出せるからのぉ』
なんで、オリハルコンは雑魚が持ってもAランクになるの!?
読んで字のごとく! 桁がマジで違うじゃんか!
ズリィィよぉぉ!
俺もオリハルコン欲しい!
欲~し~いぃぃぃ!
買ってよ! ジジィ!
ねぇ~ってば~!
『黙れ! クソガキ! 売っとるわけないじゃろうが!』
知ってるわ! 馬鹿!
『なっ! ふぅ……。焦る気持ちも分かるが、どうしようもあるまい』
俺の運命は最悪になる事が多いけど、今回は洒落じゃすまないからな……。
『そうじゃな……』
でも、あいつ何で馬に乗って逃げたんだ?
突然気配が現れたし……。
転移の魔法じゃないのか?
訳分かんないんだけど……。
『オリハルコンの能力なのか、彼奴自身の能力なのかも判断できん』
う~ん……。
くそ! やっぱり前回殺しとけばな~。
『仕方があるまい。追いかける余力はないし、あのまま戦闘を続けても、勝てる見込みは少なかったんじゃ』
分かってるんだけどね~……。
あ~あ……。
****
俺は庭の掃除を終わらせ、掃除道具を納屋にしまいその場で考え込んでいた。
うおっ!
俺の頬にいきなり何かが、触れた。
焦った俺は魔剣を呼び出し背後に振り抜……いちゃ! 駄目ぇぇぇぇぇ!
セ……セーフ……。
俺の背後に居たのは、目を大きく見開いて固まったオリビアだった。
危うく恋人殺しかけた……。
オリビアの首筋に触れる寸前の魔剣を戻した。
『修行不足じゃな』
やばかった~……。
「ごめん……。反射的に……」
「い……いいの。私こそ、ごめんね」
今にも泣きそうなのに、無理に笑ってるよ……。
やっちゃった……。
「二度とお前には剣を向けない。ごめんな……」
「……レイの人生には、こういう力が必要だったんだよね。私はレイの事、否定したりしないよ」
オリビアには、レーム大陸でのミルフォスとの戦闘の事も全部喋っている。
彼女はまた、反則的な笑顔を俺に向けてくれる。
「それに……。誰かに殺されるなら、私はレイがいい……」
なんてこと言うんだ! このバ……可愛い俺の恋人は……。
『激甘じゃな……』
ほっといて下さい!
「なら……。俺が死ぬまで、生きてくれるってことだよな」
「そ……そうなるのかな?」
「ああ……。俺はお前を殺さないし、誰にも負けるつもりはないからな」
「ふっ……ふふふっ」
頬を赤くして笑ってくれてる……。
か~わいいぃぃぃぃぃぃ!
駄目だ……。
今の俺、多分馬鹿になってる。
「それで……嫌じゃなかったら、お昼一緒に食べない?」
俺のせいで地面に落ちたバスケットをオリビアが拾う。
もうそんな時間か。
「喜んで」
二人で裏庭にあるベンチに座り、お昼を……。
ええ~……。
「これは何時も通りのお昼?」
「えっ!? 変かな?」
「すぐに戻るから待っててくれ」
俺は急いで屋敷の台所に向かう。
****
使用人仲間から同僚と言うよりは、食客扱いされている俺が、台所に入る。
すると、そこに居た使用人仲間達は、全員が頭を下げる。
昨日まではそれがさみしかったが、今はそんなのどうでもいい。
とっとと用事を済ませよう。
「執事さん。悪いが台所を使わせてもらうよ? あ、後食材を貰うから」
「はい。ご自由に」
俺、一応料理得意だから。
昨日の夕食で残ったローストビーフを、マスタードマヨネーズ+野菜と一緒に薄切りの食パンに挟む。
サンドイッチを切りそろえた俺は、ミネラルウォーターと一緒に裏庭に持って戻る。
虐められてるんだろうけど、お昼がコッペパンだけって……。
そりゃあ、無駄な贅肉付いてないよ。
太りようがないもの。
これは、晩飯も一緒に取った方がいいな……。
『そうじゃな。お前のように、きちんとした食事を用意されていないじゃろうからな』
食えない苦しみは、俺もよく知ってる(特に遭難中に)から、せめて普通の食事を食べて貰いたい。
『お前は意外に尽くす方じゃなぁ。そのうち尻に敷かれてしまうぞ?』
かまいません! 幸せだから!
****
「お待たせ。これ食べよう」
「えっ!? 私も……食べていいの?」
「食べてくれないと、俺も食べられないんだけど?」
いちいち泣きそうにならないで……。
なんかこっちまで切なくなるから!
「……で、昨日の馬鹿を倒せばお嬢様達も安全だから、俺と行こう」
「いいの?」
「嫌がっても連れて行く」
「そんな! 嫌じゃないよ……」
「どっか平和な町で、二人で暮らそうぜ」
「レーム大陸? には帰らないの?」
帰ったら殺されるからね……。
「ああ。家族もいないし、ゆっくり暮らせるとこ探そうぜ」
「うん……」
「仕事は……。ギルドでも入って稼いでくるよ。二人で裕福に暮らせるくらいの自信はあるからさ!」
「うん……」
「お前は何かしたい事ある?」
「う~ん……。子供を……」
「子供?」
何!? 子供が欲しいの?
俺めっちゃ頑張るよ!
二十人くらい頑張るよ!
「私みたいに不幸な子供を助けたい……」
やべっ!
口に出さなくて良かった~。
「孤児院か……。養子を取るとか?」
「私なんかで出来るか自信ないけど……」
「お前なら……お前だから出来ると思うぞ」
「そっ! そう!?」
「ああ、俺が全力で応援するよ。俺達の子供は何十人になるんだろうな?」
オリビアが笑顔になってくれた……。
うん! やっぱり笑顔が一番いいな。
外で食べるのは少し寒いはずなのに、心の中からポカポカと暖かさを感じる。
本当に……。
本当に至福の時間……。
真っ暗だった俺の心に、光が差し込んだ瞬間だった……。
本当に時間が止まればいいのに……。
ただ、そういう時は時間が早く過ぎてしまうものだ。
屋敷の中へ帰っていくオリビアを見送り、俺も仕事に戻る。
『間違いないのぉ……』
ああ……。
予想はしてたけどね。
オリビアも普通の人より、魔力がかなり強い。
ビクトリアお嬢様より強いんじゃないか?
『先程のように気を抜くでないぞ』
ああ……。
さっきは浮足立ってた。
今から気を引き締める。
屋敷に侵入する奴は、蟻の子一匹見逃さない!
『うむ……』
それは、それとして庭木の剪定だ!
『お前の下働き根性には、たまに頭が下がるのぉ……』
じゃあ、下げとけ!
『もう、ええわい。わしは寝るぞ?』
了解。
なんだかんだで、俺ってこういう普通の仕事に向いてるんじゃね?
ギルドでお金貯めて、家と土地買ったら農業とかも悪くないよね。
****
二時間ほど使用人として作業をしていると、屋敷に来訪者。
裏門ではあるが、人間の気配だけだ。
気にするほどの事もないか……。
作業に戻ろうと思ったが、胸騒ぎがした。
屋敷の使用人は外には行ってないはずだし、何かの業者だとしても使用人がいないのに中に入るのは変だ。
俺が、気を抜いていい事は無い。
気配を消して、俺も屋敷の中へ入る。
何処に行くんだ?
二階?
「お前も俺の事、嫌いってわけじゃなかったんだろ?」
「嫌……」
「俺はお前の事を、本当に気に入ってたんだ」
「こっちに来ないで……」
「なっ? 俺と行こうぜ?」
「近寄らないで……」
「いい思いさせてやるって言ってんだろうが!」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
気配を消して階段を上っていた俺は、悲鳴を聞いた瞬間最速でその場へ飛び込んだ。
俺が目にしたものは……。
「あ……あああ……もう、私はレイ以外に触られたくないのよ……」
「こ……の……クソアマ」
手を真っ赤に染めて、その場にへたり込んだオリビア。
そして、胸に裁ちバサミが刺さったお漏らし男。
ジジィ! 起きろ!
俺は、急いで魔剣を呼び出し男の首を斬り捨てる。
「お前は俺の視界に入った」
首だけで転がる男にそれだけ言うと、震えているオリビアを抱きしめる。
人間は首だけでもしばらくは死なないらしいから、聞こえたはずだ。
「あ……ああ……私」
「大丈夫。大丈夫だ。殺したのは俺だ。お前に罪は何もない」
放心状態で涙を流すオリビアを、俺はただ抱きしめた。
くそ!
もっと用心するべきだった!
オリビアはこれで自分を責めるかもしれない!
『ケアはお前の仕事じゃ』
ジジィ……。
人を殺した俺に何も言わないのか?
『お前を責められる者など、この世にはおらん……』
昨日ジジィに文句言われてでもいいから、殺しておくべきだった。
その騒ぎに屋敷の使用人だけでなく、お嬢様達も様子をうかがいに来た。
集まった全員に俺が言ったのは……。
なんとも薄っぺらい言葉だった。
俺が男を殺した。
罪にとうなら、この国全ての軍隊を敵に回しても、俺は負けないと言う事と……。
今後オリビアに手を出せば、誰であろうと同じ目にあわせると言う事。
全く……。
俺ってやつは頭が悪い。
****
オリビアを彼女の部屋に運び、落ち着かせた。
そして、部屋を中から施錠させて仕事に戻った。
鍵は自分が持っているから大丈夫と、マスターキーの存在を失念していた。
本当に俺はどうしようもないほど大馬鹿だ……。
お嬢様達とオリビアは他の人間よりも魔力が強いので、識別しやすかった。
なので、仕事を続けながら屋敷のどこにいるかを常に把握していた。
そして、数時間後正面玄関側の剪定を終えた俺は、道具を片づける。
「んっ? なんだ?」
お嬢様達がオリビアのいる俺の部屋に向かっている?
鍵をしているから大丈夫だろうが……。
とりあえず、行っとくか?
はあ!?
俺は背後にいきなり現れた気配に振り向く。
そこには馬に乗り、片目を包帯で巻いた昨日の馬鹿がいた。
やっぱり転移か!?
「会いたかったよ! 魔剣士くん! この目の借りを返させて貰うよ~!」
魔剣を呼び出しかまえる俺に、馬鹿が叫んでいる。
その眼には狂気が宿っている。
目を潰されたのが、よほどムカついているみたいだ。
「認めよう! 君は強い! だから、考えたんだ! 痛みで眠る事も出来なかったしね!」
口上なんて聞いてるだけ無駄だな。
俺が跳びかかろうとした気配は、馬鹿に読まれていた。
俺と馬鹿の間に、真っ白い魔方陣が複数出現した。
なんだこれ!?
『油断するでないぞ!』
分かってる!
その魔方陣から昆虫の化け物たちが現れた。
まるでトンネルでも抜けてくるかのように、化け物達が魔方陣から歩み出てくる。
何匹いるんだよ……。
俺は、複数の化け物達に取り囲まれた。
「君を確実に殺す方法を考えてきたんだ!」
こいつ!
****
俺がその馬鹿と対峙している頃、俺の部屋にマスターキーを使いお嬢様達が侵入していた。
そして、罪悪感から部屋の隅で膝を抱えて座るオリビアを、ビクトリアお嬢様が掴みあげる。
そして、全力の平手打ちをする。
さらに倒れ込んでいるオリビアの顔を、蹴りつける。
「この薄汚い盗人! あんたはいったい何をしてくれてんのよ!」
「……お姉さま……」
ビクトリアお嬢様は、倒れこんでいるオリビアに、さらに平手をくらわせる。
「あんたなんか妹じゃないのよ! 気持ち悪い! さあ! 言いなさい! お前は何をしたの!」
「あ……あの……」
「イライラするのよ! このクズが!」
ビクトリアお嬢様は、倒れたままのオリビアを踏みつける。
何回も何回も執拗に……。
「お前は生きてる価値もないクズなのよ! そのクズが! 何してくれてるのよ!」
オリビアはただ身体を丸めてそれに耐える。
五歳から続く悪夢の時間……。
ビクトリアお嬢……ビクトリアのこの声を聞くと、身体が委縮して動けなくなる。
「ビクトリア!」
ソフィアの声で、ビクトリアが踏みつける事をやめる。
ソフィアは穏やかな顔をしているが、もちろん機嫌がいいわけではない。
オリビアに歩み寄り、髪をつかみ、顔を無理に上げさせた。
オリビアは、ただ震えてされるがままになっている。
「ねえ、クズ? 私は知っているのよ? あなたと傭兵達との事……」
「ああ……あう!」
ソフィアは、オリビアの髪をさらに強く握りしめ、言葉を続ける。
「あなたみたいな薄汚れたクズは、レイにふさわしくないと思わないの?」
「レ……レイは……ひぐっ!」
ソフィアはそのまま平手をみまう。
「あなたが彼を呼び捨てにしていいの? よくないわよねぇぇ!」
そのまま往復で平手を受けたオリビアの口からは、血が流れ出る。
そして、ソフィアは床に勢いよくオリビアの顔をぶつける。
交代するようにビクトリアが、顔を押さえるオリビアを、再び踏みつけ始める。
「今すぐに私達の……レイの前から消えなさい! いいわね!」
「そうですね~。この屋敷からもでていきなさい! このクズ!」
オリビアが五歳の時から続けられる儀式……。
何時もなら、ここでオリビアが泣いて土下座して謝る。
そして、クソ姉妹の言うままに何でもしてきた。
自分を屋敷に置いてもらう事と引き換えに。
しかし、今のオリビアには心の支えが出来た。
俺と言う心の支えが……。
「嫌……です! この屋敷から出て行ってもかまいません! でも……彼が許してくれる限り! 私は彼のそばに居る!」
オリビアの決死の訴え……。
その強い意志の現れた瞳に、バカ姉妹はたじろぐ。
しかし、すぐに怒りがこみ上げ、再びオリビアへの虐待を開始しようとする。
「このクズが! なに口答えしてるのよ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
ビクトリアがオリビアを蹴りつけようとしたその時、屋敷に悲鳴が響き渡り、扉が開かれる。
そこには片目になった馬鹿の姿。
「ひ!」
「レイ……レイは!?」
「あの魔剣士はレイと言うのかい? 彼は助けに来ないよ。さあ、どちらか一人ついてきてもらうよ」
「何で? 何で私達を?」
「怨むなら君達の母親を怨むんだね。いや、メシア様にその命をささげる事が出来るんだ。感謝するべきかな?」
「そんな……。お母様がなにかしたの?」
「お金なら払うから……。お願い助けて……」
「お金なんていらないよ。君達の母親は魔力が強かったんだよ。僕の最高傑作を完成させるためには、君達のような強い魔力を持った女性が必要なんだ。レイを殺すためにもね」
「そんな……」
「さあ、ついてくる方が手を挙げてくれるかな? もう一人はこの場で殺すけど……」
「ま……待って! お母様の血を引いていればいいのよね? 私達と取引しない? あなたはレイが憎いんでしょ?」
「ん? その顔は……。少しは面白い話が……聞けるかな?」
バカ姉妹は最悪の選択をしようとしていた。
俺はその間なにをしてたかって?
もちろん戦ってい……ません。
ちょっと情けない事になっていた……。
****
ジジィここは……。
『化け物達もこの中から出てきたようじゃな……』
くそっ!
はめられちまった!
化け物達を避け、馬鹿に斬りかかろうとした俺は、突然目の前に現れた白い魔方陣の中に取り込まれていた。
何もない真っ白い空間だ。
しかし、手で触ると分かるが長さ三メートル程の立方体になっているようで、完全に閉じ困られた。
魔剣でも斬る事が出来ず、全く脱出できない。
くっそ!
急がないと!
どうすりゃいいんだよ! くっそぉぉぉぉぉ!
魔剣を力任せに振るうが、全く斬る事が出来ない。
『落ち着け! 考えるんじゃ! この現象の正体を!』
落ち着けったって! オリビア達が!
『急ぐからこそ落ち着かんか! 原因を解明し、速やかに救出に向かうんじゃ! 分かったか!』
あ……ああ。
悪い、ジジィ。
『うむ』
奴の能力……。
白い魔方陣を出す時、オリハルコンの剣が白いオーラを出していたな……。
『これも、オリハルコンの能力じゃろうな……』
奴の斬撃は、空間を切り裂いた……。
何故か馬に乗っている……。
化け物を魔方陣から出した……。
気配がいきなり現れる……。
共通点は……。
『そうじゃ! 空間じゃ!』
あの馬鹿は空間を操作できるのか!
『そう見て間違いあるまい!』
そうか……。
あれは空間を斬っていたんじゃなくて、薄っぺらい別空間を飛ばしていたんだ。
斬っているわけじゃなかったんだ!
化け物達はこれと同じような空間に取り込んでおいて、移動した先で再び取り出す。
ただ、空間を作り出す能力だから移動手段としては使えない。
『特殊な空間で、馬に乗った自身を隠して町に侵入しておったんじゃろうな……』
あの剣は魔力で疑似空間を、作成する能力ってわけか……。
脱出方法はこの空間を壊すか……。
『多分、奴がこの場を離れれば空間が消える可能性が高いのぉ』
でも、それだとオリビア達がさらわれた後だろうな……。
この空間を壊すしかないか……。
魔力で出来てるから……。
ジジィ、秘言で魂は集められるか?
『ここでは無理じゃろうな……』
今のままで、魔力の相殺は?
『それは昨日防御されたのを見た通り、無理じゃ』
なら残る手段は……。
『今のお前にならば、不可能ではないはずじゃ!』
分かってる……。
集中するから、少し黙ってて……。
師匠は、ただそこにあるものを斬れといった。
空気を斬るのではなく、空間それ自体を……。
力でも速度でもない……。
五感全てが必要ない……。
明鏡止水……。
空間を斬るために必要なものは極限の脱力。
ただ、剣が導くままに振るえ……。
<スペースリッパー>
俺を包んでいた真っ白い空間は、ガラスのように粉々に砕けた。
で……出来た~……。
ちょっと自分でもびっくり。
元の屋敷の庭に戻った俺は、気配を確認する。
遅かった……。
くっそぉぉぉぉぉぉ!
****
俺は、急いでオリビアの部屋に走り出す。
階段や廊下には、傭兵や使用人達の死体が転がっている。
くそったれ!
俺が部屋に飛び込むと……。
俺にバカ姉妹が抱きついてきた……。
「ああ、怖かった」
「レイ? 無事なのね? 怪我はない?」
最悪だ……。
「オリビアは何処だ?」
「あの……」
「片目の男が連れ去りました。私達ではどうしようもなかったんです」
「なんで、オリビアだけを?」
「それは……。あの男が勝手に連れて行ったのよ!」
「ねえ! 私達と安全な場所に逃げましょう!」
この屋敷からは、二人以外の気配が消えている。
狂気に魅入られたあの馬鹿に、皆殺しにされたんだ。
「ねえ? レイ!」
「早くしましょう? レイ!」
こいつら……。
自分の妹を……。
俺の恋人を差し出しやがった……。
「俺に……」
「えっ?」
「俺に触るな! お前らは最低だ!」
「そんな……」
「貴方は、私達の気持ちを……」
「知るか! そんなもん! この場で俺の殺されないのが、救いだと思え!」
****
馬鹿共を突き飛ばし、俺は屋敷を飛び出した。
最悪だ……。
考えうる中で最悪の方向に、事が進んでる。
こんなのないよぉぉ、神様!
頼むよ! 何でもするから……。
チクショォォォォォ!
やってらんね~……。




