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Mr.NO-GOOD´  作者: 慎之介
第一章:聖王国の学園編
5/106

四話

「うむ。それでどうだ?」


「あれからは特に何も感じませんね」


「そうか……」


俺が、学園で最低のクズと呼ばれ始めて三日後。


俺はマキシム家現当主であり、王国の騎士団長で将軍のアドルフ様の部屋で密談をしていた。


アドルフ様だけが俺の事情を知っており、色々と依頼をされる事がある。


密談の内容はここ二回ほど発生した、学園での高レベルモンスター事件のその後についてだ。


学園で会長との一件以来俺は常にそれらしい事や魔力を感じないかを気にしているが、あれ以降は何も発生していない。


密談している理由は魔の力を使う事は、アドルフ様と俺だけの秘密だからだ。


何回でも言うが、他の誰にばれても俺は死刑になってしまう可能性が高い。


それか、お尋ね者かな……。


やってらんね~……。



「あの破片についてだが……」


「はい」


「やはり同一のものだった」


「そうですか……」


「しかし、ルナリスの物でもなくてな……」


「って事は……」


「うむ、あの魔法具からの調査は手詰まりだ」


あのモンスターを呼び出す魔法具は、ルナリスとアルティア王国で産出する水晶により作られている。


その魔法具自体はそう問題ではないが、呼び出されたモンスターのランクが問題だ。


Bランクモンスターは魔族の国でもそう滅多にいる存在ではない。


魔族の兵士の多くがD~Fランクで、Cランクの力があれば部隊長になれる。


にもかかわらず、Bランクモンスターにこの聖王国内で二度も出くわしたのは、はただ事ではない。


正直一度目は何かの手違いによるものかとも思ったが、二度続くなんて有り得ない話だ。


最近、密談ではあるが毎日のように俺が報告に来ているのは、この件がどれほど重要なのか俺では全く判断できないので、アドルフ様に判断をゆだねたからだ。


現在学園側は、アドルフ様の権限で関係者に口外を禁止している。


そして、当事者であるファナさんを襲った先輩と、マークには軍からの尋問があったそうだが、二人とも同じ返答だったそうだ。


返答内容は、露店で魔法具を売っていた男に呼び止められレベルは低くないが十分扱えるのでと言われ興味本位で買ったらしく、それ以降その男には会っていないそうだ。


アドルフ様もその尋問を見ていたそうだが、嘘を言っている感じはなかったらしい。


今二人には軍からの監視が付いているが、利用されただけだと俺は思っている。


「じゃあ、今後も……」


現在俺は、リリーナお嬢様護衛以外にも、異変の監視をアドルフ様から頼まれている。


「うむ。これを見てくれるか?」


「はい?」


アドルフ様はバツ印が複数付いた、王都の地図を机の上に出した。


「これは、この二カ月で頻発した魔物達の事件を記した図だ。そう言えば、この中の一件はお前が解決したんだったな」


「はい」


先日リリーナ様を助けた食堂にも、印が付いていた。


「これでは……。脈絡もなにもあるとは思えませんね」


「うむ。だが、こうすると見えてくるものがあるのだ。この印の場所では少なからず犠牲が出ている」


「これは……」


「気がついたか……」


折りたたまれていた地図を王国全体に広げると、ある事が見えてきた。


「これ程大規模に……」


「うむ。お前はこれをどう見る?」


「なにか……呪術的な魔法陣でしょうかね? それもかなり計画的な」


「何かが始まっているようだ……」


「はい。まだ、何が目的の陣かは分かりませんが、人の命を犠牲にしている上に魔物が絡んでいる以上ろくなことじゃなさそうですね」


「うむ……。今後お前に頼る場面が増えるやもしれん」


「確かに、これだと学園でも事件を起こそうとした理由がよくわかります」


地図から推測されるポイントの一つが学園になる。


「お前が動き易い様に、頼まれていたこれを渡しておこう」


「助かります」


会長の一件以来生徒会が、マスクの魔剣士を捜している。


前回マスクをかぶっていたとはいえ服装が制服のままだったので、生徒会により妖しい生徒がリストアップされているそうだ。


なので、憤怒のマスクと同系統の魔道具をアドルフ様へ依頼していた。


今回もピアス型で〈嘆きの服〉と言う、服を換装する魔法具だ。


黒に近い紺色で、特殊な素材でできた戦闘向きの服だ。


これで、他の生徒を巻き込まずに……なんてのはどうでもいいが、俺の命にかかわる事だから手を抜けない。


「まだ、正規兵にもなっていないお前には申し訳ないが……」


「お気になさらないでください。俺が生きていられるのはアドルフ様のおかげです」


「そういってもらえるなら、私も少しは気が楽になる。お前なら、例の部隊のエースになれると思っている。その訓練だと思ってくれ」


「ありがとうございます。努力します」


実は、俺の卒業して以降の赴任先は、すでに決まっている。


聖王国であるこの国の軍にも、例外はあり特殊な汚れ仕事をこなす部隊があるのだ。


王国のごく一部の人間にしか知られていないが、十名未満の魔を操る特殊部隊であり、将来俺はそこに入ることになっている。


この部隊に入るには、王国への最低限の忠誠を示すという意味もあるのだろうが、正規兵としての資格を持っていなければいけない。


なので、俺は学園を何とか卒業しないといけない。


しかし、それまでは隠さないと死刑。


もしくは、指名手配犯として国外逃亡ってところかな。


「うむ。それともう一つ頼まれてほしい事がある」


「……もしかして、お嬢様以外に、姫様もってことですかね?」


「学園には偽装させた優秀な兵を配備したが、お前にも頼みたい……」


「分かりました」


実は、俺の一つ上の学年に王国の第二王女リアナ:D:アルティナ様が通学されている。


長女の第一継承権のあるマリス様は、去年卒業しているので問題はないが、妹君はまだ在学中だ。


国内で王女様に何かあれば、洒落になる話ではない。


リアナ様は明るい。と言うよりも、頭がお花畑な天然娘として有名だ。


彼女も容姿が良く男性に人気はあるが、その天然の酷さと地位の高さから、マドンナとは言われていない。


まあ、ちやほやはされてるらしいが。


しかし……。


「その件で、お嬢様の事申し訳ございません」


「いや……。お前には本当に苦労をかけてすまないな。仕事にかまけてあまり教育出来なかったが、あれほど気が強くなるとは我が娘ながら……」


「いえ……。私のミスですし……」


俺は、お嬢様の護衛をしないといけないのに近づく事が許されなくなったので、何かあった際に救出できる可能性が下がってしまった。


「それよりも……学園内でのお前のうわさを耳にしたが……」


「ああ……」


「仕方ないとは言え……」


「どうしようもないですから……」


「すまないな……」


そう、アドルフ様だけは分かってくれる。


でも、俺が全生徒から最低のクズと呼ばれている事は知ってほしくなかったなぁ。


俺が不器用なのは認めるが、運の無さはどうにかならないもんかなぁ?


「あっ!?」


「どうした?」


俺は、ある事に気が付いてしまう。


「この地点も事件が起こる可能性があるんじゃないですか?」


「うむ。それがどうかしたか?」


「ここは、研修で行く正殿があります……」


「なるほど……」


そう、来月法術の研修として、事件が起こる可能性のある海岸沿いの正殿へ行く。


それも全学年で三日も……。


さらに、研修中は正殿内から出ないが二日目の午後には自由時間が設けられており、近くの海岸へ泳ぎに行く事が出来る遠足も兼ねたイベントだ。


正殿内ならまだしも、広い海岸を勝手に動いている生徒なんて、俺だけじゃどうしようもない。


その後、アドルフ様と作戦を練り、特に二日目に正規兵を多く配備することになった。


なにもおきてくれるなよ……。


もちろん、不幸の塊である俺の願いなどかなうはずがない。


****


それから学園内で不審な事がいないかを確認……しようとはした……。


学園内の確認をする為、友人がおらず情報源の無い俺は、仕方なく学園内での徘徊と盗み聞きをすることにした。


しかし、俺が学園内を徘徊するだけで皆から誹謗中傷を受ける。


男子からは軽蔑のまなざしと、すれ違いざまに足をひっかけられる。


そして、ほぼ全ての女子からは気持ち悪いだのなんだのと陰口を……。


てか、陰口ってのは本人が聞こえないように言うもんだ。


聞こえるように言うのはただの悪口だ。


この学園には性格悪い奴しかいないのか?


俺が休んだ日に学園に隕石群でも降り注げばいいのに……。


しぶしぶアドルフ様へは事情を話し、学園内の見回りは清掃員や臨時教師としてもぐりこんだ軍の人に任せることになった。


マジで恥ずかしい。


この怒りをどこにぶつけよう?


ははっ……軍でいらつく事のあったバイスに八つ当たりはされても、俺に怒りをぶつける先なんてない。


****


もちろんその日の俺は涙目で剣を振り続けた。


屋敷の裏山で毎日している剣の稽古に、鬱憤をぶつけるくらいしか出来ない。


「バイス死ね! リリーナ死ね!」


一振りごとに呪詛を口にする。


だって、人間だもの……。


俺を誰か人間扱いしてよ。


これじゃあ、クラスも学年も違うお姫様に近づく事なんてできないよ。


ただでさえ姫様はアイドルのように皆に人気がありちやほやされて、常にとりまきがいるから近づきにくいのに……。


俺の心の支えになってくれているアドルフ様に恩返しが出来ないじゃないか!


しかし、同じ落ちこぼれでも立場が違うとここまで違うのか……。


姫様には必要ないとはいえ、剣術・体術はもちろん法術も学年最下位で俺と成績自体はほとんど変わらない。


俺なんてそれだけでこの扱いなのに!


「リアナ死ね! リアナ死ね!」


もう一度言おう、俺が悪いんじゃない世の中が間違ってるんだ! こんちくしょぉぉぉ!


こんな感じで俺は毎日くたくたになるまで修練をして眠る。


ある意味健全な生活だ。


****


学園で何も起きない日々が過ぎ、ついに研修の日が来た。


研修のために宿泊施設の完備された正殿へと、学園ほとんどの人物が向かう。


法術とは人間が持っている魔力を使い、聖なる神に力を借りて使う魔法の事だ。


俺も魔力はあるが、魔剣の影響で聖なる力は全く使えない。


実は魔力は全ての人間にあるのでどんなに弱くても法術は使える。


しかし、俺には使えないので、学園では俺は生まれつきの特異体質と言う事になっている。


教師からもそう認識されている。


そんな俺は、皆が正殿の神官達に法術の手ほどきを受けている間、雑務をさせられる事になった。


なんで俺はここに来なければいけないだ?


俺は休みでいいじゃないか?


警護をしないといけないので自分からついて行くと言ったのなら、この扱いになるとは思うが、今回は半強制的に教師から労働を言い渡された。


何だ、この学園?


教師も頭が弱いのか!?


勿論、神官に俺が魔剣に寄生されていると、気が付かれるよりはましだが……。


なんか、納得いかねぇ……。


こんな感じで俺はクソ広い正殿を掃除して回った。


ちなみに俺は料理も得意なのだが、女生徒から苦情がきてはいけないと言う事で、今回はそちらには回されなかった。


結構料理には自信あるんだけどなぁ。


しかし、その日二つの特別な事柄があった。


その一つ目は、俺が正殿の裏庭を掃除している最中に遭遇した。


****


俺が、これまたクソ広い裏庭の草むしりを終え木陰で休憩をしていた時だ。


人の気配がするので、隠れて様子をうかがってみると神官らしき人物と、黒ずくめの人物が何かをこそこそと話していた。


「……どうだ?」


「……言わ……通り…………完了…………した。……大丈夫…………」


遠くて聞き取れない。


しかし、あの黒ずくめの奴は妖しすぎる。


このゆだるような暑さの中、全身マントに黒い頭巾って……。


例の事件かそれ以外の如何わしい事件の関係者でもない限り、ネジが飛んだ馬鹿だ。


気になった俺はその神官を特定すると、アドルフ様へ連絡をして神官への警戒を依頼した。


これは、俺よりも軍の兵士に任せるほうがいいだろう。


そして、もう一つは俺が、夜の日課である剣の修練を終わらせて宿舎に帰る途中におこった。


****


「くそっ! 神官ってのも腐ってるな」


俺の宿泊場所は、布団が敷かれただけの物置だった。


そして、他の生徒たちが豪華なビュッフェ形式の食事なのに、一生懸命働いた俺は魚の干物と野菜くずで作ったスープにパンのみ。


神官を一人ずつ殴ったろかっ! くそ!


出してくれたのはアドルフ様だが、研修の費用も他の生徒同様に払ってるはずなのに……。


俺はどこのシンデレラだよ!


などと一人愚痴りながら気づかれないように部屋に入ろうとした時、人影が宿舎から出て来るのが見えた。


俺は疲れていたが仕方なく、その影に気がつかれないように後を追った。


万が一例の事件に関係あれば洒落にならないからね。


その人影は海岸から海を眺めていた。


「ばっきゃろぉぉぉぉ!」


はい!?


いきなり海に向かって絶叫しやがった。


びっくりしたわ!


その影は声から女性だと分かった。


この件は事件と関係ないので帰ろうと思った時、俺は気がついた。


その影は姫様だ。


何やってんだ!?


わざわざ付けている警護をかいくぐって。


アホですか?


これはさすがにそのままには出来ない。


仕方なく、気配を消して姫様の警護をすることにした。


俺の貴重な睡眠時間が……。


しかし、姫様は海に叫ぶほど何が不満なんだ?


満たされまくっているだろうに……。


しばらく海を眺めた姫様は海岸に座り何かをしている。


さすがに月明かりだけでは何をしているかまでは分からないが……。


ここは明日の自由時間に生徒達が遊ぶ予定の海岸……。


まあ、俺には関係ないか。


少女チックに貝殻でも拾ってたのか?


さっさと宿舎に帰れよなぁ。


そして、そのまま姫様は波打ち際を歩き始めた。


仕方なく俺もその後を追う。


身を隠す場所の少ない海岸で、ある程度距離が離れたら、走ると言う追跡を続けた。


何をしているのか知らないが、姫様は少し進んでは砂浜に座り込んむ事を続けている。


やっぱ貝殻でも拾ってるのかな?


姫様は見た目が王妃様に似て可愛い。


性格もとても明るく身分に関係なく接するので、国中の皆から愛されている。


貝殻を拾うのも似合うだろうさ。


でも、俺の睡眠時間に負担をかけないでくれよ。


最悪俺は明日も労働しないといけないかもしれないんだから。


姫様から距離が離れたので、音もなく砂浜を走っていたはずの俺は何故か砂浜で壮大に転んでいた。


足元を見ると足首まで埋まる程度の落とし穴があった。


ここは確かさっき姫様がしゃがんでいた場所……。


はい!?


そう、ばれないように姫様は明日の生徒たちに地味な悪戯を準備していたのだ……。


この馬鹿女何してんだ!


「あなたは確か……」


顔を上げると、砂浜に寝そべる俺を見下ろす姫様がいた。


おおぅ……。


見つかってもうた……。


「思い出した! 確か、クラスメイトや会長さんを襲った最低の落ちこぼれくんじゃない!」


え?


俺、会長も襲ったことになってるの?


どうする!?


どうすればいい!?


しらを切るしかないよな?


「何してるの?」


「いえ……ただの散歩をしていたら姫様をお見かけしたので……」


う~ん……。


俺は馬鹿かもしれない。


いい訳になってない。


「じゃあ……見ちゃったんだ?」


「はぁ……」


「そう……」


そこからしばらくの沈黙。


また、姫様を襲おうとしたなんて噂が拡がったら、俺はどうなるんだろうか。


ははっ……もし殺されるくらいなら、魔剣出して暴れようっと……。


「確か、あなたは学園で居場所がないんだったわよね?」


何をストレートに聞いてるんだ?


この馬鹿おん……姫様は。


「はぁ、まあ……」


「じゃあ、取引しない?」


「取引? ですか?」


「そう、取引」


「何のでしょうか?」


「私がした事を黙っている代わりに、あなたを学園で守ってあげる」


何言ってんだ、こいつ?


「私の使用人になりなさい。あなたの雇い主には私から話を通すから」


だから、わかんね~よ。


「私はね……」


そこから、姫様の聞きもしていない暴露が始まった。


長話なので要約すると、姫様は王族と言う事で外面をよくしているが本当は硬い喋り方も嫌いで、勉強が嫌いで、何にも考えずに遊ぶのが好きで、悪戯が好きなんだそうだ。


なので、日ごろ常に監視されていて素が出せない今の生活に不満がある。


確かに、王位は第一王女様が継承するだろうから、末娘のリアナ様は甘やかされて育ったのだろう。


これだけ満たされてるのに不満だと?


俺と中身入れ変わったら、三十分で後悔するぞ?


この脳みそお花畑が!


「ふふふ……」


「どうされたんですか?」


「ごめんね。素直に話が出来てなんだか嬉しくて」


なるほど、それで取引か。


自分の裏を知っている俺をそばに置いて、他の生徒から守る代わりに、姫様の気晴らしに付き合えって事か。


確かに悪くない取引だ。


しかし、アドルフ様は裏切れない。


「明日は私と一緒にいなさい! いいわね!」


おや?


俺はまだ返事をしていないのだが?


はは~ん。


強制ってやつですか……。


こいつは天然なんかじゃない。


頭蓋骨のなかにプリンか何かが詰まってるんだ、きっと……。


****


そんなこんなで、翌日の自由時間は姫様と過ごすことになった。


朝一でアドルフ様へ連絡を行い、姫様護衛の兵士半分を、他の生徒への警護に回すことになった。


そして、俺も自由時間に警護をしながら遊べることになった。


てか、正殿の人間はその自由に過ごしていい日も、俺を働かせるつもりだったようだ。


正殿の人間マジで、皆殺しにしたい。


警護の関係で姫様は他の生徒から離れた海岸で遊ぶことになっている。


警護の人間と、俺だけがそばにいる状態だ。


姫様は素を全開にして、俺はそれに付き合わされた。


飲み物とお菓子のぱしりから始まり、分かっていてもかからないといけない落とし穴に五回ほど引っ掛かり、テトラポットの上から二回突き落とされ、警護の人間にバケツで息が出来ないほど海水をぶっかけられ続けた。


これは、ある意味俺の身が持たん。


くっそ高い位置から突き落とされた時には、少し死を覚悟した。


てか、その日だけで何回か三途の川を渡りかけちまった。


警護の人間に無理やり海に沈められてダウンした俺は、海岸で少しだけ休ませてもらえる事になった。


姫様は砂浜で一生懸命砂の山を作りトンネルをつなげようとしている。


ガキが……。


しかし、性格を除けば外見はものすごく可愛い。


学園で見かける天然ではあるがおしとやかにしている彼女が、ちやほやされるのもうなずける。


それに、悪戯の度が過ぎてさえいなければ、無邪気でかわいいと思う。


あの笑顔は魅力的だ。


あれ?


もしかして俺……。


うまくリアナ姫ルートに乗れた?


姫のわがままに苦労はするがそれが実は嫌じゃない上に、逆たまの主人公ってストーリーですか?


確率は無いに等しいがあれだけ可愛い姫様が彼女になってくれるなら、少しくらい苦労してもいいかも知れん。


「もういいでしょ?」


などと考えていると姫様が、俺を次の遊びに誘ってきた。


次は何する気だろう。


警護の人間を少し離れたところで待たせて、姫様は桟橋に向かう。


今度はあそこから俺を落とすのか?


まあ、それくらいは我慢できる。


その時、姫様に浮き輪を渡しておけば……。


まさに後悔先に立たずだね。


****


姫様は桟橋から船を見たり、近くにいたカニなどを手に取ったり遊んでいる。


そして、俺に色々話しかけてくれる。


これだけ女性と会話すること自体久し振りだ。


昔はリリーナお嬢様とこんな感じだったのになぁ……。


あ……やべっ!


俺の目から心の汗が流れそうだ。


「かわいい!」


姫様が海牛を手づかみで俺にさし出した時に状況が一変した。


その桟橋付近から強力な魔力が立ち上り始めた。


まずい!


これは……結界だ!


狙いは姫様だったんだ!


俺は、反射的に姫様を結界の範囲外である海へ、突き飛ばす。


それと同時に桟橋に脱出不可能なタイプの結界が発動する。


これはたしか外からは異常がないように見える、法術の高等結界。


反射的に立っていた場所から飛びのくと、先程まで俺がいた桟橋の先端が吹き飛んでいた。


そして、海から首をもたげているのは……シーサーペント。


海竜の一種でBランクのモンスターだ。


最悪だよ、ちくしょう。


いや、姫様は逃がしたし、俺がここで魔剣を出しても見つからない。


ある意味で、運はいい!


俺は、急いで魔剣を呼び出し念のためマスクと服を装備した。


その瞬間、シーサーペントの口からとんでもない威力の水流弾が俺に飛んでくる。


転がるように避けたが、桟橋がまた破壊された。


戦いの環境として、そこは最悪だ。


結界内での足場は桟橋と二台ほどの船だけで、それもどんどん削られていく。


海の中に入ってシーサーペントと戦って、勝てるはずもない。


強力な遠距離攻撃を持っているこいつを、俺はどうすればいいんだ?


奴の首に剣が届けば、切断できる自信はある。


てか、俺にはそれしかない。


どう近づく?


やはりかく乱しかないか……。


俺は、全速でシーサーペントの視界から逃げ、船の影に身を隠した。


そして、水流弾が止んだ瞬間に、船を飛び越えてシーサーペントに斬りかかる。


しかし、シーサーペントは反応しやがった。


空中で身動きが出来ない俺は、水流弾の直撃をくらう。


反射的に魔剣を盾にしたので、少しはダメージを軽減できたが、もう今までのような動きは出来ないだろう。


俺がぶつかった船は半壊している。


どう戦えばいいんだ?


もう全速も出せない。


水流と水流の間隔は五秒程度しかない。


隙間を縫って斬りかかるのももう無理だ。


どうする?


その時俺は、決断した。


残された俺の選択肢は背水の攻撃のみ。


ダメージの軽い右足に全ての力を込める。


今だ!


シーサーペントが俺に向かい水流弾を放とうと口を開いた瞬間に、右足に溜めた力をすべて解放する。


俺はその水流弾に向かい真っすぐ魔剣を突き出した状態で、飛び込んだ。


俺の使える最大の突き技<シャイニングアロー>。


全身を一本の矢に見立て、全力で相手に飛び込む突き技だ。


水流弾に押し負けた瞬間、俺の死が確定するがこれしかもう残っていない。


俺の全てをぶつけた。



俺は、まだ魔剣の全ての力を理解できていなかった。


水流弾に魔剣の切っ先が触れた瞬間、それははじけ飛んだ。


そして、俺の体はシーサーペントの口から頭を突き破り、海に落下した。


魔剣には、水流弾を無効化してしまうほどの力があったらしい。


その時の俺は理解できていなかったが、自分が生きている事を感謝していた。


姫様を守って生還できた。


リアナ姫のフラグが立っただろうなんて考えていた。


自分に死ぬほど運がない事を忘れて……。


****


シーサーペントを倒し、しばらくすると結界は解除された。


そして、辺りを見渡すと警護の人間に囲まれて、砂浜にあおむけで寝そべる姫様が見えた。


俺は、体の痛みを我慢してそこへ急いだ。


そして、俺が海岸に泳いで辿り着くと同時に、気を失っていた姫様が目を覚ました。


「大丈夫ですか?」


俺の問いかけに返ってきたのは……姫様からのビンタだった。


なぜ!?


砂浜に倒れ込む軽く重症な俺を、姫様は容赦なく踏みつけ続けた。


その間中ヒステリックに彼女が叫んでいた言葉から、状況が理解できた。


まず、姫様は泳げない。


そして、あの結界の外からは溺れる姫様をただ笑って見ている俺が映っていたそうだ。


姫様は警護の人が救助した。


「怒ってるならそう言ってよ! せめて、ギリギリでは助けるもんじゃないの!?」


俺を蹴り続けるお姫様は、心からの怒りを叫び続けていた。


はいはい、バッドエンド。


****


俺は、その時から警護の人に邪魔をされて姫様に近づけなくなった。


翌日は、体中が軋むのに正殿の雑用をさせられた。


研修から帰宅後、アドルフ様と再度密談をする。


あの結界は俺が目撃した神官の仕業で、娘を人質にされ仕方なくした事だと分かった。


そして、死体で送り返された娘を見てその神官は自殺したそうだ。


また、犯人の手掛かりは見つからなかった。


「すまないが、今後はさらに注意してくれるか?」


「はい……」


アドルフ様から再度学園の警護を依頼され、それを引き受けた。


今回の事で一つ分かった事は、俺の体って意外に頑丈らしい。


あれだけのダメージが二日後にはほぼ回復していた。


****


翌日、学園に行くと案の定というか……。


俺が姫様まで襲おうとした上に、危うく殺しかけた事がうわさになっていた。


これで俺は、学園内だけじゃなくて王国全体で人間のクズと言う事になった。


いやいや……神様よ……。


俺の事がそんなに嫌いなら殺せよ! いっそひと思いに殺せばいいじゃないか!


やってらんね~……。

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