九話
「ジジィ死ね! ジジィ死ね! ジジィ……」
『毎日毎日……なにが楽しいんじゃ?』
「ふっ!」
いや、なんか日課になってるから、これ言ってる方が調子がいいんだよ。
「ガチホモ死ね! 死んでろ! 頼むから!」
『それは、本当に調子がいいのか? かえって修練の妨げになると思うんじゃがのぉ』
いいじゃんか。
ジジィに話しかけられる方が邪魔だぞ。
『むう』
俺は、今日も今日とて夜中に屋敷の裏庭で剣を振るう。
死神の剣技ってのは底なしだ。
師匠から十分すぎる程だと褒められはしたが、修練を積めば積むほどまだ上がある事が分かってしまう。
ガキの頃見せられた、師匠の一挙手一投足。
思い出すと、全てが今の俺とは次元の違う洗練された動きだった。
何気ない動きでさえ、今の俺にはまねできるか自信が無い。
ゆっくりした動きに見えるが、とんでもなく速かったし、隙なんてあるはずがない。
多分師匠はその気になれば、ただ歩くだけでも音速超えるんじゃないかな?
そりゃあ、神様ですから人間の俺とは元々違うんだろうけど。
どうやれば、あの身体の動きや魔力コントロールの足元が見えるんだろうか?
一生かかっても無理な気がするけど……。
やめられないんだよね。
『相手は並ぶ者のいない、死をつかさどる神じゃ』
分かってるんだけどね。
でも、師匠って自分でこの剣技を作ったんだよね? 神だし。
『多分そうなんじゃろう。もう、何億年も生きておるはずじゃ。ただ……』
ただ? なに?
『あのお方は自身を神ではないと言っておった』
はっ?
あんな反則的な魔力持ってて、何億年も生きてるのに?
神じゃなきゃ何なんだよ?
『わしにも分からん』
う~ん……。
だとすると……。
やっぱり、この剣技って師匠が考案者じゃないのかな?
『何故じゃ? 何をこだわっておる?』
修練をすればするほど感じるんだけど……。
この剣技って、明らかに自分よりも強い相手を想定して作られてるんだよ。
『確かに……』
一対多を相手にするようにも出来てるんだけど……。
自分より弱い相手を、上手く倒すような技じゃないよな?
少ない力で最大限の効果を発揮したり、自分の限界を無理やり引き出したり、虚を突いたり敵を撹乱する戦い方も多いし。
まるで、人間が化け物と戦う為に出来ているみたいな……。
『そうじゃな……。そのおかげで、お前が戦えているともいえる。しかし……』
そうなんだよ!
あの師匠よりの強いって……。何?
神様より強い奴なんかいるはずないよな?
『もしかすると、あの御方も生まれつき強いわけではなかった。と、言う事も考えられんか?』
そんな、人間じゃあるまいし。
神様は生まれた時から強いんじゃないの?
あっ、でも。
『そうじゃ、神同士が戦う場合ならば、優劣が出てもおかしくあるまい?』
確かに……。
師匠より強い神様がいて、それを倒すために剣を磨いたって事か?
じゃあ、やっぱりこの剣技は師匠が、その強い神を倒すために考案したのか。
『間違いないとは言えんが、自然ではないかのぉ?』
まぁ、そうだよね。
てか、神様って師匠並みに強かったら、死んでから蹴りあげるの手間がかかりそうだな。
『お前はそんなことの為に修練しておるのか……』
当たり前だ!
超重要事項だかんね!
ある種、その為に生きてるから!
『気持ちいいくらい、歪んどるな』
ジジィが気持ちよくなっても仕方ない!
てか、キモイ!
『なっ! お前は……』
****
一通りの修練を終えた俺は、手の甲で汗を拭う。
さて、そろそろシャワーでも浴びて寝るか。
んっ?
こんな夜中に、人の気配?
何だろう?
なぁ? ジジィ?
……。
ふて寝しやがったな、クソジジィ……。
使用人さんが、なんかしてるのかな?
俺は、人の気配がする方へ歩を向けた。
水の音がする。
何か洗ってるみたいだな……。
夜中までお仕事御苦労さんだね。
ちょっと手伝ってやるかな?
そして、気を抜いた俺は屋敷の裏庭を抜ける角を曲がり、水道のある場所を……。
おおおおおおお!
しぃぃぃぃぃまったぁぁぁぁぁぁぁ!
気を抜いてまったぁぁぁぁぁぁ!
はめやがったな! 神様こんちくしょぉぉぉぉぉ!
くそっ!
ここ最近は、上手くいってると思ったのに!
今回こんなオチか!
曲がった先に居たのは、裸で身体を洗う女性……。
やばい! やばい! やばい!
釣られちまった!
相手も俺の事に気が付いて、こっち見てる!
てか、目が合ってる!
それも、今日は空に雲がないから、月の光でお互いがバッチリ見える!
言い訳出来る状態じゃないよ!
この展開は間違いなく、女性の悲鳴の後、犯罪者扱いだ!
もぉ~!
やってらんね~……。
なんですか?
次は痴漢ですか? 変態ですか? 強姦魔ですか?
多分、この仕事クビですね。
分かります。
さぁぁぁぁぁい悪だぁぁぁぁ!
俺が殺せないからって、こっちの方向に持っていこうとすんな!
馬鹿か! 神様!
てか、マジで勘弁してよ!
……おや?
俺が、その女性の裸を見て固まっている間……。
その女性は視線を水道に戻し、何もなかったかのように身体を洗っている。
どう言う事?
えっ? なんで?
何? この子、露出狂?
俺じゃなくて、この子が変態なの?
てか、もうかなり寒い季節なのに、何で水で身体洗ってんの?
そういう修行!?
それとも、この子の頭がマジでおかしいの?
部屋に帰れば、温水出るだろう?
何してんの? この子?
あっ! もしかして……。
いったん無視してか~ら~の~的な事か!?
この後、悲鳴ですか?
どうすんの? 俺!
不用意に動けないけど、このまま凝視するのも絶対まずい!
どうすればいいの!?
誰か!
助けて下さい!
もう、犯罪者扱いは嫌です!
……。
あれ?
俺が待てど暮らせど、悲鳴は聞こえない。
ただ、目の前の女性は黙々と身体を洗っていく。
え~と……。
これはどうするべき?
無言で立ち去って……。
それも、なんかまずい様な気がする……。
「あの……」
俺は、間の抜けた声を出した。
「……少々お待ち下さい」
「はい」
女性からは、機械的な待てという言葉。
あれ?
怒ってないの?
いや! 気を抜くな!
待たせておいて、警備兵につきだされる可能性もある!
でも、待つと返事しちゃったな……。
無言で逃げる方がよかったのか?
どうすれば、この状況から許されるんだ?
胃が痛くなってきた……。
俺が、身動きできない間にも女性は身体をタオルで拭き、着衣を纏う。
俺はこの女性を知っている。
屋敷で一緒に働いている、使用人の女性だ。
化粧っけは無いが、美人なので覚えている。
確か、執事さんがオリビアって言ってたな……。
あ、オリビアの準備が整った。
「お待たせしました……。では、参りましょう」
ああ……。
死刑執行ですか……。
掴まってたまるか!
やばくなったら、金持って全力で逃げてやる!
音速で逃げてやる!
****
そう、心に決めながらも俺は裸を見てしまった負い目から、オリビアの促すままに屋敷の中へと入った。
何?
俺は、何処で変態として吊るしあげにあうの?
「どうぞ……」
オリビアは、電気もついていない使用人用の部屋の扉を開き、中に入る様に扉を開けてくれた。
んっ?
何? この展開?
もしかして、この子自身がナイフとか振り回して殺そうとしてくるの?
えっ? そっち!?
そっち系ですか!?
ガチャリと、俺の背後から音が聞こえた。
俺が部屋に入ると、オリビア自身も部屋に入り内側から鍵を閉めたのだ。
やっぱり、そっちか……。
うん!
全力で逃げよう……。
死にたくないからね!
変態に仕立てあげた上で殺そうとするなんて……。
今回手が込んでるじゃないか、神様よ~。
女の裸見せれば、俺が素直に死ぬと思うなよ!
その点だけは感謝するけど……。
「……では、どうぞ」
はい?
え……。
あの……。
はい? 何これ?
オリビアはベッドの前に移動すると、着衣を脱ぎ捨てこちらを見ている。
ええええええ!
何これ!?
死亡フラグじゃなくて、御褒美だったの!?
何これ!?
この訳の分からないタイミングで、チェリー卒業!?
いや! 待て待て!
何時もここで気を抜いて、大変な目にあうんだ!
でも……。
据え膳食わぬは……っていうしなぁぁ……。
オリビア美人だよな……。
胸は小さいけど、スタイルいいよな……。
あああああああ!
どうすんの? 俺!
「いいのか?」
って!
何聞いてんの? 俺ぇぇぇぇぇぇ!
いくなら、いっそひと思いにいこうぜ!
チャンスだったら逃げるじゃないの!
「……どうぞ」
マジでぇぇぇぇぇぇぇ!?
いいの?
いっていいの?
いっちゃうよ? いっちゃっていいの!?
むしろ、逝っちゃうよ!?
それでもいいの!?
あ……。
俺は、オリビアの身体に触れようと手を伸ばしかけたところで……。
気付いてしまった……。
彼女の心が、今この場にない事を……。
その、死んだような瞳から気付いてしまった。
オリビアの瞳からは、光を全く感じない……。
絶望する事も忘れた……。
心を殺した瞳……。
この、まるで作り物のような整った顔の女性から、感情が感じとれない。
本当に目の前には一流の造型士が作った、とても美しい人形があるようだ。
俺のようにただ死んだような眼で、瞳の奥に煩悩があるわけではない。
完全な無……。
まるで死人のような瞳。
月明かりに照らされた彼女。
短いがサラサラの髪。
何もうつしださない、大きな瞳。
整った顔。
透き通るような白い肌。
無駄な贅肉が全くついていない、綺麗な身体。
俺の心臓はそれを意識した瞬間、不思議な力で握りつぶされた。
「……どうぞ、お早く」
オリビアの抑揚のないまるで棒読みのような声が、無性に悲しかった。
理由はよく理解出来なかったが、何故か泣きそうなほど悲しかった。
俺の全てが、彼女に触れることを拒否した。
俺の全てが、あまりにも美しい彼女を力いっぱい抱きしめたいと言っている。
しかし、俺の全てがそれを拒絶する。
目の前にいる彼女は……。
まるで、俺の頭から抜け出してきた、理想の女性のような彼女は……。
俺の目に、とても、とても、儚くうつったから……。
俺が触ってはいけないと感じた。
だって……。
だって、俺が触ってしまったら……。
その瞬間、蜃気楼のように消えてしまいそうで。
壊れてしまうと感じたから……。
「……どうぞ」
彼女の機械的な声で、正気に戻った俺は……。
自分の着ていた上着を彼女にかける。
「なに……を?」
俺が出来たのは、ここまでだった……。
逃げるように部屋を出た俺は、自分の部屋に戻り、思考を止めて眠りに着いた。
つくづく、精神修行はしておくもんだ。
危うく眠れなくなるところだったよ……。
****
翌日、山と丘を越えた先にある墓地へ、お嬢様達と母親の墓参りに向かう事になった。
お嬢様達が乗る馬車を使用人が準備し、傭兵達が馬にまたがる。
そして、何故かオリビアが同行する事になった。
なんで、今日に限って?
何時もは外出についてくるのは、傭兵も兼ねてる俺と、別の使用人なんだけどなぁ。
オリビアはまるで昨日何もなかったかのように、ただ機械的に会釈をしてくる。
何なんだよ? 一体。
彼女にひそかに思われてたとか?
いや……。
それは無いな……。
「へへへっ……」
なっ!
傭兵の一人が、オリビアの肩に気安く腕をまわしやがった。
何してるんだ、この雑魚は!
「えっ!? ……ああ。へへへ」
俺の殺気のこもった視線に気がついたそいつは、誤魔化すように笑うと馬に跨った。
皆の準備が整ったところで、出発となった。
****
どう言う事だろう?
俺以外にもあんな事やってるのか?
まさか! あの方法で傭兵相手に小遣い稼ぎ!?
いや……。
なんか違うんだよねぇぇ……。
う~ん……。
「何? レイ、朝から機嫌悪いの?」
ビクトリアお嬢様が俺に話しかけてきた。
因みに、他の傭兵は馬に乗り馬車の周りを固めているが、俺だけはお嬢様達と馬車に乗っている。
まあ、実際に守るのは俺の仕事だし、こっちの方が守りやすい。
「ねえ! 聞いてる?」
「少し考えごとです」
「何? あんたでも悩み事? 相談に乗ろうか?」
「いえ、大したことではありません」
「もう! 何よそれ! 私には話せないっての?」
こいつ、うっぜぇぇ……。
言えるか! こんな事!
「本当に大したことではないんです」
「じゃあ! 私と話をしましょうよ! 久し振りに二人でゆっくりできるんだし!」
はっ?
ゆっくりって、俺仕事中ですが?
「オホン! ビクトリア。私もいるんですよ?」
「何? お姉さまもレイと話がしたいの?」
「い! いえ……。そう言う意味ではなくて……」
アホか……。
ソフィアお嬢様は。俺が嫌いなんだよ。
騒ぐな、クソガキが!
まあ……ガキって言っても、ビクトリアお嬢様は三歳年上なんだけどね。
「ねえ! ねえ! レイってば! 聞いてる?」
でも、やっぱり中身がガキだ。
「何でしょうか?」
「だから~。レイの生い立ちとか教えてよ~。ねっ! お願い!」
顔はすごく綺麗なんだけどな……。
末っ子で甘やかされてるから、我がままなんだよなぁ、ビクトリアお嬢様って……。
「わっ! 私も聞きたいです!」
また、訳の分からないタイミングで、ソフィアお嬢様も喰いついてくるし……。
うざいな、この姉妹……。
俺は、後ろに乗ってるオリビアの方が気になってるんだけどな。
出来れば、オリビアと喋りたい。
でも、何を話しかけていいか分からないけど……。
「なに? 言いたくないの?」
俺がしばらく黙ってると、ビクトリアお嬢様が機嫌を悪くし始めた。
仕方ないか……。
「俺は、レーム大陸と言うところで生まれました」
「それで?」
「ご両親も、貴方のように強かったの?」
「いえ、多分普通です。旅芸人の一座をしていたんですが、両親は俺がガキの頃モンスターに殺されました」
「あ……」
ほら見ろ!
俺の人生なんて聞いても、ブルーになるだけなのに!
ん?
オリビアが、今日初めて少しだけ反応した。
一度だけ、ちらりとこちらに目線を向けた。
もしかして、興味があるの?
「その、ごめんなさい……」
「いえ、もう昔の話です」
何より、信じないだろうけど死んでから一回会ってるしね。
あぁぁ、空気が微妙になっちまった……。
だから、あんまり言いたくなかったんだよ。
仕方ない。
「それから、貴族に拾われて騎士の学校に通う事になりました」
話を進めれば、この空気もどうにかなるだろう。
「そこで剣術を?」
「いえ、学校に通う前に、師に教えて貰ったんです」
「先生ですか! その方は、お強いんでしょうね!」
そりゃ、死神ですからね。
言っても信じないだろうけど。
「はい。最強と言っていいと思っています」
何とか空気を変えられたな。
「では、お強いしその学校では、優等生だったのではないですか?」
「あれ? でも、何で騎士になってないの?」
へぇ、鋭いじゃん。
馬鹿のクセに。
「俺は、優等生ではありませんでした。そして、トラブルがあって学校を途中で辞めて、ギルドに入ることになったんです」
「何で? 強すぎたとか?」
う~ん……。
説明するの、面倒なんだけどな……。
落ちこぼれだった事、言った方が早いか?
まぁ、恰好をつける意味もないしな。
「俺がいた国は、俺が使う魔剣が違法だったんですよ。だから、能力を隠して落ちこぼれとしてひどい扱いでした。最後には俺が魔剣を使いだとばれたんで、国を出てギルドに入ったんです」
ほら見ろ!
突っ込むからぁぁ!
また、変な空気になったじゃんか!
あれ? またオリビアがこっち見た。
何に反応したんだ?
「そのあと、ギルドで働いて、ある国の内乱に巻き込まれもしましたが、生き残ったんです」
「な! 内乱では活躍したんじゃないの?」
やっとまともな質問が来たな。
活躍しましたよ~。
だって、内乱俺が沈めたんですから。
まあ、信じないだろうけど。
「そこそこには……」
「それで、何で遭難してたのよ?」
「修行の為に大陸を出たんですが、トラブルで仲間とはぐれてしまいまして」
「もしかして、仲間がお金や荷物持ってたから大変な目にあったとか?」
女ってのは、変なとこだけ鋭いな。
「おっしゃる通りです」
「レイを最初に見た時、汚い格好だったわよね~」
ほっとけや! ボケ!
「そうですね~。正装すると、こんなになると思いませんでしたもの」
「そうでしょ! お姉さま! 絶対詐欺よ!」
何が詐欺だ!
俺にどうしろってんだ! このクソアマ姉妹は!
うわ~……。
最初、俺の印象が最悪だった話題で、二人が盛り上がってるよ……。
こいつら最悪……。
「ああ!」
なに!?
「って事は! レイはお金が出来たら、仲間を探しに行くの?」
「まあ……」
「そっ……そうなんだ」
そ……そんなに心配しなくても……。
確かに、化け物を確実に撃退出来てるのは俺だけだけど……。
「この騒ぎがおさまるまでは、いるつもりですよ」
俺のこの言葉で、二人が笑顔になった。
そこまで命が大事なのかよ……。
嫌だねぇぇ、金持ってのは!
保身に全力だもんな。
まぁ、そのおかげで俺は飯が食えるから、かまわないけど!
う~ん……。
この話ではオリビア反応しないな……。
てか、何で今日はオリビアがついてきてるんだ?
てか、そんなに馬車の端っこでじっとしてるだけで、暇じゃないのかな?
昨日のは、何だったんだろうか?
『昨日とは何かあったのか?』
起きたか、ジジィ。
昨日なんだけど……。
あの子の裸を見ちゃって、一緒に部屋に言って裸の彼女を残して、逃げちゃったんだよ。
『なっ! ついに犯罪か! 投獄されろ!』
ちっ! 違うわ! 馬鹿!
『何が違うんじゃ? ついに思い余ったお前が、あの子に襲いかかったが、チキンなお前は逃げ出したという事じゃろうが?』
あっ、そうなっちゃいます?
違います! この野郎!
向こうも承諾済みだったと言うか……。
違うと言うか、無理やりじゃないけど無理やりのような……。
『あの子を脅して承諾させたのに、根性無しのお前が逃げ出したわけじゃな?』
ジジィは、何が何でも俺を犯罪者にしたいのか!
折るぞ! この野郎!
『多分、お前の説明が下手すぎるんじゃ! わしは悪くない!』
ですよね~……。
説明し辛いんだよ……。
犯罪行為はしてないから、マジで……。
****
頭の中で整理出来たら、後で喋る。
『うむ。今日は……』
三体か……。
何時もより強いようだけどな。
俺は魔剣を呼び出す。
それと、同タイミングで馬車が急停車する。
『この前のような失敗はするでないぞ』
分かってるよ!
「ぐあああ!」
俺が馬車を飛び出すと同時に、さっきオリビアにちょっかいを出していた傭兵の悲鳴が聞こえた。
なんだ?
この魔道生物作ってるやつは、昆虫マニアか?
殺された傭兵が、二mほどのカマキリに噛みつかれている。
それもその化け物には、頑なに女性の乳房らしきものが付いている。
どんな趣味だよ。気持ち悪い!
「レ! レイ!」
オルコットさんが腰を抜かしてやがる。
このおっさんは本当に気が小さい。
よくこれで警備責任者になったな。
『臆病とは時に、安全な策を立てる才能でもあるんじゃ』
そんなもんかね……。
さて、カマキリどもがユラユラと揺れながら寄ってくる。
傭兵たちは……。
全員俺の後ろに逃げやがった。
役立たず共が!
金受け取ってんだろうが! ちょっとは頑張れよ! 雑魚!
うおっと!
俺は、カマキリの鎌から逃げるために後ろに飛びのいた。
ちょっと、マジでいくしかないな。
俺が避けられる、ギリギリぐらいの速度があった。
『かなりの速度じゃのぉ』
奴らの外皮は固そうだけど、魔剣で斬れるかな?
この前の奴も、結構堅かったんだよねぇぇ。
『あの速さで、三体……』
むやみに飛び込むわけにいかないよな。
<ホークスラッシュ>
何とかなりそうだな。
俺が放った衝撃波は、カマキリ一体の腕を斬りおとした。
これくらいの硬度なら、問題なく斬れる。
『(自分で気がついておらんようじゃが、また一段階レベルが上がっておるな。レーム大陸を出た時よりも剣が鋭くなっておるわ。)』
鎌の軌道は……剣とかなり違うが、見えるな。
いける!
俺は鎌を振るってくる二体の間をすり抜けながら、外骨格で守られていない首を切り落とした。
最後の一体が、そこで止まったように見える俺に向かって、鎌を振り下ろすが……。
はい、残像ですよっと!
最後の一体は。背後から首を刎ねた。
こいつら生命力が強いから、首を斬るのが一番早い。
相変わらず、塵になることなく腐食する。
って! これ!
『頭蓋骨じゃな……。それも、人間の』
カマキリどもの死体の中から、頭蓋骨が転がり出てきた。
ルナリスのソルジャーみたいに、生きた人間や死体が材料なのか?
『そう考えるのが自然じゃな……』
とっことん趣味の悪いことしやがって!
マジで元凶は始末した方がよさそうだな……。
『うむ。死体ならまだマシじゃが、生きた人間を材料にしている可能性もあるからのぉ』
「レイよ。お前は本当にとんでもない強さだな」
オルコットさんが近づいてくる。
「終わりました。出発しましょう」
「お! おお」
俺は騒ぐ傭兵達を無視して、馬車の中へ戻った。
「レイ! すご~い! 動きが見えないくらい速かった!」
「お疲れさまでした」
何時も通り、ビクトリアお嬢様が手をたたいて喜び、ソフィアお嬢様が労ってくれる。
ぎょ!
ぎょって言っちゃった!
びっくりした……。
何見てるんだ?
あれは……。
殺された傭兵か……。
俺は、初めて感情のあるオリビアを見た。
傭兵の死体袋を見るオリビアの目には、間違いなく負の感情が見て取れた。
怒り? 憎しみ?
分からないが、初めて感情を感じられた。
心の中だけど、びっくりして変なこと考えてしまった。
既に何時もの人形のような眼に戻ってるけど……。
さっきのはいったい……。
『そんなに、あのお嬢ちゃんが気になるか?』
ああ……。
気になるんだよ……。
何でだろう?
『それは、自分で答えを出すしかあるまい。それよりも……』
「レイ! 聞いてるの!?」
うおお!
お嬢様二人をほっといたら、怒ってやがる!
「レ! レイはクールすぎます!」
「そうよ! これじゃあ、私達が!」
私達が? 何?
「なんですか?」
痛!
おでこ殴られた!
なにすんじゃ! このクソアマ!
殴り返すぞ!
「ビクトリア……。駄目です。この朴念仁は、殴っても全く反応しませんわ」
反応しとるわ!
殴られれば、俺だって痛いんだよ!
アホか!
『アホはお前じゃ』
誰がアホだ!
それから、墓地に着くまでの間、このバカ姉妹は俺に対する悪口を言い続けやがった。
なんだよ? この拷問は!
****
ようやく目的地に到着し、二時間ほどの拷問から解放された俺は、姉妹の墓参りを見守る。
てか……。
なんで、こんな遠いところに墓があるの?
確か町のはずれに、共同墓地ってあったよな……。
う~ん。
金持の考えはよくわからん!
二人が墓に花をささげ、目を瞑り、手を合わせる。
墓参りなんかしても、もうそこには母親の魂ないと思うんだけな。
『一般の人間はそれを知らんし……』
生きてる人間の自己満足ってか?
『この行為は、生きている人間側に必要な事なんじゃろう』
そんなもんかね?
お……おおう?
おい! ジジィ!
『うむ! これは魔力の痕跡じゃ……』
なんだよ? これ!?
生きてるの?
そんなわけないよな?
なんで墓の中から魔力を感じるの?
ゾンビ!?
『違う。お嬢ちゃん達の母親は、魔力のとても強い女性だったのじゃろう。ごく稀に死後も魔力が残存する事がある。多分、これはそれじゃろう』
それって……。
なんかなるの?
なんか困る?
『この程度ならば、何の問題もないじゃろう。もっと強い場合は、生前愛用していた物……。特に武具が呪われる事はあるが』
なんだ……ジジィの親戚か。
『違うわ! 馬鹿者!』
確かに、ジジィの方が質悪いしな。
『おまっ!』
それに、墓なら魔力こもってても何の問題もないな。
でも、これでお嬢様達が普通の人より、ちょっとだけ魔力が強い理由が分かったよね。
『ふん! そうじゃな! 遺伝じゃ!』
いちいち怒るなよ~。
面倒だから!
さて、お嬢様達のお祈りも終わったし……。
えっ?
お嬢様達と交代するように、オリビアが墓に花を供える。
一瞬……。
一瞬だけ三人が並んだ時、俺の中で一つの答えが出た。
多分……。
多分だけど……。
『魔力の質も同じじゃ……』
三人は多分、姉妹だ……。
一卵性双生児ってほどではないが、他人にしては顔の特徴があまりにも一致し過ぎている。
隣に並んで初めて気がついた……。
どう言うこと?
姉妹なら、オリビアもお嬢様じゃないの?
訳が分からん……。
ただ、ビクトリアお嬢様のオリビアを見る目が冷たかった。
なんか、軽蔑してるような……。
『不用意に聞いて、何時ものように失敗するでないぞ』
んっ?
分かってるよ。
オルコットさんにでも聞くか?
う~ん……。
でも、あのおっさん意外に口堅いからな……。
そして、オリビアの祈りが終り……。
****
再び俺は馬車の中で、三時間の拷問を受ける。
何でだよ!
このバカ姉妹うざすぎる!
金もらってなくて女じなきゃ、マジで殴りそうだ!
なんで事あるごとに、俺の悪口を言うんだ!
死ねばいいのに……。
でも、守らないといけないんだよな……。
でも、敵の取っ掛かりが掴めないんだよな……。
ジジィ、なんかいい考えある?
『お前の魔力感知は最大で十五キロほどじゃからな……。難しいな』
十五キロ圏内は、町の中なんだよな~。
敵は明らかに町の外から来てるけど、屋敷を離れるわけにもいかないし……。
どうすっかな~……。
敵側から来てくれると楽なんだけどな~。
『アホ……』
誰がアホだ!
でも、あんまりノンビリも出来ないんだよな~。
リリス達怒らせると、殺されそうだしな~。
はあ~……。
屋敷へと戻った俺は、何時も通り自室で夕食をとりながら悩む。
敵の事、はぐれた仲間の事、そしてオリビアの事……。
どれも解決の糸口が見つからない……。
頭が痛くなるほど、謎だらけだ。
本当に嫌になる。
やってらんねぇ~……。




