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Mr.NO-GOOD´  作者: 慎之介
第四章:新大陸の定め編
49/106

九話

「ジジィ死ね! ジジィ死ね! ジジィ……」


『毎日毎日……なにが楽しいんじゃ?』


「ふっ!」


いや、なんか日課になってるから、これ言ってる方が調子がいいんだよ。


「ガチホモ死ね! 死んでろ! 頼むから!」


『それは、本当に調子がいいのか? かえって修練の妨げになると思うんじゃがのぉ』


いいじゃんか。


ジジィに話しかけられる方が邪魔だぞ。


『むう』


俺は、今日も今日とて夜中に屋敷の裏庭で剣を振るう。


死神の剣技ってのは底なしだ。


師匠から十分すぎる程だと褒められはしたが、修練を積めば積むほどまだ上がある事が分かってしまう。


ガキの頃見せられた、師匠の一挙手一投足。


思い出すと、全てが今の俺とは次元の違う洗練された動きだった。


何気ない動きでさえ、今の俺にはまねできるか自信が無い。


ゆっくりした動きに見えるが、とんでもなく速かったし、隙なんてあるはずがない。


多分師匠はその気になれば、ただ歩くだけでも音速超えるんじゃないかな?


そりゃあ、神様ですから人間の俺とは元々違うんだろうけど。


どうやれば、あの身体の動きや魔力コントロールの足元が見えるんだろうか?


一生かかっても無理な気がするけど……。


やめられないんだよね。


『相手は並ぶ者のいない、死をつかさどる神じゃ』


分かってるんだけどね。


でも、師匠って自分でこの剣技を作ったんだよね? 神だし。


『多分そうなんじゃろう。もう、何億年も生きておるはずじゃ。ただ……』


ただ? なに?


『あのお方は自身を神ではないと言っておった』


はっ?


あんな反則的な魔力持ってて、何億年も生きてるのに?


神じゃなきゃ何なんだよ?


『わしにも分からん』


う~ん……。


だとすると……。


やっぱり、この剣技って師匠が考案者じゃないのかな?


『何故じゃ? 何をこだわっておる?』


修練をすればするほど感じるんだけど……。


この剣技って、明らかに自分よりも強い相手を想定して作られてるんだよ。


『確かに……』


一対多を相手にするようにも出来てるんだけど……。


自分より弱い相手を、上手く倒すような技じゃないよな?


少ない力で最大限の効果を発揮したり、自分の限界を無理やり引き出したり、虚を突いたり敵を撹乱する戦い方も多いし。


まるで、人間が化け物と戦う為に出来ているみたいな……。


『そうじゃな……。そのおかげで、お前が戦えているともいえる。しかし……』


そうなんだよ!


あの師匠よりの強いって……。何?


神様より強い奴なんかいるはずないよな?


『もしかすると、あの御方も生まれつき強いわけではなかった。と、言う事も考えられんか?』


そんな、人間じゃあるまいし。


神様は生まれた時から強いんじゃないの?


あっ、でも。


『そうじゃ、神同士が戦う場合ならば、優劣が出てもおかしくあるまい?』


確かに……。


師匠より強い神様がいて、それを倒すために剣を磨いたって事か?


じゃあ、やっぱりこの剣技は師匠が、その強い神を倒すために考案したのか。


『間違いないとは言えんが、自然ではないかのぉ?』


まぁ、そうだよね。


てか、神様って師匠並みに強かったら、死んでから蹴りあげるの手間がかかりそうだな。


『お前はそんなことの為に修練しておるのか……』


当たり前だ!


超重要事項だかんね!


ある種、その為に生きてるから!


『気持ちいいくらい、歪んどるな』


ジジィが気持ちよくなっても仕方ない!


てか、キモイ!


『なっ! お前は……』


****


一通りの修練を終えた俺は、手の甲で汗を拭う。


さて、そろそろシャワーでも浴びて寝るか。


んっ?


こんな夜中に、人の気配?


何だろう?


なぁ? ジジィ?


……。


ふて寝しやがったな、クソジジィ……。


使用人さんが、なんかしてるのかな?


俺は、人の気配がする方へ歩を向けた。


水の音がする。


何か洗ってるみたいだな……。


夜中までお仕事御苦労さんだね。


ちょっと手伝ってやるかな?


そして、気を抜いた俺は屋敷の裏庭を抜ける角を曲がり、水道のある場所を……。


おおおおおおお!


しぃぃぃぃぃまったぁぁぁぁぁぁぁ!


気を抜いてまったぁぁぁぁぁぁ!


はめやがったな! 神様こんちくしょぉぉぉぉぉ!


くそっ!


ここ最近は、上手くいってると思ったのに!


今回こんなオチか!


曲がった先に居たのは、裸で身体を洗う女性……。


やばい! やばい! やばい!


釣られちまった!


相手も俺の事に気が付いて、こっち見てる!


てか、目が合ってる!


それも、今日は空に雲がないから、月の光でお互いがバッチリ見える!


言い訳出来る状態じゃないよ!


この展開は間違いなく、女性の悲鳴の後、犯罪者扱いだ!


もぉ~!


やってらんね~……。


なんですか?


次は痴漢ですか? 変態ですか? 強姦魔ですか?


多分、この仕事クビですね。


分かります。


さぁぁぁぁぁい悪だぁぁぁぁ!


俺が殺せないからって、こっちの方向に持っていこうとすんな!


馬鹿か! 神様!


てか、マジで勘弁してよ!


……おや?


俺が、その女性の裸を見て固まっている間……。


その女性は視線を水道に戻し、何もなかったかのように身体を洗っている。


どう言う事?


えっ? なんで?


何? この子、露出狂?


俺じゃなくて、この子が変態なの?


てか、もうかなり寒い季節なのに、何で水で身体洗ってんの?


そういう修行!?


それとも、この子の頭がマジでおかしいの?


部屋に帰れば、温水出るだろう?


何してんの? この子?


あっ! もしかして……。


いったん無視してか~ら~の~的な事か!?


この後、悲鳴ですか?


どうすんの? 俺!


不用意に動けないけど、このまま凝視するのも絶対まずい!


どうすればいいの!?


誰か!


助けて下さい!


もう、犯罪者扱いは嫌です!


……。


あれ?


俺が待てど暮らせど、悲鳴は聞こえない。


ただ、目の前の女性は黙々と身体を洗っていく。


え~と……。


これはどうするべき?


無言で立ち去って……。


それも、なんかまずい様な気がする……。


「あの……」


俺は、間の抜けた声を出した。


「……少々お待ち下さい」


「はい」


女性からは、機械的な待てという言葉。


あれ?


怒ってないの?


いや! 気を抜くな!


待たせておいて、警備兵につきだされる可能性もある!


でも、待つと返事しちゃったな……。


無言で逃げる方がよかったのか?


どうすれば、この状況から許されるんだ?


胃が痛くなってきた……。


俺が、身動きできない間にも女性は身体をタオルで拭き、着衣を纏う。


俺はこの女性を知っている。


屋敷で一緒に働いている、使用人の女性だ。


化粧っけは無いが、美人なので覚えている。


確か、執事さんがオリビアって言ってたな……。


あ、オリビアの準備が整った。


「お待たせしました……。では、参りましょう」


ああ……。


死刑執行ですか……。


掴まってたまるか!


やばくなったら、金持って全力で逃げてやる!


音速で逃げてやる!


****


そう、心に決めながらも俺は裸を見てしまった負い目から、オリビアの促すままに屋敷の中へと入った。


何?


俺は、何処で変態として吊るしあげにあうの?


「どうぞ……」


オリビアは、電気もついていない使用人用の部屋の扉を開き、中に入る様に扉を開けてくれた。


んっ?


何? この展開?


もしかして、この子自身がナイフとか振り回して殺そうとしてくるの?


えっ? そっち!?


そっち系ですか!?


ガチャリと、俺の背後から音が聞こえた。


俺が部屋に入ると、オリビア自身も部屋に入り内側から鍵を閉めたのだ。


やっぱり、そっちか……。


うん!


全力で逃げよう……。


死にたくないからね!


変態に仕立てあげた上で殺そうとするなんて……。


今回手が込んでるじゃないか、神様よ~。


女の裸見せれば、俺が素直に死ぬと思うなよ!


その点だけは感謝するけど……。


「……では、どうぞ」


はい?


え……。


あの……。


はい? 何これ?


オリビアはベッドの前に移動すると、着衣を脱ぎ捨てこちらを見ている。


ええええええ!


何これ!?


死亡フラグじゃなくて、御褒美だったの!?


何これ!?


この訳の分からないタイミングで、チェリー卒業!?


いや! 待て待て!


何時もここで気を抜いて、大変な目にあうんだ!


でも……。


据え膳食わぬは……っていうしなぁぁ……。


オリビア美人だよな……。


胸は小さいけど、スタイルいいよな……。


あああああああ!


どうすんの? 俺!


「いいのか?」


って!


何聞いてんの? 俺ぇぇぇぇぇぇ!


いくなら、いっそひと思いにいこうぜ!


チャンスだったら逃げるじゃないの!


「……どうぞ」


マジでぇぇぇぇぇぇぇ!?


いいの?


いっていいの?


いっちゃうよ? いっちゃっていいの!?


むしろ、逝っちゃうよ!?


それでもいいの!?




あ……。


俺は、オリビアの身体に触れようと手を伸ばしかけたところで……。


気付いてしまった……。


彼女の心が、今この場にない事を……。


その、死んだような瞳から気付いてしまった。


オリビアの瞳からは、光を全く感じない……。


絶望する事も忘れた……。


心を殺した瞳……。


この、まるで作り物のような整った顔の女性から、感情が感じとれない。


本当に目の前には一流の造型士が作った、とても美しい人形があるようだ。


俺のようにただ死んだような眼で、瞳の奥に煩悩があるわけではない。


完全な無……。


まるで死人のような瞳。


月明かりに照らされた彼女。


短いがサラサラの髪。


何もうつしださない、大きな瞳。


整った顔。


透き通るような白い肌。


無駄な贅肉が全くついていない、綺麗な身体。


俺の心臓はそれを意識した瞬間、不思議な力で握りつぶされた。


「……どうぞ、お早く」


オリビアの抑揚のないまるで棒読みのような声が、無性に悲しかった。


理由はよく理解出来なかったが、何故か泣きそうなほど悲しかった。


俺の全てが、彼女に触れることを拒否した。


俺の全てが、あまりにも美しい彼女を力いっぱい抱きしめたいと言っている。


しかし、俺の全てがそれを拒絶する。


目の前にいる彼女は……。


まるで、俺の頭から抜け出してきた、理想の女性のような彼女は……。


俺の目に、とても、とても、儚くうつったから……。


俺が触ってはいけないと感じた。


だって……。


だって、俺が触ってしまったら……。


その瞬間、蜃気楼のように消えてしまいそうで。


壊れてしまうと感じたから……。




「……どうぞ」


彼女の機械的な声で、正気に戻った俺は……。


自分の着ていた上着を彼女にかける。


「なに……を?」


俺が出来たのは、ここまでだった……。


逃げるように部屋を出た俺は、自分の部屋に戻り、思考を止めて眠りに着いた。


つくづく、精神修行はしておくもんだ。


危うく眠れなくなるところだったよ……。


****


翌日、山と丘を越えた先にある墓地へ、お嬢様達と母親の墓参りに向かう事になった。


お嬢様達が乗る馬車を使用人が準備し、傭兵達が馬にまたがる。


そして、何故かオリビアが同行する事になった。


なんで、今日に限って?


何時もは外出についてくるのは、傭兵も兼ねてる俺と、別の使用人なんだけどなぁ。


オリビアはまるで昨日何もなかったかのように、ただ機械的に会釈をしてくる。


何なんだよ? 一体。


彼女にひそかに思われてたとか?


いや……。


それは無いな……。


「へへへっ……」


なっ!


傭兵の一人が、オリビアの肩に気安く腕をまわしやがった。


何してるんだ、この雑魚は!


「えっ!? ……ああ。へへへ」


俺の殺気のこもった視線に気がついたそいつは、誤魔化すように笑うと馬に跨った。


皆の準備が整ったところで、出発となった。


****


どう言う事だろう?


俺以外にもあんな事やってるのか?


まさか! あの方法で傭兵相手に小遣い稼ぎ!?


いや……。


なんか違うんだよねぇぇ……。


う~ん……。


「何? レイ、朝から機嫌悪いの?」


ビクトリアお嬢様が俺に話しかけてきた。


因みに、他の傭兵は馬に乗り馬車の周りを固めているが、俺だけはお嬢様達と馬車に乗っている。


まあ、実際に守るのは俺の仕事だし、こっちの方が守りやすい。


「ねえ! 聞いてる?」


「少し考えごとです」


「何? あんたでも悩み事? 相談に乗ろうか?」


「いえ、大したことではありません」


「もう! 何よそれ! 私には話せないっての?」


こいつ、うっぜぇぇ……。


言えるか! こんな事!


「本当に大したことではないんです」


「じゃあ! 私と話をしましょうよ! 久し振りに二人でゆっくりできるんだし!」


はっ?


ゆっくりって、俺仕事中ですが?


「オホン! ビクトリア。私もいるんですよ?」


「何? お姉さまもレイと話がしたいの?」


「い! いえ……。そう言う意味ではなくて……」


アホか……。


ソフィアお嬢様は。俺が嫌いなんだよ。


騒ぐな、クソガキが!


まあ……ガキって言っても、ビクトリアお嬢様は三歳年上なんだけどね。


「ねえ! ねえ! レイってば! 聞いてる?」



でも、やっぱり中身がガキだ。


「何でしょうか?」


「だから~。レイの生い立ちとか教えてよ~。ねっ! お願い!」


顔はすごく綺麗なんだけどな……。


末っ子で甘やかされてるから、我がままなんだよなぁ、ビクトリアお嬢様って……。


「わっ! 私も聞きたいです!」


また、訳の分からないタイミングで、ソフィアお嬢様も喰いついてくるし……。


うざいな、この姉妹……。


俺は、後ろに乗ってるオリビアの方が気になってるんだけどな。


出来れば、オリビアと喋りたい。


でも、何を話しかけていいか分からないけど……。


「なに? 言いたくないの?」


俺がしばらく黙ってると、ビクトリアお嬢様が機嫌を悪くし始めた。


仕方ないか……。


「俺は、レーム大陸と言うところで生まれました」


「それで?」


「ご両親も、貴方のように強かったの?」


「いえ、多分普通です。旅芸人の一座をしていたんですが、両親は俺がガキの頃モンスターに殺されました」


「あ……」


ほら見ろ!


俺の人生なんて聞いても、ブルーになるだけなのに!


ん?


オリビアが、今日初めて少しだけ反応した。


一度だけ、ちらりとこちらに目線を向けた。


もしかして、興味があるの?


「その、ごめんなさい……」


「いえ、もう昔の話です」


何より、信じないだろうけど死んでから一回会ってるしね。


あぁぁ、空気が微妙になっちまった……。


だから、あんまり言いたくなかったんだよ。


仕方ない。


「それから、貴族に拾われて騎士の学校に通う事になりました」


話を進めれば、この空気もどうにかなるだろう。


「そこで剣術を?」


「いえ、学校に通う前に、師に教えて貰ったんです」



「先生ですか! その方は、お強いんでしょうね!」


そりゃ、死神ですからね。


言っても信じないだろうけど。


「はい。最強と言っていいと思っています」


何とか空気を変えられたな。


「では、お強いしその学校では、優等生だったのではないですか?」


「あれ? でも、何で騎士になってないの?」


へぇ、鋭いじゃん。


馬鹿のクセに。


「俺は、優等生ではありませんでした。そして、トラブルがあって学校を途中で辞めて、ギルドに入ることになったんです」


「何で? 強すぎたとか?」


う~ん……。


説明するの、面倒なんだけどな……。


落ちこぼれだった事、言った方が早いか?


まぁ、恰好をつける意味もないしな。


「俺がいた国は、俺が使う魔剣が違法だったんですよ。だから、能力を隠して落ちこぼれとしてひどい扱いでした。最後には俺が魔剣を使いだとばれたんで、国を出てギルドに入ったんです」


ほら見ろ!


突っ込むからぁぁ!


また、変な空気になったじゃんか!


あれ? またオリビアがこっち見た。


何に反応したんだ?


「そのあと、ギルドで働いて、ある国の内乱に巻き込まれもしましたが、生き残ったんです」


「な! 内乱では活躍したんじゃないの?」


やっとまともな質問が来たな。


活躍しましたよ~。


だって、内乱俺が沈めたんですから。


まあ、信じないだろうけど。


「そこそこには……」


「それで、何で遭難してたのよ?」


「修行の為に大陸を出たんですが、トラブルで仲間とはぐれてしまいまして」


「もしかして、仲間がお金や荷物持ってたから大変な目にあったとか?」


女ってのは、変なとこだけ鋭いな。


「おっしゃる通りです」


「レイを最初に見た時、汚い格好だったわよね~」


ほっとけや! ボケ!


「そうですね~。正装すると、こんなになると思いませんでしたもの」


「そうでしょ! お姉さま! 絶対詐欺よ!」


何が詐欺だ!


俺にどうしろってんだ! このクソアマ姉妹は!


うわ~……。


最初、俺の印象が最悪だった話題で、二人が盛り上がってるよ……。


こいつら最悪……。


「ああ!」


なに!?


「って事は! レイはお金が出来たら、仲間を探しに行くの?」


「まあ……」


「そっ……そうなんだ」


そ……そんなに心配しなくても……。


確かに、化け物を確実に撃退出来てるのは俺だけだけど……。


「この騒ぎがおさまるまでは、いるつもりですよ」


俺のこの言葉で、二人が笑顔になった。


そこまで命が大事なのかよ……。


嫌だねぇぇ、金持ってのは!


保身に全力だもんな。


まぁ、そのおかげで俺は飯が食えるから、かまわないけど!


う~ん……。


この話ではオリビア反応しないな……。


てか、何で今日はオリビアがついてきてるんだ?


てか、そんなに馬車の端っこでじっとしてるだけで、暇じゃないのかな?


昨日のは、何だったんだろうか?


『昨日とは何かあったのか?』


起きたか、ジジィ。


昨日なんだけど……。


あの子の裸を見ちゃって、一緒に部屋に言って裸の彼女を残して、逃げちゃったんだよ。


『なっ! ついに犯罪か! 投獄されろ!』


ちっ! 違うわ! 馬鹿!


『何が違うんじゃ? ついに思い余ったお前が、あの子に襲いかかったが、チキンなお前は逃げ出したという事じゃろうが?』


あっ、そうなっちゃいます?


違います! この野郎!


向こうも承諾済みだったと言うか……。


違うと言うか、無理やりじゃないけど無理やりのような……。


『あの子を脅して承諾させたのに、根性無しのお前が逃げ出したわけじゃな?』


ジジィは、何が何でも俺を犯罪者にしたいのか!


折るぞ! この野郎!


『多分、お前の説明が下手すぎるんじゃ! わしは悪くない!』


ですよね~……。


説明し辛いんだよ……。


犯罪行為はしてないから、マジで……。


****


頭の中で整理出来たら、後で喋る。


『うむ。今日は……』


三体か……。


何時もより強いようだけどな。


俺は魔剣を呼び出す。


それと、同タイミングで馬車が急停車する。


『この前のような失敗はするでないぞ』


分かってるよ!


「ぐあああ!」


俺が馬車を飛び出すと同時に、さっきオリビアにちょっかいを出していた傭兵の悲鳴が聞こえた。


なんだ?


この魔道生物作ってるやつは、昆虫マニアか?


殺された傭兵が、二mほどのカマキリに噛みつかれている。


それもその化け物には、頑なに女性の乳房らしきものが付いている。


どんな趣味だよ。気持ち悪い!


「レ! レイ!」


オルコットさんが腰を抜かしてやがる。


このおっさんは本当に気が小さい。


よくこれで警備責任者になったな。


『臆病とは時に、安全な策を立てる才能でもあるんじゃ』


そんなもんかね……。


さて、カマキリどもがユラユラと揺れながら寄ってくる。


傭兵たちは……。


全員俺の後ろに逃げやがった。


役立たず共が!


金受け取ってんだろうが! ちょっとは頑張れよ! 雑魚!


うおっと!


俺は、カマキリの鎌から逃げるために後ろに飛びのいた。


ちょっと、マジでいくしかないな。


俺が避けられる、ギリギリぐらいの速度があった。


『かなりの速度じゃのぉ』


奴らの外皮は固そうだけど、魔剣で斬れるかな?


この前の奴も、結構堅かったんだよねぇぇ。


『あの速さで、三体……』


むやみに飛び込むわけにいかないよな。


<ホークスラッシュ>


何とかなりそうだな。


俺が放った衝撃波は、カマキリ一体の腕を斬りおとした。


これくらいの硬度なら、問題なく斬れる。


『(自分で気がついておらんようじゃが、また一段階レベルが上がっておるな。レーム大陸を出た時よりも剣が鋭くなっておるわ。)』


鎌の軌道は……剣とかなり違うが、見えるな。


いける!


俺は鎌を振るってくる二体の間をすり抜けながら、外骨格で守られていない首を切り落とした。


最後の一体が、そこで止まったように見える俺に向かって、鎌を振り下ろすが……。


はい、残像ですよっと!


最後の一体は。背後から首を刎ねた。


こいつら生命力が強いから、首を斬るのが一番早い。


相変わらず、塵になることなく腐食する。


って! これ!


『頭蓋骨じゃな……。それも、人間の』


カマキリどもの死体の中から、頭蓋骨が転がり出てきた。


ルナリスのソルジャーみたいに、生きた人間や死体が材料なのか?


『そう考えるのが自然じゃな……』


とっことん趣味の悪いことしやがって!


マジで元凶は始末した方がよさそうだな……。


『うむ。死体ならまだマシじゃが、生きた人間を材料にしている可能性もあるからのぉ』


「レイよ。お前は本当にとんでもない強さだな」


オルコットさんが近づいてくる。


「終わりました。出発しましょう」


「お! おお」


俺は騒ぐ傭兵達を無視して、馬車の中へ戻った。


「レイ! すご~い! 動きが見えないくらい速かった!」


「お疲れさまでした」


何時も通り、ビクトリアお嬢様が手をたたいて喜び、ソフィアお嬢様が労ってくれる。


ぎょ!


ぎょって言っちゃった!


びっくりした……。


何見てるんだ?


あれは……。


殺された傭兵か……。


俺は、初めて感情のあるオリビアを見た。


傭兵の死体袋を見るオリビアの目には、間違いなく負の感情が見て取れた。


怒り? 憎しみ?


分からないが、初めて感情を感じられた。


心の中だけど、びっくりして変なこと考えてしまった。


既に何時もの人形のような眼に戻ってるけど……。


さっきのはいったい……。


『そんなに、あのお嬢ちゃんが気になるか?』


ああ……。


気になるんだよ……。


何でだろう?


『それは、自分で答えを出すしかあるまい。それよりも……』


「レイ! 聞いてるの!?」


うおお!


お嬢様二人をほっといたら、怒ってやがる!


「レ! レイはクールすぎます!」


「そうよ! これじゃあ、私達が!」


私達が? 何?


「なんですか?」


痛!


おでこ殴られた!


なにすんじゃ! このクソアマ!


殴り返すぞ!


「ビクトリア……。駄目です。この朴念仁は、殴っても全く反応しませんわ」


反応しとるわ!


殴られれば、俺だって痛いんだよ!


アホか!


『アホはお前じゃ』


誰がアホだ!


それから、墓地に着くまでの間、このバカ姉妹は俺に対する悪口を言い続けやがった。


なんだよ? この拷問は!


****


ようやく目的地に到着し、二時間ほどの拷問から解放された俺は、姉妹の墓参りを見守る。


てか……。


なんで、こんな遠いところに墓があるの?


確か町のはずれに、共同墓地ってあったよな……。


う~ん。


金持の考えはよくわからん!


二人が墓に花をささげ、目を瞑り、手を合わせる。


墓参りなんかしても、もうそこには母親の魂ないと思うんだけな。


『一般の人間はそれを知らんし……』


生きてる人間の自己満足ってか?


『この行為は、生きている人間側に必要な事なんじゃろう』


そんなもんかね?


お……おおう?


おい! ジジィ!


『うむ! これは魔力の痕跡じゃ……』


なんだよ? これ!?


生きてるの?


そんなわけないよな?


なんで墓の中から魔力を感じるの?


ゾンビ!?


『違う。お嬢ちゃん達の母親は、魔力のとても強い女性だったのじゃろう。ごく稀に死後も魔力が残存する事がある。多分、これはそれじゃろう』


それって……。


なんかなるの?


なんか困る?


『この程度ならば、何の問題もないじゃろう。もっと強い場合は、生前愛用していた物……。特に武具が呪われる事はあるが』


なんだ……ジジィの親戚か。


『違うわ! 馬鹿者!』


確かに、ジジィの方が質悪いしな。


『おまっ!』


それに、墓なら魔力こもってても何の問題もないな。


でも、これでお嬢様達が普通の人より、ちょっとだけ魔力が強い理由が分かったよね。


『ふん! そうじゃな! 遺伝じゃ!』


いちいち怒るなよ~。


面倒だから!


さて、お嬢様達のお祈りも終わったし……。


えっ?


お嬢様達と交代するように、オリビアが墓に花を供える。


一瞬……。


一瞬だけ三人が並んだ時、俺の中で一つの答えが出た。


多分……。


多分だけど……。


『魔力の質も同じじゃ……』


三人は多分、姉妹だ……。


一卵性双生児ってほどではないが、他人にしては顔の特徴があまりにも一致し過ぎている。


隣に並んで初めて気がついた……。


どう言うこと?


姉妹なら、オリビアもお嬢様じゃないの?


訳が分からん……。


ただ、ビクトリアお嬢様のオリビアを見る目が冷たかった。


なんか、軽蔑してるような……。


『不用意に聞いて、何時ものように失敗するでないぞ』


んっ?


分かってるよ。


オルコットさんにでも聞くか?


う~ん……。


でも、あのおっさん意外に口堅いからな……。


そして、オリビアの祈りが終り……。


****


再び俺は馬車の中で、三時間の拷問を受ける。


何でだよ!


このバカ姉妹うざすぎる!


金もらってなくて女じなきゃ、マジで殴りそうだ!


なんで事あるごとに、俺の悪口を言うんだ!


死ねばいいのに……。


でも、守らないといけないんだよな……。


でも、敵の取っ掛かりが掴めないんだよな……。


ジジィ、なんかいい考えある?


『お前の魔力感知は最大で十五キロほどじゃからな……。難しいな』


十五キロ圏内は、町の中なんだよな~。


敵は明らかに町の外から来てるけど、屋敷を離れるわけにもいかないし……。


どうすっかな~……。


敵側から来てくれると楽なんだけどな~。


『アホ……』


誰がアホだ!


でも、あんまりノンビリも出来ないんだよな~。


リリス達怒らせると、殺されそうだしな~。


はあ~……。


屋敷へと戻った俺は、何時も通り自室で夕食をとりながら悩む。


敵の事、はぐれた仲間の事、そしてオリビアの事……。


どれも解決の糸口が見つからない……。


頭が痛くなるほど、謎だらけだ。


本当に嫌になる。


やってらんねぇ~……。

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