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Mr.NO-GOOD´  作者: 慎之介
第四章:新大陸の定め編
48/106

八話

あはははは……。


うふふふふ……。


掴まえて、ごらんよぉ。


こっちだぞぉ。


『なんじゃ? 巻き込まれたいのか?』


嘘じゃボケ!


あんなもんに巻き込まれたら、死んでしまうわ!


『剣を構える余裕もないしのぉ』


なんか考えろ!


このままだと間違いなく、つぶされる!


プチってつぶされる!


水圧でつぶせなかったからって、今度は岩か!


ふざけるなよ!


楽に殺せって、こう言う事じゃないんだよ!


脛を思いっきり机にぶつけて、ショック死しろ!


神様! このクソが!


マジで。


やってらんね~……。


今俺は、七十度くらいある斜面……崖を走ってます。


ええ、垂直に落ちるように走ってますけど、何か?


かなり無理な体勢で走ってるんで、跳び上がる事も出来なければ魔剣も出せませんよ。


はいはい。


このまま地面に着くと……。


百パーセント死にます。


俺の腕の中にいるソフィアお嬢様共々ね!


だから、本当に!


誰か助けて下さい!


せめてお嬢様だけでも、何て言いません!


俺ごと助けて下さい!


地ぃぃぃ面が迫ってくるぅぅぅ!


キャァァァァァァァ!


死ぬ! 死ぬ! 死ぬ!


マジでヤバい!


どうする?


ジジィ! 魔力は残ってるか!?


『十分じゃ』


おおおおお!


俺は、地面に向かい加速する。


そして、斜面の終端……。


真っすぐになった地面を、全力で蹴り込む。


重力、体重、加速等全ての力が加わった右足の骨は、粉々に砕ける。


勿論、それだけでは上から降ってくる岩の餌食になるので……。


そこから更に左足を蹴りだし、その場から転がるように移動した。


****


俺……生きてる……。


ただ……。


もうね……。


すんごく痛いの……。


右足が訳のわからない方向に曲がってますよ。


体中ボロボロだし、左足も……。


ああ……。


『折れた骨が、皮膚をつき破っとるな』


いぃぃたぁぁいぃぃぃ……。


治して、ジジィ。


今すぐに……。


『今やっとる』


はぁぁぁやぁぁぁくぅぅぅ……。



『気持ちが悪いのぉ。……少し回復を遅らせるか……』


マジで勘弁して下さいよ!


もう、どうしようもないくらい痛いんだよ~。


『お前はこれくらいなら、しょっちゅうダメージを受けるじゃろうが。慣れんのか?』


無理です! 馬鹿野郎!


両足がとんでもない事になってるのに、慣れで何とかなるか!


お前! あの! これ!


何でこんな事になってるんだよ!


『そうじゃな……、いつも通りの不運』


だよね!


神様、殺してもいいよね!


『そして……』


そして?


『今回はお前の不注意じゃ』


ですよね~……。


『なんじゃ、分かっておるではないか。大体、敵が襲ってきたからといって、お嬢ちゃんの乗っておった馬車ごと両断するなど……。馬鹿以外の何者でもないぞ』


うっ!


言い返せない!


クソ! 死ね! ジジィ!


『しっかり言っておるではないか』


でも、今回は本当にやってしまった……。


****


上のお嬢様……えと、俺の裸を見た方の……ソフィアお嬢様と隣町へ買い物に行く途中、俺達の乗った馬車があの変な怪物に襲われた。


あまり強くない敵なので、俺は少し気を抜いてしまった。


馬車から下りて、五匹を斬り捨てている間に最後の一匹が馬車の中へ進入し、お嬢様を襲った。


焦った俺は、〈ホークスラッシュ〉を馬車に向けて放ち、馬車ごと怪物を斬り捨てたが……。


『その衝撃波が崖にまでぶつかって大岩を砕き、気絶したお嬢ちゃんを抱いてこのありさまじゃ。ほれ、なんか言ってみんか』


あぁぁもう、うぜぇぇ。


このクソジジィ、うぜぇぇ。


****


「ぶっ! 無事か!?」


オルコットさんが、ロープを使い崖の上から、俺達の元へ降りてきた。


お嬢様の乗る馬車を運転していたオルコットさんも、無事だったようだな。


「なんとか……」


「お嬢様も無事だな」


「なんとか……」


「まぁ……、被害が馬車だけなら十分だろう」


「はぁ……」


「しかし、お前は本当に人間離れした能力を持っているな」


誰が、化け物だ!


『そこまでは言っておらんじゃろうが』


「今後も、頼りにするぞ」


「はい」


「で、ここからどうやって帰るかだが……」


「えっ? 馬は……」


「さっきの落石で驚いて逃げてしまった」


使えねぇぇぇぇ!


馬ぐらいちゃんと掴まえとけや! このザコ上司が!


『声に出して言わんのか?』


はは~ん! ジジィは、俺を本当の馬鹿だと思ってるな?


俺はそこまで馬鹿じゃない!


てか、誰が馬鹿だ! このクソジジィ!


『わしはまだ何もいっとらん』


大体想像がついた。


「気絶したお嬢様を町まで運ぶのは、難しいか……」


「背負えば無理ではないですが……」


「う~ん。やはり、私が馬を調達して来る」


「そうですか?」


「ああ、ここから五キロほど行けば、確か村があったはずだ」


「俺は……」


「また奴らがくる可能性もある。ここで、お嬢様を護衛してくれ」


「分かりました」


俺は気絶したお嬢様を木陰に寝かせ、オルコットさんの帰りを待つ事になった。


****


う~ん……。


暇だよね……。


『さっきまで、死ぬだの殺すだのと騒いでいた奴の台詞とは思えんな』


そろそろ肌寒くなってきたな……。


俺は、自分の上着を寝ているお嬢様にかける。


『お前は、あれじゃな』


あれって何?


『不器用でさえなければ、彼女出来とるな』


はぁぁぁ!?


俺に彼女がいないのは、俺のせいじゃない!


全部神様が悪いんだ!


『本気で言っておるのか?』


当り前だ!


『……不憫な、アホの子じゃ』


なっ!


言いたい事があるなら、はっきり言いなさいよぉぉ!


『わしは無駄な事はせん』


何が無駄なんだよ!?


なんか気になるじゃんか!


言ってみなさいよ!


『断る』


やらないで後悔するよりも、やって後悔する生き方しようぜ!


『後悔などするわけがあるまい』


それは、俺が判断するから言いかけてやめるなよ!


気になるじゃんか!


「んっ……」


『ほれ、お嬢ちゃんが目覚めたぞ』


くっ!


後で、絶対言えよ! クソジジィ!


「え? あれ? ここは……」


「目が覚めましたか? お嬢様」


「えっ? きゃあ!」


ええ……。


いきなり悲鳴って、俺はどれだけ嫌われたんだよ。


でも、とりあえずは状況の説明はしておこう。


「すみません。俺の不注意で、馬車が壊れて崖の下へ転落しました」


お嬢様はあわてて起きあがり、スカートの裾を整える。


別にパンツなんか覗きませんって……。


『ほう、珍しい』


珍しいって言うな!


ルナリスで、痴漢呼ばわりされて学んだんだよ!


「あの! その……。違うんです!」


は?


何言ってんだ? こいつは?


主語は?


「気分は悪くありませんか? どこか、痛いところがあれば言って下さい」


「あの! あの……あの」


だから! 何!?


ちゃんと喋んなさいよ!


さっぱり分からんだろうが!


「だ……大丈夫です」


「そうですか。今、オルコットさんが移動手段を手配しにいっていますので、しばらくお待ちください」


「はっ……はい」


あぁぁ……。


よく考えると、俺を嫌ってるソフィアお嬢様と二人きりか……。


はぁ~……。


オルコットさん、早く帰ってこないかなぁ……。


「あの!」


「はい?」


「レイ……さんは、以前ギルドで働いているとは聞きましたが、執事も経験が?」


「レイで結構ですよ。執事ではありませんが、貴族のお屋敷に住まわせてもらって、働いていました」


「そっ! そうですか! あ……あははっ」


何が面白いんだ?


蹴るぞ、クソアマ。


「いえ、あの……。ほかの傭兵の方と違って礼儀をご存じだし、執事としてもそつなくこなすので……」


質問した理由か?


誰も、そんな事聞いてない。


「あ! あの……」


「はい?」


「レ……レイ?」


「何でしょうか?」


「いえ……なんでもないです」


何、顔を赤くしてるんだ?


どっか調子悪いなら、言ってくれないと分からないぞ?


でも、言うまでほっとくけど……。


『お前、このお嬢ちゃんに冷たくないか? 具合でも悪いのか?』


そんな事ない。


普通だよ。


『いいや! おかしい! これだけの美人と二人きりなんじゃぞ! なんじゃ!? 病気か!?』


誰が病気だ!


ただ、俺もジジィと同じで無駄な努力や期待は、もうしたくないんだよ。


『はっ?』


はっ? って言われてもなぁ……。


よく考えろよ! ジジィ!


このお嬢様にはパンツ姿どころか全裸見られて、逃げられるほど嫌われてるんだぞ!


どう足掻いても、リリーナお嬢様と同じでフラグなんて立たないんだよ!


『そうかのぉ……』


そうに、決まってるだろうが!


だから、変なことして首にならないようにするの!


お金貯めて、カーラやメアリー達を捜さないといけないんだし。


『う~ん……』


なんだよ? ジジィ、しつこいぞ!


「あの……」


「はい?」


「オルコットさん遅いですね……」


「先ほど出向いたところですから、もうしばらくはお持ちいただく事になると思いますが」


「そっ! そうですよね。何言ってるんだろ、私……」


ほら見ろ!


『何がじゃ?』


一刻も早く、この二人きりから逃げ出したそうじゃないか!


『違うと思うんじゃがな……』


この立ち位置は、リリーナお嬢様の時に十年かけて懲りたんだよ。


『(トラウマというやつかのぉ)』


「レ! レイは、何で執事の仕事も引き受けたんですか?」


いちいち声が裏返ってるよ。


そんなに俺と喋るのが嫌なら、無理しなければいいのに。


「お給金を多く頂けますので」


「そうですか……」


「後……」


「後!?」


なんだ? 何を望んでるんだ?


そんなに食いついてくるなよ。


「護衛だけでは暇をもてあましますので」


「そ……そうですか」


どうも、俺の返事が気に入らないようだな。


まぁ、元々嫌われてるんだから、どうでもいいんだけど。


『このお嬢ちゃんは、リリーナではないのじゃぞ?』


は?


そんな事、分かってるよ。


なんだ? ボケたのか? ジジィ?


『分かっておるなら、よいわ』


やっぱり、頭がおかしくなり始めたかジジィ?


いや……。


ジジィ元々ちょっとおかしかったしな……。


はっ! まさか!


『しつこいわ! もう、よいと言っておるじゃろうが!』


ええぇぇぇ。


暇だし、相手しろよぉぉぉ。


なぁ、クソジジィ!


むしろ、相手をするのが仕事だろうが、ジジィ!


『……このクソガキは』


でもさ、ジジィ。


あの化け物って、何なんだろうな?


『いきなり真面目な話か? 分からんが、魔道生物の一種かのう?』


それが、一番近いかな……。


なんで、いきなりあんなのが発生してお嬢様を狙うんだろうな?


『さて、まだ情報が足りんな』


だよな……。


この大陸でもレーム大陸とモンスターや獣は変わらないらしいから、自然発生とは思えないしな。


複数種類の化け物が襲ってくる時点で、誰かの故意と考えて間違いないよな?


『確定ではないが、可能性は否定できんな。やはり、正体を知らんことにはなんとも言えんが……』


敵の戦闘力は大体Bランク中位……。


俺の金がたまってここを離れれば……。


『お嬢ちゃん達は、多分助からんじゃろうな。助かったとしても、大勢の傭兵が犠牲になるじゃろう』


ミスったよな……。


なんで、俺はこうもどうでもいい事に巻き込まれるんだろう。


『人間、諦めが肝心じゃ』


諦められるか!


どれだけ面倒な人生なんだよ!


もう、面倒なんだよ……。


お家帰る!


帰って! 寝る!


『どうやって?』


えと……なんか、考えて。ジジィ。


『そこを人任せなのが原因の一端ではないか? 流されるままの人生もいかがなもんじゃろうな?』


ジジィ、うぜっ……。


『最近、口で負けそうになるとすぐそれじゃな』


そう言うジジィは、どんどん精神的にたくましくなってないか?


最近、悪口があんまり効果ないから面白くないんだが。


『そうじゃな……。お前の言葉を借りるとするなら……ざまぁぁかのぉ?』


うわ~……。


いい年して、ざまぁぁとかはずかし!


馬鹿だ、このジジィ。


『くっ! ぬかった……』


自分でも恥ずかしいなら、言わなきゃいいのに。


「あの!」


「はい?」


あれ? 怒ってる?


なんで?


「私ばかり喋るのは不公平です! 何か喋って下さい!」


ええ~……。


おかしくなくなくない?


『おか……ない? どっちじゃ!?』


だから、おかしくなくなくなくなくない?


『ぬお! 増えおった! どっちじゃ!?』


おかしくなくなくなくなくなくなくない?


『無限増殖か!? もう、分かった。お嬢ちゃんがおかしいで勘弁してくれんか?』


勝った!


てか……。


なんか、さらに怒ってる……。


「もう! レイは私に対して全く興味がないんですか?」


「……隣町には何を買いに行かれるんですか?」


「結局、そんな質問ですか……」


どうしろってんだ!


なんか、こいつ面倒くせぇぇぇ!


すごく面倒くさいぞ!こいつ!


「明後日が母の命日なので、お母様の好きだった花を買いに行くんです……」


騒いだ挙句に返事がこれか!


気を使うじゃないか!


どうしたいんだよ、お前は!?


『……アホ』


ジジィ! ぼそっと悪口言うな!


折るぞ! この野郎!


それから、ソフィアお嬢様の訳のわからないテンションに二時間ほど付き合ったところで、やっとオルコットさんが馬車に乗って戻ってきてくれた。


****


その日はそれ以上何もなく、姉妹の母親が好きだった花を購入して、屋敷に帰宅した。


そう、この時までは俺は何時も通りだったんだ。


この世界は、残酷なことを忘れるほどに、俺にとってはのんびりとした日々だった。


どうしてこんなにも生きる事は、苦痛を伴うのか……。


世界中の全ての人がそうなのだろうか?


それとも、俺だけなのか?


運命ってやつは決まっているもので、変える事は出来ないのか?


それとも、俺が分不相応に幸せを望んだからなのか?


俺さえ、死んでいればこうはならなかったのか?


昔、何かの本で忘却とは罪であると同時に、人が生きる為に必要なものだと書いてあった。


俺は馬鹿だから……。


つい、忘れてしまう。


あれほど後悔した事を。


何も特別がない日常こそが、俺にとっての幸せであると言う、大事な事を。


俺が、神に嫌われていると言う事を。


溺愛する娘達に資産を残そうと毎日忙しく働く、俺の雇い主でもある町長。


俺を嫌っているのに護衛されている負い目からか、毎日わけのわからない事を話しかけてくる、ソフィアお嬢様。


敵を斬り捨てると手をたたいて喜び、俺が忙しいときに限って飲みに行こうと誘ってくる、ビクトリアお嬢様。


偉そうな喋り方とは違い、気が小さく人に遠慮がちな髭の手入れに命をかける、オルコットさん。


温かい食事と、ベッド。


それで、俺は満足するべきだった。


満足しないといけなかったんだ……。


情けない事に、俺は感情を表に出してしまった。


俺は、感情を殺して生きなければいけないのに。


ただ、どうしようもなく大馬鹿な俺は……。


心を抑える事が出来なかった。


あまりにも……。


あまりにも……。


儚く見えたから……。


本当に……。


やってらんね~……。

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