二話
「目が覚めたか、レイ」
目を開いたばかりの霞んだ視界の中……。
その光の中に、褐色の肌が見えた……。
あああああああ!
俺は左拳に、己の全てをのせてうち出した。
そう、己の魂さえかけた拳をうち出したんだ……。
パシッという、自分の目を覚ますには十分な大きさの、破裂音が耳に届く。
俺の魂は、いともあっさり受け止められた……。
俺の魂ってのは……。
こんなにも軽いのか……。
俺の全力ってのは……。
『お前は……何に、命をかけとるんじゃ?』
目の前にいる、褐色の人狼を殺す事にだよ。
「寝ぼけるな……」
俺の拳を受け止めたゴルバは、淡々とした言葉を吐いた。
『お前……あれじゃな』
何?
『散々人に頭がおかしいだの、殺人狂だの言っておいて、自分は不都合な相手を殺そうとするんじゃな。……迷いなく』
俺の貞操は、他人の命よりも大事なんだよ……。
『……クズ』
誰がクズだ! ボケ!
『……お前じゃ、人間のクズ』
俺の全てを否定すんな!
「レイ……。そろそろ起きろ」
だから、何でお前は従者なのにタメ口?
ゴルバ抹殺に失敗した俺は、布団から起き上がる。
あれ?
これ……あれ?
何で布団?
確か船の中じゃ……。
てか、民宿らしきところのパジャマ?
なんで、こんなもの着てるの?
俺が自分の姿を見ながら首をひねっていると、部屋の中央にある椅子に座ったゴルバが語ってくれた。
「お前の服と鎧は、店の者に洗ってもらっている」
えっと……。
どう言う事!?
『……説明が必要か?』
そりゃあ、もちろん!
『船の上で子娘にノックアウトされたお前は、吐しゃ物にまみれて丸一日以上眠り、港町についたんじゃ。そして、ゴルバがお前を担いでこの民宿に運びこみ、今に至る……』
何で……。
ナンデ、フクヲキガエテルノ?
『もちろん、洗うためじゃ。お前は、吐しゃ物まみれだったのじゃぞ』
ダレガ、キガエサセタノ?
『……もちろん……ゴルバじゃ』
いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
俺の純潔がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
『五月蠅い! ゴルバは何もしとらん!』
いやぃぃぃぃぃぃぃあああああああああああ!!
『黙れ! 馬鹿者!』
俺……汚れちゃった……。
『気持ち悪いわ! 人の話を聞け! 馬鹿者!』
誰が馬鹿だ!
……何もされてないの?
『わしは起きておったが、何もされておらん。じゃから……』
俺……まだ綺麗なまま?
『そうじゃ! だから最初から……』
俺……痔とかになってない?
『なっとらん! 旅立つ前に……』
俺……。
『黙れ! 話が進まん! 何度も言うが、何もされとらん! ゴルバにその気はないはずじゃ! 人狼族とは、元々忠義精神が強い種族で……』
よかった~……。
本当によかった~……。
神様、今だけはありがとう……。
ただ出来れば死んでください……早急に。
てか……。
俺、助けた相手に気絶させられて、昏倒してたのかよ……。
マジで?
やってらんね~……。
「メアリー達は町に買い物に出掛けたが、お前はどうする?」
ん?
机の上にあるお茶を飲み終えたゴルバが、質問をしてきた。
「えと……確か、もう一回船に乗るんだよな?」
「ああ、二日後にこの港から船が出る。それまでは……特にすることはないな……」
さて、俺はどうしよう……。
船酔いの薬を買っておか……。
あれ?
「三人は町に出たのか?」
「ああ」
これ……やばくね?
カーラが一番マシだけど、世間知らず三人が町中って……。
ヤバいよね? これ?
『最低でトラブル、最高で惨殺事件かのぉ……。いや、町の消滅も有り得るな』
はははははぁぁぁあぁぁぁあっと。
「ゴルバ! 服!」
「どっ……どうした?」
「いいから! 外に出られるならなんでもいいから! 早く服!」
「わっ……分かった。これを着ろ」
窓から風景を眺めていたゴルバは、俺の叫びに驚きながらも、自分用に用意してあった服を渡してくれた。
つなぎの作業着? まあいい!
おおう! 手足はゴルバの方が長い! それを折りたたむか。
早くせねば!
誰かが、なんか……。
大変なことになる!
てか! ゴルバ!
俺の着替えを凝視するな!
このガチホモが!
くそっ!
俺は時間がないので、ゴルバの前で素早く着替えると、民宿を飛び出した。
この行動が、俺の……。
再びの始まりになった……。
何かって?
勿論不幸スパイラルの……。
****
急がねば!
誰かの命が危ない!
そして、俺達が犯罪者集団として扱われる!
俺がまた……。
あの……。
逃亡生活を……。
『辛い事を思い出している所にあれじゃが……。前を見ろ』
えっ?
脳天を突き抜けるほどの、激突音が轟く。
壮大に壁にぶつかった、全力疾走中だった俺は……。
あっ……。
空がきれいだなぁ……。
「おふぅ!」
頸椎を軽く損傷しながら、空中大回転と言う大技を決めた。
そして、首から着地した……。
正直、魔剣なかったら死んでるから……。
みなさんも走るなら、よく前を見て走りましょう!
いやいや。なんだこれ?
なんで俺は、こんなどうでもいいところで死にかけてるんだよ!
やるなら、もっとなんか強敵と戦って、命かけようよ。
『因果応報という言葉を、知っておるか?』
俺が何したってんだ! クソジジィ!
今回はマジでなにもしてないぞ!
ふざけんなよぉぉぉ。
ん?
あれは……。
『……船であった……。ああ、ケインと言ったかのぉ?』
そうだ! ザコA!
ここで会ったが百年目!
麻酔なしで、奥歯一本一本抜いてやる。
『リリス達はどうするんじゃ? 急がんでいいのか?』
あうう……。
そうだった……。
くそ、重要度はあの三人のほうが上だな。
てか、ザコAは何してるんだ?
ザコAを含めて、作業着の人間が五人。
魔力は感じないから、全員人間だと思うけど……。
『……お前、いい加減にこの態勢をどうにかせんのか?』
うん?
ああ。
因みに俺は今、大きな建物の屋根……の排水溝部分に引っ掛かってます。
体が逆向きになっているので、どんどん頭に血が昇ってるわけですよ。
って、これは……。
『ふむ……。何かするつもりじゃろうな』
町への関門所で、兵士が倒れている。
ザコAとその他は、そこから出てきた。
一体、どう言う……。
「本当にいいのか? ケイン」
「ああ! あいつだけは許せん!」
「俺達は金と逃走経路さえ用意して貰えれば、構わんが……」
「心配するな。金は俺がキッチリ払うし、今着ている作業着で清掃員のふりをすれば、町からは難なく出られる」
「そうか……。しかし、お前でもかなわない奴なのか?」
「ああ……。それよりも例の物は?」
「ちゃんと用意してる」
「へへへ……。これで、俺をコケにしやがった、あの剣士とヒルダをやれる」
聞かなくても、全部喋ってくれたな。
『まさか、お前がこんな場所にいるとは思ってもいまい』
ですよね~……。
国外へと続いているこの町は、揉め事が御法度……ってカーラが言ってたから。
『……兵士を殺したのは、そのせいじゃろうな』
仕返しの為に人殺しか……。
本当のクズってのは、奴らみたいのを言うんじゃないのか?
『その通りじゃ』
さて、そろそろ頭の血がやばいし……。
****
俺は引っかかっていた服のポケットを排水溝から外し、ザコ達の前に飛び降りた。
「なっ! お前!?」
「俺を捜してたんだろ?」
狼狽えるザコAに、俺は近づいていく。
「どこから湧いて出た!」
「見て分からん奴に、言っても分からん」
「くそっ……舐めやがって! だが、お前もここまでだ!」
ん?
魔道砲か?
えらく小さいな。
魔力も感じないし……。
「なんだ、それ?」
「てめぇは知らないだろうがっ! これは、新型の銃だ!」
銃は分かってるよ。
でも、魔法なんて俺には無力だよ?
なんて、この時の俺は考えていた。
しかし、ここはすでにレーム大陸の常識が通じない場所……。
それを、俺は忘れていた。
レーム大陸では銃と言うと、魔道砲だ。
つまり、魔法を撃ち出す補助装置的な物を銃と呼ぶのが、常識だったんだ。
まさか、魔力なしの銃があるなんて、その時まで夢にも思っていなかった。
「死ね!」
俺の首筋に寒気が走る。
魔力を全く感じないそれに、何故か鳥肌が立ったのだ。
俺の体に備わっている直感は、かなり性能がいいらしい。
発砲音を聞くよりも早く、反射的にその場所から体をずらした俺は、弾丸の直撃を避けられた。
弾丸の掠った腕が、火傷の痛みを発する。
「なっ……」
なんか、飛んできた!
ものっそい、速い!
なんだ!? あれは!?
『わからん……。分からんが、何かを撃ち出す装置じゃろう。それも殺傷力がそれなりにあるようじゃ』
腕の火傷した部分からは血が流れで初めているし、俺の後ろにあった街灯が壊れている。
十分人を殺せる武器のみたいだ。
やばくね?
『……うむ。金属らしきものが跳んでくる速度は、普通の人間では避けられん速度じゃな』
音速の剣なら避けられるけど、あんな訳のわからん小さい物避けれる自信ないぞ!
なんだよ! あれ!
反則臭いぞ!
「へへへ……。さすがに焦ってるなぁ! 英雄さんよぉぉ。覚悟しな!」
うおう!
なんかやられる!
どうする?
ん? あれ?
これって……。
『……問題なかろう』
だ……だよね。
最近、化け物とばっかりやってたから、すっかり忘れてた。
集中した事で、俺の視界に映るザコAの動きがゆっくりなった。
俺はそのまま石畳を蹴って、ザコAの背後に回り込む。
何のことはない。
見た事の無い物で焦ったが、撃ち出された物は避けられないかもしれないが……。
撃つ側の人間よりは、速く動ける。
てか、目にもとまらず動けます。
鈍く大きな音が、聞こえた。
俺が、ザコAの脇腹を背後から殴りつけたのだ。
多分、肋骨が何本か折れたのだろう。
殴られた事に中々気が付かなかったザコAは、そのまま銃口を俺がいた方向へ向けて、引き金を引いた。
銃声と同時にザコAが倒れ、もだえ始める。
反応……おっそいな……。
『まあ、相手は普通の人間じゃ』
俺は石畳の上に転がった新型の銃とやらを、踏み壊してやった。
「なっ……なんだ! こいつ!?」
作業服を着たザコAの仲間達が、騒ぎだして剣を抜くので……。
はい! どっこいしょ! どっこいしょぉぉっと!
全員の脇腹に拳を叩きこんだ。
多分、全員知覚する前に気絶しただろう。
さて……。
「あぐぐぐっ……」
道端でもだえているザコAの髪を握り、顔を持ち上げる。
「二度と面を見せないってんなら、殺しはしないけど?」
「ひっ……ひぃ!」
いや、ひぃじゃなくて……。
「返事は? なんなら、もう一発殴ろうか? 今度はどこの骨がいい?」
「あぐぐ……、も! もうしません! 二度とあなた方には近づきません!」
それを聞いた俺は、ザコAを投げ捨てた。
まぁ、このまま警備の兵士が来れば、この馬鹿は捕まるだろう。
それよりも……。
『さっさと、三人を見つけんとな』
ああ……。
まったく、手間をとらせやがって。
「あれだ! あれが犯人だ!」
おっ! 兵士が来た。
どうしよう……。
『事情くらい、説明してやればよかろう?』
面倒だ……。
このままほおっておいても、目撃されてるんだからいいんじゃね~か?
『しかし……』
まぁ、いいじゃん!
なんて軽く考えました。
みなさん……。
面倒でも大事な事は、ちゃんとやったほうがいいですよ。
俺みたいになっちゃうから……。
****
俺がその場を去ろうと背を向けたとき、ある言葉が兵士の一人から叫ばれた。
「あいつも仲間だ! 逃がすなぁぁぁぁぁぁ!」
なんでだぁぁぁぁぁぁぁ!!
元凶が俺にないとは言わないが、俺は悪者倒しただけなのに!
協力しただけなのに!
何でだ!?
こうして俺は殺人犯の一味として、街中を三十人ほどの兵士に追い回される事になった。
ああ……。
また、選択肢間違えた……。
****
「中々でした。ありがとう、ヒルダさん」
「いえ、船での無礼の償いがこの街の案内でいいのでしょうか?」
「ええ、十分よ」
「我々はいま、お前を殺すわけにもいかないのでな。それよりも、さっき言っていた洋服の店へ案内しろ」
「分かりました」
「あああああああ!」
こっちくんなよぉぉぉぉ!
俺は犯人の仲間じゃないってばぁぁぁぁぁ!
「は!?」
「今のって……」
「レイだったわよな……」
「あれは、多分ゴルバの作業服ですね……」
「何で、作業服?」
「ゴルバの趣味は陶芸なんですが、その時ゴルバは汚れてもいいように作業着を着るんです」
「レイの服は、洗濯中だからな……」
「で……もしかして」
「また、何かに巻き込まれたんでしょうか……」
「世話の焼ける……」
あ、カーラ達……ってそれどころじゃねぇぇぇぇ!
「いやああああああぁぁぁぁぁ!」
ザコBとオープンカフェで楽しく昼食をとっていたカーラ達が見たのは、諸手をあげて兵士から逃げていく俺の姿だった。
そう、俺は急いでゴルバの作業着を着て飛び出していた。
作業着の色とデザインは、多少違うんだが……。
どっからどう見ても奴らの一味です。
****
何でだよ!
何でこうなるんだよ!
『じゃから、説明をせんから……』
確かに、逃げるような行動をとった俺も悪いけどさ!
でも、この服装だとどの道疑われて、投獄される可能性のほうが高いじゃんか!
『まあ……。お前なら、どの道一緒だったかも知れんな……』
選択肢、間違う以前の問題じゃないか!
何やっても駄目じゃんか!
正解できるか! こんなもん!
うえっ?
目の前が……。
回ってきた……。
何これ?
『お前は、ここ数日ほとんど何も食べとらんからな……』
力が抜ける……。
やっべ……。
視界が白くなって……。
あっ!
あそこ!
****
俺は浜辺に置いてあった、シートのかかった小舟に身を隠した。
いくら腹が減っていても、兵士よりは速く走れるからね!
さて……ここなら……。
あれ? 何これ?
やばいって……。
皆さんはおなかが減りすぎた経験はありますか?
どうなるかと言うと、胃酸の出過ぎ等で……。
気持ち悪くなります。
更に酷くなると、めまいや吐き気を伴って……。
場合によっては意識を失います。
俺は隠れていた小舟のシートの隙間から辺りを伺っていたが、兵士は執拗に捜索をしてくれました。
そのせいで限界を超えた俺は、意識を失った……。
って……。
なに?
俺どうなるの?
なんで、苦しんで苦しんで……。
また、苦しんでるの?
何これ?
何してくれてんのぉぉぉぉぉ!!
どんな殺し方しようとしてんだよ!
無理やり殺そうとするなとは言ったけども!
これも十分無理やりだからね!
何で、餓死させようとしてんだよ!
神様……チェンジ……。
死に方、チェンジィィィィィ!!
なんかこう……。
せめて、かっこよく死なせろ!
てか、これならミルフォスの時、素直に殺しとけばいいじゃん!
なに苦しみ増やしてんだよ!
なんだよぉぉぉ。これ。
やってらんね~……。




