十二話
殺意の塊となった俺は、死力を尽くしてエンジェル達と戦い続ける。
後になって知ったが、そんな俺を見つめていたカーラは、涙を流していた。
「お姉さま……」
「また……またあの馬鹿は!」
妹のソニアちゃんはただ、姉の肩を抱く。
「何であの馬鹿は、いつも、いつも……。自分を犠牲にして戦うの? 私じゃあいつを止められないの?」
メアリーは血が流れ出るほど、強く手をにぎりしめている。
痛くないのかよ……。
「姫様……」
「ルネ……。ごめんね。あなたもだと思うけど、私は気持を抑えられないの……」
「私のようなおばあさんは、彼にはふさわしくありません」
「姫様……。私は引かないよ!」
メアリーにリリスが話しかける。
リリスの親指の爪は、かじり過ぎてボロボロだ。
「リリス……」
「私達は、リリムも合わせて二人分の気持ちだ。幾ら姫様でも引かないからね……。だから……」
「はい……。彼の帰還を待ちましょう」
「ああ……。レイならきっと……」
俺を馬上から見つめるアドルフ様に、ゴルバが近づいていく……。
俺の恩人に変なことするなよ?
「アルティア王国アドルフ将軍だな?」
「お前は……。魔族五将軍の……。このような形で、再び会う事になるとはな……」
「奇縁だな……。貴君はレイを息子と呼んだが……」
「ああ……。実子ではないが、十年ほど私の保護下に入ってもらった。奴には苦労ばかりかけたが……。私は本当の息子だと思っている」
「そうか……」
「ゴルバ将軍はレイの……」
「俺は奴の配下だ」
「レイは五将軍を従えたのか?」
「いや……正確にはまだ仕える許可は得ていないが……。俺を打ち負かし、救ってくれた。奴は俺の主人にふさわしい人物だと思っている」
「私の息子はいくつもの国を救い、この世界の数えられないほどの命を守った。そして、今また全ての人を救うため神に立ち向かう。出来すぎた息子だ……」
「全く……。大した奴だ」
****
戦闘開始から五十二時間後、俺は全ての天使を光の粒子へと変えた。
「全く君は、つくづく私の意思を裏切る男だな」
戦いを干渉する為に、平原の端に出現させていた玉座を消し、ミルフォスが立ち上がる。
着用していた真っ白いローブが、黄金に輝く鎧に姿を変えた。
短く柔らかそうな金の髪と、堀の深い顔には青い瞳の大きな目。
背中には大きな四枚の白い翼が生え、手にはオリハルコンの聖剣が握られていた。
戦闘形態に変わったミルフォスは、自分の周囲に半径三メートルほどある、半球状のフィールドを展開した。
「さあ、神が直接神罰を下そう」
「けっ! 誰がただで死ぬか! てめぇも道連れだ!」
下手な小細工が通じる様な相手だとは思えない。
なら! 一撃に今の最高を!
跳び上がった俺は、光の大剣を大きく振りかぶり、風の壁を蹴って上空からミルフォスに斬りかかった。
弾丸のような速度でミルフォスのフィールド内に入ったが、俺の体に変化はない。
変化したのは魔剣の方だった。
なに!?
俺の剣はミルフォスに届いたが、傷をつける事が出来なかった。
ただ、甲高い金属のぶつかった音だけが響く。
「うっ! おあぁぁ!」
フィールドに入った瞬間、魔剣が元に戻ってしまっていた。
聖剣で魔剣は受けとめられ、振り払われた衝撃で俺は吹き飛ばされたのだ。
いったい……。
『あのフィールドじゃ……。魔力を無効化された……』
マジかよ!
それって、秘言を唱えても……。
『多分あのフィールド内では、かき消されるじゃろうな』
「ふふふっ……。君の戦闘は、あきるほど見せて貰った。既に対策は出来ている」
くっそ……。
神ってのは、何でもありかよ!
「このフィールドは私と君以外の力が、侵入出来ないようになっている。これ以上ないほど、公平だろう?」
「それは、ずるって言うもんじゃないのか?」
「ふん。神に挑むとは、こういう事だ。理解しろ」
ジジィ、魔力は?
『全て消し飛ばされた。回復も出来んぞ!』
やってくれるな。ちくしょう。
どうする?
作戦を立てるにも、相手の情報が必要だ。
『回避を優先するんじゃぞ!』
ああ……。
「はあ!」
俺は魔力をまとわない魔剣で、ミルフォスに斬りかかった。
ミルフォスはその場から動かず、いともあっさり俺の剣を受け流し反撃してくる。
何とかかわしたが、聖剣には少し動かすだけで衝撃波のおまけがついてくる為、左肩が切れた……。
装備自体が同じなら、エセ勇者と同じ戦法で!
****
それから何度も斬りかかるが、ことごとく受け流される。
フェイントや残像を使っても、全く通じない……。
それどころか、衝撃波で徐々に俺の怪我が増えていく。
魔力切れで回復が出来ないのは、正直致命的だ。
これが神の力……。
傷は浅いが、血の量にも限界がある。
このままでは……。
『自ら全能神を名乗るだけはあるのぉ……』
全能神……。
ん? あれ?
そう言えば……。
ジジィ?
『どうした?』
神に精神攻撃って、効くかな?
『さぁ、全能神には効果が薄いと思うが……』
全能神にはな……。
俺の考えが正しければ……多分!
****
俺は、攻撃の度に自分の疑問をぶつけた。
「全能神のくせに、何で魔剣を操作できないんだ?」
「何で、魔剣の魔力を無効化するフィールドをわざわざ張ったんだ?」
「何で人間相手に、鎧と剣を装備するんだ?」
「何でわざわざこんな回りくどいことするんだ?」
「何で人間を間引きするんだ?」
「何でエンジェル達は、あの数しか出せなかったんだ?」
俺の質問は、斬りかかる為に行ったので、体の怪我が増えていく。
問いかけていながらも、一切剣技は手を抜いていないのだが、それでも当たらないし、完全には避けられない。
****
「何でお前は、最初からエンジェルを使わなかった?」
「何でわざわざ人間を精神世界に呼んで選択させた?」
「何で、お前の思い通りに事が進んでないんだ?」
既に切り傷が、五十ケ所以上……。
ここが限界だ。
ミルフォスは、全く体勢を崩さない。
俺はこれ以上出血が増えれば、すぐに動けなくなるだろう。
さあ、核心といこう!
「何故お前は、人間を消せないんだ? お前は創造神なんだろう?」
無表情なまま、俺の攻撃だけを聖剣で捌いていたミルフォスの眉が、少し反応した。
やっぱりそうだ!
「千人殺すのも、何故精神だけしか殺さないんだ? 体ごと消せばいいじゃないか」
「ええい! 先程から! 五月蝿い!」
やっと反応したな……。
「人間がお前の創造物なら、あのダークエルフやエンジェルみたいに……人間を消せばいいじゃないか」
「五月蝿いと、言っているんだ!」
初めてミルフォス側から、攻撃を仕掛けてきた。
俺はその攻撃を魔剣でいなし、ミルフォスの顔面を蹴りつけた。
いくら速くても、焦りで隙だらけの攻撃なら、どうにか出来る。
フィールドの無くなる手前まで飛ばされたミルフォスは、急いで中心部へと戻ってきた。
ビンゴ!!
『正体見たり……じゃな』
「てめぇ……全能神でも創造神でもない、ただの神に近いだけの存在なんだな!」
「くっ……」
「だから不死身じゃない! そして、この魔剣の魔力が届けば殺せるってことだ!」
「くっ! 何処にそんな証拠がある! 私は神だ! 私が数年前に発生した神に近いものだという証拠でもあるのか? あるはずがないだろうが!」
「やっぱ馬鹿だな……」
「何だと! 人間風情が!」
「もう少し、誘導尋問する予定だったけど、必要なくなったよ……」
「何を……」
「そんなに創造神に憧れてるのか? 数年前に自然発生した神もどき!」
「あっ……」
「自分でばらしてりゃ、世話ないんだよ……」
「くう……。しかし! お前さえ消せば! 証拠は残らない! 私に貴様が勝てないのに変わりはない」
「そうだな……。じゃあ、冥土の土産に動機を聞かせてくれよ」
「ふっ……。なんだ? 覚悟を決めたか、いいだろう! 私の自由にならぬものなどこの世には必要ない! そんなものは消えればいいんだ!」
理由まで馬鹿丸出しだな……。
お前はガキか……。
『実際に、お前よりも年下かもしれんぞ』
ったく……。
せっかく神に仕返しできると思ったのに、ただのニセモノかよ……。
『精神の未成熟な者ほど、純粋で残酷なものじゃ……』
さて、ジジィ……。
俺が考えた作戦は……。
『……他にないのか?』
さんざん考えただろうが!
『しかし……』
馬鹿なガキには、お仕置きが必要だよな……。
『う……む……』
なら悩む必要ないじゃねぇぇか……。
『しかし!』
俺はさっきから、はらわたが煮えくりかえってるんだよ……。
こんなアホの、馬鹿な理由で多くの人が死んだ。
許せるはずがない……。
そして、こいつを野放しにしてさらに人が死ぬなんて、もっと許せねぇぇんだ!
なあ、頼むよ。ジジィ。
『分かった……』
さあ! 行くぞ!
「おおおおおお!」
俺は先程までと同じように、まっすぐミルフォスに斬りかかる。
「ふん! バカめ……なっ?」
二本の特別な剣は、今までと同様に衝突したが、結果は全く違っていた。
金属音ではなく、爆発に似た破裂音を響かせ、接触部分からは光の粒子が飛び散る。
「馬鹿はテメーだ!」
魔剣は黒いオーラをまとい、聖剣をフィールド外へ弾き飛ばした。
ついに懐に飛び込んだぞ!
さあ!
食らえ!
<ソードストーム>
魔力を纏った魔剣の連撃が、鎧ごとミルフォスを斬り裂く。
さすがに多少の怪我は、すぐに修復されてしまう。
だから……。
連撃!
俺は、体を捻転、回転させ技と技のつなぎ目を一切なくし、高速でミルフォスを斬り裂き続ける。
ミルフォスとの距離を一切離さずに、この瞬間に俺の全てをぶつけてやる!
「ぐがあああ! 馬鹿な! 何故、オリハルコンが!」
「はああああ! オリハルコンは精神感応金属! てめぇの意思が弱まれば、強度も落ちるんだよ!」
両腕を斬り落とされ、フィールドからも出られないミルフォスは、俺の斬撃をただただ受け続ける事しか出来なくなっていく。
「ぎゃあああ! 何故魔力が! 魔力があるんだぁぁぁ!」
「おおおおおっ! あるだろうが! 目の前に魂が一つ!!」
「まさか! 貴様! 自分の命を!?」
「そのまさかだよ!」
俺だけ……俺の魂だけが、このフィールドに侵入できる。
ミルフォスは不完全な神だから、俺を離れた場所から殺せなかった。
だから近づけないといけなった……。
極々簡単な! 敗因だ!!
ミルフォスには、血という物が流れていないらしい。
ただ、体の構造自体は人間とほとんど同じようだ。
俺は力を強く感じるミルフォスの胸部を集中的に、切り裂いていく。
信じられない速度で回復するその胸部に、数えるのも面倒なほどの斬撃を浴びせかけた所で、今までになかった手ごたえが返ってきた。
鈍く大きな音を立てて、そこを守っていた何かが砕ける。
ついにたどり着いた……。
とんでもない、エネルギーの固まりだ……。
俺が左の肋骨を斬りおとした時、ミルフォスのコアがついに目の前に出てきた。
これを壊せば!
行くぞ! ジジィ!
『し……しかし……』
下手な攻撃じゃあ、殺せない!
出し惜しみするな!
全部を出しつくすんだ!
ジジィは! 世界を守る聖なる魔剣なんだろぉぉぉが!
力をよこしやがれぇぇぇぇぇ!!
『ぐう! わかった! 行くぞぉぉぉぉ!!』
俺の魂をありったけ吸い込んだ魔剣が、真の姿へと変形する。
本来の大剣には程遠い、短く光の薄い剣だが……。
俺の命なら! これでも上等だ!
さあ!
「死ね!」
<シャイニングアロー>!!
距離から俺の全てをこめた突きが、ミルフォスのコアへ直撃する。
最後の抵抗で、再生した右手の俺の左目にミルフォスが突き立てたが、もう俺はそれじゃあ止められない……。
俺の全力を込めた突きはミルフォスの身体ごと木をなぎ倒し、岩を砕き、岸壁にミルフォスごと激突し、止まった……。
「ああ……。ただ、楽しく生きようとしただけなのに……。なにが……」
その情けい言葉と共に、ミルフォスは光の粒子になり大爆発を起こした。
****
そこで一度意識が途切れるが、もうあの真っ暗な場所には行かなかった。
理由は分かっている……。
俺が目を覚ますと、青空が広がっていた。
俺は爆発の衝撃で、天使共と戦った戦場にまで、吹き飛ばされていた……。
俺の周囲には、レーム大陸の統合軍がいた。
ああ、そうか。
俺が生き残ったように見えてるから、処刑しに来たんだよな。
そんな大人数で囲まなくても、逃げやしねぇぇよ……。
やっと、終わった……。
終わったぞジジィ……。
『わかっておる……』
なんだ? なんでジジィ精神世界でもないのに、元の姿に戻ってるんだ?
『特別じゃ……』
なんだそれ……。
『動くな! 傷を治す……』
魔力の無駄遣いするな……。
どうせ、その魔力ってジジィ本人のだろ?
俺はもういい。
分かってんだろ?
『この、バカ息子が!』
俺はマリーンに、頭を抱えられた……。
ったく。
「俺の年なら、息子じゃなくて孫だろ? 普通」
『まったく……。最後の最後まで、お前という奴は!』
「へっ……。俺は俺だよ……」
泣くなよジジィ……。
俺は満足してるんだ……。
「おじいさん! レイは? レイは回復するんでしょ?」
何だ?
カーラか……。
『……レイはその魂を全て燃やしつくした』
「はっ? 何言ってるのよ! 助けなさいよ!」
おいおい、我がまま姫様よぉ。
「無理言わないでくれ……。俺の魂は、もう後数分で全て尽きるんだ……。魂の力なんて補充できる奴はいないんだよ」
「あんたは! なんで何時もそうなのよ! 何で私を置いて行くのよ!」
なんてわがままな怒り方だ……。
最後ぐらい静かにしてくれよ。
「でも、これで皆が俺を殺さなくても千人の命は助かるぞ?」
「馬鹿! あんたがいないと意味がないのよ! お願いだから置いていかないでよ……」
なんだよ。そんなに泣くなよ……。
世界の危機は排除したし、人も死なないんだぞ?
まさにベストエンドじゃないか……。
何が気に入らないんだよ……。
「賢者様! 私の命を使えないのですか?」
「私の命もやる! 何とかしろ!」
メアリーにリリス?
無茶言うなよ……。
『……………』
ジジィが首を横に振る。
ほら、ジジィ困ってるじゃないか……。
「俺のでは駄目なのか? 同じ男だし! 人狼は寿命が長い!」
ゴルバ……。
何でこのシーンでお前が出てくるんだよ……。
「レイ! レイ! 一人で死ぬなんて許さない! 私は許さない!」
怖いよ、メアリー。
それに……。
「俺は死ぬんじゃない……。無に帰るんだ。死ぬ事もうまくできなかったんでね……」
「何言ってるか分からない! レイ! お願い! お願いよ! あなたが望むものなら何でもあげるから! 行かないでよ!」
だから無理言うなよ……。
「私達だって許さないぞ!何とかしろ!」
リリス……。
何で泣いてるんだよ……。
お前の嫌いな人間が、一人消えるだけだぜ?
お?
髪の色が……。
「リリム。なんにもレイにお礼出来てないよ? 何で行っちゃうの? リリスとリリム、三人で暮らそうよ~……」
なんだ、泣いてたのはリリムか……。
リリスが泣く訳ないよな。
「私は!」
あ?
カーラにメアリーにリリス?
声がはもってるよ?
「レイが好き!」
はい?
「お願いよ! 行かないでよ……」
「私はあなたともっと一緒にいたい!」
「私達と一緒に暮らそう! 頼む!」
おいおい。三人とも……。
「死なないで……」
また、はもった。
全く……。
なんてタイミングだよ……。
これがご褒美ですか? 神様?
でも、これじゃあキスすらする時間ないんですけど?
でもまぁ……。
「俺の夢は、彼女を作る事だったんだ……」
「えっ?」
「ありがとうな、最後に夢がかなったよ。嘘でも……」
ああ……涙が……泣いちゃだめだ……。
二度と泣かないって、決めたんだから……。
さぁ、最後だ……笑おう……。
笑って死ぬんでやるんだ。
それが俺の意地だ……。
「嘘でも嬉しかったよ……」
彼女ができた瞬間、あの世行き……。
じゃないな……。
全てが無に消えるんだ……。
生まれ変わりも、父さん達皆に会うのも無理なのか……。
やってらんね~……。
でも、ジジィと……。
あの三人のお陰で、笑って消えられる……。
だからそんなに泣かないでくれよ……。
俺なんかのために涙なんてもったいないんだよ。
さあ、最後の力を振り絞れ……。
魂の残りかすを、かき集めろ……。
最後に出来ることするんだ。
「みんな……ありがとう……」
ああ……。
これで……。
笑って行ける……。
最高じゃないか……。
みんな……。
じゃあね…………。




