九話
「あの……。皆さん?」
「なんですか?」
うわぁぁぁ……。
何でメアリーまで、機嫌悪いんだよ。
俺頑張ったのに、何で気を使わないといけないの?
「えっと……こいつらどうする?」
俺は面倒なので縛ったまま気絶させた、エセ勇者パーティーを指差す。
「もちろんこの場で殺す!」
ルネさん……。怖いよ……。
「殺すのはいいんだが、出来れば裁判的な物にはかけてやってくれないか?」
「えっ? それは……」
「俺もこいつら嫌いだが、こんなのでも俺からすると同族なんでな……」
「……分かりました。死刑になる可能性は高いですが、裁判にかける事は誓います」
「ありがとう、メアリー」
「いえ……」
そう言えば、何か忘れているような……。
『ダークエルフ……』
ああ!
忘れてた!
俺は、一連の騒動がダークエルフの兄弟によって引き起こされていた事を、四人に説明した。
「おのれ! デュラン!」
「やっぱりねぇぇ……。元々、怪しかったもんね。あの二人……」
「しかし、実績は確実に積み上げたからね……」
「それも今思えば、仕組まれていた可能性がありますね……」
「そうですね……」
おお!
『なんじゃ?』
俺の説明を、素直に受け入れてくれるなんて……。
なんて幸せなんだ!
『……もう、わざと言っとらんか?』
だって!
今まで説明できない、証拠が無い、説明を聞いてくれない……。
この三パターンしか、俺には無かったんだもの。
うれしいだもの。
『まあ……確かに』
****
さて、あの馬鹿兄弟の気配は……。
なっ!
どう言う事だ!?
『分からん!』
俺は、急いで魔剣を呼び出した。
回復は?
『十分できておる!』
魔力は?
『ここのところの連戦で、そちらも十分蓄えがある!』
なら、問題はないな。
後は、俺の実力次第か。
「どうしたんだ? レイ?」
「まさか、敵か?」
俺が見据える道の先から、二頭の馬に乗った魔族が現れる。
一頭に二人ずつ。
計四人の魔族が、俺の前に現れた。
馬鹿兄弟に、包帯を巻いたシグー。
そして、銀髪褐色の肌をした……多分、ゴルバ。
連戦連戦連戦かよ……。
やってらんね~……。
「ゴルバ!」
四人も身構える。
馬鹿兄弟の仕業だろうな。
「なるほど、お前達の言うとおりだったな……」
ああ、やっぱりこの馬鹿共こっちの兵がいなくなって、この四人がヘロヘロなのをちくりやがったな。
絶対殺す……。
「バルゴ! 何故なんですか?」
メアリー?
「以前の通りだ! 私は力あるものに従うのみ! そして、人間を滅ぼすのだ!」
よく聞くと文脈おかしいな。
この狼も馬鹿なのか?
しかし……。
『他の将軍と比べて、圧倒的な力を感じるな……』
これが魔王クラスの圧力か。
『間違いなくAランク上位……。この偽勇者よりは厄介に違いない……』
分かってるよ。
目線をずらしただけで、殺されそうな圧力だ。
てか、勝てる気しねぇぇんだけど……。
「さて……。まずは人間! 貴様を血祭りにあげてやろう!」
最初から俺狙いかよ……。
人間が死ぬほど嫌いなんだろうなぁ。
理由は知らないけど……。
「レイ?」
俺の前に出ようとするリリスとルネさんを、片手で制止する。
「あいつのご指名は、俺だ……」
最初から、全力で行くしかないよな。
俺の身体から立ち上る黒いオーラに、二人は下がってくれた。
ゴルバが馬から降りて、剣を構えてくる。
「くくくっ! 魔王に勝てる人間など存在せん!」
バカ兄が、何か言ってるよ……。
後で絶対殺す!
えっ?
予想外な事に、馬鹿の兄はシグーの拳に吹っ飛ばされた。
「我も力ある者を信じる。奴は少なくとも私以上だ。礼を欠く言動は慎め……」
なんだ、シグーって奴もいい奴じゃんか。
なんで、てめぇぇらは……。
っと!
ゴルバが、剣を振りぬいてくる!
……おや?
ほいっと……。
「ふっ!」
いや……。
遅っそ!
何? こんなものなの?
シグーの方が強いんじゃないか?
威力はそこそこありそうだけど、そんな速度で俺に当たるわけないじゃん。
よいしょっと!
俺はゴルバの剣をはじき、その勢いを利用して、ハイキックをゴルバの首筋にみまった。
普通に吹っ飛んだよ?
あれ?
どう言う事!?
『油断するな、バカ者! 人狼族の本来の力は、獣の姿で発揮される!』
ああ……。
そういう事か……。
まだ本気じゃないと……。
だから! 早く言えよ! クソジジィ!
今のうちに倒しとけばよかったじゃんか!
強くなるって事だろ!?
『……まぁ』
やっちまった!
今のうちに、ボコボコにするべきだった……。
ゴルバは見る間に二~三メートルほどの狼へと、姿を変えた。
体から出てる魔力も、凄い事に……。
鎧を着ていないのはこのせいか。
身体が二周り以上、でかくなりやがった……。
えっ!
衝撃音と共に、俺の体が後ろへと飛ばされる。
地面を一蹴りでとんでもない速度に達したゴルバは、正面から俺に突っ込んできた。
目の前で開かれた大きな口には、恐ろしい牙が並んでおり、剣でギリギリガード出来たが……。
速い!
俺並み……いや俺より速い!
くっそ!
<ミラージュ>
え!?
「ぐがっ!」
虚像を作ろうと横方向へ動いた俺を追い抜き、側面で大地を蹴ったゴルバにタックルされた。
致命的なダメージを受けるという事はないが、意識が持って行かれそうにるほどの衝撃だ。
背中から地面に落ちた俺は、その勢いのまま回転で起き上がる。
強い……。
動きを目で追うのが、ギリギリだ……。
獣の本能からか、急所ばかりへ最短距離で牙を向けてくる。
ただ、そう来てくれている間はまだよかった。
相手の攻撃予測がしやすく、剣で牙をいなす事が出来た。
だが、ただの獣ではなく、十分な知恵があるゴルバは、攻撃手段を切り替えてきやがった。
左右上下へと高速で移動し、俺の予測を撹乱させてきたのだ。
「くっ……ぐお! ……がっ!」
高速ですれ違うたびに、俺の一部を食いちぎって行きやがる……。
何とか見えてるおかげで、ゴルバの攻撃を浅くは留められているが、じり貧だ……。
これが人狼の速さと力か。
『時間をかければかけるだけ、こちらの不利じゃ。回復もいつまでもは出来んぞ』
ああ……。分かってる。
多分、底力はあっちが上だろうしな……。
俺の勝機が体の一部と一緒に、刻一刻と減っている。
何時も通り一撃に全てを掛けて飛び込むか?
いや……。
無理だな。当たる気がしない……。
自分より速い相手……。
そう言えばエセ勇者も金ぴかの化け物も、俺より遅かった。
それでも俺は、苦戦した。
何に苦戦した?
ふぅぅ、やるしかないか。
『結局一撃にかけるのと、大して変わっとらんぞ?』
でも、他にいい方法もないだろ?
『まあ……。そうじゃな……』
ああ……。
時間が惜しい!
徐々にゴルバに身体を削られながら、作戦を決めた。
これ以上待てば、勝機が完全に消える。
必死に守りながら溜めた、俺の力をぶつける!
「グルルル……」
俺のオーラの高まりに、ゴルバも一度距離をとった。
その判断は……。
間違いだ!
師匠から授かった奥義。
昔の俺では、使えなかったが……今なら!
連射に耐えてくれよ! 俺の身体!
「はあああ!」
<ファルコンスラッシュ>
超高速の連続衝撃波。
ほぼ誤差なしで放つ三日月の衝撃波は、十字に重なる。
それと同時に、簿妙な力の方向のずれで回転を始め、全てをかみ砕く真空の巨大な竜巻となる。
よし! 出来た! 今しかない!
<ミラージュ>
真空の竜巻にゴルバが気を取られた刹那の時間で、気配のある虚像をその場に残し、上空へと跳び上がる。
俺の放った地面と垂直に進む竜巻の攻撃範囲は広く、必然的にゴルバの避ける方向には制限がかかった。
そこから俺の虚像に噛みつこうとすれば、更にルートは限られる。
来た! そこだ!
<メテオストライク>
空気の壁を蹴って体を超高速で落下させた俺は、誘導したルートを進むゴルバ目掛けて、全力で魔剣を振り抜いた。
「ギャウンン!」
成功……した。
流石に人狼の体毛と筋肉がいくら硬くても、カウンターでのメテオストライクなら、切り裂く事が出来る。
「はぁ……はぁ……」
ギリギリ……。マジで、ギリギリだった。
俺達の勝負は、本当に一瞬で決着した。
かなりのギャンブルだったけど……。
『賭けに勝ったのぉ……』
ああ……。
自分より速い相手は、誘導とけん制で攻撃を当てる。
まさか、あの金ぴか野郎どころか、馬鹿勇者から教えられるなんてなぁ。
『まぁ、あれでも剣士としては大してないが、戦闘力は聖剣でAランクモンスター並じゃったからなぁ……』
はっ……ははっ……。
良かったぁぁ……。
さすがに今回はダメかと思った……。
俺、生きてるぅぅ……。
人間の姿に戻ったゴルバは、肩から腹部までが大きく斬り裂けているが、生きている。
生命力も半端ないな……。
「ぐうううう……」
まぁこれで……。
うん?
嘘……。
ゴルバは、胸のロケットを開いて見たと思ったら……。
魔力が膨れ上がっていく。
どう言う事だよ!
「人間! 殺す! 殺す! 妻とわが子の敵! 殺すぅぅぅ!」
なっ!?
なに? 人間に嫁さんと子供殺されたの!?
あれは……。
『胸のあれから、魔力があふれ出しておる!』
そう言えば、馬鹿兄弟がロケットがどうのこうのと……。
なに? あのロケットには、人間に殺された嫁さんと子供の写真でも入ってるの?
「バカめ!」
「止めを刺し損ねた! お前の負けだ!」
だから五月蝿い! 馬鹿兄弟!
あの胸のロケットが、暴走の原因か!
ゴルバが再び巨狼に変身した。
それも、先程の倍以上のでかさになって……。
「うげっ!」
嘘だろ……。
全く見えない……。
速度まで上がったのかよ……。
俺は一瞬で、左腕を食いちぎられた。
俺の周りを移動しているのは分かるが、ゴルバの姿が全く見えない。
全ての感覚を動員しても、正確な位置は捉えきれなかった。
まずい!
勝ち目が全くない!
こいつを捉えるなんて不可能だ!
殺される!
どうする?
どうすればいい?
あのロケットさえ破壊出来れば……。
奴の懐に……。
ええい! くそ!
もう! これしかない!
『確率は……二割かのぉ……』
だが、やるしかないだろうが!
ジジィ! フィールドを全力で、俺の身体だけに張ってくれ!
『承知した!』
俺は魔剣を上段に構える。
これで、首や頭だけは守れるはずだ。
ぐがっ!
左足を持って行かれた!
だが! 倒れなければ!
来た! 痛ってぇぇぇなぁ! くそぉぉぉぉ!
俺の胴体は、大きな顎に喰いつかれていた。
フィールドを張っているので、食いちぎられていない。
習い通りだ! ここなら! 俺の剣がゴルバに届く!
俺はゴルバに咥えられたまま、秘言を唱える。
「この世に漂いし、迷える戦士の魂よ! 我の元に集い我が刃となれ!」
魔剣が形を変え、賢者の石が魔力を吸収していく。
ゴルバはその間も、俺をかみ殺そうと首を激しく左右に振っている。
いってぇぇぇ!!
フィールドが耐えきれれば勝ちで、耐えきれなければ噛みきられて俺の負けだ。
『よし!』
「力を示せ! スピリットオブデス(死神の魂)!」
魔剣が光を放つ、真の姿を現す。
この剣身の長さなら!
俺はゴルバの首筋を、光の剣身でロケットごと斬り裂いた。
よっしゃぁぁぁぁぁ!!
ロケットを切り離した!
「うげっ! ごほっ……くっそ……いてぇ……」
魔剣が元に戻ると同時に、ゴルバの口が緩み、俺は地面に落下した。
ゴルバはその場に倒れ込み、人の姿に戻っていく。
俺は……。
痛い……。
痛いよぉぉぉぉ……。
『すぐに治す……。我慢せい!』
片腕と片足が無くなり、腹にはゴルバの牙のせいで、大穴が複数あいている。
痛ぁぁぁい……。
『……五月蝿い』
傷口からは煙があがり回復しているのは分かるが、それでもむちゃくちゃ痛い。
泣きそうだよ……。
****
「ぐう! 人間……殺す……」
うそぉぉぉぉぉ!
ゴルバって、正気に戻ってない!?
それとも元々あんななの?
やっべ!
流石にもう無理! 殺される!
ゴルバの首と胸の傷は、もう血が止まり始めていた。
てか、人狼族のって俺より回復早いんじゃないの!?
『まずいのぉ……。後、数分は動けんぞ……』
やられてしまう!
やばい! やばいって!
おう?
メアリー! 危ない! 危ないって!
あれ?
メアリーは、ゴルバの頭を抱えて泣いている。
「兄さん……遅くなってごめんね。気付いてあげられなくて、ごめんね……」
メアリーの両腕からは、淡い光が漏れだしていた。
これは……。
『ゴルバに入り込んだ魔力が、排除されていっとるようじゃ……』
え?
バンパイアって回復魔法とか使えるの?
『何か違う術のようじゃが……』
「この大馬鹿が!」
「死んだらどうするんだ!」
うおっ!
ルネさんとリリスが、俺の前で怒ってる!
逃げることすらできん……。
えぇぇぇぇ……。
頑張ったのに……。
なんで、怒るの? 馬鹿なの?
『アホ……』
****
俺をひとしきり怒った後、ルネさんは俺が斬り落とした、ゴルバのロケットを拾い上げる。
「これで、ゴルバも元に戻るだろう」
はっ? 元に?
「どう言う事?」
俺が仰向けに寝そべったまま質問すると、ルネさんはゴルバがしていたロケットの中を見せてくれた。
はい?
そこには、メアリーとルネさんと笑顔のゴルバが写っていた。
嫁さんと娘じゃないよね? なにこれ?
「ゴルバは二百十歳だが、まだ未婚だ……。もちろん子供もいない……」
ええ~……。
なんじゃそりゃ……。
『洗脳されておったのじゃろうて……』
ええ~……。
何? 嫁さんと子供が殺されたって思いこんで、人間殺そうとしたの?
『多分な……』
ふっざけんなよぉぉぉ。
なんだよそれぇぇぇ。
そんな理由で、戦争すんなよぉぉぉ。
アホらしい。
俺は、メアリーとルネさんに説明を受け、謝罪するゴルバをただ見ていた。
回復するまで動けませんからね……。
そして……。
なんでだよ……。
俺の不幸は、何時終わるんですか?
てか、終わるのか?
説明の終わったメアリー、ルネさんにリリスを含めて、説教されています。
何? こいつら……。
命かけまくったのに……。
何故俺は怒られねばならん!
なんでだ?
『お前には一生理解出来んのかのぉ……』
身動きできない状態で、女性三人から怒られる……か。
なんか、これだけ一方的に怒られてると、泣きそうなんですけど……。
ここはお礼じゃないの?
何で怒るの? こいつ等。
アホなの?
『アホはお前じゃ……』
いやいや……。
俺頑張ったじゃん!
なんでだよ!
誰か教えてくれよ……。
てか、助けてよ……。
「聞いてますか!?レイ!」
「はい……」
「全く! お前は!」
「レイ殿は反省とか学習とか、出来ないんですか?」
もう嫌だ!
誰か御褒美くれよぉぉぉぉ!
ああああ……。
やってらんね~……。




