八話
『しかし……。どうするんじゃ?』
奴らはあの洒落にならない武器と防具に、頼り切っている。
それだけ強力って事だが、そのせいで戦法は単純だ。
光矢で俺の動きを制限して、ダメージを受けない鎧で動きを止めたところへ、聖剣の一撃。
奴らはさっきからこれしかやってない。
『単純じゃが、厄介極まりないがな……』
俺がやることは、何時もと同じだ。
速度で、相手の虚をついて……。
力押し!
『この三人相手に成功する確率は、ほとんどないぞ?』
それでも、やってやるんだよ!
『命がいくつあっても足りんのぉ……』
ああ……。
マジで……。
やってらんね~……。
だからって、こいつ等だけには負けたくない!
なら! 危なかろうが、成功率が薄かろうが……。
やるしかないって事だ!
『まあ、その通りじゃ!』
奴らに魔力の攻撃も防御も意味が無い……。
『うむ! わしは回復のみに専念しよう』
分かってるじゃねぇぇか、ジジィ……。
『ふんっ……』
さあ、覚悟は決まった!
「これで終わりにしよう……。いたぶるのは僕の趣味じゃない。行くよ! ミミル! シーラ!」
「はい!」
「お任せ下さい! シーザー様!」
ああ……。
ブチっときた……。
勇者って奴は……何でそんなにもてるんだ!
不公平なんだよ!
死ねこのチート勇者!
もしこいつら操作しているガキが、テレビの前に居るなら覚悟しろ!
絶対そっちの世界に行って、お前の鼻の穴に何本色鉛筆が入るか試してやるからな!
勿論! 裂けるまでだ!
俺に飛んでくる、逃げ場のない無数の矢。
平面で見れば、二十本の矢は避ける隙が無い。
避ければ、そこにも矢があるって状態だ。
だが、立体で見れば!
一本一本の矢の速度に差があり、前後にギリギリ通り抜ける隙が……。
あった! そこだ!
「おおおおお!」
俺は飛んでくる矢に向かい、全速で走り出した。
ボロボロの足で溜め込んだ力を解放した為、ふさがりかけていた傷形から血が噴き出すが、ここは我慢と根性!
また、パンッと破裂音が聞こえる。
一本の矢がわき腹を抉ったが、止まれないんだよ!
後で幾らでも痛がってやるから! 消えろ! 痛み!
邪魔なんだよ!
「ああ!」
予想外の俺の突進に、怯んだエルフは矢をつがえ損ねた。
趣味じゃないが! 余裕なんてないんでな!
「はぁ!」
俺はエルフの片腕を掴み、勢いに任せて関節を逆方向へ折り曲げる。
エルフの腕は、周囲に聞こえるほど大きなベキリという音を立てた。
「うっ! あああぁぁぁぁぁぁ!」
腕を押さえたエルフの少女は、顔を歪ませながら地面を転がる。
こいつは痛みに全く耐性がないらしい。
俺は念の為、そのエルフが落とした弓を奪い取る。
「くそっ! ミミル!」
俺は、聖剣からの衝撃波を紙一重でかわす。
食らいまくったから、安全圏はもう覚えたんでな。
「よくもぉぉぉぉぉ!」
鎧の女が、突撃してきた。
ダメージを受けないと思っているのだから、その突進はある意味無謀ではない。
だが、お前の鎧は無敵だろうが……。
中身はどうなんだ?
その女が振るってきた普通の剣を、弾き飛ばす。
鎧を着た女の腕と足を掴んで、空中へ投げ飛ばした。
その間に向かってきた勇者の衝撃波は、回避する。
これで、短時間だが勇者に溜めの時間が出来るはずだ。
鎧を着た女の落下地点で、俺は剣を構える。
狙いは……腹部! 一点のみだ!
<ソードストーム>
空中に浮かんだままの相手に、俺は連撃を叩きこむ。
オリハルコンをミスリルでぶっ叩く、甲高い音が響く。
「う! いっ! いぃぃぃ」
オリハルコンに傷はつかないが、鎧を押しこむ衝撃は、少なからず体まで届くはずだ。
落下の力にあわせて、俺の最高速度で腹を殴られ続ければ! 効果はある……はず!
俺の連撃によってふたたび浮き上がっていた女が、地面へと落下する。
鎧の女は、防御の姿勢も取らなかった。
もうまともに動けない……といいな。
さぁ……どうだ?
効いた?
「げぼっ……」
弱弱しくフェイスガードを上げた女は、胃の内容物を吐きだした。
そして、むせながら白目をむいて意識を失う。
よっしゃ!
やっぱり中は、ただの人間!
幾らオリハルコンの鎧を着てても、内臓を痛めつけられれば終わりだ!
『うむ。多分、空中では衝撃もあまり逃げないはずじゃしな』
「馬鹿な!」
馬鹿はお前だ……。
さぁ、聖剣と魔剣の真っ向勝負!
「くっ! 僕は正義の為! ここで負けるわけにはいかない!」
馬鹿が聖剣を構える。
正義……。
『思えば……。独裁者や政治家など、力を求めるものが口にする言葉じゃなぁ……』
全く……。
勇者になりたいなら! 誰かを殺して正義を口にするな!
この大馬野郎が!
既に傷がほとんど回復していた俺に、衝撃波は当たらない。
それどころか、他二人を戦闘不能にした俺には、反撃をするだけの余裕が出来ていた。
<ホークスラッシュ>
奴はそれを避けるどころか、いなすことすらできていない。
力任せに聖剣の衝撃波で、対消滅させるだけが限界らしい。
まあ、見えてるようだし、消してるだけましなのかな?
ただ……これが、俺の全力だと思うなよ。
速度を上げるぞ! ついて来てみろ!
「ぐぐぐ……。うわっ!」
俺の放った衝撃波の乱れ撃ちを捌き損ねた自称勇者とやらは、後ろにあった木の幹に激突した。
「馬鹿な……。神に選ばれた勇者の僕が……」
いちいち腹立つ奴だな……。
座ったまま、やけくそ気味でエセ勇者の放った衝撃波を、俺は躱した。
もう、半歩ずらすだけで避けられる。
『完全に見切れたのぉ』
まあ、これだけ使われればねぇ。嫌でも覚えるよ。
さて……。
エセ勇者に近付いた俺は、肩に魔剣を突き刺し、再び距離を置いた。
「あああぐぅ! な……なんで?」
肩を押さえて、エセ勇者が叫んでるよ。
だが、気は抜かない。
何時また勇者に神の奇跡とやらがおこっても、対応できるようにな。
「何故貴方は……。これほどの力を持ちながら悪の道に……」
おいおい……。
ここまで来て、俺への説得ですか?
俺や魔族を話も聞かずに散々いたぶっておいて、自分は命乞いかよ。
アホガキが!
「俺は……。俺の信じた事をするだけだ……」
俺から言えることはそれだけ……。
てか、お前と話すこと自体が、俺には無駄だと思えるんでな。
セシルさん……本物の勇者は、教えられなくても分かるはずだ。
「くっ! なら、僕が正しいと証明してみせる!」
エセ勇者は、歯を食いしばって立ち上がってきた。
その根性はいいとしても、ここで力を選んだ時点で、勇者失格じゃないのか?
聖剣が、今までよりも一層強い光を放つ。
「おおおおお!」
最後の必殺技ってところか……。
なあ、ジジィ?
『なんじゃ?』
オリハルコンって、オリハルコン壊せるのか?
『魔道兵機の戦いで知っておるじゃろう? 同硬度金属はよほどの魔力か剣の腕が無ければ、破壊出来ん』
じゃあ、あの自称勇者は、どれくらいのレベルなんだろうな?
奴が本当の勇者なら、俺に出来たくらいの事出来るはずだ。
『そう言う事か……。では出来ない方に一万ギリじゃ……』
俺も出来ない方に十万ギリで!
差額九万、必ず払えよ……。
『なっ! この後に及んで、お前という奴は……』
へっ! 俺は俺だ。
来るぞ!
「超奥義! 真無双斬!」
俺は勇者の振るう剣に向かって、真っ直ぐ走り出していた。
爆発音とも破裂音ともいえる音で、俺は耳鳴りに襲われる。
確かに、なかなかの威力だ。
腕が痺れたよ。
だが、それじゃあまだまだだ……。
俺は先程エルフから奪っていたオリハルコンの弓で、勇者の一撃を受けとめていた。
同質の補正がかかれば、衝撃波で吹き飛ばされる事もない。
「そ……んな……。ぎゃん!」
俺はそのまま聖剣を弾き飛ばすと、勇者を名乗るガキを殴りつけた。
魔剣を腕の中へ戻し、そのままガキを両手で殴りつけていく。
「が! ……ぐえっ! ……やめ……ぎゃ!」
仮にも勇者を名乗る奴が、聖剣を無くしたくらいで……。
あ、駄目だ。目が死んだ。
こいつ諦めやがったか?
確かに俺の方が強いが、素手でも最後まで根性見せてみろよなぁ。
「やめ……やめて! あぐっ! ……げほっ! やめて下さい……ううっ……」
いともあっさり心が折れやがった。
十五発殴りつけただけで、土下座して泣いてやがる。
『まあ、お前の拳はそうとう痛いと言うのもあるじゃろうがなぁ』
そんなもん関係ない!
勇者の定義を、何だと思ってるんだ?
聖剣や鎧が無くても、勇者は勇者なんだよ。
怖さを知って尚、立ち上がる勇気がある者。
だから、勇者は勇者なんだよ。
相手を殺すのに躊躇が無いくせに、自分の命はそんなに大事なのかよ。
『クズにクズと呼ばれるこいつは、底辺のクズという事かのぉ?』
誰がクズだ!
折るか、溶かすぞジジィ!
あっ!
今なら聖剣があるから、魔剣を本気で折れるんじゃね?
『おまっ! 本気で折ろうとするな! 命を共有しておるんじゃ! お前も死ぬぞ!』
マジでか!?
ちっ……。
『何故そこで舌うちじゃ!?』
さて、こいつらどうしたもんかな……。
腕が折れてもがいているエルフに、ゲロまみれで気絶する女戦士、そして顔をボコボコに殴られて泣いて土下座してる勇者……。
『ほぅ……無視か』
とりあえず……。
折ったエルフの腕を添え木で固定し、女戦士の鎧をはがしてから、勇者に二人を縛りあげさせた。
その後、俺自身が勇者を縛り上げる。
因みにロープは、近くの木に巻きついていた蔦を使った。
とりあえず、この馬鹿どもはこれでいいとして……。
「皆無事か? 致命傷があれば言え」
「姫様の内臓が……」
「よし!」
俺はまだ回復していない胸の傷から、近くの大きな葉っぱを器の代わりにして血をすくい、メアリーに差し出した。
さすがに今回は、素直に受け取ってくれる。
リリスとミネアの回復を行っている間の数分で、メアリーは回復した。
ルネさんも俺の血を飲んで、問題ないようだ……。
バンパイアって、すげぇなぁ。
『まあ、そのせいで普通の者と、溝が出来てしまったんじゃがなぁ』
ああ、なんとなくわかるわ。
「レイ……」
「レイ殿……」
「レイ」
「人間……」
ミネアだけ、呼び方人間のままだ!
まぁ、いいけど。
俺も、お前の事あんまり好きじゃないし……。
あれ?
でも、リリスなのにレイはおかしくないか?
「あの……リリスさん?」
「あ……あの時はすまなかった。じいとリリムに叱られてしまったよ」
「ああ、なるほど……。もう襲ってこないなら、それでいいよ」
そんなに人間の俺に謝るのが、屈辱なのか?
顔真っ赤にしやがって!
まぁ、謝ってくれただけましか……。
一応、こいつはリリムでもあるしな。
「レイ……。ありがとう……」
「すまないな、メアリー。俺が遅れたせいで、犠牲者とお前ら怪我を……」
「いえ、可能な限り私達が兵……民を逃がしましたので……」
「そうか……」
メアリーと笑い合い、終了……しませんでした。
ちょ!
「レイ殿は……自分の命が惜しくはないのか?」
あれ?
なんで、なんで!?
ルネさん怒ってません!?
なんでだよ?
「いや……。惜しくない訳じゃないんですが……」
「ならば、もう少し安全な作戦をお考えください!」
「はっ……はぁ……」
怒られた!
助けたのに怒られた!
なんで?
「貴方はもっと、自分を大事にするべきだ……。昨日の戦いも、腕を犠牲にしたりと……」
どんどん顔が真っ赤に……。
なんで!?
説教され始めてません? これ?
なんだよぉ……。
『不憫な……』
何が?
『自分を本気で心配してくれたとは思わんのか?』
はぁ?
じゃ! 何で怒るんだよ!
訳わかんないじゃん!
『不憫な……アホの子じゃ……』
誰がアホの子だ!
死ぬ覚悟で折るぞ!
****
「その……人間。この間はありがとう……」
ルネさんの折衝が終わってから、ミネアも謝ってくれた。
俺はもしかして、最初から魔族に生まれてたほうが、幸せだったのでは?
『若干な……』
だぁぁぁよぉぉぉねぇぇぇ……。
人間より魔族が優しい世界って、どうなんですか?
「あの、レイ……」
「なんですか? リリスさん?」
「あっ……。私もリリスでいい……」
「じゃあ、なに? リリス?」
呼ばれて顔を紅潮させるほど怒るなら、呼ばせるなよ!
リリムとは違う種類の馬鹿か! お前は!
『人からの好意に慣れておらんと……。人間はここまで歪むのか……』
ああ? ジジィ? 何それ?
「後で二人で話がしたい……。あの時の礼と、リリムが会いたがっているんでな……」
ああ……リリムか。
リリムには、別れの挨拶も出来なかったし、会いたいな。
あれ? でもリリムといい関係になったら……。
リリスついてくるんだよな?
どうする? 俺?
『本気で考える事がそれか?』
重要ですよ!
超重要!
『不憫じゃ……』
さっきから何回言うんだよ!
そんなに不憫じゃないぞ!
魔族だけど美人四人に囲まれて、今俺幸せなんだよ?
もしかすると、この四人の誰かのフラグを少しでも回収できてるかもしれないんだよ?
『アホじゃな……』
なんだよ! さっきから!
人の幸せ邪魔するとか良くないぞ!
くっそ……。
「レイ……。駄目かな?」
「ああ、いいよ」
「レイ!」
「レイ殿!」
何々!?
ルネさんだけじゃなくて、メアリーまで怒ってませんか?
何で?
「何でしょうか?」
「あ……。いえ……」
なんだ!?
この変な雰囲気は!?
俺何かまた選択肢間違えたのか?
答え! 攻略本を俺にくれ!
「なに? お前、本当に分かってないのか、人間?」
ミネア……。
「何が?」
「ああ……。天然ってやつか……」
誰が天然だ! ひん剥くぞ! このエロエルフ!
胸をはだけすぎなんだよ!
まあ、目の保養にはなるけど……。
『アホな上に……腐っとる……』
いちいちうるさい!
「こりゃあ、全員苦労しそうだねぇぇ。あははははっ!」
「黙れ!」
「死にたいのか? ミネア?」
「言葉が過ぎますね……。ミネアさん!」
そのミネアの笑い声に、全員が怒りだした。
刺激するな! 馬鹿!
こぇぇんだよ! 怒ってたり、強かったりする女性が!
『多分お前には一生、そんな女としか縁が出来んのではないか?』
マジでか!?
もぉ~……。
俺の明日はどっちなんだよ……。
やってらんね~……。




