七話
この恨み……。
晴らさでおくべきかぁぁぁぁ!!
殺す!
あのダークエルフ! 絶対殺す!
歯を麻酔なしで、全部引っこ抜いてから殺す!
うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
『まぁ、落ち着け……』
戦場から逃げ出した俺は、五時間ほど追いかけまわされた……。
どんだけ必死で殺す気なんだよ!
何回も……何っ……回も!
あいつら絶対! 頭の中にワカメとか詰まってるんだ!
あ~も~……。
むかつく!
『まぁ、逃げ延びたんじゃ……』
まぁ、俺を追いかけたおかげで、戦場はこう着してくれたからいいけど……。
でもむかつく!
俺、今回も結構命かけたのに!
何だあいつらは!
『まぁ、しかたあるまい……』
仕方ないで済んだら、軍隊なんていらないんだよ!
くっそ……。
やってらんね~……。
『いいかげん落ち着かんか。気配が消しきれとらんぞ?』
へいへい……。
俺は大きく深呼吸してとりあえず落ち着く。
でも……怒りがおさまらん! くそ!
『しつこい!』
分かったって……。
しかし……。
『何時再び戦が始まっても……』
だよな……。
混乱の間にお互いの軍は後退したが、森と平原を挟んだたった数キロの位置に陣を張っている。
何とかしないと……。
森の中にある巨木の枝に跨った俺は、大きく息を吐いた。
っと……。
バカが油断しやがった。
『うむ!』
ダークエルフの気配が、それぞれの陣から離れていく。
殺す……。
俺は殺意と気配を消し、夜の森を高速移動する。
この速度なら、バンパイアでもそう簡単には目視できないはずだ。
****
いたっ!
「兄者!」
「エルガ!」
今すぐ二人とも殺したい!
でも……。
ちょっと我慢……。
ああ……。
殺したい……。
『シリアルキラーかお前は……』
五月蝿い!
話が聞こえない!
前に片腕を斬りおとしたのが、弟のエルガって奴か……。
「あの魔剣士は?」
「駄目だ……。見つからん」
「どうするの?」
「奴も捨てておけんが、まずは計画が先だ……」
「そうだね……」
まあ、大きな声でしゃべってらっしゃる。
本当に馬鹿なんだな。
「で? 準備は?」
「上手く誘導しておいた。問題ない!」
「奴らの使命感は、我らにも引けをとらん。今度こそ……」
「そうだね……。例のロケットも順調だよ」
「くくく……。あの人間には散々邪魔をされたが、これですべては完了できる」
「うん。俺達は奴らの二の舞にはならない……」
「全ては神の御心のままに……」
二人して跪いて祈り始めやがった。
気持ち悪い。
悪役らしくしてろよ。
何が神の御心だよ。
てか、俺……神様嫌いだしね!
「何を企んでるか……聞かせて貰おうか」
俺は気配もなく兄弟の背後に立ち、魔剣を構える。
「なっ!?」
「貴様!」
「五月蝿い……。変なことするなよ」
「ふん! 貴様などの……」
俺はデュランの片腕を斬りおとした。
エルガと分からなくならないように、反対の腕を。
転げまわるデュランの頭を踏みつける。
「俺が聞きたいことを全部喋ってもらうぞ」
「誰が貴様……ひっ!」
俺は冷たい目線で、エルガに剣を向ける。
「従わないなら殺す。変なことすれば殺す。もう瞬間移動は出来ないと思え。移動する前に切り捨てる。二人いるんだ一人殺しても問題ないんだからな」
『相変わらず、この手の事に慣れとるのぉ……』
ちょっと黙ってろ、ジジィ。
「我らは神の使徒ぞ! このような事が許されるはず……が、ああ!」
俺の足元でデュランが叫ぶので、少し強めに踏みつける。
もともと殺す気なんだ。
手加減なんてしないぞ?
この馬鹿兄弟が……。
「質問は三つ、アルティア王国やルナリスもお前たちの仕業か? それとも黒幕がいるなら教えろ。それから、今計画している事を全部はけ」
「くっ! 貴様など……ぐがああああ!」
足に力を入れていく。
軽く頭蓋骨に、ヒビでも入ったかな?
「余計な事は、必要ないぞ……」
「ひぃ……」
俺の全身からは真っ黒いオーラが出ているだろうし、今俺は人を殺すのを躊躇わない目つきをしているだろう。
実際に、キレかけてるしね。
エルガの顔が引きつっていく……。
「くくくっ! 先程も言ったが我らは神の使徒! これは神の御心なのだ!」
五月蝿いな……。
「踏み殺されたいのか? このドMが……。分かりやすく喋れ。邪神かなにかの手先なのか?」
「馬鹿が! 我らは全能なる真の神にしたがいし使徒だ! ぐががっ……」
「誰が馬鹿だ……。貴様らが神に盲信するのはいいから、黒幕をはけ! それと計画を……」
何笑ってるんだ? この変態は?
マジでドMか?
気持ち悪いな……。
「貴様などに神の御心は分からない! もうすでにメアリーナ討伐に我ら使徒の仲間が向かった! 今頃もう奴らは死んでいるはずだ!」
なに!?
馬鹿な!
狙いはメアリーだったのかよ!
でも、魔力なんて……。
あっ!
『抜かった……。気配が増えることばかり気をとられていたが……。魔族の気配が減っておる!』
やばい! 本当に何かが入り込んだんだ!
くそっ!
あっ!
「くくくっ……」
俺の足の下から抜け出したデュランが、エルガに支えられて魔法石を構えている。
瞬間移動か!
「今向かった使徒は、貴様よりも間違いなく強い! お前の負けだ!」
その言葉を残し、兄弟は消えた……。
くっそぉぉぉぉぉぉぉ!!
あいつらむかつく!
話を聞かずに殺すべきだった!
マジでむかつく!
鬱憤を溜めながらも、俺はメアリー達のいる陣へと、全力で向かう。
****
既に日が昇り始めている。
てか、魔族の気配がどんどん減っていく!
急がないと!
俺が陣に着くと、そこは凄惨な現場になっていた。
大勢の魔族が倒れ、うめき声が聞こえてきている。
くそっ!
魔力を感じないって! 今度の敵はなんなんだよ!
メアリーの気配は……。
向こうか!
俺はメアリーの魔力を辿って、森の奥へと入って行った。
リリスにミネア、それにルネさんもまだ生きてるようだ!
間に合ってくれ!
****
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺が目撃したのは、ボロボロにされている四人の姿だった。
何と敵は、二人の人間と一人のエルフだ。
四人は、今にも殺されそうだ。
相手は人間だぞ!?
魔力なんて弱すぎて感知できないくらいの……。
それなのに、魔族の五将軍を?
なんだこいつらは?
「レイ……」
メアリーの声に、人間達がこちらに振り向いた。
一人は光り輝く剣を持ち、真っ白い鎧を身に付けた美男子。
一人は金色の全身鎧を身にまとった長髪の……。
顔は見えないが、鎧の胸の部分が出っ張っているので女性だと思う。
最後の一人は、銀色の光を放つ弓をもった、エルフの美少女。
なんだ? この正義のパーティーみたいなのは?
「おや? 君は人間だよね? 何でこんな場所に?」
イケメン野郎が問いかけてくる。
やってる事は血生臭いのに、なんだ? こいつの爽やかな感じは?
罪悪感とかはないのか?
「お前らこそなにを?」
「ああ……。この方には神託がないでしょうし、理解出来ないですよ」
「確かに信じられない光景ですわね。説明が必要ではないでしょうか? シーザー様?」
「まぁ、そうだよね……」
女の子四人をボコボコにしておいて、なんだその態度は?
なんなんだこいつらは?
何で笑ってるんだ!
「僕はシーザー。神に選ばれた勇者だ。そして、この二人も神に選ばれた戦士のシーラに、エルフのミミルだ」
はぁ!?
勇者?
「勇者ってあの勇者?」
「そうだよ。神託によりこの聖剣に選ばれた勇者だ。この二人も神託で聖鎧と聖弓に選ばれた神の使徒だ」
なんだこいつら……。
何で自信たっぷりに……。
魔族とはいえ、大量虐殺したんだぞ?
「僕たちは神の御心のままに、魔王の血族を滅ぼしに来た英雄ってわけさ!」
こいつらおかしい……。
ネジが飛んでるとかじゃない……。
お前ら殺人犯なんだぞ!
それも戦争でもない、ただの快楽殺人じゃねぇぇか!
「君のその姿は……。魔族に食料か奴隷として連れてこられていたのかな?」
確かに上半身裸だが魔族は人間なんて喰わないんだよ!
「安心しなさい! 我らが来たからには、魔族は滅びるでしょう!」
狂ってる……。
「このシーザー様こそ真の勇者!」
真の勇者だと?
「はぁぁぁ!」
三人が俺に喋りかけている間に、魔族の四人が一斉に攻撃を仕掛けた。
俺の目には、あり得ない光景が映る。
リリスの魔道砲はシーラの鎧で全て無効化され、ミネアの矢はミミルの光矢で弾き飛ばされる。
そして、ルネさんとメアリーは聖剣の一振りで、近寄る事すら出来ずに吹っ飛ばされた。
何だ? あのチートアイテムは……。
伝説の武具だってのかよ……。
「かはっ……」
「姫様! くっ……」
血を吐いたメアリーを、ルネさんが庇うように立つ。
「さぁ! これで終わりだ!」
勇者……。
金属のぶつかった音が、木々の間に反響していく。
「君は……。何者だい? 人間なら邪魔をしないでくれよ」
気がつくと俺は、ルネさんに振り下ろされていた聖剣を、魔剣で受け止めていた。
ああ……。
なんだ? イライラする。
「……これが、勇者のすることか?」
「当り前だろう? 神の神託を受けて魔族を滅ぼす。まさに勇者だろう?」
黙れ……。
「こんな女をいたぶる様なやり方が?」
「騙されてはいけない! この一人一人が化け物なんだ! 君は分かっていない……」
黙れよ……。
「人に害をなしていない……、人から虐げられて魔族と呼ばれた者達を殺すことがか?」
「何をいってるんだ? 君はおかしくなっているのか? 魔族は悪だ!」
「黙れ……クソ野郎……」
「なっ……」
「俺も勇者を知っている……。その人は真っすぐに生きようとした……。真実を自分の目で確かめた……。自分の使命に何よりも忠実だった……。自分の命を掛けるほどに……」
そう、セシルさんは落ちこぼれと……。
クズと呼ばれた俺を、自分の目でちゃんと確かめてくれた……。
こんなエセ勇者と違ってな!
「なんだ!? その黒いオーラは……。僕は人間とは戦う理由が無いんだぞ?」
「なら、理由を作ってやるよ……。俺は、アルティア王国で重罪を働き、ルナリスで評議長を殺した重罪人だ……。これで、いいのかよ?」
勇者を名乗る三人は頷きあって、こちらに目線を戻す。
「なるほど、魔道に堕ちた者か! ならば、我らが滅ぼすのみ!」
俺は魔剣を三人に構える。
「俺は……理由があれば人を殺す奴を……、弱者を虐げる者を勇者として認めねぇぇぇ!かかってこいや! エセ勇者!」
まず、光矢の連射が飛んでくる。
五本の矢を避け、一本叩き落としたが、魔剣の魔力すら消し飛ばす魔法で出来た矢だった。
シーラが振るってきた来た剣を避け胴を薙いだが、鎧には傷一つ付かなかった。
そして、聖剣の一撃は打ちあった俺の身体ごと吹き飛ばした。
この威力は……。
『オリハルコン……』
オリハルコン?
『そうじゃ、神の金属で出来た武器防具じゃ……』
それってミスリルよりも……。
『性能は向こうが数段上じゃな……』
くっ!
矢の連射以外速度なんて、リリス達よりも遅いのに!
パンッという破裂音が、耳と体内から同時に届く。
「がぁ……」
太股に光矢が一本刺さってしまった。
刺さった矢ははじけ飛び、俺の肉を抉った。
シーラにすれ違いざまに剣を振るうが、全く効果が無い……。
くそっ!
えっ!?
体勢を崩した俺に、聖剣の衝撃波が襲ってくる。
魔剣を盾にしたが防ぎきれない!
「ぐうぅ!」
肋骨に達する程深く、胸が斬り裂かれた。
どうすりゃいいんだ!
何とか致命傷は避けているが……。
三十分ほど戦っただけで、俺の身体はボロボロになっていた。
両足は弾ける魔法の矢で肉とともに、機動力を削がれた。
両腕は衝撃波の余波で無数の深い傷が刻まれ、魔剣を持っているだけでやっとだ。
片方の肺と内臓にダメージを受けて、呼吸するだけでも痛みが走る。
そして、片目は衝撃波で潰された。
なんで、こんなことになってるんだよ……。
こいつらがオリハルコンの武具さえ持ってなければ、既に俺が勝っているのに……。
これが勇者の力ってやつか?
「ここまで僕たちと戦ったのは君が初めてだ……。しかし、君も剣士ならそろそろ観念して、潔く死を受け入れろ!」
謝ってももう許してくれない……か。
これじゃあ俺は物語のただの中ボスじゃないか……。
中ボスどころかちょっと強いザコ敵か?
勇者に刃向う魔剣士……。
まさにやられる為のキャラ……。
なるほど、それが俺に求めたキャラって訳かよ。神様……。
神託を受けた勇者パーティ……。
こいつらに殺される為に、俺は生かされてたって事か?
ははっ……。
『ここまでか……』
おい! ジジィ!
『なんじゃ?』
勝手に諦めるな!
俺は足掻くって言っただろうが……。
『ぬ……』
俺がここで殺されたら、今までの事が全て嘘になる……。
俺がこんな奴らに殺されたら、皆に託された物が無駄になる……。
死ぬのは怖くないけど、それだけはあっちゃいけないんだよ!
だからこんなクソどもにだけは、殺されてやらん!
まだまだ、こっからだ!
『まったく……。お前は損な性分じゃな……。仕方ないつきあってやるわい!』
ああ……。
本当に、貧乏くじしか引けやしねぇ……。
ったくよぉ!
やってらんね~……。




