五話
寝袋と食料が積まれている、軍用テントの中で、俺は笑っていた。
「おお……」
うっほほぉぉい!
えへへっ……。
おおぉぉうっ!
『ついに病気が脳に……』
誰が病気だ!
俺は正常だ!
まぁ……、ちょっと舞い上がってますけども……。
ジジィよりは正常だ!
『お前よりおかしい奴など、この世にはおらんわ』
マジでむかつく……。
まぁ、でもさ!
これ、カッコイイんじゃないの?
俺、カッコイイんじゃないの?
いいよね? これ!
俺は姿見用鏡の前で、自分の姿をまるで新しい服を買って貰った少女のように、クルクルまわりながら見ている。
あの後、ルネさんのマントを借りて下半身を隠し、今はメアリー達のベースキャンプに来ている。
そこで遂に俺は……。
鎧ゲット!
マントにマスクまで!
遂に遂に!
それっぽい魔剣士になった!
全身真っ黒な装備で、まさに魔剣士って感じじゃない?
こう言うのが、欲しかった……。
思えば、絵に描いたような剣士の装備を夢見て、幾星霜……。
おっと、心の汗が……。
『やっすい願いじゃな』
なんとでも言え! そして、死ねジジィ!
ああぁぁぁ……。
あれで嫌われないなんて、俺には奇跡だ。
『確かに……、今までのお前ならば百パーセント変態として、魔族に追われる事になっただろうからなぁ』
だよねぇ……。
でも、俺!
メアリーの遠縁として……、お客様として招かれてる!
俺、しゃ~わせ……。
でっ!
見ろ! ジジィ!
この鎧! カッコイイよな?
『はいはい、カッコイイ、カッコイイ……』
なんだ? ジジィ。
はいは、一回だ!
そう言うのよくないぞ!
『まったく……』
いいなぁぁぁ。これ!
黒のつや消ししてある軽装の鎧に、顔を隠す白銀のマスク。
そして、全身を誇りや雨から守るマント……。
まさに魔剣士って、感じじゃん!
かっけ!
マジかっけ!
「あの……レイ殿?」
うおおお!
ルネさん! 何時の間に!
『数分前からおったぞ……』
教えろよ! この野郎!
「はい……」
「気に入っていただけたようで……」
「はい。すみません」
「いえ……」
「こんないい物貰ったの、生まれて始めてだったんで……」
「そ……そうですか……」
ルネさんの笑顔が、ひきつってる。
また、この笑顔かよ……。
やってらんね~……。
俺は、ササッと土下座する。
「他の人には黙っててください! 特にメアリーには……」
『お前にはプライドとかはないのか?』
なにそれ? 食えるのか?
「そこまでしなくても……。分かりましたから……」
顔を真っ赤にして涙目の俺に、ルネさんが許しをくれた。
良かったぁぁぁ。
ルネさんもケルベロスもどきとの戦闘以降、実力を認めてくれたのか冷たい態度は取られなくなった。
「あの……そろそろ、あちらのテントへ来てもらえますか?」
「はい……。すぐ行きます」
でも……。
一人ファッションショーを見られるのって、かなり恥ずかしいよね……。
ちょっと、死にたい。
****
「よくお似合いですよ、レイ」
「ありがとう」
メアリー達のいるテントに行くと、メアリーが早速褒めてくれた。
殺気とは別の意味で、俺今日死んでもいい。
まあ、それはいいとして、こいつ誰?
「あっ、この方は軍師のデュランです」
ダークエルフ?
『ローブは違うが……』
まぁ、注意はしておこう……。
「あなたの話は伺っています。宜しく、レイさん」
「よろしく……」
俺はデュランからの握手を返すが……。
こいつ怪しくないか?
『……そうじゃな』
今まで、人に好かれた事がなく本音で罵倒され続けた俺だから分かる……。
こいつの笑顔は偽物だ。
よく出来ていて分かり難いが……。
間違いなく作った笑顔だ。
「姫様の遠縁と伺いましたが、今まではどちらに?」
例のダークエルフじゃなくても、俺をよくは思っていないって事か?
『そうじゃろうな』
「私と同じオクルの里で、山にこもって修行をしていたんだ」
あわててルネさんが、フォローを入れてくれる。
何か色々聞いてくるが、全てメアリーとルネさんが対応してくれる。
魔王の遠縁で、バンパイア。
王位継承権があるとも言えるし、それがこの胡散臭いダークエルフには気に入らないのか?
なんだか、腹黒そうな奴だな……。
『ただ、お前は美男が嫌いなのも、あるんじゃないかのぉ……』
まぁ、それは基本ですから。
でも、怪しいしのはマジだよ。
明らかに俺の事探ろうとしてくるのも、鬱陶しい……。
まぁ、リリスとミネアが出撃中で、同時に会わなくて済むのは助かるけど……。
『メアリーは説得できると言っておったが……』
そうなんだよなぁぁ。
人間嫌いのあいつらに、俺殺されかけたんだもんなぁぁ。
こんな軍のど真ん中でばれたら、どうなる事か……。
どうすっかなぁぁ……。
けっこう問題山積みじゃん。
『さて……お前の不運の前兆でなければよいが……』
不吉な事言うな、ジジィ……。
マジで怖いから……。
「襲撃です!」
「何? 別働隊か!」
「はっ!」
鎧を着た有翼族の兵士が、テントに飛び込んできた。
いかん、いかん。考え事をしてて、魔力検知が遅れた。
「一体どこからだ!」
「崖を切り崩して、本陣の裏からです!」
「くそっ! 出るぞ!」
「参りますか……」
ルネさんとデュランが、テントを飛び出した。
俺も……。
『行ったほうがいいんじゃろうな……』
****
うっわぁぁぁ……。
既に戦闘が始まった、森の開けた部分を見渡した俺は、顔をしかめた。
どれが敵で味方かが、全く分からん。
魔族が、入り乱れて戦ってるよ。
ある意味、俺には全部敵に見える。
『青の軍旗と青い鎧のラインが、こちら側ではないか? お前のマントと鎧にも、入っておるじゃろう』
あ、なるほどね。
向こうも種族で識別できないからだろうけど、装備品にきちんとラインを入れてるな。
赤が敵か……。
敵のほうが、圧倒的に多いな。
『まぁ、こちらの本体はリリス、ミネバととも出撃中らしいからのぉ……』
ルネさんが前線を維持しているし、デュランって奴がいい指示を出しているが……。
『かなり劣勢じゃのぉ……』
相手が、二倍以上はいるみたいだし仕方ないか。
さて、俺もいっときますか。
俺は小走りに、最前線となっている場所へ向かって進む。
****
「まずい! 三人抜けたぞ!」
防衛線を抜けてきた魔族を、俺は知っていた。
マジかよ……。
『何時ぞやの、人羊族じゃな。あの濃い顔は、わしも覚えとる』
俺の脳裏に、あの平和な村がよぎる。
くっそ……。
俺は魔剣を出さずに、テントを固定する為に刺していたらしい長めの杭を抜いた。
俺はおかしいのか?
相手は魔族の上に、敵なんだよなぁ。
『まぁ、いつも通りじゃろう……』
なるようになる……っか。
向かってきた人羊族の首筋や腹を、鉄製の杭で殴りつける。
流石に、俺のせいでメアリーが危険になるのも勘弁だからね。
少し動けなくなってもらおう……。
「さぁぁて! 行くぞ!」
俺は向かってきた人羊族三人を行動不能にすると、戦場のど真ん中に向かって走り出した。
そのまま、ほぼ最高速度で行動を開始する。
人羊族に人馬族、オーク族にリザード族……。
そして、バンパイア……。
あっ!
一人間違えてバンパイアやっちゃった!
まぁ……。
俺知らね……。
戦場を黒い影となり、俺は駆け抜けていく。
敵の魔法を消し飛ばし、近くにいる敵全てと……ちょっとだけ味方を気絶させながら……。
『これだけの人数を殺さずに止めるとは……。お前……またレベルがあがっとらんか?』
俺が八の字に戦場を駆け抜け終えると、敵は混乱し、味方はただその光景を呆然と眺めていた。
味方も何が起きているか、分かってないようだけど……。
お前らも戦いなさいよ!
全部俺がやるのかよ!
手伝えや! クソボケども!
****
殺さずに相手を戦闘不能にするのって、結構面倒だ。
それなりの時間をかけて、五百人いた敵の三分の二を気絶させた。
残りは逃げていくが、追撃はしない。
正直、疲れたし、面倒だからね……。
敵の撤退で、味方から歓声が上がった。
近づいてくるルネさんが笑顔だ。
やっぱ、美人は笑顔がいいね。
ご褒美のキスとかは……。
『お前にそんな幸運がまい込むとでも?』
無理ですよねぇぇぇ。
「流石はレイ殿……」
ついでに、デュランまで近づいてくる。
お前はいらん!
あっち行け!
「レイ殿……何故殺さずに?」
このダークエルフ、五月蝿いなぁ……。
「こいつ等も、帝国の国民に変わりはないんだろう?」
「なるほど……。しかし、これ程の戦闘力……。あなたで三人目です」
おや?
俺が初めてじゃないの?
「ん? 気になりますか? お亡くなりになられた魔王様と、人狼のゴルバですよ」
あっ……。
なるほどね。
Aランク上位は、元々魔王の為にあるようなランクだから、当然か……。
『お前はAランク中位以上の敵とは、戦っておらんからな……』
当り前だろうが!
魔王と一対一で勝てる奴なんて、もう人間じゃないからね!
『お前もわしのおかげとはいえ、既に人間のレベルではないぞ?』
失礼なこと言うな!
こんなどっからどう見ても、まっとうで誠実な人間を捕まえて、なんて事言うんだ!
『頭が痛くなる……』
お前に頭なんてない!
『黙れ! クソガキ』
あの世に召されろ、ジジィ。
「レイ! ありがとう!」
メアリー! 走る姿も愛らしい。
お前かわいすぎるよ!
許されるなら抱きつきたい!
『死にたいなら止めはせんぞ?』
はいはい。
うん?
うおおおおおっ!
なんだこいつら! キモイわ!
俺は魔族達に、もみくちゃにされた。
メアリーもルネさんも!
笑ってないで助けて!
女の子はいいけど……。
むさい男のほうが多い!
臭い! 臭い! 汗、臭ぁぁい!
お前ら俺にしがみ付く暇あったら、気絶してる敵縛っとけよ!
おニューの鎧に、ベタベタ触んな! 殴るぞ!
にしても……。
『あまり頭は良くないのかのぉ……』
かもな……。
デュランだけが、眉間にしわを寄せている。
作り笑顔くらい保てよな……。
****
その後、敵を全て縛り上げ終えると、酒盛りが始まった。
「あんた、すげぇぇぇよ!」
「姫様が魔王になられた暁には、五将軍になっていただけるんですよね?」
「レイ殿が魔王なんて事もあるんじゃないか? 俺たちと同じバンパイアだし!」
「私は、何故気絶したのでしょうか?」
酔っ払い、うぜぇぇぇ。
でも、なんだか……。
『これ程温かな場所を、魔族から……か?』
……。
昔ジジィと会う前……。
父さんと母さん達が生きてる頃は、毎日がこんな感じだったんだよ。
『そうか……』
俺は宴の喧騒を抜け出し、カンカンと鉄の音がするテントへと向かう。
「おお! レイ殿! ご注文の品、出来ておりますぞ!」
ドワーフから剣を受け取る。正確には、これは剣の形をした鉄の棒だけど……。
「ありがとう……」
「なに、なに……。いくら敵になっているとは言え、同族を殺さないでいて下さるあなたに頭が上がらないのは、わしらのほうですわ!」
そう言って、ドワーフのオヤジが笑う……。
俺は刃挽きをされた、丈夫なだけの剣を受け取り、テントを出る。
なんだかなぁ……。
何で、人間より……。
『魔族もただの人間じゃ……』
俺って、もう魔族殺せなくなってたりして……。
『まぁ、それでいいではないか……』
ふぅぅぅ……。
****
ん?
メアリー?
俺が一人になれる場所を探していると、テントからメアリーが抜け出していくのが見えた。
お前一人で、どこ行くんだよ。
大将だろうが。
はぁ……。
『いつもどおりじゃな……』
俺は気配を消すと、メアリーの後を追った。
メアリーは一人で森のはずれに行くと、岩の上に座って月を見上げている。
絵になるねぇぇ……。
月夜に美少女……。
後ろから抱きついてもいいかな?
『お前のそれが治らない限り、彼女は無理じゃ……』
人を、病気みたいに言ってくれるな。
でも、なにしてるんだろうな?
バンパイアは、月光浴が必要とか?
『そんな習性はない……』
だよね……。
えっ?
俺! 何もしてないよ?
『わかっとるわ……』
メアリーの目から、涙が零れ落ちている。
どうしたんだよ。
ん? 人が来る。
あ、ルネさんか……。
気配は……。
このまま消しとくか、なんか後ろめたいし……。
「姫様……」
ルネさんが声をかける。
すると、メアリーはルネさんに抱きついて泣き始めた。
「姫様は十分に頑張っておられます……」
ルネさんが泣いているメアリーを、まるで母親のように優しく抱いていた。
「でも……私にレイやお父様ほどの……力があれば……。私が男なら……」
今日の結果を見て……か?
『多分、同族の戦争に一番……』
だろうな……。
メアリーはまだ、二十歳やそこらだったか?
バンパイア的にいえば、まだ子供だし……。
人間で言っても、若すぎるよなぁ。
自分にがあればっ……かぁ……。
『……不憫よな……』
だよな……。
一人でなんでもかんでも背負い込んで……。
損な性分だな……。
『どっかの誰かよりも、似たようなもんじゃがな……』
誰?
『さあな……』
まあいいや。
それより……。
無粋な奴を、排除しときますか。
『そうじゃな』
****
モンスターの魔力が迫ってきていた。
ダークエルフの気配も一緒に……。
モンスターは……。
『三体じゃな……』
気付かれないように全力で行くか……。
魔剣を出した俺は、気配を消したまま森を走る。
なんだ?
タネ切れか?
ケルベロス二匹に、オーガ一匹。
その後ろにダークエルフ。
それで勝てるとでも?
本気の俺は、ちょっとすごいぞ……。
行くぞ、ジジィ!
『よし!』
トップスピードに乗った俺は、屈んで噛みつこうとした一体目のケルベロスの首を、三本同時に切り落とした。
その俺をつかもうとするオーガ……。
遅いんだよ!
俺の残像をつかもうとしゃがんだオーガの首を、跳び上がる勢いで刎ねる。
そして、上空で空気の壁を蹴って、もう一体のケルベロスの胴を両断した。
さぁ、ダークエルフどうする?
「くっ……」
モンスター三匹が塵になって消えたのを見て、ダークエルフが背を向けて走り出した。
その速度で俺から逃げられるとでも?
俺はダークエルフの行く手に回り込むと、下段から魔剣を振り上げた。
「ぐがあああ!」
散々、平和な村やいい人っぽい魔族を苦しめてきたこの馬鹿には、はらわたが煮えくり返ってるが……。
腕の一本で済ませたのは、事情を聞きたいからだ。
済んだら殺す……。
「さて……、おまえは……」
って、往生際が悪い。
這ってまで逃げようとするな。
俺は、ダークエルフが着ているローブの裾を踏みつける。
頭部を覆っていたフードがずれる。
さすがにデュランじゃないな……。
「お前は何者だ? って……だから、諦めろ」
ダークエルフの男は、懐から魔法石をとりだした。
ふん……。
どんな魔法でも、かき消してやる。
爆発や雷撃の魔法か?
うおっ!
え?
何? これ?
『ぬかったのぉ。転移の魔法じゃ……』
ローブだけを残して、ダークエルフが消えていた。
くそっ!
マジで油断した!
てか、やってもぉぉたっ!
『……顔は見た。それだけが救いじゃな』
もぉぉぉぉ、締まらない事しちまった……。
なんだよ! くっそ!
「レイ……。十分ですよ」
おううう!
声を聞いて振り向くと、メアリーとルネさんがいた。
見られてるじゃないですか。
「あの……、これは……」
あれ、二人が笑ってくれてる?
何時もの俺なら、ここで何らかの誤解されるのに……。
なんだ?
もしかして、俺もうすぐ死ぬとかか?
俺がうまくいくなんて有り得ない!
『……不憫じゃ』
間違いなく明日死ぬんだ!
『……泣けてくるのぉ』
いや、もうすでに死んでるのか!?
『……情けない』
ジジィ……。
『ん?』
いちいち合いの手が、ムカつくんだが……。
「レイ殿……。貴方はいつもそうやって、皆を守っているのだな」
「レイ……。もしかしてさっきの私……。見てましたか?」
どうする? 俺!
この手の選択肢を、俺はことごとく間違えてきた。
ここは間違いだと思うほうだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
「まぁ……。黙って見たのは謝るよ……」
「ふふっ……。恥ずかしいですね。内緒にして下さいね」
うおっ!
成功した!
日ごろなら誤魔化してたのに……。
俺! 初めての成功だ!
快挙ーーー!
『……不憫じゃ』
オゥゥゥゥゥゥゥ……イエスッ!!
なんとでも言ってくれ。
この普通の会話も、俺にとっては大いなる一歩なんだよ!
メアリーもルネさんも美人だもん!
そして、俺は調子に乗った。
「俺が……。俺の出来る限りだけど、皆を死なせない……。内乱を終わらせる……」
ああ……。
調子乗っちゃいました!
「あり……が……とう……」
こんなの言われて、二人が涙目で笑うんですよ?
あなたは調子に乗らずにいられますか?
のらないなら、テメーは不能かゲイのどっちかだ!
『誰にいっとる?』
いや、自分自身に……。
でも、これが……。
この約束が……。
『毎度のことじゃ……』
もちろん俺を苦しめる……。
『調子に乗るからじゃ……』
だから、合いの手ウザい……。
分かってるんだよ!
うすうすこの時にも、気が付いてたんだよ!
分かってたんだよ……。
これも俺が悪いんだろ!
そして、俺が嫌いなんだろ! 神様!
いいよ、もぉ!
俺が正解しちゃいけないんだろ!
はいはい、苦しみますよぉぉだっ!
これで満足か! 死ね!
なんだよ、ちくしょう……。
やってらんね~……。




