三話
なあ……。
ジジィ……。
『なんじゃ……』
俺ってさ……。
『……うむ』
軽く不審者じゃね?
『……』
てか、変質者じゃね?
『うぅぅむ……』
俺……。
今、下着はいてないよ……。
『知っとる……』
上半身、裸で過ごして……。
既に一週間……。
ヤバくね?
『じゃから! 知っとるわい!』
なん……だよ!
このみすぼらしさっ!
『わしにどうしろと?』
普通、魔剣士ってさ!
カッコイイ鎧着たり、カッコイイ兜かぶってるもんじゃないの?
『お前以外の継承者は、皆そうじゃった……』
俺……。
魔剣持ってから……。
服とマスクとマントしか、装備したことないよ?
それも、変なデザインの!
一週間前からは、ついに半ズボンだけだよ?
『仕方ないじゃろうが! この森で迷ったのは、お前じゃろうが!』
魔族にすら会えないよ……。
もう、やだぁぁぁぁぁぁぁ!
お家かえりたぁぁぁぁいっ!
カッコイイ服と鎧がほしぃぃぃぃ!
彼女はもっとほしぃぃぃぃぃぃ!!
『じゃから! わしにどうしろと言うんじゃ! しかも最後の要求に至っては知らんわ!』
あ~……。
やってらんね~……。
今夏場だからいいけど……。
蚊やら蛭やらに刺されまくりだよ……。
元々は普通のズボンだったのに、リリスのアホが魔道砲乱射するから、いつの間にやら半ズボンだよ……。
上半身は元々包帯だけだったから、何も着てなかったし……。
はぁ~……。
『情けないのぉ……』
知ってる。
川に沿って歩けば帝国を抜け出すか、民家にはつけると思ったんだけどなぁ。
俺はどれだけ方向音痴なんだ?
それとも、これも運の無さのなせる業?
「あ……魚……」
川原を歩いていた俺は泳ぐ魚を見つけ、近くに落ちていた枝を川に投げ込む。
魚二匹ゲット!
てか、もう飽きた……。
最近の主食……川の魚だ。
もっとこう、パンとか主食らしい主食が食べたい……。
『流石にそれはないのぉ……』
分かってるよ……。
ジジィの知識で、キノコや山菜食えるだけマシってんだろ?
耳タコだよ。
『……何故、わしはこいつを見捨てなかった?』
知るか! 死ねよ、ジジィ!
『死ぬなら、お前が先じゃ! クソガキ!』
ああ……。もううざい……。
『こいつは……』
とっとと魚焼いて食べよ……。
****
慣れてしまった火おこしをして、焼いた魚を食べ終わった頃、川上から木製のタライが流れてきた。
もしかして民家近い?
おんや?
これタライじゃない……。
木製の平たい……揺りかごだ。
中に……。
うん! 見なかったことにしよう……。
『おまっ!』
う~そ~で~す~!
赤ん坊が、二人入ってるよ。
保護者はなにしてるんだ?
流石に見捨てるわけにはいかないよねぇ。
俺は、川に片足を入れ揺りかごを引き寄せた。
そして、二人の赤子を抱き上げる。
まぁ、なんて可愛い……豚と牛?
『人豚族と人牛族の子供じゃ』
まあ、ここに普通の人間なんていないよな。
しっかし……。
本当に親はどこだ?
助けたお礼に服くれないかな?
『相手は魔族じゃぞ?』
それはそれ、これはこれだ!
子供はみんなの宝だよ?
俺……恩人だよ?
『見捨てようとしたくせに……』
知らねぇぇなぁぁ。
『腐っとる……』
「坊やぁぁぁぁぁ!」
親か?
豚が走ってくる……。
あ! 悪口じゃないぞ!
『わかっとる……』
体が人間の豚さんと、角が生えた女の人が走ってくるよ。
なんか、シュールな光景だなぁ。
『まぁ、人牛族の男性は頭部が完全な牛じゃが、女性は角以外人間と変わらんからのぉ』
とりあえず、服が欲しいと言ってみるか。
「な……なんで人間が?」
まぁ、驚きますよね。
「あの……」
「弟を離せ!」
うおぅ!
美人の方が牛みたいに角をこちらへ向けて、突っ込んでくる!
会話する気なしかよ!
まぁ、避けられるんですけどね。
「坊やを返せ! 人間!」
豚さんも、胸があるから女の人みたいだな……。
うん?
豚さんが鎌を、牛さんがナイフ構えやがった。
俺、赤ちゃん両手で抱えたままなんですが?
それも挟み撃ちですか。そうですか。
どうする?
てか、冷静になれば対処は凄く簡単なんだけど……。
何故か俺は、この手の選択肢を必ず間違える。
何の呪いじゃないかと思えるほど……。
ナイフを構えて突っ込んでくる牛さんと同じ速度で後退しながら、ナイフを蹴り飛ばした。
そして、背後に鎌を構えた豚さんの……。
鎌に目掛けて……。
サマーソルトキック!
ふぅぅぅぅ……。
二人の武器を、両手が塞がった状態で弾き飛ばしたぞ!
『お前……』
「人間だと!?」
もぉ……。
次は……お馬さん……。
『人馬族じゃ……』
馬の首が生えてる部分に、男性の上半身が生えてる。
なんだっけ? ミノタウロス?
『ケンタウロスじゃ』
「クーバ! 弟が!」
牛姉ちゃんが、馬に訴えかけてる……。
なんともいえない光景だ。
「任せろ!」
お馬さんは叫ぶと同時に、掌に魔力を集め始めた。
両手塞がってるし、魔法は勘弁して欲しいんだが……。
さて、どうしよう?
『じゃから……』
ん?
風の魔法球か……。
見える! これなら!
俺は魔剣から右足へ流れ込む魔力をイメージし、魔法球の核を蹴り上げた。
痛った!
でも、消し飛んだ!
このまま……。
馬の背に飛び乗り、後頭部に蹴りを入れた。
加減はしたけど、お馬さんは倒れ込んだ。
もう、新手は出て来ないな?
よし! ミッション完了!
『こんな事せんでも、赤子を地面に置いて距離をとればいいだけじゃろうが……』
あっ……。
『赤子の母親と姉が、泣きそうな顔で見ておるぞ……』
早く言ってよ、クソジジィ。
「お……弟を返してよ~……。なにが望みなのよ~……」
牛姉ちゃんを、完全に泣かせてしまった。
これが世にいう罪悪感?
『馬鹿者……』
ええい! 仕方ない!
「何か服を下さい!」
俺のその言葉に、豚さんと牛さんはなんだか凡然としてる。
もぅ! 言ってるこっちだって恥ずかしいんだから!
仕方なく、その場に赤ちゃんを置いて、馬の着ていた服を剥ぎ取ってその場を立ち去った。
『この追い剥ぎが……』
しかぁぁぁぁしっ!
まだまだこれからだ!
気配を消して、豚さん達の後をつければ、村に行き着くはず!
そこで本格的な……。
『お前は完璧に犯罪者じゃ!』
けっ……好きに言え!
俺は服の為なら、何でもやる男さ。
『また、やっすい代償じゃなぁ……』
だって!
俺は服が欲しいの!
襲ったりはしないよ……。
ちょっと拝借……。
『泥棒も犯罪者には、変わりない……』
もう! うっさい!
倒れていた人馬族の兄ちゃんを起こして、三人は村に戻り始める。
俺はそれを草陰から確認し、気配を消して付いて行った。
****
なんかさぁぁ……。
『なんじゃ?』
のどかでいい村だね。
『魔族とは言っとるが、人間より心の綺麗な者も多いからのぉ』
赤ちゃんの無事を、みんなで喜んでるよ。
『お前は今回、完全な悪役じゃからな……』
う……。
話を聞かないあいつらが……。
はぁぁぁ……。
上着は手に入れたし、大人しく帰るか……。
って! なんだ?
おい! ジジィ!
『なんじゃ?』
あの下半身がモコモコで、上半身がムキムキのバーバリアンはなんだ?
『あれは人羊族の……戦士じゃろうな』
下半身羊なのに、恐ろしく上半身ムキムキだぞ……。
おっきな斧持ってるし……。
『人羊族のほうが、人馬族よりも小柄じゃが、戦闘力は上じゃからな……』
ケンタウロスの羊バージョンか。
なんか、キモイ……。
『種族そのものを否定するな』
まぁ、いいや。
とりあえず、他を当たろう。
『お前にしては、いい判断じゃ……』
してはとかつけるな!
死ね……。
『お前が死ね。わしは間違ったことはいっとらん!』
****
俺は仕方なく川辺に戻り、馬から奪った上着を洗った。
乾いたそれを着て、今日も木の上で野宿をする。
木の上なら、魔族に見つかりにくいし獣にも襲われない。
だが、俺がうとうとし始めた時に、また厄介な事が発生した。
ん!?
ジジィ!
『うむ! 巨大な魔力じゃな』
おいおい……この間のドラゴン並みじゃないのか? この大きさ。
それに……。
『もう一人おるな』
一応、様子を見てくるか。
俺が魔力の元にたどり着くと…………デッカイおっさんがいた。
なに? あれ?
『オーガ……巨人じゃ』
なにそれ?
それも架空の生き物?
『馬鹿もん! 確かにこの大陸では滅んだようじゃが、れっきとした古代種族じゃ!』
マジで? あんなでっかいのに?
つか、滅んだなら……あのフードをかぶった奴が召喚したのか?
『多分な……。いきなり、オーガが現れるわけがない』
なんか、アイツの気配……。
どこかで……。
『ダークエルフのようじゃ』
あっ! そうか!
ミネアとか言うあいつに気配がそっくりだ!
なに考えてるんだ?
下半身毛むくじゃらの、でかい髭のおっさんなんか召喚しやがって……。
オーガが向かってる方は……。
さっきの村か……。
もしかして、襲わせるつもり?
あっ! ダークエルフが逃げる!
どうする?
あのダークエルフをつけるか?
でも……。
『オーガはAランク……。あの村はひとたまりもあるまいなぁ』
牛姉ちゃん……可愛かったなぁ。
でも、魔族なんだよなぁ……。
あの赤ちゃん、笑ってたんだよなぁ。
『もう、オーガが村に着いてしまうぞ?』
ええい!
くそっ !
自分で自分が嫌になる!
『それが、お前じゃ……』
行くぞ! ジジィ!
『うむ』
俺は、村に向かって走り出した。
****
村に近付くにつれ、大きな破壊音が俺の耳に届き始める。
うわぁぁぁぁ。
ドラゴンといい、オーガといい……。
『うむ……。体が大きく、力が強い……。それだけで、脅威になるという事じゃ』
デッカイおっさんは、森の木を引っこ抜いて村に投げ込んでいる。
家が大破し、人々が逃げまどっていた。
あのバーバリアンみたいな人羊族や、人馬族も応戦しているが、おっさんに難なく吹っ飛ばされている。
あっ!
牛姉ちゃん! 弟を抱えて座りこんでる!
逃げろよ! ホルスタイン女!
足? 血? 怪我したのかよ!
うおっ!
デッカイおっさんの投げた木が、人牛族の女性へ一直線に向かっていた。
牛ぃぃぃぃ!
俺は慌てて魔剣を呼び出し、いつもの斬撃波を出そうとした。
だが、焦って横向きに握ってしまい、刃がない側の剣身でそのまま振り抜いてしまった。
しくじっ……てないな……。
空気を思いきりぶっ叩いた力は、砲弾のような衝撃波を生んだ。
その衝撃砲は、人牛族の姉弟に向かってきた木を、上手く粉砕してくれた。
師匠は刀を使っていたから、この技は教わらなかった。
多分、流派にない技なのかもしれない。
だが! これは……。
『腕に負担がかかるが、使えるのぉ!』
ああ!
今! 命名!
〈カノン〉で!
てっ! おっさん! なにする気だ!
俺が魔剣を見て口角を上げていると、おっさんが咆哮し始めた。
どうも、俺に木を粉砕されたのが気に入らなかったらしい。
叫び終えたデッカイおっさんは、力技に出る。
木を五本一気に引っこ抜き、村に向かって投げやがった。
ええい!
〈ホークスラッシュ〉よりも、粉砕出来る〈カノン〉が村の被害が少ないか!
〈カノン〉乱れ打ち!
まだコントロールに難がある衝撃砲は、半分ほど逸れてしまったが、五本の木は全て粉砕できた。
つっても! くそっ……。
腕の負担がでかい!
『細い刃を振り抜くのとでは、負荷が何倍にもなるからのぉ。それ以上は、無理をするな』
なら! 接近戦しかないか!
****
俺は牛姉ちゃんとオーガの間に、わって入った。
「人……間……?」
さぁぁて……どうする?
セオリー通り……。
末端から攻撃だ!
俺は速度を上げ、伸ばされてきた腕を掻い潜り、オーガの脛を斬りつけた。
なっ!
『そうじゃった! オーガにはこの特性があるんじゃった!』
魔剣で斬ったにも関わらず、傷口は小さかった。
それだけでなく傷口が、見る間に消えていく……。
なんて回復力だ! くっそ!
ジジィ! こいつの弱点は?
『頭しかない……』
このおっさん、何メートルあると思ってるんだよ!
ジジィ! 魔力の残量は?
『ドラゴンから奪った魔力……。まだ十分じゃ!』
やっぱりあれしかないよな……。
魔力が残ってるなら、多少使っても切れ味は落ちないはずだ。
ジジィ! 魔力量の配分は任せたからな!
防御の時は、最小限でいいから!
『承知した!』
****
俺は村人に被害が出ないように、オーガの攻撃を避けつつ人がいない場所へ誘導した。
一言で言ったけど、結構辛い作業だ。
デッカイおっさんは、両腕や木をガンガン振り回してきやがる。
速度はないが、なんせ攻撃範囲が広い!
必死で避けて斬って、斬っては避けて……。
フル回転でなんとかって、レベルですよ。
おっさん! 凶暴すぎるぞ!
だが、村はずれに誘導完了!
さあ、狙いは俺を殴ろうと屈んだ瞬間だ!
開けた草原で俺が足を止めた途端に、望んでいた体勢を敵がとってくれた。
敵は人型だが、知能は高くないようだ。
よし! 今しかない!
『魔力を開放するぞ!』
俺はオーガが屈んだ瞬間、足に溜めていた力で相手の頭上に跳び上がる。
〈トライデント〉
こいつを倒すには、魔力で最大限の切れ味にした魔剣で、剣の威力を何倍にも引き上げる奥義をぶつけるしかない!
うっ……そ!
オーガが俺の動きに反応し、俺の回転を始めようとした体を白刃取りするように、両手で挟み込もうとしてきた。
まずい!
掴まれたら、そのまま潰されちまう!
空気が鈍い音を発して、振動する。
俺は反射的に、右足で空を蹴っていた。
空気の壁を蹴った俺は、魔剣を左肩に担ぎ、空中で急激に落下速度を速めた。
〈メテオストライク〉
超速の打ち下ろしが、オーガの頭を切り裂いた。
空中の体勢を崩しつつも、俺は片手と背中で着地し、再度の攻撃に備えて転がる事で起き上がって身構える。
だが、敵は俺への追撃をする事なく、絶命していた。
ふぅぅぅぅ、怖かったぁぁ。
****
あれ?
おかしな事が二つ。
まず、空気を蹴った俺の足が折れてない。
まあ、師匠はノーダメージでやってたから……。
流石に俺も、コツを掴めてきたか?
それはいいとして……。
オーガが、塵になり消えていく。
モンスターじゃないんだよね?
なんで?
『確かそのはずなんじゃが……わしにも分からん……。わしの知る巨人族は、只の種族じゃたが……』
実は、モンスターの巨人族もいたって事か?
『分からん。分からんが……何か裏がありそうじゃな……』
う~ん……。
また面倒な事に巻き込まれそうな予感。
ても、気にしてても回避できないのが、俺なんだけどねぇ。
****
さて……。
朝日が眩しいな。
牛姉ちゃんは……。
よし! 無事だ!
助けたし、飯とか食わせてくれないかなぁ。
「大丈夫か?」
「人間……なんで?」
なんで? じゃなく、まずお礼を言いなさいよ!
まったく、礼儀知らずな奴め……。
「に……人間だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 人間が入り込んだぞ!」
おや?
あれは、昼間蹴り飛ばしたお馬さん……。
なに大声で叫んでんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!
この馬鹿馬!
う……うわぁぁぁぁぁぁ!
バーバリアン達が、武器もって来たぁぁぁぁぁぁぁ!
嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!
下半身草食なのに、上半身肉食みたいなのがいっぱい追いかけてくるぁぁぁぁぁぁぁ!
ガチでこえぇぇぇぇぇ!
俺! 恩人だろうがぁぁぁぁぁぁ!
四本足で全力疾走してくるぞぉぉぉぉぉ!
俺足二本しかないんだよ!
むちゃくちゃ不利じゃん!
****
そんなこんなで、俺は……。
ああ、逃げたさ……。
逃げたともさ……。
全力疾走で、二時間も……。
なんだよこの結果……。
恩人を武器もって追い掛け回すって……。
お前らアホですかぁぁぁぁぁぁぁ!!
助けるんじゃなかった。
はぁ~あ……。
やってらんね~……。




