七話
ガチャンと重く冷たい音を立てて、牢の鍵が開かれた
俺は、留置所から解放される。
アニスとカーラが、迎えに来てくれたからだ。
「貴方……何やってんのよ……」
「何もしてない! てか、人助けして……くっ……捕まった……」
「くっじゃないわよ。相変わらず、不器用通りこして馬鹿ね」
ぐっ……。カーラに言い返せん……。
くそっ! 馬鹿って言うほうが馬鹿なんだよ!
なんて言ったら、ナイフで刺されそうだしなぁ。
「申し訳ありません、ヘイルさん。状況は確認して、貴方が警備兵を守ってくれたのは分かっていますので……」
「もういいです……」
「本当に申し訳ありませんでした。アミラも反省していますので……」
うん?
「アミラって、あの三つ編みの子?」
「はい。彼女はあれでもこの国の四将軍の一人なんですが、連日の夜間の見回りで疲れから不覚をとったようでして……」
「まぁ……。いいですよ」
アニスちゃんは、幾度も頭を下げてくる。
「本当に申し訳ありません」
「もう、いいですよ……」
美人にここまでされたら、怒れないって……。
「ホテルの朝食、中々おいしかったわよ。留置場なんかにいるから、食べ損ねるのよ」
なぜカーラは、いちいち俺に喧嘩を売ってくるんだ?
一緒に仕事するなら、アニスちゃんのほうがいいなぁ……。
はぁぁぁぁぁ。
やってらんね~……。
「それで、今日の予定ですが……」
「あっ、はい」
まだ申し訳なさそうにしてくれているアニスちゃんは、留置場の廊下を歩きながら説明を開始した。
「これから評議会の場で、評議長及び四将軍へ面会していただきます。その後は、町の警備の依頼ですから観光を含めて町を回ってもらい、夜になってから本格的に警備兵と一緒に見回りを……」
「了解」
「分かったわ」
****
アニスちゃん案内されて、俺達は町の中心部にある評議会へ赴いた。
魔法国家であるルナリスに国王はいないが、この魔法評議会が政治の中心で、その評議長こそが大統領みたいなものだ。
それも、魔力が強いものから選出されるので四将軍はかわるが、評議長は代々アニスちゃんの家系が世襲しているらしい。
ある意味、王族となんら変わらんなぁ。
まぁ、俺には関係ないけど。
「こちらです」
一般人がそうそうは入れない建物の一番奥にある評議会室へと、俺達二人は通された。
部屋に入ると俺達を品定めするかのように、四将軍や評議長達がジロジロと眺めてくる。
なんかあんまりいい気分がしない。
「では、まずこちらから。それぞれの自己紹介を……」
アニスちゃんの言葉に、真っ赤な長髪のナルシストっぽい男が立ち上がった。
「名乗るなら、その傭兵のほうが先だろう!」
その強い言葉にアニスちゃんがたじろぐ……。
偉く高圧的な奴だな。
まあ、実際に権力も持ってそうだけどねぇ。
「ニルフォのフェザーギルドから来ました、ヘイルです」
「同じくカー……」
「カーラ姫の事は分かっておるから結構じゃよ」
カーラの自己紹介を、頭までローブを被った老人がとめた。
まぁ、姫さんとして正式に何度か訪問したらしいから、当然だろう。
んお? アミラちゃんがいる!
昨日のヌード思いだしちまった。
俺と目があったアミラちゃんは、顔を真っ赤にして目を伏せた。
かわいい。
さっきのナルシス野郎が俺は何故跪かないのだと、アニスちゃんに文句を言っている。
俺は、お前の部下じゃないぞ? ナルシストっぽいし、顔の形代わるまで殴ってやろうか?
「では、こちらの自己紹介を……」
評議長の隣に立っていたクールビューティーなおねいさんが、見かねて話を進めてくれた。
冷たい感じのする女性だが、その無機質さがより美しさを引き立ててる。
なんか、スーパーモデルって雰囲気だな。
「まず、私から……評議長の秘書をしております。氷のイリアと申します」
氷? なにそれ? 苗字?
「ここの人間は、得意な魔法で二つ名が全員にあるのよ」
カーラが耳打ちしてくれた。なるほどね。ある意味、恥ずかしい文化だな。
イリアさんは氷か……。
あまりにもイメージ通り過ぎる。
これで火が得意なら、なんか逆に興奮すんだけどなぁ……。
「わしは東地区担当の四将軍、雷のバランじゃ」
さっきの老人が立って頭を下げてくれる。
あ、このじいさんはいい人っぽいな。
「私は南地区担当の四将軍、風のアミラです。昨日は失礼しま……」
「俺は西地区担当、光のアレンだ」
アミラちゃんの言葉が終わりきるよりも早く、隣にいた男性が立ち上がって名乗りを上げてきた。
ぬう……何故ことごとく俺の前には、爽やかなイケメンが立ちふさがるんだ?
それもまた、得意なのが光って……。もてるんだろうな~。
絶滅してくれねぇかななぁ。イケメン、全員。
「ふん! 北地区担当、炎のネロだ……」
最後にナルシスが自己紹介をした。
態度悪!
最後に評議長か……。
「私がルナリス評議長……トバイア:カーチスだ」
んっ? なんだこいつ!
かなり強い気を当ててきやがる!
挑発してるのか?
そう言えば、初めて師匠にされた時は、息もできなくなったっけな。
でも、今の俺には効きません!
てか、多分俺のほうが強い剣気を出せるしね!
ん? うお!
カーラが胸を押さえて、膝をついていた。
まずい! 呼吸が止まってるんだ!
脂汗が流れだしている!
俺は、急いで自分の剣気を評議長にぶつけた。
「はぁはぁはぁ……」
カーラが自立呼吸を取り戻した。
ふぅ……。
なにすんだ! このクソオヤジ!
「ふふふ……、すまんな。実力を確認しておきたかったが予想以上だ。まさか私の気当たりをいともあっさりはじき返すとは……。宜しく頼むぞ、ヘイル」
挨拶代わりってか……。ふざけやがって……。
殴ったうえで引き摺りまわして、踏みつけまくってやろうかぁ? この野郎!
「す! すみません! お父様もネロも! 折角来ていただいたのに!」
「レイ……。私はいい。ここは我慢して……」
アニスちゃんが抗議してくれているし、カーラも……。
はいはいっと。さすがに腹が立つからって、国で一番偉い人に逆らったりはしませんよ。
掴まるのやだもん。
本当は、ボッコボコにしたいけどね……。
****
その場にとどまるのがよくないと考えたらしいアミラちゃんに、俺達は客室へ案内された。
そして、正式な謝罪を受け、アミラちゃんとアニスちゃんが町を案内してくれることになった。
この時の俺は、美人と観光できるなどと浮かれて、舐めていた……。
女性が三人で、町を観光する。この事の恐ろしさを……。
俺は服屋の前で死ぬほど待たされたり、荷物を大量に持たされたり、デザートの行列に並ばされたりしたわけですよ。
はははっははは……。
殴っていいんだよね! こういう場合!
許されるよね! 合法ですよね!
も~……。
****
その日の夕方、兵舎の一番良い部屋を、俺は仮宿として与えられた。
八畳一間に、リビング、ダイニング、キッチン……。
生活に必要な物は、全てそろっている。十分だ。
「あんたの部屋……みすぼらしいわね……」
また勝手に部屋に入ってきたカーラが、気になる事を言う。
てか、ノックをするっては、一般常識じゃないのか?
オーナーと言いカーラと言い……。
「私の部屋、見てみるか?」
「ん? ああ……」
カーラは十六畳の部屋が四つもある、別の建屋の住居を与えられていた。
立派なリビングにキッチン、風呂とトイレも別だと!?
どこの高級スイートルームですか?
何? この格差!
後ほどアニスちゃんから、カーラは王族なので、来賓用の特別な部屋があてがわれたのだと説明された。
納得いかね~……。
今回の依頼、メインは俺じゃないのかよ。
まあ、あんな高級そうな部屋じゃ眠れないだろうし、いいか……。
それよりも大事なのは、夜間の見回りだ!
今日はアミラちゃんと、夜間警備に回る。
仲良くなれたらいいなぁぁ。
『ほれ、頭の中ピンク色ではないか』
起きて第一声が、嫌味ですか? ジジィ。
何回も言うが! 思春期の男は皆ピンク色なの!
真面目ぶってる奴はむっつりスケベで、表に出してる奴はただのスケベ!
全員スケベなの!
『必死すぎて笑えんわ……』
くっ……。最近俺のほうがあしらわれ始めた。
寝てる間に、濃硫酸で俺の名前掘ってやろうかなぁ。
『その程度では、ミスリル製の魔剣は傷もつかんぞ』
ミスリル? あの伝説の?
『そうじゃ。ちなみに真の姿を現した時の芯になっている部分は、これも名高き賢者の石でできておる』
マジで?
売ったらいくらになる? 遊んで暮らせる?
『馬鹿かお前は! わしを売ろうとするな!』
いや、それで正当後継者に行きつけば、万事うまくいくじゃん。
『その為には、お前に死んでもらわねばならんのじゃが……』
今のなしの方向で!
『アホが……』
ジジィとの会話をしながら部屋で荷物をほどいていると、アミラちゃんが迎えに来てくれた。
前日の光景のせいで、俺の笑顔はふにゃふにゃだった。
****
夜間の警備は、四将軍が兵士十人をひきつれて、街中を練り歩く。
正直、効率が悪い。
魔法と工業の国なのに、魔力を感知する機械とかないのかな?
「今日は、ここの通りを中心に右方向にまわります」
「あ、了解だ」
「あの……それで……。昨日はすみませんでした。その……」
アミラちゃんはいまだに、俺を留置場送りにした事を謝ってくれている。
ヌード見せてもらったから、もう怒ってないんだけどなぁ。
『そうじゃな、今後もう一生見る事が出来んかもしれん、生身の裸じゃからな……』
俺が童貞のまま死ぬ事、勝手に決めるな!
絶対! 彼女を作ってブラジャーを外すんだ!
『まぁ、せいぜいがんばれ……』
冷たっ! ひどいな! クソジジィ!
んっ!?
『また出たようじゃな……』
どこだ? 結構距離があるよな?
『ここから、北の方向じゃな……』
「アミラちゃん……」
「はい?」
「出たぞ!」
俺は、魔力のする方向へ走りだした。
夜で人通りが少ないのは助かるが、距離が……。
『犠牲者が出る前に急いだほうがよいのぉ』
分かってる!
俺はアミラちゃん達を置き去りにして、かなり速度を上げて走り始めた。
カーラはバランさんと東にいるから、問題ないだろう。
北はあのムカつくネロの区域だが、そんなこと気にしてられない。
****
「ぐぐ……」
俺がたどりつくと、ネロが敵に追い詰められていた。
四将軍ってのは、名前だけか?
今回の魔法生物は……。きもい……。
なんだ? でっかい海牛? なめくじ? まあ、そんな感じの気色の悪い何かだ。
「ファイアストーム!」
ネロが両手から炎を放つが、全く効いていない。
だって、敵も火を吐いてるもの。
火の敵に、火で立ち向かうって……。頭が弱いんですか?
プライド高いくせに、これだよ……。
『まあ、劣勢になって、絶対の自信のある魔法に頼るのは当然じゃ。そう、呆れるな』
自分に防御フィールドは張ってる分、昨日のアミラちゃんよりはましか……。
どうしよう?
よし! もうちょっとやられるまで待とう!
『相変わらず、腹黒いのぉ……』
いいじゃん! やばかったら助けるって!
おっと、言ってるそばから、もう触手で吹っ飛ばされて本当に動けなくなりやがった。
さすがに助けてやるか。
〈ホークスラッシュ〉
でっかい軟体動物の口付近から伸びた触手を、三日月状の衝撃波で切り裂いた。
「お前は、ヘイル……」
「応援に来たぞぉ」
「余計なまねを……」
うわ~、ムカつく……。
おっと! 炎の球を吐いてくるが、それが思った以上に高温だ。
熱で近くの建物のガラスが、割れやがった。
とっとと片づけよう。
俺は、昨日の敵じゃないが壁をけり、四メートルはある敵の頭上に、高速で飛び上がる。
その事に気が付かない敵は、地上に出来た俺の残像に、炎を吐きだしている。
隙だらけ! くらえ!
〈サザンクロス〉
俺は、敵の頭だと思われる部分を、十字に切り裂いた。
体表の粘液で斬撃には耐性があるんだろうが、魔剣の前では意味がない。
弱いな……。
『今のお前にとってはな……』
「くっ……」
ネロが悔しそうに俺を見ている。
感じの悪い貴様には、心の底から行ってやろう。
ざまあぁぁぁぁ! 俺のがつおい!
『ばかもん! 相手が弱いからと気を抜くな!』
えっ? うお!
でかい軟体動物が、想像以上の速さで逃げていく!
死んでなかったのかよ! まずい!
『油断大敵じゃ! まったく!』
悪かったよ!
これは気を抜いた俺のミスだ。反論も出来ない。
俺は急いで後を追った。
****
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
また、女性の悲鳴が!
まずい! 俺のせいにされる!
悲鳴のした路地裏に飛び込むと、よくわからない光景が目に飛び込んできた。
何これ?
『お前が切り捨てたのは多分、頭ではなく肛門側だったんじゃろうな』
海牛野郎は回復しようとしたのだろうが、夜道を歩いていたであろう女性を三人襲って食ったようだ。
触手で服を破られたその女性達は、そのまま敵に丸呑みにされていく。
しかし、敵には下半身が無いので、ぬるぬるになった女性が、化け物の体から転がり出てきていた。
何してんだよ、お前……食べれてないじゃん!
「助け! 助けてくれぇ!」
女性と一緒にいたらしい路地裏の隅でしゃがんでいた男性も、敵の触手に掴まる。
その男性も服を器用に破り捨てられて、後ろからヌルっと出てきた。
襲われた人達は気を失っているようだが、死んではいないだろう。
なるほどなぁ。こいつ……馬鹿だ。
『軟体動物に知能を求めるのが、間違いなんじゃろうな。それよりも、早く始末せい』
俺が今度こそ頭を両断すると、敵は塩をかけたナメクジのように縮んで、最後には煙となって消えた。
残ったのは、ヌルヌルの女性三人と男性一人。
うめき声が聞こえるし、生きてるよな?
『まあ、多分な』
俺は女性の一人に近づき、呼吸と鼓動を確認する。
問題ないようだ……。
『何故鼓動を確認するのに、直接胸に手を触れているんじゃ?』
役得……。
『エロガキ……』
今日は安眠でき……。いや! 興奮して眠れんかもしれん!
などと考えていたが、俺は不運の塊。
これだけで済むはずがない。
えっ? マジで?
「……ひっ!」
その光景を、いつの間にか駆けつけたアミラちゃんが、見ていたらしい。
女性の体に集中し過ぎていた俺は、気がつけませんでした。
「こ……ここに大変な変態がいますぅぅぅっ!」
俺はアミラちゃんとネロに見られながら、ヌルヌルの女性の胸を揉んでいたって事だ。
****
それ以降、アミラちゃんが口をきいてくれなくなったのは、言うまでもない……。
なんでこのタイミング?
絶対なんかの呪いだよ!
はっ! 魔剣持ってるから?
教会行かなきゃ!
てか、大変な変態ってなんだよぉぉぉぉ!
変態の最上級かなんかですか?
俺多分ノーマルだよ?
アブノーマルなんて、そこまでのレベルにも達してないよ?
だって、童貞ですもの!
神様は俺をどうしたいんだ?
むっつりアブノーマルの変態スケベにしたいのか?
マジで勘弁しろよぉぉぉ!
アミラちゃんと付きあうなんて、もう無理じゃんかああぁぁぁぁ!
もぉぉぉぉぉぉ。
やってらんね~……。




