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Mr.NO-GOOD´  作者: 慎之介
第一章:聖王国の学園編
2/106

一話

「レイ! 早くなさい!」


「はい! 只今!!」


俺を冷たく呼びつけるのは、リリーナ:マキシムお嬢様。


俺を引き取ってくれているマキシム家の御令嬢だ。


彼女とは幼馴染ではあるが、はっきり言って嫌われている。


よく言っても、使えない召使だと思っているのだろう。



俺は、ある理由で代々聖騎士の名門であるマキシム家に、七歳から引き取られた。


最初は年も同じで遊び相手だった事もあり、仲も悪くはなかったが、ちょっとした切っ掛けで今のような扱いになった。


思い出したら、泣けてきた。



「早くしなさいったら! ほんと使えない……」


くそ~。


実は俺、命の恩人なのに……。


「早く!!」


「はいぃぃ」


俺は急いでリリーナお嬢様の鞄を持ち、屋敷の門を出る。



「離れて歩きなさい! いいわね!」


「はい……」


お嬢様とクラスメイトでもある俺は、毎日彼女の鞄を持って登校している。


通学の際も、彼女の下僕として行動しなければいけない俺は、お嬢様の五歩後ろを歩くのが日課だ。


「もう! もっと離れなさいよ! 気持ち悪い!」


最近、召使と言うよりはバイ菌扱いになってきているように思える。


やってらんね~……。


****


俯き気味に歩いていた俺は、なんとなくお嬢様の背中を見つめた。


俺の心から、憎悪にも似た妬みが湧き出してくる。


お嬢様はさすが名門の血筋だけあって、剣技も男顔負けの腕前を持っている。


更に、法力(聖なる魔法)の資質も高い。


金色の髪と灰色の瞳に整った顔。


まごう事なき美人であるお嬢様に惚れている者は多く、ファンクラブまであるらしい。


皆知らないんだ……。


外面のいいこいつが、実は性格最悪でブラコンな事を……。



「リリーナ! 今から登校か?」


うわ~、朝から会いたくない奴に会っちまった。


「はい! お兄様。お兄様も今からですか?」


「ああ。今日は陛下が視察に来られるのでその準備だ」


「そうですか。それではお気をつけて」


「ああ」


馬に乗って颯爽と現れたこの端正な顔の男は、リリーナお嬢様の兄でバイス:マキシム。


年齢は俺達よりも、三つほど上だ。


一昨年学園を首席で卒業した、マキシム家の次期頭首。


一応ではあるが、俺の幼馴染でもある。


「おい!クズ! 妹に恥をかかせたら斬り捨てるからな!」


こいつはすでに、俺を人間扱いしていない。


「はい……」


バイスは、わざわざ嫌味を言ってからその場を去っていく。


実は、お嬢様だけでなく、あのバイスの命も俺が救ったんだが……。


現当主で聖騎士長をしている、バイスとリリーナの父親でもあるアドルフ:マキシム様以外、その事を知らない。


と言うよりも、知られちゃいけない。


アドルフ様だけが恩人であり俺の唯一の理解者だ。


あの方がいてくれるから、この兄妹の陰湿な攻撃にもなんとか耐えられる。


機会と正当な理由があれば、斬り殺したいけどね。


****


「リリーナさん、御機嫌よう」


「リリーナ様、おはようございます」


「御機嫌よう。リリーナ様」


「みなさん御機嫌よう」



登校中にも、お嬢様は生徒達皆から挨拶される。


俺達高等部1年の、マドンナの一人なのだから当然の事なのだろう。


しかし、お嬢様は本当に外面がいい。


家での我がまま放題が、嘘のようだ。


因みに、お嬢様は他の生徒がいる前では、俺に話しかけてこない。


俺はいない事になっているからだ。


なので、出来るだけ俺は気配を消して、目立たないように教室へと向かう。


毎日毎日、本当に嫌になるよ。


でも、仕方ない。


俺はこの学園で、落ちこぼれ中の落ちこぼれだ。


マキシム家に仕えていなければ、学園に通う事さえ許されないだろう。


剣術、体術まるで駄目。学業全般中の下。法術に至っては全く使えない。


一応、言い訳をさせてもらうと理由はある。


学業に関してだけは実力だが、剣術と体術は実は他の生徒より俺の方が数段上だ。


しかし、ある理由で、俺はあまり学園内で実力を発揮出来ない。


俺の力がばれてしまうと、極刑もあり得るし、大恩あるアドルフ様にも迷惑がかかる。


だから、能力を最小限にセーブして過ごしている。その結果が、落ちこぼれという烙印だ。


俺は不器用なので、手加減をすると弱くなりすぎてしまう。


相手の木刀での攻撃を、自分の出来るだけ痛くない場所に当てさせるので精一杯だ。


殴り返してしまえば、下手すると相手が死んでしまうかもしれない。


だから、剣術や体術の成績は常に最下位。


法術に至っては、もっとひどい。


実力を出せないのと同じ原因で、俺は体質的に全く法術が使えないのだ。


そんな生徒の成績表に、教師が横棒一本だけを書き入れるのは当然だろう。


俺の置かれている状況は、仕方ない事だらけだ。


それでも……ストレスでどうにかなってしまいそうだ。


****


教室にたどり着いた俺は何時も通り、リリーナお嬢様の机に鞄を置き、自分の机にうつ伏せになる。


友達などいない俺は、休み時間をそうやって過ごしている。


心の中でこうやって、自分自身を実況すること以外にする事はない。


俺に話しかけてくるのは、俺を馬鹿にしたい奴か、虐めたい奴ぐらいのものだ。


教員にすら、順番を飛ばされる事もしばしばある。


たまに、椅子をつかんで暴れ出したい衝動にかられる事もあるが、そこは我慢。


未成年がなんの後ろ盾もなく生きていけるほど、世の中は甘くない。


なんとか、全力を出していい日まで耐え忍ぶんだ。頑張れ、俺。


ただ、全力を出せるようになったとしても、すぐに自由が手に入るわけではない。


アドルフ様に拾っていただいた恩返しとして、王立騎士団の仕事を十年間する約束になっている。


その王立騎士団への入隊は特例を除いて、この学園を卒業しなければならない。


アドルフ様がいなければ俺は、今ごろ野たれ死んでいただろう。


だから、その期間が過ぎるまで、俺の命はアドルフ様の物だ。


でも……もう少し学生生活ってやつを、楽しみたいと言うのが本音だ。


リリーナ様のような美人でなくてもいいから、恋人くらいほしい。


だって思春期だもん。



俺の日常は朝起きて屋敷の掃除や雑用、お嬢様の鞄を持って登校、そしてお嬢様の予定に合わせて下校(実はこれも学園にいる間話も出来ないので、今までの経験だけで判断しないといけない)、下校後は屋敷の雑用に隠れての剣の稽古で一日が終わる。


休日も屋敷の雑用をしているか、学友と外で会えば馬鹿にされるだけなので、眠る、ゲームをする、剣の稽古をする、だけだ。


俺の青春……灰色です。


あ~あ、俺も名門の嫡子とかに生まれたかった。



その日も一日、気配を出来るだけ消して、学園生活を送る。


休み時間は机で突っ伏して、お昼は人のいない校舎裏で一人食事をとる。


悲しすぎるぞ、俺……。


****


今日のお嬢様は、ご学友とショッピングに行くようだ。


てか、買い食いとか禁止なのに平気で行こうとするなよ。



俺は何時も通り、お嬢様の後をお嬢様の鞄を持って付いて行く。


これだけ楽しくないストーキングも、珍しいだろうな。


その際、皆さんの視界に入らないように気を付けなければいけない。


俺が視界に入ると、お嬢様もご学友って奴らも気分が悪いらしい。


そのくせ、鞄に入った財布が必要な時に近くにいないと、家に帰ってから蹴られる。


本当に最悪の性格だよ。



この世界での異性の判断基準は、その実力(体術、勉学問わず)が一番で二番目が見た目、そして性格といった具合に人を判断する。


つまり、第一基準が最低の俺は異性から対象外としてしか見られない。


外見がいくらよかったとしても、実力の出せない俺には、彼女が出来る可能性は薄い。


一生結婚できなったらどうしよう。


一生童貞とか泣けてくる。


あ、やばい。泣きそうだ。


そうだ! 就職したら夜のお店に行こう!


などと考えていると、財布が必要になったお嬢様から殺気のこもった目線が。


急いで駆け寄った俺は、鞄を差し出すが……多分今日も蹴られるだろうな。


あ~あ……。


****


ん?


なんだろう?


近くの食堂でローブを着た男と店員が、何かもめている。


金を払えって言ってるな。


食い逃げかな?


お嬢様達はそのことを気にせず、その食堂にお茶を飲もうと入って行った。


俺も食い逃げぐらい大したことではないだろうと、外で何時も通り待つ。


しかし、その判断は甘かった。


胸騒ぎがした俺が店内を少し覗くと、店員がさらにヒートアップしているだけだったが、ローブを着た男から紫色のオーラが立ち上り始めた。


あれは……魔力!?


それもかなり邪悪な魔力だ!



まずいと思って俺が店内に入った時には、ローブの男が武装したオーク三匹を召喚した後だった。


まずい!


ローブの男に食ってかかっていた店員は、呆気なくオークに斬り殺された。


食堂には、女性客達の悲鳴が響き渡る。


近くにいた駐屯兵が二人飛び込んで応戦してくれているが、どう見ても分が悪い。


オーク一匹でさえ、力は人よりも強い。


駐屯兵二人では、オーク三匹に魔導師を倒すことなどできないだろう。


食堂から、騎士団や兵士の駐屯所まで走っても十分以上はかかる。


お嬢様だけでも逃がさないと!


いくら優秀なうちの生徒達でも、丸腰で勝てる相手ではない。



「はぁ!」


おいおい!



お嬢様は学友を逃がそうと、法術のみで抵抗を始めた。



やめろ!


勝てないって!



すでに、兵士の一人は倒れて動かなくなっている。もう一人も、すぐに同じようになってしまうだろう。


どうする!?


「きゃあっ!」


案の定、お嬢様はオークの一撃に吹き飛ばされ、机に激突した。


もう迷っている場合じゃない!


お嬢様がこちらに助けを求める目線を送ってくる。


俺は急いで店から飛び出し、路地裏に入る。


そして、アドルフさまから頂いた魔法具〈憤怒のマスク〉を変化させる。


この魔法具は日ごろはピアスになっているが、魔力を少し流してやるだけで俺の顔全体を隠すマスクへと変わってくれる。


マスクを装備した俺は、全神経を己の右手に集中し、魔剣を取り出す。


この魔剣は俺の右手と同化しており、俺の意思で具現化できる。



黒いオーラを放つ魔剣握った俺は、急いで店内に戻った。


魔剣の力で強化された脚力をいかし、今まさにお嬢様へ振り下ろされようとしていたオークが持つ刃物を、相手の腕ごとぶった切る。


返す刀で、そのままそのオークの首をはねた。



オークの首をはねた瞬間、魔剣が目覚め、脈動する。


剣から上っている黒いオーラの量が増え、剣身自体も淡く発光し始めた。


この魔剣の真価はここからだ。



「ぷぎいぃぃ!」


机を挟んで立っていたオーク達が、俺を両サイドから挟み撃ちにしようと走り出す。


ふん、遅すぎて話にもならない。


絶対の切れ味を誇る魔剣で机ごと一体を縦に両断し、俺の先ほどまで居た所へ斧を振り下ろすオークの首を、振り向く勢いではね飛ばした。


魔剣によって強化された俺の動きを、目で追える者はその場にはいないだろう。


まあ、このレベルまで俺は研鑚してしまったせいで、学園で苦労しているけどね……。



オークを倒し終えた俺は、残った魔導師にゆっくりと向き直る。


魔導師は何が起こったか分からないと言った感じで呆然としていたが、俺が歩み寄ってくるのに気が付き急いで呪文を唱え始める。


確か、その呪文は魔族の防御魔法。


判断としては間違えていないだろう。


まさか一瞬でオークが三匹いなくなるなんて考えてもいなったんだろうな。


だが、この魔剣の前でその魔法は無駄だ。


呪文が終わると同時に、魔導師と俺の間に紫色の魔法陣のような、対物理障壁が出来る。


俺はそれを気にせず、魔導師に真っすぐ剣を振り下ろした。


俺の魔剣はその障壁ごと魔導師を、真っ二つに切り裂く。



敵を倒すと、魔剣はさらに脈動を強めた。


意外にも一人で来たこのいかれた魔導師は、高レベルだったようだ。


俺の魔剣は、強い敵を殺せば殺すだけ強くなる。


俺の持つ魔剣の名は、ソウルイーター。って、文献に書いてあった。


大昔、強大な力を持った魔王を倒すために大賢者が邪悪な神の力を借りて作ったとされている、いわくつきの魔剣だ。


敵の命を吸い、あらゆるものを切り裂く魔の力を持った、毒をもって毒を制するために作られた魔剣。


****


俺は、魔導師の絶命を確認するとすぐさま店から飛び出し、路地裏でマスクをピアスに戻し、剣を右手の中へ吸収した。


そして、何食わぬ顔で店に戻る。


座り込み呆然としているお嬢様に手を差し伸べる、俺。


もし、俺が勇者や英雄であったなら、ここでお嬢様は惚れてくれるだろう。


だが、俺の現実はそんなに甘くない。


お嬢様は俺の手をとらずに立ち上がる。


その怒りに顔を歪めたお嬢様は、俺に思いっきり平手打ちを食らわせる。


「お前はまた私を見捨てて逃げたわね! よくのこのこ顔を出せたもんね! お前も死ねばよかったのに!」


そう怒鳴ったお嬢様は、俺を置いて学友達と店を出ていく。



ああ、そうなっちゃいます?


そう言えば、目があったのに店を一回飛び出たな俺。


さらに、マスクで正体隠してるし……。


駄目だ……お嬢様視点だと、嫌われる要素しかない。


****


それから数分後、兵士達が店内に入って、事情を周りから聞いている。


「その魔剣士をさがして捕えろ!!」


隊長らしき人の号令で、兵士達が店から出ていく。


そう、これがさんざん言っていた、俺が実力を出せない理由ってやつだ。


このアルティア王国は聖なる神の加護を信仰している国で、魔を極端に嫌っている。


その為、国民は聖なる神の力を借りる法術しか使用してはいけない。


国のお偉いさんは、法律まで作って、それを国民に守らせている。


他国の魔導師も許可なく侵入すれば掴まって最悪死罪。


だから、魔の塊である魔剣に寄生されている俺は、それを隠さないといけない。


因みに、聖なる力である法術を俺が一切使えない体質になっているのも、魔剣のせいだ。


この魔剣は、敵だけでなく宿主の魂を食切るまで、寄生をやめてくれない。


端的にいえば、もうどうしようもない。


アドルフ様の温情で暮らしてはいるが、見つかれば俺はほぼ間違いなく死刑になってしまうだろう。


****


「あ~あ……」


兵士から質問を嘘で乗り切った俺は、一人で帰路につく。



その日、屋敷の廊下で会ったリリーナの奴にさんざん蹴られるわ、バイスには殴られるわ、飯抜きにされるわ。


唯一アドルフ様から隠れて礼を頂いたが、最悪の一日だ……。



やってらんね~……。

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