五話
俺はその日も、煙草の煙臭い酒場のカウンター席に座り、うなだれるような姿勢で依頼書を見ていた。
その中の一枚を、ザザンさんが何も言わずに抜いてしまったので、興味を引かれた。
「ねえ、ザザンさん」
「なんだ? レイン」
「その依頼って……」
「ああこれか、これはお前向きじゃないぞ」
「とりあえず、見せてよ」
依頼書を見せろと言う意味で、ザザンさんへ手を伸ばす。
「まあ、構わんが一週間の護衛任務だからな。一日しか時間の無いお前には無理なんじゃないか? それに……」
「それに?」
「内容があまりいいもんじゃないぞ。ノリスにでも依頼しようかと思ってるんだが……」
「ちょっと待った!」
「なっ……なんだ?」
依頼書を強く握り、大きな声を出した俺にザザンさんがビクリと反応する。
「この報酬って!」
「ああ、百万ギリだ。相手は富豪だからな」
「俺! やる!」
「いいのか? 内容をよく見ろよ?」
「キャラバンを一週間、ルナリスまで護衛すればいいだけだろ?」
「顧客は奴隷商人だぞ?」
「奴隷商人?」
「だから、よく読め……」
今回この依頼を受け、奴隷商人と言う反吐が出るような業種の富豪を護衛することにより、俺の名前が一躍有名になり面倒なことに巻き込まれていくのだが……。
もちろんお金に目がくらんだ俺は、そこまで考えていなかった。
その時の俺にとって大きな問題は、オーナーにどう言って休みをもらうかだけだった。
そう、俺は自分の不運を自分自身でまだ理解していない。
****
「お願いしますよ、オーナー! 一週間だけなんですよ! 給料その分減ってもいいですから!」
俺は、オーナーに頼みこんでいた。
勿論、土下座の態勢だ。
「お前がそこまで頼むってことは……。報酬がそうとう良いのか?」
う! 鋭い……。
「ソンナ事アリマテン……」
「で……、いくらだ?」
おう……お見通し。てか、聞いちゃいねぇ……。
「十万ギリクライデツ……」
「なるほど、五十万以上か……」
超能力者!?
「分かった! じゃあ、給料は引かない代わりに十万ギリで休暇をやろう」
ええ~……。
十万って、俺の一月の給料じゃん……。
最悪だ。この守銭奴……。
「なんか文句でも?」
「いえ、ありがとうございます」
「よし交渉成立だ! しっかり働いておいで!」
そう言うと、土下座する俺の頭をオーナーは踏みつけた……。
これどんなプレイ? 足どけろ! クソアマがっ!
まあ、ギルドの手数料引いても七~八十万は残るか……。
仕方ない……。
こうして、奴隷商人グスコーを魔法の国ルナリスへ護衛する依頼を、受ける事になった。
今回は、Aクラス以上が条件なので最初からヘイルモードで依頼先へ向かった。
てか、レインだと色々文句が多くて面倒なので、最近は最初からヘイルモードのほうが多くなっている。
****
「やあやあ、待ってましたよ。ヘイルさんですね。商人のグスコーです」
「どうも……」
挨拶の握手を求められたが、俺はスルーした。
相手は油ギッシュな中年で、手のひらまでヌルヌルしてそうだ。
触りたくない。
「クールな方ですね。ああ! そう言えば、今回はもう一人護衛してくれる人がいましてね」
グスコーがそう言うと、頭の毛を逆立てるようにバンダナを巻いた、戦士っぽい男が近づいてきた。
「スカットギルドのエクスだ。あんたのうわさは聞いてるぜ、ヘイルさん。中々できるらしいな……」
なんだ? この偉そうな馬鹿は?
お前は、妙に小物臭がしますね。
「よろしく……」
「ふん。クールが売りか? まぁ、宜しくな」
簡単な挨拶を済ませた後、ルートや荷馬車の設備について説明を受ける。
総勢、三十名のスタッフとグスコー。
そして、五台の鉄格子付き荷馬車の護衛が、今回の任務だ。
「荷物を見て見ますか?」
グスコーは嬉しそうに、荷馬車の中を俺に見せてきた。
一台目には三十人ほどの男性。
二台目には二十人ほどの女性。
三台目には三十人の子供達。
四台目には、それぞれを柵で囲った珍しい獣達。
五台目はグスコーも乗る、荷物運搬兼用の車だった。
うわ~……吐き気がするな……。
人間にも獣にも手錠に足かせをして、騒がないように声が出なくなる魔法のかかった首輪をつけてる。
仕事だし、見て見ぬふりしないといけないんだよねぇ。
俺は何時でも女性の味方だけど……。
今回女性を逃がすと大変なことになっちゃうしなぁ。
はぁぁぁ……。
なに? この罪悪感は?
しかし、若い女性をこれだけ……。
一人いくらだろか?
『……お前、まさか買う気か?』
起きたかジジィ……。
そのほうが手っ取り早く彼女出来るかな……なんて。
『この人間のクズが! それは彼女とは言わん!』
分かってるよぉ。冗談ですよぉ。
でも……。
『駄目じゃ!』
そうジジィにたしなめられながらもつい、女性達の品定めをしてしまう。
『くさっとる……』
見るくらい良いじゃん!
別に本当に買ったりはしないよ?
『どうだか……』
「おや? ヘイルさん? 気に入った子はいましたか? なんなら、購入なさいますか?」
俺のそんな行動をグスコーは見逃さず、下卑た笑顔で近づいてくる。
「いや……」
「女性なら、一人五十万~二百万ギリとお買い得ですよ?」
「だから、必要ない……」
「そうですかぁ?」
なんて言い切ったが、一人気になる子を見つけてしまった。
オレンジの髪に青い瞳で、胸も大きい……。
かなり可愛い女性だ……。
彼女は……多分二百万だろうな。
俺の全財産が無くなってしまう……。でも、可愛いなぁ。
『腐りきっとる……』
だから! うるせぇ、ジジィ!
考えるだけぐらいは、見逃せよ! 俺は思春期の男子だぞっ!
『まったく、お前は継承者の中で最低じゃ』
ほんとに折るぞ! ジジィ!
でも、あの子も売られちゃうのか……。
なんだかやりきれないな……。
「ヘイル……。てめぇも好きもんだな。この商品に手は出せないが、ルナリスについたら一緒に夜の店で遊ぶかい? いい店知ってるぜ」
このエクスってやつも、人を商品としてしか見ていない。
あんまり信用できそうもないな……。
「遠慮する……」
「へへ……。そうかい? 気が変わったら声をかけてくれよ」
ん!? あいつ……仕事前から酒飲んでやがる……。
駄目人間ってやつだな。
『お前と同類じゃ』
マジで塩酸か何かに漬け込むぞ、ジジィ……。
****
俺が各馬車の確認をしている間にグスコーの準備が整い、出発することになった。
今回、二人もAクラスの傭兵を雇ったのは理由がある。
魔物が出る可能性の高い、樹海を越えのコースを進むからだ。
納期の関係で、最短ルートを通らないといけないらしい。
この樹海コースは、ジジィと会った森の南の端を走る道の事で、俺にとっては特に問題にはならない道だ。
だが、一般人が通常通行できるルートではない。
最悪Cランクモンスターが、続けざまに出現するかもしれないからだ。
まあ、滅多に出てこないだろうが……。
****
出発して二日間は予想通り、ただの獣や雑魚モンスターのみしか現れず、楽に進む事が出来た。
問題は三日目からだった。
樹海の斜面を削り取った道を移動中に、強い魔力を感じた。
これは……。
『うむ。Bランクはあるな』
「止まれ!」
先頭にいた俺は、キャラバンに指示を出した。
馬を操っていた者達が、急いで手綱を操る。
強い魔力を帯びた何かが、森の中からこっちの様子をうかがっている。
「おい、どうしたんだ?」
エクスは、呑気に話しかけてくる。この馬鹿は、全く気が付いていないようだ。
もしかすると、前にあったミラって奴より駄目なんじゃないか? こいつ?
俺は馬車の運転席から降り、魔剣を構えた。
「なんだ? モンスターか?」
来る!
俺めがけて跳びかかってきた巨大な影を躱し、姿を確認する。
マジか……。何でこんなところに……。
『オルトロスじゃな』
ああ……。
オルトロスとは双頭の巨大な魔犬で、確か炎を吐いたり素早かったりと、厄介なBランクモンスターだ。
久々のBランクモンスターとの戦闘。避けられないなら……気合を入れるか!
「なんだ? このでっかい犬は? 俺に任せろ!」
は? エクスが俺の前に飛び出してきた。
そして、魔力を手に集中し、魔法を放つ。
『何をしとんじゃ? あいつは?』
スカットの連中は、皆馬鹿なんだろうか?
火の球を出しやがった……。
こいつオルトロス知らないのか?
もちろんエクスの出した火の球はオルトロスの炎で消し飛ばされ、もう一つの首でエクスの剣は食いちぎられた。
「ひっ!」
腰を抜かしてしまったエクスは、そのままゴキブリのように這いずって、馬車の下へ逃げ込んでいった。
見てるこっちが情けないわ!
さて……仕切り直しだ! 気合、気合っと!
こっちにオルトロスが向き直った。
荷物に被害が出ないようにしないとな……。
そう思っていると、オルトロスは両方の口に炎を溜めて、今にも吐き出しそうになった。
が、そのせいで足が止まった! 今だ!
俺は一気にオルトロスの足元へ移動すると、跳び上がりながら剣を左下段から右上段へ振り抜く。
首を一本切断できた!
痛みか衝撃のせいだろう。オルトロスの動きが止まった。
オルトロスの背中に着地した俺は、もう一本の首を根元からそのまま切断して決着はついた。
弱っ……。歯ごたえすらないな……。
エクスのおかげで、この馬鹿犬は油断してくれてたのかな?
『お前、気付いておらんのか?』
何が?
『いや……。(アルティアにおった頃より数段自分が成長した事に気が付きもせんとは、やはり頭は残念じゃな)』
「あはっ……あはは。ヘイルさん、噂以上ですねぇ……」
いつの間にか馬車の下からはい出していたエクスが、愛想笑いを浮かべて近づいてくる。
調子がいいですね。くそ雑魚。
「いや~! 素晴らしい! 貴方に依頼してよかった!」
グスコーもわざわざ馬車から下りて、手を握ってきた。
ぬう! やっぱり、ぬるぬるする!
離せ! このウザキモオヤジ!
「問題ないです」
俺はそれだけ言うと馬車に乗り、進む様にと運転手へ指示を出した。
グスコーに見えないように、ズボンで手を必死でふき取りながら……。
もぉぉぉ、気持ち悪い……。
****
その夜、樹海の中を流れている川の近くで休むことにした俺達は、交代で見張りにつく。
まあ、危ない場所での宿泊だしね。見張りは最低限必要だ。
自分の番になり、俺は皆から離れた場所で修練をしていた。
そこで、人の気配に気が付き、物陰から確認する。
こんな場所でコソ泥はないだろうが……。
「姉ちゃん! 必ず助けるから! もうちょっと辛抱してね」
「あ……う……ああ……」
俺が目を付けた女の子に、鉄格子越しで少年が話しかけていた。
弟かな?
奴隷なんて、色々訳があるんだろう。
仕方ない、見過ごしてやるか……。
でも、あの女の子、儚い感じで可愛いなぁ。普通に出会いたかったなぁ。
****
翌朝、俺たちはその場所で宿泊した事を後悔した。
あるモンスターのテリトリーだったのだ。
「うわぁぁぁ!」
朝、出発の準備をしていると、グスコーに雇われている男の悲鳴が聞こえた。
少し寝ぼけていた俺は、魔力の感知が遅れた。
水を汲みに行ったその男性は、大きなトカゲに丸呑みにされかかっていた。
いや、違う! トカゲじゃない! 両手足のついた大蛇だ。資料で読んだ記憶がある。
こいつは、ピュトン。
ヒュドラより上位の蛇型モンスターだ。
確か火だけじゃなく毒も吐く……。
『毒は麻痺性のものじゃ。食らえば丸のみされるぞ』
ああ、分かってる。
「ひぃぃ! ピュトンじゃないか! 割に合わないぞ!」
馬鹿エクスも、ピュトンは知っているのか……。
確かに、命の危険を考えると割に合わないかもな。
エクスは逃げようと馬に乗るが、そこにピュトンの毒を食らい、馬ごと倒れ込んだ。
うわぁぁ……。とことん、噛ませ犬……。
あいつ本当にAクラスなのか? 情けない……。
「お願いです! ヘイルさん! 追加料金なら払いますから、何とか!」
おお? 追加料金? なら!
「やってみる」
ピュトンも、基本は首を切れば殺せるが……。
火と毒を交互に吐きまくって、牽制してくる。
下手に近づけないな……。
どうする?
まあ、近づけないなら遠距離攻撃!
〈ホークスラッシュ〉
三日月状の衝撃波を、敵の首めがけて放つ……。
が、避けられた。思った以上に移動が速い!
う~ん……。
〈ホークスラッシュ〉乱れうち!
俺は、五発の三日月状の刃を放った。
それでも躱される。
しかし、それでいい。
木が生い茂った森の中で、五発も一度に回避する為には、避ける方向はおのずと限定される。
ピュトンは、俺の思い通りの位置で、背中から木にぶつかった。
事前に飛び上がていた俺は、回転と落下の力を利用して、高速の三連撃を放つ。
〈トライデント〉
ピュトンも反応して火を吐いてきたが、マントを身に着けて回転中の俺は、ほぼダメージを受けない。
ちょっと、髪の毛の先は焦げたけどね……。
頭を四枚おろしにされたピュトンは、そのまま崩れ落ち、魔剣からの黒いオーラが増した。
今回は、俺の作戦勝ち!
『本当にお前は、戦闘だけは頭が回るのぉ……』
だけとはなんだよ、クソジジィ!
俺頭悪くないもん!
『喋り方がすでに頭悪いがのぉ……』
ぐ……クソジジィがぁ。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
俺の手を握ろうとするグスコーを避け、動けないエクスを馬車にほおり込むと、早速交渉に入る。
「追加料金なんだが……」
「はいはい! 払いますとも! 私も商人ですからね! そこは嘘をつきません!」
「じゃあ、あの子をもらえないか?」
俺は、目当ての女の子を指さして頼んでみた。
「あの娘ですか? 五十万ギリの価値しかないですが良いんですか?」
五十万? あんなに可愛いのに? 何で?
まあいいや。
「それで構わない」
「それでしたら、明後日ルミナスにつき次第、引き渡します」
「ああ」
なんか分からんが……。
やった! 女の子ゲット!
目当ての女の子に視線を向けると、優しく笑いかけてくれた。
かぁぁぁわいいっ!
よし! 俺が弟ごと養ってやろう!
****
その日のうちに樹海を抜けられた俺達は、ルミナスの手前二十キロの地点で最後の宿泊をした。
その夜も、あの子の弟が来た。
事情を話して弟ごと、引き取ろう。
まあ、それが駄目だったとしても、取り敢えず自由にはしてあげよう。
などと考えていたが、俺の予想は大きく裏切られた。
「姉ちゃん……。待ってて」
ガチャンと金属音が、俺の耳に届いた。
え?
寝たふりをしている俺は、薄目を開ける。
なんと弟は、針金的な何かで輸送車の南京錠を開けていた。
ちょ! お前! どこでそんな技術を!
さらにその弟は、姉の手錠と足かせも針金らしき物で外してしまう。
なんだぁ? あの万能型弟は?
寝たふりをしている俺に、首輪を引きちぎった女の子が近づいてくる。
「何? そいつ?」
「あたいを買おうとした、変態野郎だ!」
俺は、唾を吐きかけられた。
ええぇぇぇぇぇ。なんか思ってたのと、キャラが違う。
「へましちまったね~。あたいも焼きが回ったもんだ」
「姉ちゃん、欲張りだから……」
そう言った弟の顔を、目つきが鋭くなった女の子が思いきり殴っている。
「まあいいさ。さっさとずらかるよ。今度はルミナスでひと稼ぎだ」
「へへへ、じゃあ行こう」
そう言って、姉弟は逃げて行った。
ええ~! 何これ?
翌朝、俺は真実を聞かされた。
「ヘイルさん知らなかったんですか? あれは最近捕まった誘拐強盗窃盗なんでもありの盗賊団の娘ですよ。だから、売り飛ばされたんですよ」
うっそ~ん……。
見た目あんなにかわいかったのに? 詐欺じゃん!
「まあ、他の奴隷が逃げなくてよかったです」
「あの、報酬を他の奴隷に……」
「それは、駄目です。昨日も言いましたが、商人は約束を守ってなんぼです」
はぁ……。そうですか……。
****
キャラバンがルナリスに到着したところで、俺はホテルの仕事もあるのでそのまま帰宅することにした。
「ヘイルの旦那ぁぁぁ!」
ああ? なんだよ? 馬鹿エクス……。
「残念だったが、気を落とすなよ」
うっせえハゲ……。死ね……。
「しかし、旦那は化け物みたいに強いな! 俺惚れちまったよ!」
男に惚れられても嬉しくない……。
てか、キモイ……。
「あんたの話を、帰って皆にしてやるんだ! あんたの凄さを俺が広めてやるよ!」
うっさい……。
喋りかけてくるな……。
今、俺はへこんでるんだ……。
気分が底の底まで落ちていた俺は、エクスの言葉を全て聞き流して帰路についた。
****
その時は考える事が出来なかったが、腕が立つと評判になれば、おのずと難しい仕事が舞い込んできてしまう。
馬鹿エクスのせいでそれ以降面倒だったり、危険な仕事が俺にばかり来るようになった。
女の子には裏切られるし、仕事は面倒になっていくし……。
もうやだぁぁぁぁ!
俺にどうしろと? ねえ? 俺をどうしたいの? 神様?
教えてくれよ!
こんちくしょおおおおおぉぉぉぉ!
やってらんね~……。




