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Mr.NO-GOOD´  作者: 慎之介
第二章:魔法の国の傭兵編
18/106

四話

「お~い!一○五号室だ!」


「ふぇ~い……」


「返事は、はい……だっ!」


「へいへい……」


ゴッという音と共に、俺の頭に鈍痛が走る。


「返事は?」


「はい……」


「さっさと行け!」


オーナーとは、毎日このやり取りをしている。


最初はなんとなくだったが、最近は意地になってはいと言いたくないので抵抗している。


まあ、そのせいで、殴られまくってるんだけどね。


この六カ月で、俺の頭の皮膚は若干硬くなった。


禿げたら訴えてやる……。


俺はリネン道具一式を持って、一階の一○五号室に向かう。


そこで、一人の女性を見かけた。


彼女はまあ、このホテルを仕事で使用する女性の一人だ。


中年の男性と一緒に、部屋から出てくるところだった。


日ごろこういう場合は、目を伏せて見ないようにするのが礼儀だが、その女性が若く可愛かったのでチラチラとみてしまった。


そこで、少しだけ目があい、お互いに赤面して顔を伏せた。


俺とそんなに年も変わらなそうなのに……。


苦労してるのかなぁ。


などと考えつつも、何時も通り部屋の掃除と、リネン道具の入れ替えに取り掛かる。


さすがに半年もやっていれば、慣れたもんだ。


俺は掃除をしながら、さっきの女性の事を考えていた。


無理に厚化粧をしていたが、化粧をとったら可愛いだろうなぁ。なんて事を……だ。


****


その彼女との縁は、翌日後すぐ出来た。


「お~い!」


「ふぇ~い」


今日の叩かれた音は、軽かったが何故かいつもより痛かった。


くそっ! スナップきかせやがった!


「はい! な?」


面倒くさいと言いたげなオーナーから、ガンと圧力のある言葉をいただきました。


「はい……」


「今日は昼飯の後、花屋に行ってきてくれ」


「花屋ですか?」


「ああ、地図はこれだ。ドライフラワーを五ダース買ってきてくれ」


俺は手書きのメモを、オーナーから受け取る。


「ああ……。部屋に飾るやつですか」


「そうだ。うっかりして切らしてしまった」


「分かりました」


「じゃあ、金と地図な。店員にホテルの名前言えばすぐに用意してくれるから」


「ふぇ~……痛っ!」


同じところを、的確に殴られた。


このクソオーナーは、俺の返事を一切見逃さないつもりらしい。


「はい……。行ってきます」


「ああ。頼んだぞ」


****


俺は昼飯をホットドッグで軽くすませると、地図を見ながら店に向かった。


場所は西と東の境目で、中流階級の人が住んでいる地区だ。


着いてみると、古く小さな花屋があった。


「すみませ~ん!」


「は~い……」


俺は店員がいないので、声で呼びかける。すると、と奥から女性の声が聞こえてきた。


「お待たせしました。あっ!」


「あっ!」


出てきた店員は、昨日の女性だった。


昼間はここでバイトしてるのか……。


「あ……あの、ドライフラワーを……」


「はっ……はい! いくつですか?」


「五ダース……」


「しょ……少々お待ち下さい」


俺は、女性が準備するのをただぼんやりと見ていた。


「お待たせしました」


俺は、ドライフラワーの束を受け取り、金を支払った。


しかし、俺はそこで固まってしまい動けなくなっていた。


やっぱり化粧を落とすと……かわいい。


女性もどうしていいか分からず、ただ下を向いていた。


「あの!」


「はっ! はい!」


「昨日……」


「はい……」


その瞬間、女性の顔が曇った。


俺は何を言ってるんだ……。


ホテルの名前も言わないで用意してくれたんだから、相手も俺の事分かってくれていたのに……。


失礼どころの騒ぎじゃない。


えっと……えっと……。


「あの……お名前は?」


「あ、名前ですか? えと……キララです」


「いや、本当の……」


俺がそう言うと、女性の顔が赤くなったような気がする。


「マーガレットです。あなたは?」


「あ……レインです」


「そうですか……。これからも御贔屓に……」


マーガレットが頭を下げた瞬間に、俺は何か喪失感のような物に襲われた。そして、声を出していた。


表情は多分……変に歪んでたとは思う。


「あの! 明日お昼一緒に食べませんか?」


「でも、お店が……」


「じゃあ! 俺! 何か買ってきます!」


「それなら……」


「はい!」


俺は約束だけとりつけると、ホテルに走り出していた。


****


女性をお昼に誘った。


生まれて初めての経験だ。


てか、頭が真っ白なのに、口が勝手に喋ってた……。


俺どうなったんだ!?


『あの娘に好意があるんじゃろうな』


そうなのか?


『お前にしては下心なしの、純粋な好意のようじゃなぁ』


え? え? これが恋?


俺の人生に今までなかったもの?


『下心がないと妙に初心うぶじゃな……。さすが、チェリー……』


うっさい! クソジジィ!


鼓動がおさまらない! なんじゃこれ!


俺は花屋を営みつつ、夜の商売をするマーガレットと言う女性に恋をした。


多分、初恋だ。


****


それから俺はホテルで働く日はかかさず、お昼ご飯を持って花屋に通った。


最初はぎくしゃくしていたが、二週間も通うとお互いの事を色々話せるほどになっていた。


彼女は両親が一昨年亡くなり、一人で花屋を守っているそうだ。


最近あの付近は新しいマンションの為に立退きを迫られ、家賃を高くされ仕方なく夜の仕事をしているそうだ。


俺も自分が彼女と同じ商売の子で、両親が死んで貴族に引き取られたがトラブルに巻き込まれ、今はホテルの下働きをしていると話した。


お互いの事情を話すことで、より仲良くなれた。


俺はマーガレットとのこの時間が、どんどん幸せになって行った。


俺のホテルから花屋までは本来三十分以上はかかるが、俺が本気で走れば十分で着く。


こんな時俺って便利。


ただ、神のクソ野郎は俺にそんな幸せの時間を、長くは与えてくれなかった……。


はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。


やってらんね~……。


****


「おい!」


「なんです?」


「お前、今日もマーガレットの所に行くのか?」


「はぁ……まぁ……」


「相手の仕事内容は、分かってるよな?」


「あ、俺の母さんも同じ仕事をしてました」


「そうか……。余計な事だったな……」


オーナーから心配されたその日から、俺とマーガレットの歯車は狂いだした。


てか、俺の歯車が、平常運転を再開したんだと思う。


死ねよ……。


今回は、誰にこの気持ちをぶつければいい?


あああああぁぁぁぁぁぁ! もう!


ジジィ死ね! 折れろ!


『わしに八つ当たりするな!』


だって~!


****


その日、花屋に行くとマーガレットの顔色が悪くなっていた。


問いただしたが、少し風邪をひいただけだと言う。


明らかにそれは嘘だ。なんとなくだけど、俺には嘘が分かる。


多分、アルティアで人の裏の部分ばかり見せられたせいだろう。


マーガレットの元気がなかった理由は、夕方になって分かった。


「ザザンさん。依頼書見せて」


「おお、レインか。好きなのを選べ……」


日曜日の夕方十枚ほどの依頼書に目を通していると、一枚に目がとまった。


「なんだ? その安いのはお前向きじゃないだろう?」


内容は夜中家にゴーストが出るので、退治して欲しいという依頼だった。


一万ギリ。


日ごろなら無視するところだが、依頼人がマーガレットだ。


なるほど、彼女の元気の無さはこれか……。


「ザザンさん! 俺これ受ける! 今日の夜中行く!」


「ホテルの仕事はどうするんだ?」


「オーナーに頼みこむ」


「まあ、いいが……」


俺は、すぐにホテルに帰りオーナーに頭を下げた。


もう少し正確にいえば、おでこから血が出るまで土下座した。


許可はくれたが、翌日の時給を二割引きにすると言われた。


ただでさえ時給六百ギリなのに……。


鬼……「悪魔……守銭奴……」


室内に、ゴツンといい音が響く。


それは、声に出してしまっていた俺が、モップで殴られた音だ。


****


その日、深夜一時過ぎに花屋に向かった。


「えっ? レイン?」


「俺、ギルドでもバイトしてるんだ」


「そうなんだ……。とにかくお願い。眠れないの」


「任せといて!」


俺を迎えたマーガレットは、仕事の後だったのかあの厚化粧をしていた。


少しだけ心が、チクリと痛む。


そのマーガレットから、状況を聞く。


数日前から仕事が終わって帰ってくると、ゴースト二匹が部屋に出現し、眠れないそうだ。


ん? ゴーストはアンデッドで人の魂を食らうはず……。


レベルが低くても、精気は吸われるはずだよな?


何で、マーガレットは寝不足だけなんだ?


まあ、マーガレットが無事でよかったし、魔剣に魂を吸収させられるからいいけど……。


なんか引っ掛かるな。


マーガレットには店の隅で隠れてもらい、ベッドには布団を深くかぶった俺が待機することにした。


布団からマーガレットのいいにおいがする。


くんか、くんか……


『ド変態……』


黙れジジィ……。


お前に鼻があれば同じことしたはずだ!


『決めつけるな! この変態が!』


ベッドの中で、もだえながら俺は敵に出現を待った。


****


『……まだかのぉ?』


うっさいジジィ……はぁぁぁ、幸せの香りぃぃ。


魔剣を呼び出し、待つ事三十分。魔力は感じないが、人の気配がする。


どういう事? コソ泥?


「呪うぞぉぉ……」


「この家から出て行けぇぇ……」


俺は、布団の隙間から外をのぞく。


『わしは……必要なさそうじゃな』


ああ……。アホらしい……。


ゴーストの人形を、人が動かしているだけだ。


まぁ、魔力感知が出来ない人には、本物に見えなくもないか……。


俺は魔剣を戻すとベッドから起き上がり、普通の剣で人形の糸を切り落とした。


「やべぇ!」


窓か見下ろすと、人形を担いで通りを逃げ男が二人。


追いかけるか……。


俺は窓から飛び出し、その二人を追いかけることにした。


勿論、俺の速度なら、すぐに追いつき回り込める。


「くそっ! 何もんだ、てめぇ!」


如何にもなチンピラさんが、俺にすごんでくる。


「怖くもなんともないって……」


「舐めやがって!」


ええ? ナイフって……。馬鹿なんですか?


こっち剣ですよ?


いや、素直に認めてやろう、この二人馬鹿だ。


俺は剣を納めて、二人を殴り倒した。


そして、気絶しなかったほうの男の胸倉をつかみ上げる。


「誰に頼まれた?」


「何の事だ?」


音もなく相手の腹部に衝撃が伝わる。ボディ一発目ぇ。


「そんな事言うわけないだろうが、このバ……うぐぅえ!」


はい、ボディ二発目。


「死んでも依頼主は……ごはっ!」


ボディ三発目っと。


「ちょ……ちょっと待って……うぇ!」


ほい、ボディ四発目。


「分かったから、待ってくれよ……」


やっぱり! 体に聞くのが一番早い!


『何故……手慣れておる?』


秘密です。


「喋るけど、俺たちにもメンツってもんがあるんだよ……」


ボディ五……。


「待って待って! ただ、小銭でもくれたら素直に喋れるんだよ! 俺達明日の酒代もないんだよ! 頼むよ!」


ずうずうしいってか、情けない奴だなぁ。


ふぅぅぅ……今回はマーガレットの家に、仕返しされても面白くないし……。


俺は、仕方なく懐から五千ギリを出して渡した。


男はそれを受け取り、だらしない笑顔を作る。


「二人いるんですが……もう五せっごげっ!」


ボディ五発目! ずうずうしいわ!


「はぁはぁ……不動産屋のランドの旦那に、頼まれたんですぅ」


俺は男の髪をつかみ上げると、ニルフォに来てマスクなしで初めて本性を出す。


「二度と花屋に手を出すなよ……」


相手がぎりぎり呼吸が出来る程度の殺気を、直接ぶつける。


「はっ! はひぃ!」


男は気絶した男を担いで、逃げだしていった。


その光景を遅れてきたある人物が、物陰から見つめていたんだ。


それに俺は気が付けない。


もしも俺が勇者なら……。


俺がもしもこの時注意してれば……。


男達を見送り、花屋に歩いて帰ると、明かりは消えていた。


マーガレットは疲れて寝不足なのだろうと勝手に思い込み、俺はそのままホテルへと帰宅した。


****


翌朝、俺はフェザーギルドへ行き、ザザンさんとノリスに相談をした。


もちろん、不動産屋ランドについてだ。


非合法なこともする地上げ屋だそうだ。


その日のうちに、マスクを装備した俺とノリスがランドの店へ乗り込んだ。


その結果、ランドが次に目に余る非合法な事を働けば、フェザーギルドがランドの店をつぶすと言う事になった。


この街ではマフィアよりも、ギルドのほうが力を持っているのだ。


てか、マーガレットに手を出したら俺が皆殺しにする。


「ありがとう! ノリス!」


たまには役に立つな! 雑魚!


「なに、お安い御用だ」


俺は、ノリスと別れマーガレットの花屋へ急いだ。


早く解決したことを報告したいからだ。


****


俺が店に行くと、マーガレットは店先で花の手入れをしていた。


「おお~い! マーガレット!」


俺は彼女に駆け寄った。


次の瞬間は、俺の頬はしびれを伴った熱を帯び、鼻につんとした痛みが走る。


はいぃぃぃ!?


俺は、彼女に思いきりビンタされた。


何故に?


「よくも騙してくれたわねっ! 信じてたのに……」


彼女は両拳を震わせながら、涙目で俺を睨みつけている。


「何の事?」


「まだ、しらを切る気? 昨日見たんだから! ゴーストのふりをしてた男達にお金を渡してたじゃない! 全部貴方の仕業だったのね!」


「ちが……」


「確かに私はあんな仕事をしてるし! お金も持ってないわよ! でも、心を安売りなんかしないわ! それにこのお店も!」


「話を……」


「帰って……。帰ってよぉぉぉぉぉ!!」


彼女の絶叫が、町中に響いた。


泣きながら店の奥に走り去る彼女を、追いかける事が……。


俺には出来なかった……。


****


それから彼女の店には、オーナーが花を買いに行くようになった。


オーナーも説明してくれようとしたそうだが、彼女は聞きたくないの一点張りだそうだ。


そして、今日もリネン係と娼婦としてホテルですれ違う……。


なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!


酷すぎるだろうが!


初恋ですよ?


甘酸っぱいどころか、辛苦酸っぱいわ!


神ってのは世界を平和にするんじゃなくて、俺には彼女を作らせないのが仕事か!


言ってみろ! この野郎があああああぁぁぁ!


誰か殺す……。


もお、誰でもいいから殺す……。


いいのか?


神様? 止めなくていいのか? 本当にやっちゃうよ?


それが嫌なら俺に彼女くれよぉぉぉぉぉぉ!!


神様よぉぉぉぉぉぉ!!


はぁぁぁぁぁ。


やってらんね~……。

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