三話
ひそひそ話が、いたるところから……。
「腰ぬけ野郎……」
「へっ……、雑魚が……」
はぁ~……。
「ザザンさん、何かいい依頼ある?」
「ん? ああ、ちょっと待て……」
俺は火曜日の休み時間に、フェザーギルドへ依頼を確認しに来ていた。
前回のミネバの件以来、ここで昼をとるのはやめている。
「このあたりでどうだ?」
カウンターに、数枚の依頼書が並べられた。
「おいおい! ザザン! そんな足手まといに出来る仕事なんてあるのかよ?」
店の中の一人がそう大きな声を出し、店中の傭兵たちが大笑いする。
えっ? なに? 斬り殺されたいの?
この酒場血で真っ赤に模様替えするぞ、クソ雑魚が!
「てめぇなんて、ヘイルの相棒じゃなきゃ半殺しだぞ! 小僧!」
まだ言うか!
そのヘイルで全員メッコメコに殴り倒すぞ!
「ま……、まぁ落ち着け……」
「お前ら!」
ザザンさんが俺をなだめ、ノリスが騒ぎを押さえてくれた。
「へいへい、全くノリスもザザンも。その足手まといに甘いんだよ」
「何だ!?」
「いいえ、なんでもありません……」
ノリスが凄んで騒ぎはおさまった。
てか、俺のほうがノリスより強いんだけんども……。
ミネバのクソアマのせいで……。
はぁ~……。
やってらんね~……。
「で、これなんてどうだ? Aクラスだがヘイルなら……」
一枚の依頼書をザザンが進めてきた。
「ハッピーランド? 聞いたことないな」
「西地区に建設中の、レジャー施設だ」
「ふぅぅん」
建設中のレジャー施設で、行方不明者続出……。
消えたのは、業者の人間かな?
生き残りの情報からモンスターの仕業だろうと、退治の依頼か。
二十万。悪くはないな。
何より、近いのが助かる。
「で、何があるの?」
ザザンは基本俺に、依頼を進めたりはしない。しかし、今回は進めてきた。
これは、何かあるんだろう。
「ははっ、話が早いな。この場所が西地区ってこともあってな、別のギルドからも人が出ることになっていてな」
「西地区って事は……伝統のあるギルドってやつから?」
「ああ、あの最大クラスのスカットギルドから人が出る。なんで、下手な奴には頼めなくてな」
なるほどねぇ。まぁ、ザザンさんには世話になってるしな。
「分かった。明日の朝からでいいよね?」
「すまんな。任せたぞ」
****
翌日俺は、ハッピーランド建設予定地に赴いた。
その入口には、一人の女性が腕を組んで壁にもたれかかり、目を瞑っていた。
綺麗な女性だ。
栗色のやわらかそうな髪が動きやすいようにだろうが、綺麗にセットされている。
青いプレートメイルを着て、腰には剣をさしている。
気が強そうな眉毛をしており、凛々しい美人さんだ。
「痛っ!」
俺はその女性に見とれ、壁に激突してしまった。
その場にしゃがみ込み、おでこを押さえているとその女性から話しかけてきた。
「お前が、レインだな? ヘイルってのどこだ?」
ああ、やっぱスカットギルドの人か……。
「遅れてきます。とりあえず、俺が下見に……」
「ふん。ずいぶん余裕だな……」
なんか毎回この説明で悪態をつかれるのも面倒だな、次からはヘイルの状態で来るかな。
「私はミラ:ルイスだ。せいぜい足を引っ張るなよ。足手まとい君」
ええ~……他のギルドにまで、俺のうわさ広まってるの?
もぉぉぉぉぉ。
やっぱりミネバの鎧引っぺがして、どっかに縛り付けてくればよかった。
なんで、俺はどこに行ってもこうなんだ?
****
それから二人で、長髪オールバックの背広を着た如何にもな建設主に事情を聞き、モンスター退治の下見を開始した。
ターゲットは、地下や建設中の建物内など暗闇にいるそうだ。
建設主から、全体の監視カメラがある警備室を自由に使っていいとの許可をもらった。
暗闇か……まだ情報が少ないな。
警備室で一通りカメラの画像は確認したが、特にそれらしい物は映っていない。
夜行性の可能性がある。それだと、ちょっと面倒だなぁ。
「では、私は行くぞ」
そう言うとミラは一人で警備室を出て、建設中の建物へと入って行った。
俺も早く終わらせたいし、付いていくか……。
「ところで、最近名をあげているヘイルが、何故貴様のような足手まといと組んでいるんだ?」
は? こいつ直球だなぁ。
「友達……だから?」
「ふんっ……」
くう、鼻で笑いやがった。
一瞬でも、美人だなんて思った自分が情けない。
と……。なんだ?
「ほう、聞いていたよりはマシなのかも知れんな、お前……」
俺とミラは、剣に手を添えて立ち止る。
何だ? 魔力を感じない……。けど、気配が近付いてくる。
もしかして、モンスターじゃないのか?
ガサガサと、独特の足音が俺達の居る方へ迫ってきた。
俺は立っていた場所から下がりながら、電灯で相手の姿を確認した。
ビッグアント……。また、面倒なのが……。
こいつらの外殻は、普通の剣じゃ切れないんだよなぁ。
このビッグアントはモンスターではなく、自然の昆虫だ。
しかし、働きアリでも一メートルはあるし、人も食料にする危険な動物だ。
俺の目の前に大群で押し寄せてきたのは、多分働きアリだろうな。
兵隊アリは、もっとでかいはずだ。
魔力もないから感知できないし、数も多いはずだ。
ゴブリンの数倍は、厄介な相手だぞ……。
くそっ! 二十万じゃ割に合わない!
俺が一旦退却しようかと考えていると、ミラが働きアリに斬りかかり始めちまった。
きかねぇぇんだってば。
「ならば! ウインドカッター!」
ミラは剣に風の魔法を纏わせ、再度斬りかかっていく。
ミラは、魔法剣士のようだ。まあ、実力もそれなりにあるんでしょうよ。
しかし……。
馬鹿ですか? お前は?
剣で切れないものが、そんな初級の風魔法で切れるわけないだろうが!
仕方ないなぁ……面倒くさいなぁ……。
俺は働きアリの側面に素早く回り込み、外殻の隙間に五回連続で突きを放った。
「やあああ!」
ミラの振るった剣とありの外殻がぶつかり、衝撃音が暗闇に響く。
俺が止めを刺していた働きアリは、ミラの一撃でその場に倒れ込んだ……ように見える。
「ふぅ……。何とかなったな」
なんともなってないんだよ、この馬鹿!
てめぇじゃ相手との相性が最悪なんだよ! 炎とか使えないのかよ!
奥からは更に働きアリ立が出てきている。
ミラを守りながらでは、俺でも流石にきつい。
「さあ! かかってこい!」
ミラは、そう言って剣を構える。
なるほど……。
認定してやる! お前はアホだ!
俺はミラを無理やり肩に担ぎあげ、警備室へ退却した。
「離せ! この臆病者! 傭兵がターゲットから逃げてどうするんだ!」
はいはい……。
****
俺の肩で騒ぎ暴れるミラを無理やり警備室に放り込み、外側から出られないようにつっかえ棒をした。
「この臆病者がぁぁぁぁぁ!」
中から怒鳴り声が聞こえてくるが、目の前で女に死なれるのは気分がよくないんでねぇ。
さあ、本気でかかるか!
俺はカメラの死角に入り、魔剣を呼び出しマスクとマントを装備した。
そして、先ほどの建物へと再突入する。
『ビッグアントか……。厄介じゃな』
「ああ……」
飛び掛かってきた三匹の頭を両断する。
敵は所詮でかいだけの虫であり、モンスターと比べれば一匹一匹はそう強くはない。
だが……。
「魂……魔力はどれくらい吸収できた?」
『一匹で一回分と……言ったところじゃな』
やはりな……。
モンスターじゃないこいつらの魂は、魔力が薄い。
このところ魂の補充はほとんどしていなかったから、ジジィが寝ている時間も増えていた。
この働きアリ以上に、戦闘力が高い兵隊アリも控えている。数も千か万……。
虫だから、確実に頭を切り裂かないと死なない。
唯一の救いといえるのは、こいつら女王アリが死ぬと、働きアリや兵隊アリ全員も死んでくれることくらいか。
『魔力感知はきかんしのぉ……』
「ははっ……。ヒュドラなんかよりよっぽど厄介じゃね~か……」
『真面目にいかんとな』
たく……。面倒くせぇぇ!
「はあああ!」
俺は、アリどもがはい出てきている穴に、敢えて突き進む。
女王を仕留める為だ。
穴の中には、見渡す限りアリだらけ。ちょっと、洒落にならん数だ。
立ち止ればすぐに囲まれる。
真っすぐに女王アリへ向かわないと、こっちの命が危ない!
****
一時間ほど進むと、周囲の景色が変わる。
そこからは、レジャー施設の地下部分ではなく、完全にアリ共の巣になっていた。
なるほど……。
レジャー施設建設の為に、アリ共の巣に人間が穴を開けちまったのが、今回の原因か。
ん? うお!?
暗闇の中から、何かが飛んできた。
反射的に避けると、ジュッと音がして地面が溶けた。
奥から、今までの働きアリとは違い、二~三メートルはある兵隊アリが出てきた。
そういえば、兵隊アリは蟻酸を飛ばせるんだったな。
また、厄介な。
「はぁ……。こいつらの頭も一撃かよ」
『牙に蟻酸……。両方口からじゃ。厳しいのぅ』
「あんなの全身に食らったら、死んじまうな」
『じゃが……』
「ああ。兵隊アリが出てきたってことは! 女王が近い!」
『うむ!』
「おおおおらぁぁぁ!」
****
俺が五十センチほどの女王アリにたどり着いたのは、それから三時間後の話だった。
嘆きの服を仕立てなおしたマントが、蟻酸を弾いてくれて助かった。
集中砲火を受けたときは、さすがに死んだかと思った。
「キィィィ……」
俺が女王アリの頭に魔剣を突き刺すと同時に、全てのアリが活動を停止した。
どういう生態なんだか、俺には分からない。
だが、まあ、これで終わりだ。
獣だから死体は塵にはならない。
辺りを見回しながら帰ったが、数万匹はいたようだ。
早めに女王にたどりけて、助かった。
もう足も腕も棒のようになっており、体が重たい。
『お前の剣術が一対多を得意としておったのが、今回は幸いしたのぉ』
「ああ……。だが、二度とごめんだ。次の依頼は、魔力が溜まりそうな依頼にするわ……」
『なんじゃ? だらしないのぉ……』
この疲れてるときに……。
死ね! クソジジィ!
『聞こえとるぞ、死ねクソガキ』
はぁ……。
まあいいや、とりあえずミラを解放しよう。
文句をもらうだろうが、仕方ない。
俺は魔剣を右腕に戻すと、マスクとマントをピアスに戻し、警備室に向かう。
地下から上がると、空は夕暮れでオレンジ色に染まっていた。
****
俺は警備室のつっかえ棒を外した。
すると、ミラが俺に向かい駆け寄ってきた。
警備室のモニターで終わった事は見えてるはずだから、まあ、嫌味ぐらいで済むはずだ。
俺の脳内に、ゴキリと鈍い音が響く。なんで!?
俺は思いっきり殴られ、壁に激突していた。
もう一回…………なんで!?
壁際で頬を擦りながら、俺は呆然としていた。
ミラはその俺に怒りの顔を向けつつ、一度その場を走り去る。
後になって分かった事だが、トイレを我慢していたらしい。
その怒りが、拳に込められていたんだろう。
****
ハンカチで両手を拭きながら戻ってきたミラの顔からは、まだ怒りが消えていなかった。
「見ていたぞ! 全てだ! この! 足手まといが!」
何でここまで?
「戦っていたのは、ヘイルだけではないか! お前は隠れていたな! 臆病者! それも、わざわざ私を監禁するなんて! 意味のない事までしおって! それで、私はどれほど苦しかったか……」
顔を真っ赤にしたミラは、再度俺を殴りつけてきた。
呆然としてしまい拳をくらった為、首が傾いた俺から、モニターが少し見えた。
そこで、ある事に気がつく。
当たり前の話だが、ヘイルが頑張っている間は、レインは戦いの場にはいない。
『わしは、それを忘れていたお前が凄いと思うぞ』
「私なら、お前の様に怯えて隠れる事なく、ヘイルのフォローが出来た物を! お前なんかのせいで、奴に借りが出来てしまったではないか!」
あれ? このアホの人、もしかして自分がビッグアントと、普通に戦えるとでも思ってるの?
つまりは、ミラからするとレイン側の俺は、足を引っ張る為に自分を意味もなく閉じ込めただけで、戦闘には参加しなかったようにしか……。
『客観的に見たならば……。まあ、そうとしか思えんじゃろうなぁ』
やべ! そりゃ怒るわ!
「お前なしで、私とヘイルだけなら、もっとすみやかに仕事が終えられていたはずだ! この! 足手まといの、クズめ!」
そう来たか……懐かしい響きだ……。
出来ればもう、聞きたくなかった……。
なんだよ! ちくしょう! 俺今回も頑張ったのに!
今回命かけたもん! なんでだよぉぉぉ!
『運命じゃな……うん』
死ねよジジィ!
ちくしょう! 指名手配されてるから、説明出来ねぇぇぇぇぇ!
あああああぁぁぁぁぁぁ! もお!
****
俺が、フェザーギルドに帰ると依頼金以外にレインに対するクレームと、ヘイルに対する感謝の言葉が届いていた。
なに? プラマイゼロ?
じゃあ、俺の心の傷は? プライスレス?
事情を話すと、ノリスが俺の肩に手を置いて、元気を出せと言ってきた。
さわんな、雑魚が! 加齢臭がうつるだろうが!
心がささくれている俺は、ノリスの気遣いを受ける余裕すらない。
なんだよぉぉ!
今回下心ほとんどなかったじゃん!
文句言われる覚悟していったじゃん!
何で、俺が想像する最悪の更に上をいく最悪なんだよぉぉ!
神様あああぁぁぁぁぁぁ!
お前は俺の事嫌いかも知れんが! 俺だって死ぬほど大っ嫌いだああああぁぁぁ!
なんだよ、ちくしょぉぉ……。
やってらんね~……。




