十一話
これは、かなり後になってアドルフ様本人から聞いた話だ。
多少間違えている部分があるかも知れないが、そこは俺の感知するところじゃない。
「陛下! 陛下!」
アドルフ様は国王陛下の寝室へ、大声を出しながら入って行った。
しかし、主はまだ明け方にもかかわらず、ベッドにはいない。
アドルフ様が部屋を見渡すと、バルコニーから中央広場を見下ろす国王陛下の姿が見えた。
「陛下!」
「分かっておる。まさかこれが狙いだったとは……」
国王陛下は知っている。
俺がセシルさんから聞かされた魔人の秘密は王家と勇者の一族……その二つの国を作った一族に伝わる極秘の情報だからだ。
「陛下! お逃げ下さい! この城も……」
「いや……。そうはいかんのだ……」
「しかし……」
「あれの復活はこの国が滅ぶ事を意味している。国が滅んだ後に王など何の意味もない……」
その言葉で、アドルフ様は主が今回の事件の真相を知っているのだと、感じ取ったらしい。
「アドルフ将軍!」
王の寝室へ親衛隊長が飛び込んでくる。
本来許されることではないが、現状はそうも言っていられない緊急事態である。
「全兵力の三分の二で中央広場を包囲! 残りで、住民の避難開始しました!」
その報告を聞き、アドルフ様は再び主に向き直る。
そして、秘密にされ続けた国の成り立ちについて質問をした。
国王陛下は最も信頼のおける臣下であるアドルフ様に全てを話し、魔人を封印した大賢者一族の血が絶えてしまっている事を告げた。
また、魔人が封印された場所こそ城の前にある、祭典などに使われる中央広場であり、初代国王の像の真下だと教える。
「現状は?」
その陛下の質問に、アドルフ様は時系列で報告をする。
「今より一時間ほど前に、中央広場に謎の魔導師が出現。我らの尋問にあの怪物どもの召喚で応えてきました。その際に二十人の兵が犠牲に……。その後、三十分で死傷者は百人を超えましたが、何とか中央広場より怪物を出さないようにしております」
その時は淡々と報告したそうだが、部下の死を思い出してアドルフ様の胸は、強い圧迫感を覚えていたそうだ。
「今、全兵力で包囲及び市民の避難を開始しました。また、通信機器が敵の能力だと思われますが不調で、王都以外の兵士へ早馬を走らせ招集をかけております」
「ご苦労だった……」
そう言うと、国王陛下は中央広場に再度目を向ける。
半径五キロはある、石畳が敷き詰められた大きな広場。
現在、破壊された初代国王像のあった場所に、黒いローブをまとった魔導師が浮いている。
そして、その周囲を二メートル強ある、人型の怪物達がうろついている。
その怪物は輪郭こそ頭の長いだけの人型だが、全身が紫色に点滅するゲル状で、鋭い牙の生えた口とゲル状の中に浮かぶ五つの目玉だけという生理的におぞましい姿をしていた。
その化け物達の食料は、人間らしい。
食われた人の欠片は、そのゲル状の腹の中で泡のように溶けている。
行方不明のリリーナお嬢様や貴族の子息達の捜索で多くの兵が夜間に動いており、一般市民への被害がほぼ出ていない事は、不幸中の幸いといえるだろう。
国王陛下はすぐさま己の鎧を着用し、主要な重鎮達を呼び寄せて作戦を模索する。
百体ほどの化け物を千人以上の兵が押されている。
兵側の被害は今や二百人を超えたにもかかわらず、化け物は三体しか駆除できていない。
兵士達がそこまで劣勢なのには理由がある。
国全体に刻まれてしまった血の魔法陣で、法術が全く使えないのだ。
法術なしで、化け物に対応している兵士は劣勢とはいえ、よくやっていると言えるだろう。
そこで、立てられた作戦は法術師や神官達が全力を注ぎ中央広場に、結界のアンチマジックを展開する事だ。
そのアンチマジック完成までの時間は、多くの兵士達が命を掛けて稼ぎだす。
非情な作戦ではあったが、それ以外の策は見つからなかった。
王も、人あっての国という事は理解しているが、魔人が復活してはより多くの犠牲者が出ると理解していた。
その為、苦渋の決断を下したらしい。
「この作戦にこの国の全てが掛っておる……。皆、心してかかれ!」
「はっ!!」
円卓に集まった国の重鎮達は王の号令で、その作戦を開始する。
****
丁度、その作戦が決定した時、俺が学園から跳び出した所だった。
道は避難する人々であふれかえっていた。
殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!
怒り頭が一杯になっていた俺は、自分がマスクを外している事さえ忘れ、屋根伝いに魔力を感じる方向へと走っていた。
怒りでリミッターが外れかかっていた俺は、かなりの距離がある中央広場まで、短い時間で到着できた。
自分でも信じられないほどの怒りで、力が込み上げてきている。
魔剣の使い手は魔道に落ちると言うが、俺はもう落ちてしまったのではないかと思えた。
確かその時は、怒りと殺意こそ、魔剣の真の力を引き出す鍵なのだろうかと、考えていた。
それは、全くの間違いなのだが、その時の俺が怒りで身体能力を向上させていたのは間違いではない。
「防壁を崩すな! 陣を組みなおせ!」
中央広場では、現場の指揮に戻ったアドルフ様の激が飛ぶ。
目の前で多くの若い兵士が化け物に食い殺されていくが、動揺しては余計な被害が増える。
心を鬼にしたアドルフ様は指揮をとり続ける。
「うわぁぁ!」
そんな中、自分の息子であるバイスが怪物に剣を弾かれ、今にも食われそうになっていた。
今すぐ自分の息子をかばいに行きたいが、大勢の犠牲を覚悟しないといけない戦で私情は挟めない。
アドルフ様は息子が食い殺される光景を、ただ見ていることしかできなかった。
「ぬう? あれは……」
軽い接触音の後、風を切る音が鳴る。
今まさに、バイスが化け物の口にのみ込まれようとした瞬間、飛び込んできた影にその化け物は真っ二つに両断され、塵になって消えたのだ。
その影に飛びかかろうとする、もう一匹の化け物も黒いオーラをまとった剣に胴を払われ、塵へと変わった。
「あ……ああ……クズ?」
「レイ!?」
バイスもアドルフ様も驚き、唖然としてしまっていた。
バイスに至っては言うまでもないが、アドルフ様でさえ今まで頑なに正体を隠し続けた俺が、この大舞台に飛び出してきた事に驚愕していた。
それも、見た事が無いような怒りの形相をしていたらしい。
俺の姿を見た魔導師が、話しかけてきた。
「これは驚いた! まさか、お前が生き残るとは……。あれは、わしの最高傑作だったが……。ふむ、壊れてしまっては仕方がない」
セシルさんを作品だと!?
「黙れ……」
「その魔の力、中々のようだな。どうだ? こちらに付く気はないか? さらに素晴らしい力を与えてやるぞ?」
「黙れよ……」
「ん? はっきり喋れ。聞こえんぞ?」
「<ホークスラッシュ>!」
俺は魔導師に向かって、三日月状の斬撃波を放つ。
魔導師は反射的に魔法の障壁を発生させ、俺の斬撃波をそらしたが着ていたローブは破れて飛んだ。
ローブのなくなった魔道士の姿は、体が半分機械化した醜い老人だった。
左目には真っ赤なレンズがはめ込まれており、腹が大きな赤い水晶玉になっており、まるで地獄の餓鬼のようだ。
こちらを睨みつける魔導師に魔剣の切っ先を向け、俺は言い放つ。
「俺はてめぇぇを! ぶっ殺す! ただそれだけだ!」
「このクソガキが……。やれ!」
その合図とともに、広場にいた化け物達全てが俺に群がってきた。
望むところだ!
「この飢狼鬼は今まで貴様が相手してきた、キマイラやヒュドラとはわけが違うぞ! それもこの数だ! 絶望して死んでいけ!」
うるせぇぇぇよっ! この妖怪ジジィが!
飢狼鬼達は、俺を殺そうと飛びかかってくる。
遅い……遅い……おせぇぇぇんだよ!!
「はああぁぁぁぁ! はっ!」
一振りごとに一体。飢狼鬼を、塵へと戻していく。
そして、一体切るごとに魂を食らったソウルイーターが、放つ黒いオーラを増していく。
本来なら、一体でも強敵だろう。
何時もの俺ならあれこれ作戦を考えるだろう。
場合によっては、この戦いを避けるかもしれない。
生憎、今の俺にはその思考自体が邪魔だ!
セシルさんとの超高速バトルをした上に、脳内麻薬で全身が極限まで活性化した俺の前では、飢狼鬼が雑魚に成り下がる。
俺は! あの魔導師をぶっ殺す!
「あれは……。もしや、そなたの言っておった」
「これは!? 陛下! 危のうございます!」
アドルフ様の隣に、いつの間にか馬に乗った国王陛下が来ていた。
「構わん! それよりも……」
「はい。あれが以前お話しした。レイ:シモンズです」
俺の戦いを、他の兵士達もただ呆然と見つめていた。
自分達の苦戦した相手が、いとも容易く撃破されていく。
それも、たった一人の少年に。
最高速度で戦い続ける俺は、石畳の破片や敵の多重攻撃により擦り傷や切り傷が増えていくが、致命傷さえ負わなければ戦い続けられる。
怒りが頂点に達しているせいか、痛みは全く感じない。
ただ目の前の敵を倒すため、考えるより先に体が反応する。
今まで毎日欠かさなかった修練が、俺を強くしていたようだ。
そして、あの人が……。
あの人が命を掛けて、俺のリミッターを外してくれた。
二体の飢狼鬼が俺の足元と、頭を狙って同時に迫ってくる。
<サザンクロス>俺は、その二体を縦と横に走る剣線で、両断した。
時間差を置いて迫ってきていたもう一体は、<ホークスラッシュ>斬撃波で薙ぎ払う。
割れた石畳のせいでよろめいた俺を、飢狼鬼達は取り囲もうとする。
俺は敢えて前方にいる二体に向かって跳び上がり、<トライデント>空中で体を回転させる。
着地した力を捻転で腕へと伝達し、<ソードストーム>そのまま連撃へと繋げた。
今まで単発でしか使えなかった技達が、全て繋がっていく。
俺が使いこなせていなかっただけで、師匠の剣技は本来こういう物なんだろう。
敵の動きが全てスローに見える。
一時間は経過していないだろう。飢狼鬼達を、俺は全て斬り捨てた。
「ふぅぅぅ……さあ! 覚悟しろ!」
俺は、再び魔導師に魔剣の切っ先を向ける。
「くくく……。中々の物だが、わしが僕よりも弱いとでも思うてか?」
魔導師の広げた両手から、魔法球が俺に向かって飛んできた。
それを、俺は後ろに跳んで躱す。
魔法の当たった場所は、まるで元々そこに何もなかったかのように、丸く消し飛んでいた。
衝撃波がない? 破壊の魔法じゃないな。
消滅の魔法か……。当たれば即アウトってわけか……。なら!
真っすぐ魔導師に向かって走り出し、俺は魔導師の目の前に飛び上がった。
勿論、自暴自棄でも正面突破でもない。
魔導師の正面にいる俺は、虚像だ。
背中から、両断してやる!
虚像で相手の目をくらませた俺は、国王の像があった台座を蹴り、魔道士の真後ろに跳び上がっていた。
この超高速の動きに、魔道士がついてこられるはずがない! もらった!
「甘すぎるわ……」
魔導師は、俺の本体がある背後に手を伸ばし、消滅の魔法を放った。
嘘だろ!?
「それだけ殺気を帯びていれば、分からないはずがなかろうが」
くそっ! 空中じゃ躱せない!
俺は剣を止められなかった事もあり、そのまま魔法の球に向かい振りぬいた。
体ごと消滅させられると、体全体が強張る。
しかし予想外にも、剣と魔法球の間で爆発が起こり、俺の体は地面に叩きつけられただけで消滅しなかった。
肋骨を少し痛めたようだが、体はどこも欠損していない。
どういう事だ? そうか……そうなんだ……。
俺は、何故かその時突然、魔剣の能力を理解した。
この魔剣は、魔法の障壁を切り裂く。そして、シーサーペントの水流弾を消し飛ばす事も出来た。
つまり、この魔剣には魔力をぶつけることで、相手の魔法を相殺する能力があるんだ。
相手の魔法が強すぎれば、今のように相討ちで爆発を起こすようだが……これは使える!
どうする?
俺の遠隔攻撃も、最高速のフェイントも通じなかった。
いや……ある!
一つだけ大技が残っている!
今の俺に出来るかは分からないが……。
いや! やるんだ! 躊躇うな! 剣が鈍る!
セシルさんの仇を討つんだ!!
俺は闘気を高めつつ、全身の痛みを無視して立ち上がる。
「わしの魔法で消しとばんとは、生意気な!」
再び俺に消滅の魔法が飛んでくる。
俺は、それを真っ向から斬撃で迎え撃つ。
小さな爆発が起こり、俺の周りに粉じんが舞い上がった。
その粉じんから、俺は飛び出した。
再び、魔導師の前後に俺の虚像が出現する。
「懲りんガキだ……」
今度も魔導師は、魔法球を背後の俺に放った。
しかし、今度は魔法球が俺の虚像を通り抜け、城の城壁に丸い穴を開けた。
そう、前後に俺の虚像……。
両方本体じゃない!
「馬鹿な!? 気配があったぞ!」
自分自身の残像に剣気を乗せることで、実像と見せかける大技<ミラージュ>
!
本体はお前の真下だよ! くそったれが!
「はっ!」
魔導師は俺の本体に気が付き、手を伸ばし魔法を出そうとするが……。
遅いんだよ!
<シャイニングアロー>
俺放った真下からの突きは、魔導師の腹の赤い球体を突き破り、脳天を貫いた。
「ぐがぁぁぁ! ザナドゥ様ああぁぁぁぁぁ!!」
やった!
やってやったぞっ!
俺は自由落下しながら、魔導師が塵になっていく光景を眺めていた。
セシルさん……仇は討ったよ……。
「ぐっ!」
俺は反転し地面に無事着地したが、痛めた肋骨に激痛が走る。
ただでさえ負担のかかる奥義を連発したせいで、体はダメージをほとんど受けていないのにボロボロになっていた。
でも、やり遂げた。
はずだった……。
不幸の塊である俺が、こんなハッピーエンドを迎えるはずがない。
俺は調子に乗りすぎた……。
成し遂げたつもりになってしまっていた。
そのせいで、ある言葉を聞き流してしまっていた。
セシルさんは学園で、血の刻印は完成したが……と言った。
お嬢様達は目撃者を消すと言う理由で、殺されそうになっただけ……。
もう、殺さなくてもいい状態に、なっていたという事だ。
つまり、王国中を覆った呪われた魔法陣は、完成していたんだ。
敵の目的は、とうの昔に達成されていた。
魔道士は、ただ魔人の復活を待っていただけに過ぎない。
****
俺が起きあがり、広場の中央に視線を向けた。
その瞬間、そこは異空間化してしまう。
まず、石畳が浮き上がり、地面がむき出しになる。
そして、不思議は発光放電現象がはじまり、辺りが真っ暗になっていった。
最後に大きな地割れが広場に幾本も走り、王の像があった場所から、巨大な岩が空中に浮かびあがっていく。
「陛下! 準備が整いました!」
俺が、その光景をただ見つめていた間に、邪悪な魔法陣に対するアンチマジックが完成した。
「すぐに取りかかれ!」
「はっ!」
「全ての者よ! 法術を集結させよ!」
国王陛下とアドルフ様の号令のもと、最高位の神官五人を要に、最大の封印法術が施行された。
「今だあああぁぁぁ!」
<ホーリープリズン>巨大な光の格子が大岩を包み、凄まじい光を放った。
これで、全てが解決したと、俺以外の者達が安堵した。
規格外と言えるほどの人数で、法力を集結した封印術。
王国の兵達は、自分達の勝利を疑わなかった。
この場には、神を具現化するほどの大賢者も、魔人と対等に戦える勇者もいないと言うのに……。
人はその奢りを愚かと言うのではないだろうか?
俺だけが、今まで感じた事の無い巨大な魔力に膝を震わせていた。
魔人が復活してしまった。
今すぐこの場から逃げ出したい……間違いなく殺される……。
人間の敵う様な相手じゃない……。
魔力感知能力を持つ俺は、恐怖に飲み込まれつつあった。
****
光がおさまると、巨大な岩があった場所には、薄い緑色の球体が浮いていた。
その球体の表面は細かくうごめき、生きていると分かる。
よく見ると、それは全て人の腕のような物だ。
球体の上部には、人のような何かが見える。
髪まで真っ白なそれは、女性型だった。
つまり、三メートルほどの宙に浮く球体から、女性の上半身だけが生えているのだ。
その女性に見える何かは、目を閉じたまま自分自身を抱くように、少し長い両腕で己を包んでいる。
これが、魔人?
いや! 間違いなくこいつは化け物だ! 見た目からの恐怖はないが、魔力が尋常じゃない!
兵士達からは、動揺の声が聞こえてくる。
魔力を感じられないせいだろうが、呑気とも言える言葉を仲間達と交わしていた。
どうする? 逃げるか?
そうだ! 逃げよう!
こんなの俺じゃどうにもできない……。
それに、この国で俺は苦しめられたんだ。
命をかける理由なんて…………。
ある……。
俺を拾ってくれた命の恩人であるアドルフ様は、この魔人と死ぬまで戦うだろう。
それにセシルさんと、約束しちまってた……。
今回は命をかけても、どうにもならないかもしれない。
でも、ここで逃げたら父さんや母さん達。そして、セシルさんに死んでから合わす顔が無いよな……。
あ~あ……俺って、馬鹿なんだろうなぁ。
この命…………。
いっちょ! 賭けてみるか!!
俺に不幸を与える神様が、悔しがるくらい大声で笑って死んでやる!
****
俺が覚悟を決めると同時に、球面の腕をかき分けるように、巨大な目玉が現れた。
その目玉に魔力が集中していく。
そして、凄まじいと言える威力の魔力砲が放たれた。
消滅の魔法どころではない。
王国の外壁を突き破り、向こうに見えていた丘が消滅した。
ははっ……やっぱ、やめときゃよかったかな……。
兵士達はその威力に、顔から表情を無くす。
中には、武器を手放して座り込んでしまう者までいた。
正直、俺もそうしたいが……。
そうはいかないんでね!
「うおおおおおぉぉぉ!」
俺は、一人魔剣を構え突撃していく。
魔人の眼球が、俺に魔力砲を放ってきた。
可能な限り横方向へ跳び、魔剣の力で軌道をそらした。
凄まじい衝撃で体中が痺れたが、直撃でなければ何とかなる!?
いや! くそっ! 駄目だ!
魔剣の魔力が、かなり消費されてしまった!
オーラが目に見えて減っている。
後、何回防げる? もしかすると、次でアウトかも知れない!
くそがっ! なんて魔力だ!
防御にも回数制限が出来てしまい、一旦引くほどの余裕がない俺は、眼球の無い方向に跳び上がり人型を狙う。
本能的に、そこが敵のコアなのだと認識できていた。
まだ動きが鈍い! いける! ここで、奥義を叩きこむんだ!
その希望は、すぐに絶望に変わった……。
球面全てを覆うほどの眼球が、現れたのだ。
それらの幾つかから、俺に向かって魔力砲が放たれる。
空中では避けられない。
焦った俺の、完全な判断ミスだ。
魔剣を盾にして体への直撃は免れたが、魔力砲のぶつかった衝撃で、地面に叩きつけられた。
「ぐ……はぁ……ごほっ! ごほっ! ごほっ!」
痛みと衝撃で、呼吸すらままならない。くそっ!
俺が再び魔人に霞む視線を向けると、無数の眼球がこちらを見つめており、魔力砲を放つ為の力を、溜め込んでいた。
魔剣の放つオーラは、すでに微々たる物になっている。
魔剣を盾にした俺は、凄まじい轟音と閃光に包み込まれた。
魔剣によって多少ダメージは軽減されただろうが、魔力砲の直撃による衝撃は凄まじかった。
「あ……ぐはっ……うう……」
何とか生きている……。
それだけで、奇跡なのかもしれない。だが、激痛で体が全く動かない。
魔剣からは、オーラが全て消えていた。
万策尽きた……。
やっぱり無理だった……。
勇者なんかじゃない俺には、元々無理だったんだ……。
俺はなんて無力なんだ……。
もし、勇者なら……。
セシルさんなら、きっと何とかしたはずだ。
何でおれは生き残ってしまったんだ?
くそ……くそおおおおぉぉぉぉ!!
頼むよ! 動けよ! 俺の体!!
どこもなくしてやしないじゃないか! なのになんで動かないんだよ!
悔しい……。
悔しいんだよ!!
命なら幾らでもくれてやる!
誰か力をくれよ! この俺に!
仇を討つ力をくれよおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
『わしが力を与えてやろう』
えっ!?
『さあ、わしに残った最後の魔力で数分だけだが、動けるようにしてやる』
その言葉とともに、俺の体から痛みが消えていく。
まるで全身が麻痺したような感覚だ。
この声は?
『さあ、わしの真の力……。今こそ使うときじゃ! 後継者よ!』
俺は、その声が魔剣からの言葉であると直感で理解した。
そうだ、今までもここまで聞き取ることは出来なかっただけで、魔剣は語りかけてきていたんだ。
だから、俺は魔剣を扱えていたんじゃないか……。
「おお……レイ……」
「あの者でもかなわない以上……。覚悟を決めねばならんのか……」
俺の姿を見ていたアドルフ様は悔しそうに目蓋を強く閉じ、国王陛下は敗北に唇をかみしめていた。
しかし、俺は立ち上がる。
ボロボロの体で、己の命を賭けるために……。
『さあ、唱えよ!』
俺は両手で魔剣を天に掲げ、秘言を唱える。
「この世に漂いし、迷える戦士の魂よ! 我の元に集い我が刃となれ!」
そう唱えた瞬間、魔剣はの剣身は中心部分から十センチほど左右に開き、赤黒い秘言の書かれた芯をむき出しにする。
そして、王都中……いや、近辺すべてから光の小さな玉が、剣に吸収されていく。
『さあ! わしの真名を叫べ!』
「力を示せ! スピリットオブデス(死神の魂)!!」
魔剣の真の名を叫ぶと同時に、横幅五十センチ、長さ二メートルもの大きな光の刃がその姿を現した。
この魔剣は、ただの魔剣ではない。
魔の力を持って邪を滅ぼすために作られた、聖なる魔剣だ。
さあ!
「てめぇぇを! ぶっ潰す!」
俺が動けるのは、短い時間だけだろう。
なら、ここで全部をぶつけるだけだ!
俺の安い命! 全部くれてやるよ!
そして、笑って死んでやる!
****
俺に向けて、眼球から何本もの魔力砲が放たれる。
しかし、今度はそのすべてを切って落とした。
もう! それはきかん!
すると、魔人は眼球全てを俺の方へと移動させ、集約した太く強力な魔力砲を撃ってきた。
目を開いていられないほどの閃光の後、熱を帯びた爆風と粉塵が広がっていく。
俺のいた場所に、きのこ雲が出来る。
おせぇぇぇんだよ!
俺は、すでに魔人の真上に跳び上がっていた。
魔剣と同調できているおかげか、俺の感覚や筋力は今まで以上に、引きあがっている。
無数の目は、広い視界で敵の姿を捉え、再度俺に照準を合わせ始める。
さあ……俺の最後の! 秘奥義だ!!
そこからは、全てがスローモーションになっていった。
俺は、空中で極限まで力をためた右足を蹴りだす。
人間の限界を超えた蹴りが空気の壁にぶつかり、空中にある俺の体を超高速で押しだす。
蹴り出した右足からは、少しだけ遅れて鈍い骨の砕ける音がした。
だが、死ぬ覚悟の出来ている俺にとっては、どうでもいい事だ。
弾丸のように跳びかかってくる俺に、人型である魔人の本体が顔を向け、目を開く。
その魔人の口から、細くはあるが集約され威力の増した魔力砲が放たれた。
その光を感じ取った瞬間、俺の左の視界が消えた。
右目の視界には、魔剣にぶら下がる俺の左手首が見える。
多分、魔力砲に左上半身が消し飛ばされたんだろう。
だが、直撃じゃない! 俺を殺せなかった、お前の負けだ!
俺は右肩に担いだ魔剣を、魔人本体めがけて全ての力で振りぬく。
〈メテオストライク〉
俺は、魔人の本体を袈裟がけに両断した。
そして、魔剣と魔人の膨大な魔力の衝突により、俺の視界が光に包まれていく……。
そこで、俺の記憶は一度途切れた…………。
****
次に目覚めた時、辺りは真っ暗な世界だった。
ああ……死んだのか……。
そう考えたが、違っているようだ。
俺の頭に直接誰かわからない人物の記憶が、流れ込んでくる。
大賢者マリーン。
そいつは世界が邪悪な神に滅ぼされようとした時、魔ではあるが心やさしい死神の力を借り、魔剣を作り世界を救った。
その後も、選ばれた者が世界の危機が訪れるたびに、この魔剣を持って立ち上がった。
この魔剣は、受け継がれる物……。
今回の後継者はたまたまか、ミスで俺になったが今後も後継者に受け継がないといけない。
それほど大事な魔剣だ……。
世界を救う為の聖なる魔剣……。
****
「うっ……」
俺は、大きなクレーターの中で目覚めた。
体を動かした振動が伝わり、瓦礫がクレーターの中で転がっていく。
まだ死んでいなかったようだ。
なんだろう?
ごぉぉぉっという風が吹き抜けるような大きな音が、耳の中にこだましている。
まあいい……。
魔人は倒せたようだしな。
セシルさんがやるはずだった……セシルさんならできたはずの事が出来た。
約束は守れましたよ。
俺がまだ生かされている理由も、分かっている。
この魔剣を、あの場所へ返さないと……。
その為に魔剣は、魂をほんの少しだけ残してくれたんだ。どうにか体も動く。
右足は砕けているし、左腕は肩から先がないようだ。
それに左目もつぶれてるようだけど、不思議と痛みはない。
さあ、あの森へ……。
父さんと母さん達が眠る、あの森に帰ろう。
俺は、魔剣を引きずり歩き始めた。
最後の務めを果たすために。
****
クレーターを出ると、兵士達やパメラ先生、それにお嬢様達がいた。
「レイ君! 動かないで! 手当てしないと死んでしまうわ!」
なんだ?
パメラ先生が、何か口をパクパクさせている。
ああ……。
爆発に巻き込まれて、耳が駄目になってるのか。
お嬢様達の言葉も、聞こえない。
「レイ! レイ! お願い動かないで!」
なんだよ、クソアマ。
この期に及んで、下法は犯罪だとでも言うのか?
「今までの事は謝るわ! だから、治療させて! お願いよ!」
そんなに必死に叫びやがって……。
「魔剣士殿! 動かないで下さい! 血が……血が!」
なんだよクソ兵士共……。
お前らの代わりに命をかけた俺を、そんなに掴まえたいのか?
勘弁してくれよ。
もう俺には時間が無いんだよ。
この魔剣を、次の継承者に渡さなきゃいけないんだ。
「治療しましょ!」
「お願いよ! 動かないでよ!!」
「駄目だったら!」
ははっ……頼むから、退いてくれよ……。
どいてくれ……。
どけよ…………。
「どけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺は、最後の力で叫んでいた。
その言葉で周りの人間は固まり、動かなくなった。
これで、全部おしまいだ。
俺はそのまま歩きだす。
魔人の開けた外壁の穴を抜け、あの森に向かう。
****
あの後何度訪れても見つけられなかったあの大木の元に、今回はたどり着けた。
多分結界でもはってあるのだろう。
もう俺には関係ない。
大木の洞に俺が入ると、動物のように動く木が昔のように閉まった。
暖かい光に包まれた洞の中で、俺は座り込んだ。
もう限界だ……。
これで、俺は終わりか……。
彼女も出来なかったし、童貞のままだ……。
やってらんね~……。
でも、まあいいか……。
笑って死んでやる……。
ざま~見ろ……。




