エピローグ
誰にも知られる事なく終わった、英雄の戦いから一年。
ここレーム大陸では、半年に一度のカーニバルが行われています。
毎回主催を各国が持ち回りで行う、このカーニバル。
今回の主催は、アルティア聖王国です。
レーム大陸、ラクノギ大陸、ダリウス大陸、その他の島国を含めた初のカーニバルに各国主要人物が来賓として訪れています。
ここで、ある出来事が起こります。
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「メアリー? そんなに急がなくても、まだ時間はありますよ」
「何を言ってるの! ルネ! 今日は歌姫ジュリアが来るのよ! いい席が無くなってしまうわ!」
バーゴ帝国の若きバンパイアの姫は、馬車を係りの者に預けて走り出しました。
「リリムとミネアが先に行って、席をとってくれてますよ」
バンパイアである側近はそれを制止し、有翼族とダークエルフの長達が既に会場で席を取っていると説明します。
その後方から、同じくバーゴ帝国の重臣である人狼とライカンが会場に向かっていました。
「不思議なもんだな。数年前までいがみ合っていた我らが、このような人間の式典に来るとは」
「またその話か? 何をこだわっている、シグー?」
「いや、不思議だと思わんか? ゴルバ?」
「確かに信じられない状況だが、平和なんだからいいじゃないか」
「それはそうだが」
人狼に諌められたライカンが歩みを止めず、しっくりこないと言いたげに腕を組みました。
誰もが忘れた、平和へのミッシングリンク。
そのなくなった溝を埋める事は、その場の誰にも出来ないでしょう。
同じ場所から、馬車を降りたのはファルマ王国の母親を継いだ若き女王です。
彼女は、妹と護衛をひきつれ、会場へと向かい歩き始めました。
「お姉さま! 女王になられたのです! もう少しそれらしい衣装を!」
妹に注意されたカーラ女王は、森へと狩りへ出るとき用に使っている革で出来た軽装の鎧を着て、弓まで装備しています。
それは女王に相応しい姿とは、言い難い物です。
「正式な行事は、明日からだ。明日までは、楽をさせてくれないか?」
「もう!」
「そうむくれるな。あっ! あれは確か」
「えっ? ああ、最近人気のサーカスですね」
女王達の見つめる先には、大型のテントがあり、入口ではジャグリングをするピエロとビラをまく踊り子がいました。
「あれも、今日中に見ておきたいな! 団長のシモンズは、エルフより身軽と噂だからな!」
「はいはい。でも、先に歌姫ですよね?」
女王をまるで子供であるかのように、妹であり参謀でもあるソニアが、引っ張って行きます。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その時、絹を裂くような女性の悲鳴が響き渡りました。
上空からロック鳥と言う鳥型のモンスターが、今まさに女性を狙うように飛来してきていたのです。
とっさに、カーラ女王は大きな鳥の左翼を矢で射抜きます。
そして、メアリーナ姫が女性を抱きかかえその場から飛びのき、巨鳥の爪から保護しました。
最後に、人狼の牙がモンスターを塵へと変えて終わりです。
周りにいた民衆は、その三人の功績を拍手喝采で称えていました。
しかし、とうの本人達は、ある違和感に襲われています。
「何故、こんなにも息が合うの?」
首を傾げながらも女王は、姫へと歩み寄りました。
「お見事ですね。女王陛下」
「メアリーナ姫こそ、素晴らしい反応だ。それに、ゴルバ殿も流石だ」
ゴルバは、無言でカーラ女王に軽く頭を下げます。
なんとなくのようですが、その場から無言で立ち去れなかった女王は、世間話にしては重すぎる質問を姫に投げかけます。
「そう言えば、姫は何故いまだに皇帝代行なのかな?」
女王の質問に、魔族と呼ばれた亜人種の姫はしばらく考えた後、素直な返事をしました。
「私よりも、ふさわしい人物がいるような気がするのです」
「それは、ゴルバ殿でもないのですよね? 誰か心当たりが?」
その答えは出ません。
それでも、出るはずのない答えを、メアリーナ姫は必死に考えます。
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「あら? ご休憩ですか?」
「ええ。サリーと交代しました。そう言うメリッサさんも?」
「はい! 母と交代して、少しだけ食事をと思いまして」
「では、ご一緒にいかかですか?」
「光栄です。イザベラ様」
女性の行列ができているテントから出た、人気の占い師二人は、揃って屋台の料理を買いに出向こうとしていました。
「なるほど。私達とは根本的に違うんですね」
「そうですね。ですが、どちらも間違ってはいないでしょう」
「ええ! でも! 昨日は売上で負けてしまいましたから、今日は負けませんよ! イザベラ様!」
「あらあら、メリッサさんは負けず嫌いなのですね」
「はい! 彼の癖がうつりました」
「あら? どなたかいい人でも?」
「ああ、いえ」
メリッサは、自分の発した言葉に悩んでしまいます。
それは、無くなった人間の記憶なのだから、当然でしょう。
「あっ! イザベラ様! 今日はあれにしませんか?」
「あれは、ジパングの料理ですね?」
「はい! 独特ではありますが、美味しいと評判なんです」
そう言って若き占い師は、港に並んだ異国の屋台へと走り出しました。
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「まだか!? 朝比!?」
「輔沖様! 女性には準備の時間が必要だと申しておろう!」
「しかし、お前の姉や妹は既に準備を済ませているぞ?」
「ええい! すぐに参ります!」
占い師たちが料理を購入している港に停泊するジパングの船では、若き王と王妃が何時もの夫婦喧嘩を始めています。
その光景を、王妃の姉妹達は呆れたように眺めていました。
王妃の一つ下の妹に至っては、友人の女性剣士と共に船をおり始めています。
「ちょっと待って! 琴音!」
しかし、やはり自分の姉妹が気になった美鈴姫は振り返り、姉妹へと声で自分の行き先を伝えました。
「朱音姉さま! 花梨! 先に行って、席を取ってます!」
「お願いね! 美鈴!」
姉の返事を聞いた美鈴姫は、友人と一緒に、賑わっている方向へと歩みを進めていきます。
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「どうでしたか?」
王都を案内し終わったアルティア聖王国のリアナ姫は、町長となった女性に感想を聞いていました。
「はい! 大変参考になりました! ありがとうございます!」
「いえいえ。まあ、お座り下さい」
リアナ姫はもうすぐ出し物の始まる会場の、アルティア王家特別席へ座るようにと、町長になった女性に勧めます。
「私なんかが、こんな席に」
「いいんですよ。オリビアさん。あっ、もう町長とお呼びしないといけませんね?」
「いえ! 呼び捨てて頂いて結構です」
オリビアは、座る前にリアナ姫へと深く頭を下げています。
「町長選に勝てたのも、全てアルティア王家の方からの支援があってこそです」
「私の国を参考にしたいと言ってくれた貴女を支持しないで、誰を支持するのですか?」
「ありがとうございます!」
背広姿のオリビアは、とても清々しい笑顔を姫へと向けていました。
「でも、再選をしようとしたお父上と、お姉様を押さえてよくぞ当選してくれましたね。今後も、我が国は貴方を支持します」
「はい。光栄です」
「で? 当面の目標は、どうされるんですか?」
「私のような不幸な子供を増やさないために、孤児院の充実を進めようかと考えています」
リアナ姫は、気になっていたある事を問いかけました。
「どうしてそんなに頑張れたのですか? それと、この国の政治について誰かにお聞きになったんですか?」
「彼からです。彼に力を貰ったから、頑張れたんです」
「それは、どなたです? もしかして……婚約者か恋人ですか?」
「えっと、あの」
「どうかしました?」
「えっ? 私は何を言ってるんでしょう? 彼って誰?」
「えっ?」
オリビアは、そのまま頭を抱えてしまいます。
世界中の人々が、この問題に頭を悩まています。
しかし、決して答えは出ません。
存在しなかった者を、思い出せる人間など居ないからです。
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イザベラ達から二日遅れで到着したアイン王国の将軍達を、主賓国の将軍であるアドルフが迎えています。
「長旅お疲れさまでしたな」
「いえいえ、流石は新造戦艦! モンスターも海流もものともしませんでした。いや! すばらしい!」
「お褒めに預かり光栄です」
「しかし、あの新造戦艦は我が大陸へ渡る事のみの為に、開発されたのですかな?」
「はい。そうだったはずです」
アドルフは自分の返事にしっくりこないが、それ以外の答えを持っていないのでそう返事をしました。
「ああ! そう言えばアドルフ殿はまだまだ現役で?」
「息子が世界を股に掛け頑張っているのに、隠居なんて出来ますまい」
「確か御子息は、親衛隊でしたかな? 世界に出ているのですか?」
「あ、いえ。その通りです。少し、思い違いをしておりました」
そう言って笑うアドルフの頭にも、疑問が残ったままです。
幾ら彼と長くいたアドルフでも、その疑問は決して解き明かせません。
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奇跡とは。
奇跡とは、一億分の一を成功させる事でしょうか?
それは奇跡的であって、奇跡ではないのではないでしょうか?
本当の奇跡とは、無を有にする力。
百パーセントをゼロパーセントに、ゼロパーセントを百パーセントにする力ではないでしょうか?
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「あっ! 始まります!」
リアナ姫の言葉で、オリビアは舞台に目を向けます。
真っ黒いフード付きのコートを着た吟遊詩人が、舞台中央の椅子へと座り竪琴を用意していました。
「旅の吟遊詩人の方です。素晴らしい歌声なので、急遽前座に出て貰う事になりました」
リアナ姫のその言葉に、オリビアは目を輝かせます。
彼女の不遇な生い立ちは、彼女からこういった娯楽を遠ざけていました。
その為、他の人よりも期待する所は大きいのでしょう。
収容人員五万人の、アルティア聖王国立競技場の明りが消えます。
そして、吟遊詩人にスポットライトが当てられました。
その吟遊詩人は、竪琴の音色にあわせて詩を紡ぎます。
誰も知らない、誰もが忘れた英雄の詩を。
誰もが知らないはずの最終決戦を、その吟遊詩人は紡いでいきます。
それを切っ掛けとして、人々の心に小さな波紋が広がっていきます。
その小さな波紋は、奇跡を起こしました。
理由は分かっていないようですが、会場以外の人々の目から突然涙が流れ始めます。
涙は光となり、上空へと舞い上がり、やがて光の輪を作って行きます。
その光の輪は、不思議な事に世界中全ての人に見る事が出来ました。
輪の中には見た事がない光景が、映しだされます。
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見た事もない装備の戦士達は、皆悲壮感漂う表情をしています。
「もう駄目だ、やはり邪神は誰にも倒せない!」
「これで世界が終る!くっそ!」
竜巻を纏うまがまがしい邪神が、輪の中に映し出されました。
何処か分からないその場所で、その世界は終わろうとしているのです。
その世界の戦士達は、絶望によりその場に座り込み、ただ向かってくる脅威を見つめます。
しかし、その竜巻に向かい一本の光が向かいました。
「あれは!?」
「まさか、生きていたなんて」
その一本の光は、竜巻を貫き、光の刃で切断してしまいました。
次の瞬間、邪神は凄まじい爆発を起こしました。
一面が焼け野原になった場所で、戦士達は言葉を交わします。
「あいつは、あれだけ俺達にひどい扱いを受けたのに」
「命を掛けて邪神を倒してくれた」
「あいつこそ真の英雄だ」
その戦士達は、泣きながら迎えに来た仲間に連れられてその場を去っていきます。
訳のわからない、ディウスの人々はただ呆然とそれを見つめていました。
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しばらくして、誰も居なくなった焼け野原の折り重なった岩が、ガラガラと音を立てて動き始めます。
「あ~……死ぬかと思った~」
姿を現したのは右手に黒い剣、左手に白い剣を持ったパンツ一丁の男性です。
それは誰も知らない。
誰もが知っている英雄。
「あ……ああああ……」
涙を流し震え始めたオリビアが、大声で叫びます。
「レイィィィィィィィィ!」
その瞬間が、奇跡の始まりです。
ディウスの人々は、彼を思い出して行きました。
存在しない英雄。
レイの事を。
世界中の人々は、涙を流して英雄を眺めます。
優しく、不器用で、性格の歪んだ、最強の英雄を。
しかし、奇跡の力は英雄の心の声までディウスに届けてしまいます。
もちろん、英雄本人はそんな事は知りません。
その時点では知る事も出来なません。
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何だよ! あの爆発は!
爆発に吸い込まれたから死ぬかと思った!
てかここはどこですか?
俺は何時帰れるんですか?
『まあ、落ち着け馬鹿!』
せめて孫はつけろクソ!
【まあ、落ち着いてください】
『「黙れ若造が!」』
【なっ! 私も、たまには怒りますよ!】
うっさい死ね!
てか、俺は何時元の世界に戻れるんだよ。
フラグを立てたヒロインに会いたい……。
そして、童貞を卒業したい……。
この英雄の心の声に、世界中の人々が固まります。
【しかし、戻っても誰も覚えていないんですよ?】
もっかい一から口説く!
『誰にするんじゃ? カーラか? メアリーか?』
【イザベラさんや、メリッサさんも捨てがたいですよねぇ】
う~ん……。
やっぱりオリビアかな?
『なんじゃ、やっぱりオリビアが一番か?』
その言葉に、映像を見ていたオリビアが喜ぶます……が!
【意外に、一途なんですね】
意外って何だよ!
お前最近マジで調子乗ってるな!
でもまあ……。
出来れば、ハーレムに作りたいけどさ……。
『作りたいけど?』
みんな俺の事忘れてるなら、一般人じゃないと会えないじゃんか!
一般人の俺が、姫とか巫女とか会うの無理だから!
不法侵入で、すぐに掴まっちまうから!
会えないなら、口説く以前の問題じゃんか!
オリビアなら会える!
うん! これしかない!
【うわ~……】
その言葉でオリビアの顔が引きつってしまった事を、彼は知りません。
【それだけの理由ですか?】
『なんじゃ? チェリーを卒業させてくれるなら誰でもいいのか?』
だってみんな好きなんだもん!
男ってそんな生き物じゃん?
全員好きなの!
誰か一人でも付き合ってくれるなら文句ないの!
『お前は最低じゃ……』
レイの言葉に、世界中の人々も口をあんぐりと大きく開けています。
彼にはそれが……。
分かりません。
何故なら、彼は超能力者ではないのですから。
『お前がその気なら誰でも大丈夫じゃろうが! 一人を選ばんか!』
みんな美人なんだもん!
誰か一人なんて選べないよ~!
あああ!
『何じゃ?』
神様に殺すって言う前に、一夫多妻制にして下さいっていっときゃよかった!
やっちまったぁぁぁぁぁぁぁ!
【最悪の優柔不断ですね。罪つくりと言うか、罪の塊ですね】
それもう完全に悪口だから!
てか、俺は元の世界に戻れるの?
『次元の壁を越えたからな』
【絶対に無理とは言いませんが、難しいでしょうね~】
ヒロイン選ぶ以前の問題じゃんか!
俺はどんだけ不幸なんだよ~。
あれ?
あの土煙って……。
「見つけたぞぉぉぉぉぉぉぉ! 脱獄は死刑だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
彼に向かって、戦車隊が向かって来ています。
【見つかっちゃいましたね】
うそぉぉぉぉぉぉぉぉ!
馬鹿か!?
あいつら馬鹿なのか!?
【まあ、彼らも仕事です】
レイは、戦車隊に背中を向けて走り出しました。
『む! この発射音は! あれが来たぞ』
なにぃぃぃ?
『この前名前を覚えた……。そう、RPG-七じゃ!』
それロケット砲ぉぉぉぉぉぉぉ!
死んでしまうわ!
アホォォォォォォォ!
俺はどんだけ不幸なんだよ~。
誰か助けてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!
****
レイの悲痛な心の叫びと共に、映像が消えました。
彼を知らなければ、彼の心の声を聞いた時点で、全てのフラグが消滅していたでしょう。
ですが……。
「私は、何時まででも待ちます。彼が帰ってくるまで」
オリビアと同様の思いの女性は、少なくないようです。
皆、馬鹿で、格好よくて、スケベで、優しいそんな彼を思い浮かべているのでしょう。
映像が消え、舞台に人々が視線を戻すとそこには既に吟遊詩人は居なくなっていました。
****
その吟遊詩人は、カーニバル会場から離れた森を一人で歩いています。
コートを脱いだ優しい死神と呼ばれた男性の肩には、十センチの女性がちょこんと座っています。
「マスター? もういいんですか?」
「ああ……」
「でも、あのレイって人はお弟子さんの中でも一番じゃないですか? 強さも、馬鹿さも」
「馬鹿は、間違いなく一番だろうな」
「マスター、嬉しそうですね」
男性はその小さな女性を蘇らせる為に、研究していた液体金属を彼に与えました。
それは彼が本心から生きる事を望んだとき、彼の命を繋ぐと知っていたのかもしれません。
「まったく、最後までしまらない馬鹿弟子だ。迎えに行って……いや、その必要はないだろうな」
そう言いながら男性は笑って、その世界を立ち去りました。
****
その頃、異世界でロケット砲の爆発に吹き飛ばされた彼の目線は、真っ青な空をおよいでいました。
快晴の空には、一羽の鳥が飛んでいます。
彼はそれを見ながら、いつものように呟きます。
あ~あ……。
「やってらんね~……」
FIN




