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Mr.NO-GOOD´  作者: 慎之介
第八章:魔界と運命編
101/106

九話

魔界の門から飛び出してきた悪魔達から、人間に与えられた猶予は四十八時間。


Sランクの力を持っている敵と、交渉をしたのはイザベラだ。


悪魔達が提示した条件は、人間側の力の集結。


人間側の条件は、集結する為の時間。


悪魔達が人間の世界に魔力を馴染ませ、短時間でより多くの人間の命を奪い、門を再度開きたいという事を知っているイザベラは、見事に交渉を成立させた。


巨大な力を持った悪魔達にひるむことなく立つ彼女に、二人の王は決断した。


状況を理解している、竜神の巫女へ全権をゆだねる事を……。


****


俺が、魔界の門へと飛び込み数時間後には、二つの王国の主要人物達とイザベラが策を練っていた。


本当に優秀な女だよ……。


「では……」


俺に殴り飛ばされた怪我を、魔法で癒しながら会議へと出席した竜人の将軍が、イザベラへ再度の説明を要求している。


「はい。悪魔の目的は、自分達と戦う事で集まる人間の血と魂と憎悪の力です。それを用いて、再び魔界から軍を呼び寄せるつもりです」


沈黙を続けていた、アイン王国の王も身を乗り出し、敵について質問をする。


「敵の戦力は……」


「この世を、滅ぼせる力があると考えられます。間違いなく、この大陸の人間を皆殺しにする戦力は有しているでしょう」


「むう……」


自身の愛剣を俺に砕かれた剣士が、机に拳を叩きつける。


「では! どうすればいいのですか!」


「今いる悪魔だけでも、戦うためには戦力を全て投入せねばならんし……。戦えば、滅亡を呼び寄せる……。戦わないという選択肢は無かったのか?」


もう一人の王の問いかけに、イザベラは焦る事もなく答える。


「力の終結をしなければ、対抗できませんので人間の滅亡は火を見るより明らかです。ですが、集結させれば可能性が出てきます」


治癒の終えた将軍が、理解できた状況を口に出す。


「戦わなければ時間は稼げるが……滅亡が決定するか……。力を集結させた上で、戦いつつ門を開かせないようにする。それ以外の選択は、愚かと言う事だな?」


「はい……。戦わないにしても、戦力の終結は必須です。そうしなければ、死ぬまで逃げ回るだけで終わってしまうでしょう」


「分かった! では、全ての策を一時間以内に考え出せるな? すぐに全員で動くのだ!」


王の最後の決断で、イザベラを中心に全ての策が組み立てられた。


地位のある者を連れた転移の魔法の使える魔道士達が、王の書状を持ち各国へ援軍を要請する。


皮肉にも、大陸にある六つの国にわざと襲撃を行った悪魔のせいで、戦力の終結が容易に進んだ。


人間の力を集結させれば、門の鍵を作るのに時間がかからない。


明らかに悪魔の誘導だった。


それでも、その悪魔の掌の先に光があるとイザベラは諦めない。


俺が命をかけて稼いだ時間を、一分一秒でも無駄にはしないと言う覚悟。


その静かなる闘志は、各国の要人たちに二言を許さないほどだった。


イザベラ……。


頭がいいのに……。


こんな俺をそこまで信頼するなよ……。


俺の人生なんて、失敗だらけだぜ?


戦う事しかできない不器用な俺をそこまで信じるなんて、お前馬鹿だぜ?


あ~あ……。


これで、何があっても負けられなくなった!


****


各地から、水や食料などの資源をかき集め、戦闘が出来ない民間人をアイン王国へ迎えた。


各国の魔道士達に、巨大な転移の魔方陣を作らせて、状況が最悪になれば大陸外へ向かわせるつもりらしい。


民間人を守る戦力と、転移した先には各国の大型戦闘船を、港街の人間が総出で用意している。


海流と、モンスター達のせいで別の大陸へと逃げられる可能性は高くは無いが、王国内にとどまりただ蹂躙されるだけよりはましとの判断らしい。


悪魔達との戦闘を、可能な限りシミュレートして緻密な作戦が立てられる。


魔力が感知できるイザベラやサリーは、相手がSランクである事を理解している。


各国から集まった戦力五十万。


その中で、Aランクは約百人。


さらに、前線で接近戦が可能な者は五十人。


援護を入れて、二対一……。


まず、勝つ事は出来ない。


壁となる兵士達の、多くが犠牲になるだろう。


魔力や戦闘力が低い者は、大人数で行う支援部隊へ回す。


交渉により稼ぎだした時間は、四十八時間。


五十万の兵を全て正面からぶつけては、十二時間……もたないだろう。


敵の数は五十体……。


一体一体が、大魔王や邪神と言えるほどの化け物達。


何重にも自分達が有利になる様な魔法を展開させても、勝てる見込みは一割程度……。


だが、最低七十二時間……。


何とか、戦闘開始から丸一日もたさないといけない。


「ふ~……」


軽いめまいを覚えたイザベラが、ため息をつく。


「先生。少しはお休み下さい。いい作戦も出来なくなります」


「そう言うサリーも、顔色が優れませんよ?」


会議室へと帰ってきたサリーも、フラフラと足取りがおぼつかない。


それは、当然と言える。


転移の魔法が使える上に、魔力が強いサリーは各国を転移し続けている。


民間人や兵士達を一度に転移するなど、本来は自殺行為だ。


魔力を高め、他の魔道士と連携して行っているが、何時倒れてもおかしくない。


「私はいいんです。私は……先生とレイに……」


「……分かりました。申し訳ないですが、少し休憩を頂きます」


「分かった!」


「私達で、可能な限り策を練っておきます」


イザベラの休憩の申し出に、会議室に居た将軍達は快く返事をする。


そして、サリーを連れたイザベラは食堂へと向かった。


****


多くの他国の兵士が食事をとる中、二人は紅茶のみを受け取り休憩する。


「サリー……自分を責めてはいけません。仕方のない事です。それに……レイは決して貴方を責めたりしませんよ」


「分かっています! 分かっていますが……」


「あの方の事ですから、貴方にも笑ってほしいと言ったのではありませんか?」


「はい……」


「ならば、笑いなさい。それが、彼を慕うものの務めだと私は思います」


サリーは自分に優しく微笑むイザベラに、ぎこちないが作ったものではない本当の笑顔を返していた。


「そうです。レイが帰って来た時は、笑って向かえましょう」


「レイは……レイはみんなの心を軽くしてくれますね……。でも……」


「ええ……。貴方なら、分かっていると思っていました。彼は、人の悲しみや苦しみを背負っていきます。ですが、決して自身の荷物を人へは預けません」


「どうしてなんでしょうか? 辛くて苦しいはずなのに……」


「色々な事を他人のせいにして、逃げる事は簡単です。ですが、彼はそれをよしとしないのでしょう。ですから、辛くても真っ直ぐに前を向いて立ち向かうのです」


サリーの顔からは、笑顔が消え既に涙が滲み始めていた。


「レイは強い人です……。最初から……生まれた時から強かったのでしょうか?」


「それは分かりません……。分かりませんが、そんな事は無いのではないですか? レイも只の人間なのですから……」


「レイはどれほどの闇を……地獄を歩んで来たのでしょうか? 何故彼は、真っ直ぐに進めるのでしょうか……」


「レイは負けず嫌いで……優しいからでしょう。あの方も、弱く、欲深く、不器用な人間です。ですが、優しく、気高く、真っ直ぐな人だから……あの高みへとたどり着いたのでしょうね」


「本当に……本当に、あの不器用で自分勝手な優しさはずるいです」


「そうですね……」


「レイは……嘘付きで……不器用で……スケベで……」


サリーの目からは、大粒の涙がこぼれ出していた。


「何でレイは、未来も希望も持たずに人に優しくできるんですか!? そんな事、人間に出来るんですか!?」


「最初から何も望まない人間など、いないでしょう。あの方も、栄誉や富……そして、愛を求めたはずです。ですが、報われてこなかったのではないでしょうか?」


「でも! あいつは!」


「はい……。私を含む多くの人間が、そこで立ち止まり……振り返り……場合によっては悪へと手を染めるでしょう。自分は何をしても上手くいかないと、死を選ぶ者も少なくないはずです」


一呼吸置いたイザベラの瞳は、とても優しく真っ直ぐに涙を流すサリーの目を見つめる。


「ですが、彼は人を愛する事止めなかったのでしょう。だからこそ、彼が最後に求めたのは、自分の手の届く者達の笑顔だったのです」


「そんな……そんなものの為に! 馬鹿です! 自分には何も残らないじゃないですか!」


「そう……ですね。レイは、自身の命すら犠牲にする覚悟なのでしょう。彼の歩んだ道が、犠牲なしに何も手に入らない事を教えているのでしょうか?」


イザベラは眉間にしわを寄せ、涙を我慢する。


無理は、よくないんだけどね……。


「彼は人を守るためだけに、力を求め……。強くなり過ぎたのかもしれません」


「世界を、たった一人で背負うなんて……。大馬鹿です」


「彼は、体を、心を、命さえ犠牲にして愛おしいものを守る事が、全てなんでしょうね……。私達は、本当に難儀な人を好きになってしまいました」


「先生……。彼の行いは、本当に偽善なのでしょうか? 私には、そうは思えません」


「自発的な、無条件的絶対愛……アガペーなのかも知れませんね」


「神の愛ですか……。私達は、この世に舞い降りた神様に恋をしてしまったんですね……」


「はい……。彼が望んでくれるなら、こんな年をとった私ですが、妻でも愛人にでもなりたいですね……」


「先生が好敵手ですか……。肉体は二十代ですから、強敵ですね」


「貴方は、寵愛を欲しているのですね?」


「私は、まだ先生のようにレイが他の人に愛を向ける事を……我慢できそうにないんです」


イザベラは、泣きやんだサリーの髪を愛おしそうに撫でる。


「私も……負けていられませんね……」


「はい……」


二人は、その会話が意味のない事を知っている。


自分の愛する男が、命を犠牲に平和をもたらそうとしている事を……。


それでも、心のどこかで俺の帰還を望むか……。


謝っても意味がないよな……。


この二人を、幸せに出来る奴が現れる事でも祈るか?


いや……。


この二人なら、俺が望まなくても実現するだろう。


きっと、自分の幸せを見つけて笑ってくれるはずだ……。


俺の事を理解してくれ様とする奴が、二人も増えたんだ……。


未練なんてない……。


俺は、幸せ者だ……。


****


作戦立案から、準備に四十時間を費やした。


そして、七時間の休息後全ての戦力はアイン王国前に広がる平原に集結された。


そしてちょうど四十八時間後、空から黒い五十の力が舞い降りた。


全員が、蝙蝠の翼と角が生えている以外は、鎧を着た人の姿をしている。


しかし、纏っているオーラは人のそれではない。


「約束をよく守ってくれた。破れば、拷問をしようと考えていたくらいだ」


先頭に立つイザベラとサリーが、敵を見据える。


「逃げれば、生き残る可能性が減ってしまいますので……」


「ほう……。第二十師団団長の俺を前にその啖呵……。虐めがいがありそうだな」


「私達は、貴方の望む絶望にはのまれません! たとえここで力尽きてもです!」


「何?」


「私達は、レイの……世界の守護者から勇気を示されたんです! 絶望などに、負けるつもりは無いと言っているんです!」


「守護者……ああ……。くくくっ……メシアは……」


「今頃、魔界に囚われて滅亡するまで帰ってこないと言いたいのですか?」


イザベラの言葉に、悪魔が眉を歪ませる。


「過去何度も行われた、世界の浄化計画でしょう?」


「お前……」


「存じております。貴方がたが、竜神様……世界の意思を退け、邪魔な存在と人類を整理する任を負っている事を」


「なるほど……世界の意思と会話が出来る者か……」


「魔界とは、貴方がたの力を蓄え隠れ住むと言うだけではなく、力を持ったメシアを隔離する場所なのですよね?」


全てを理解したうえで自分達の前に立つ人間に、悪魔達の目には明らかな敵意がこもる。


自分達の神……人工の偽神に不都合と判断したようだ。


「開戦前に、一言だけ……。あの方は……レイは、今までの作られた救世主とは違います!」


「あんた達悪魔も、解放してくれるはずよ! レイはそう言う存在なの!」


「ふん! もう十分だ! 絶望を与えてやろう!」


悪魔達が、戦闘態勢に入った瞬間、イザベラとサリーが上げた手で作戦が開始される。


「なっ!? ぐうう!」


一瞬で悪魔達の足元に展開された魔方陣が、魔の力を吸収する。


数万人の魔力を使った、地脈へ魔力を強制排出する魔方陣。


さらに、数万人の魔力で悪魔たちの動きを止めるための結界が展開された。


「ぐううう!」


兵の魔法による強化や、自分達の封印や足止めは想定していたようだが……。


自分達の魔力が、削がれていくとは考えていなかった悪魔達がひるむ。


それも、イザベラとサリーが数万人の力を集約、増幅している。


いくら、Sランクの悪魔達でもその場を動く事は容易ではない。


「な……舐めるなゴミムシ共がぁぁぁぁぁ!」


団長の悪魔が、強制的に結界を破壊した。


流石は選りすぐりのSランクだが……。


結界を破壊されたサリーがさがり、すぐに別の魔道士が魔方陣を展開した。


「なっ!? ぐがあああ!」


イザベラとサリーは、数万人の力をまとめた……。


つまり、五十万人分すべてではない。


イザベラとサリーを含む、十人の魔道士がスタンバイをしている。


人間に耐えられる魔力集約の限度人数が数万人と言う事もあるが、この方法で間違いなく力を減らす事が可能だ。


この方法で、最短十二時間……最長で三十三時間の足止めが可能と結論を出した作戦。


イザベラ達要の魔道士は、魔法維持と増幅に全魔力を向ける。


それも、回復時間を計算し、二時間で交代をくりかえす。


悪魔達は、その場に足止めをされたまま、徐々に力を奪われていく。


「馬鹿な! ぐ……ぐうう! こ……こんな方法を……」


****


日が沈み、次の朝日が顔を出しても魔方陣は展開され続ける。


二十時間魔力を削られても、Sランクの魔力を維持している悪魔達は、流石と言えるだろう。


しかし、既に単体で結界を破る力は無くなっていた。


団長が、幾度か部下の魔力を束ねようと試みたが、魔力が吸収され続ける結界内ではいい結果にはつながらなかった。


魔力を放出した瞬間、地脈側へ吸い取られるのだ。


悪魔達が期待する、地脈の魔力吸収限界点も全くむかえない。


実は、世界の意思が地脈をコントロールしているのだが、悪魔達はそれに気が付けないようだ。


「魔力の限界点まで……後、八時間ですか……。想像以上に敵の魔力が強いですね……」


「先生……。また、要の……」


「分かりました。下がらせて下さい。後、六人……。八時間も厳しいかも知れませんね……」


もちろん、この作戦にリスクが無いわけではない。


休憩である程度の魔力が回復出来ても、人間側も徐々に力を失っていく。


何より、要を務める魔道士にかかる負担が尋常ではない。


悪魔の力を削ぐと同時に、自分達の疲労を背負う事になる。


この作戦は、飛び抜けた力を持つイザベラとサリーがいなければ、只の愚策と言われるだろう。


「ぐおおおおお!」


****


それから、三時間後……。


ついに、結界が破られ、局面が第二段階へと移行された。


要の魔道士が倒れてしまった隙に、悪魔達が結界の範囲外である上空へと飛び上がったのだ。


「やってくれたな! ゴミムシ共が!」


悪魔達から、強力な破壊の魔法が連続で放出され、それは人間の軍へと降り注いだ。


要をしていた魔道士が、防御結界を展開するが、それでも数百の命が一瞬で失われる。


「今だぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 突撃ぃぃぃぃぃぃぃ!!」


竜へと変化できる者が、実力者を先頭に悪魔達に向かっていく。


「ふん! 死ぬがいい!」


突撃していく者達は、次々と撃墜されていく仲間を見ながらも、前に出続ける。


「何だ!? こいつ等は!?」


それを見ていた悪魔達は困惑する。


過去に幾度か経験した人間への蹂躙戦……。


それは、全て人間の阿鼻叫喚の中で行われた。


しかし、いくら魔法で吹き飛ばし、殴り倒し、斬り殺しても、次々にドラゴンとなった兵士が向かってくる。


「何故、恐怖が無い!?」


全てのドラゴン……。


それ以外の地上に居る魔道士や、弓兵……。


ただ、魔道士達に魔力を供給し、飛んできた魔法で死んでいくだけの歩兵達にすら、恐怖以上の強い意志がある。


「この! 邪魔だ!」


自分に纏わりつき、攻撃を回避しつつ執拗に炎を放ってくるドラゴン達を殺しながら、団長は焦り始める。


自分達が、命をかけて人類を守っていると言う意思は理解できる……。


しかし、全ての瞳から明らかな希望が見て取れる。


「ぐぅぅぅ!」


何かがあると感じるが、それが何かまで推測が出来ない。


その上、完全に策にはまってしまい、波状攻撃で思うように自分達は攻撃も移動もできない。


****


「早く退避を!」


「衛生兵! 衛生兵ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


策が上手くいっているとはいえ、人間側にも余裕など全くない。


魔力を削いだとはいえ、Sランクの化け物が五十体……。


全ての力を攻撃に回しているお陰で、何とか足止め出来ているが……。


それだけだ。


只の一体すら撃退出来ていない。


にもかかわらず、人間側は戦死者や戦闘不能者がどんどん増えていく。


兵の命を犠牲にする、無謀な作戦に見えるだろう。


今、全兵士に出されている指示は、悪魔との距離を保ち波状攻撃を仕掛けると言う事だけだ。


****


「やってくれたな! このクソ虫が! 楽に死ねると思うなよ!」


「イザベラ様ぁぁぁぁぁぁぁ!」


第二段階の局面は、二時間ともたなかった。


約十万人の戦死者と、二十万人の負傷者で戦線は崩壊した。


竜へと変じることのできる者は死ぬか、疲労で全て人へとその姿を戻している。


人間達の防御網を抜けた団長がまず狙ったのは、イザベラだった。


襟を掴まれ、持ち上げられたイザベラが苦しそうにもがいている。


「捨て身の作戦は見事と言ってやろう! だが、お前は俺達を本気にさせた! 絶望の中で死んでいけ!」


「ほ……ほほほほっ!」


苦しげに顔を歪めていたイザベラだが、大きな声で笑い出す。


「何だ? 気でも狂ったか?」


「いいえ……。私の役目はこれで、終了です。殺したければ殺しなさい」


「何だと?」


「開戦前にも言いましたが、レイが今までの救世主と違う事を、その身で知るでしょう」


「何だ! その目は! 何故絶望しない! うん? なんだ!?」


団長は、自分の勘に従いイザベラの襟を掴んでいた手を放し、後方へと飛ぶ。


「ちっ……」


団長の腕があった場所に、剣を振るった剣士が舌打ちをする。


「ごほっ! ごほっ! はぁ……はぁはぁ……これが! 彼の残した希望です!」


戦場に、兵士達が次々と転移されて来る。


その兵士達が、落下したイザベラを受け止めていた。


「遅くなりました……。イザベラ様ですね?」


「はい。お待ちしておりました、メリッサさん」


お互いに予知の能力を有した者だけの、不思議な会話……。


「全軍! 各個撃破だ! 連携させるな!」


「前線には英雄部隊を!」


「負傷者の手当て! 急げぇぇぇぇぇぇ!」


各部隊の指揮権を持つ者が、状況を逸早く判断し、的確な指示を出す。


「何だ!? 貴様達は!」


「私達は、全人類連合軍! レイの……英雄の為に集まった力です!」


「おい! お前がボスだよな? お前の首は、俺がもらうぞ!」


かつて、黒の勇者と言われた黒鎧の男が剣を構える。


「私の手に入れた、新たな力を見せてやろう!」


かつて、英雄王子と呼ばれた男が支援をする女性三人と滅亡した文明の遺跡から掘り出した、特殊な槍の準備をする。


「……滅びよ」


かつて、俺と旅をした男が巨狼へと姿を変える。


「メリッサ! 何をしておる! その女を運べ! 回復をさせるのじゃ!」


「ミアさん……。動けますか? イザベラ様?」


「申し訳ない……」


「いいえ……。よく持ちこたえてくれました。海流を越える新造戦艦の完成が遅れてしまい、申し訳ないです。後は、私達にお任せ下さい」


「先生!」


メリッサとサリーに両肩を支えられたイザベラが、後方へと退避を開始する。


「お前だけはぁぁぁぁぁ!」


ゴルバ達の隙をついた団長の魔法が、イザベラ達に向けられた。


「ふん!」


しかし、その破壊の魔法球はイザベラ達に届かず、特別な防御魔法がかかっている王家の剣を携えた老兵に止められる。


「アドルフ様!」


「流石は悪魔の力よ……後方まで、我がアルティア軍が援護する! 急ぎ下がられよ!」


アドルフ様は砕け散った王家の柄だけになった剣を捨て、部下に指示を出す。


「はい!」


「本当に……本当に、この光景を見せてあげたい」


「はい、先生。喜んでくれるでしょう……」


「あの馬鹿の事じゃ……。この場に居れば、平気で危ないから下がれと言うじゃろうな」


イザベラとサリーの会話に、ミアラルダが少しだけ口をとがらせて返答する。


「ふふふっ……。レイなら、きっとそうでしょうね」


「あの方は、自分が死ぬ事より人が傷つく事を嫌いますから……」


メリッサとアニスちゃんが、戦場の真ん中で笑う。


「では、私達ルナリス魔法部隊も援護に出ます! ネロ! イリアさん! 参ります!」


「おう!」


「ええ……」


アニスちゃんは、自国の部隊を率いてけが人の収容に向かう。


「ぐあああ!」


「ギルド連合! 下がれ!」


オーウェンやザザンさん達ギルド連合部隊の交代に合わせて、ロザリー伯爵の部隊が悪魔に向かって突撃する。


陣頭指揮はシェーラがとっているのか……。


接近戦専門の部隊と、魔法部隊を上手く連携させて、徐々に悪魔の力を削いでいく。


弱った所で、英雄部隊と呼ばれるAランクを撃破できる部隊がせん滅する。


別格の団長だけは、デュラルやゴルバ達英雄部隊のエース達が、常に波状攻撃をしかけているようだ。


全体の攻撃の指揮をミアが、援護の指揮をメリッサが、けが人の回復や収容を回復したイザベラとサリーが行う。


巨大な力を持つ悪魔に対抗するには、人間はこの方法しかないだろうが……。


最良の戦術だと思う……。


****


その戦法で、戦闘を続ける事四十時間……。


ついに、力の弱い悪魔から塵へと返って行く。


「はあああ!」


「そこだ!」


シグーとルネさんの攻撃で両腕を失った悪魔が、神の力を多少ではあるが使えるようになったラングの一撃で消滅する。


「よし! 次だ!」


「駄目だ! ラング! お前の力の持続時間が短い! 一度下がれ!」


「ルネ……しかし!」


「既に敵は半分を切った……。焦りは、隙をうむ」


ラングは、シグーの言葉でこちらも神の力で英雄部隊専属として回復を行っている、フローレの元へ戻って行く。


「シグー殿もお下がりください! ここからは、このミア様親衛隊が!」


「ゴメス……。いや、姫様や他の将軍もまだ戦っている。共に向かうぞ!」


「はい!」


実力の高い亜人種部隊を率いて、バーゴ帝国の魔将軍達が奮闘する。


薄々は分かっていたが、バーゴ帝国の魔将軍達はラクノギ大陸の亜人種と比べてもかなり強い部類に入る。


さらに、全員が指揮に優れているので、部隊長をしているらしい。


「ファルマ魔法部隊! 撃てぇぇぇぇぇ!」


ソニアちゃんの指揮で、悪魔の一体に攻撃の魔法が集中砲火された。


「さあ! 逝きなさい!」


カーラの魔力のやどった矢が、その悪魔に止めをさした。


「ソニア! 部隊を下がらせなさい! 魔力が限界を迎えています!」


「はい! お姉さま!」


ファルマの軍と一緒に、カーラも後方へと下がる。


「ソニア?」


「何ですか? お姉さま?」


「その……レイと言う英雄は、本当に私と共に旅をしたのか?」


「はい……」


少しだけ悲しそうな顔をしたソニアちゃんの返事に、カーラは立ち止まる。


「私は……その者を覚えておらん……。理由は聞いておるが……」


「仕方のない事です。お姉様は何も悪くありません」


「……これだけの人の心を動かし、今も一人で戦い続ける英雄……。私は、大変な事を忘れてしまったのでは……」


「お姉さま……」


もしかすると、共鳴と言う現象あのかもしれない。


前線で指揮を続けていたメアリーとリリスにも、同じ思いが去来する。


****


「ふん! くくくっ! あはははっ!」


ゴルバの攻撃をいなした団長が笑い始める。


団長以外に残った、最後の悪魔が消滅した瞬間だった。


「ついに! ついに鍵の完成だ!」


団長がそう叫んだ瞬間、空に魔界の門が出現した。


「お前達に絶望を与えてやる! 俺は、五百人以上いる団長の一人でしかない!」


「そうですか」


その言葉に、メリッサは顔色を変えずに返事をした。


「なっ!? お……俺よりも強い悪魔王様に、側近の二人もいるのだ! お前達は終りだ!」


「それだけですか」


「お前等は馬鹿か!?」


呆れた様な顔のミアに、団長は動揺しているようだ。


「レイが、悪魔を殲滅していれば私達の勝利なのよ!」


「そして、あの方がもし負けていれば人類の滅亡は確定するのですから、何も変わらないのですよ」


サリーとイザベラの言葉に、団長はわなわなと震えはじめていた。


「ならば! 今から、貴様等全員を皆殺しにしてやる!」


門の鍵である、結晶を門へと埋めた。


そして、数分で門は全開となる。


「どうなっているんだ?」


団長が期待した悪魔軍が、門の中に全くいない。


まあ、俺が殺してるからね。


人類連合軍は……。


みんな笑顔を浮かべてくれている。


「ひぃひぃひぃ!」


「どうした!? 何があった!?」


出口である門に向かい、一人の悪魔が走ってくる。


団長は、必死にその悪魔を止めて話しかけた。


「ころ……殺され……る……」


団長の目の前で、その悪魔は塵へと返った。


「あ……あああ……そんな馬鹿な……」


凄まじい爆風と衝撃を伴って、側近二人と戦う俺が地平線の先から門の方へ移動してきていた。


「どうですか? あの方こそ、我らが信じた最強の守護者です」


「はあ!」


団長は、絶望したまま背後からビシャマルにコアを貫かれ、塵へと返っていく。


「くっ……」


まともな呼吸が出来ない魔界の地から、ビシャマルは元の地上へ飛び降りた。


「レイ……。また、差を広げられてしまったな……」


人の姿に戻ったゴルバは、涙を流していた。


俺と旅をした、ゴルバだからこそ分かる事……。


俺の戦闘力、それは歩んだ地獄の数と比例する事を……。


****


「うっ……あああああ!」


「お姉さま!? カーラお姉さま!」


「ちょ! メアリー? リリス? どうしたのよ!?」


急にうずくまり苦しみ出した三人に、ソニアちゃんとミネアがオロオロとしている。


「私は……私は思い出したよ? ねえ? レイ?」


「姫様……」


最初に苦しみから脱したのは、メアリーだった。


ルネさんに支えられて、泣きながら俺を見ている。


「レイの……馬鹿野郎……」


「ちょ? リリス? 大丈夫なの?」


「あの馬鹿は、死んでも治ってくれないのよね?」


リリスとカーラも、涙を流していた。


俺の封印を破りやがったよ……。


「カーラ……あの馬鹿は……あの馬鹿は……」


リリスは、両手で声を殺す為に口をふさいだ。


「あ~あ……ソニア?」


「はい、お姉さま」


「こんな記憶戻らなければ……よかった……」


天を仰ぎ、カーラが妹に本音を話す。


「だって……だって……私が何を言っても……自分の未来を望んでくれない。生きようとしてくれない……。辛すぎるよ……」


カーラにどの道死ぬなんて言っても……。


ナイフを突きつけられるだろうな……。


でも……。


俺の大好きな女性達……。


愛おしい人間……。


守って見せるさ……。


必ずだ。




俺の全部をかけて、守って見せる。



泣くのなんて、死んでからでいい。



死んでから、いっぱい泣いて……。



師匠に褒めて貰うんだ……。



俺にはそれで十分だ。

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