八話
開ききる前に飛び込んだ魔界の門。
魔界側に倒れこむ扉を、内側から俺たちに世界へ倒せばしまる。
魔界の領域に侵入した瞬間、空気が変わる。
充満した血と硫黄の香り。
熱気のあるその空間は、乾いた血のように赤黒かった。
うん?
俺が魔界へ飛び込むと同時に、俺の脇をすり抜けるように影が魔界から飛び出していった。
数は……。
五十か……。
この為に力を集めよ……か。
もともと、すべての悪魔を閉じ込められるなんて思ってもいない。
しかし、あまりにも計画的に外へと飛び出す、この一連の流れが気に入らない。
まるで、何者かにすべてを支配されているような……。
誰かの手のひらで、踊らされているような……。
もし本当に誰かがこのシナリオを書いたなら、そいつは最低だ。
まあ、その通りにしか動けない俺も最低だけどな。
あ~あ……。
やってらんね~……。
俺や、皆の人生すべてを操っているつもりなのか?
ふざけるなよ……。
絶対に運命ってやつから……。
クソみたいなこのシナリオ、ぶっ潰してやるよ!
くそったれが!
俺は、死んでも足掻き続けてやるんだ。
死ぬことよりも、自分が自分じゃなくなるほうが嫌なんでな……。
俺を、運命のギアに選んだことを後悔させてやるぜ。
ゴゥンと重厚な音が、魔界に轟く。
魔界の中へ進入した俺は、二発の<ファルコンスラッシュ>で内側から門を閉じたのだ。
****
『分かってはいたが、壮大な眺めじゃな』
何だよ?
後悔でもしてるのか?
『ふん! わしに後悔など存在せん!』
【私達は、あなたと同じですよ】
俺と?
【はい……。ただ、目の前の災厄に向かって足掻くだけです。全力で!】
ふ~……。
一緒にするなよ……。
目の前には、地平線の向こうまで続く悪魔の軍隊。
すべての悪魔が、Aランク以上の魔力を備え、装備を整えてこちらを見据えている。
「ようこそ。愚かなるメシアよ。私は、第一四師団団長バリトラなり! 大人しく、時が来るまで拘束されてもらおうか!」
掴まえるって言うより、殺そうとしているように聞こえるんだがな……。
悪魔を代表して話しかけてきたその馬鹿は、悪魔の中でもそこそこ上の実力なのだろう。
俺に飛び掛ろうとしている悪魔達を、無言で威圧しておさえている。
時が来るまでか……。
【人類が三百人になってからでしょうかね?】
さあな……。
『どうするんじゃ? 相手は、こちらの返答を待ってくれているようじゃが?』
ここまできてどうするも何もないだろうが、ボケジジィ。
『ならば……』
【今こそ……】
さあ……。
『【「戦いだ!」】』
この体が朽ちるまで。
この心が無くなるまで。
この魂が燃えるきるまで。
戦い続けてやる。
****
「愚か……な……」
団長と名乗った馬鹿を俺が切り殺した事で、戦いの火蓋が切って落とされた。
唸りを上げて、悪魔共が俺に向かってくる。
死んでも……。
皆殺しにしてやる!
かかって来い!
正面から、左右から、空中から、背後から……。
全方向から、俺への攻撃が向かってくる。
一度に、いったいいくつの攻撃が向かってきているだろうか?
その一撃一撃が、俺を即死させられるほどの威力があるだろう。
怖いかって?
もちろん怖くないわけがない。
それでも、俺の足は動きを止めない。
ここで死ぬ事よりも、何もできないで死ぬことのほうが怖い。
【ゾーンへ入りましたね】
『うむ。こやつの気力と集中力は、今までで一番じゃろう』
【しかし、これほどとは】
『魔力の視覚イメージ化じゃ。悪魔の攻撃は多かれ少なかれ、魔力がこもっておる。今、レイにはそれが、わし等にイメージを投影出来るほどに感知できておる』
すべての攻撃が見える。
いや、見えるだけじゃない……。
攻撃の種別や、先の予想すらほぼ完璧に近い。
極限まで高められた殺意が、俺の攻撃の威力を到達した事のない領域へと導く。
研ぎ澄まされた感覚が、俺の動きを無駄のない音の向こう側へと導く。
凍りつくほど冷たい思考が、俺の技をもっとも適した最良へと導く。
【することが……ない?】
『われ等はただ、剣身へ魔力を流すのみじゃ』
【身体強化も、フィールドさえも必要ないなんて】
『悪魔から吸収した魔力が、強制的に消費されておる。お前も、剣への魔力供給に集中せねばついていけんぞ!』
【はい!】
自分の体内の魔力が、手に取るように知覚できている。
半強制的に、体の強化へと流用する。
隙間なく押し寄せてくる敵の攻撃……。
本来なら回避不能の攻撃を、イメージとして見ることによって、回避できる。
本当に極僅かな回避ポイントが、認識できるからだ。
これは、どれほどの空間で、刹那の時間なんだろうか?
今の俺なら……今の俺だから可能な体術。
見知らぬこの魔界の大地と……。
呼吸すら困難に思える魔界の大気と……。
体の細胞一つ一つが、一体化していく。
これが……。
これが、死神の技の真髄!
俺は今、何を見ているのだろうか?
予測が出来ているとは言え、脳内の視覚情報伝達速度を間違えなく超えている。
俺の今の動きは、反射神経すら超えているのに、間違いなく脳で考えて動いている。
関節や筋肉も、人間では耐えられないはずだ。
物理法則上は……。
これが師匠のいる世界。
移動によって空気が、肺から血管内へ強制的に押し込まれる。
ただ、今の俺には本当に呼吸が必要なんだろうか?
意志の力を、力に変えてくれる合成金属……。
俺のすべてを出し切ることが出来る。
聖と魔の合成された莫大な力を生む魔力が、体内で精製されていく。
今まで到達していた、ゾーンを超えている。
音も色も消えることはない。
逆に、すべての感覚が研ぎ澄まされ、すべての情報を俺に伝える。
無限とも思える敵の攻撃を、回避する方法がわかる。
剣をどう振れば最短、最速、最良で敵を殺せるかがわかる。
俺の体は、その攻撃と回避を実現できる。
出来ている……。
歯を食いしばった地獄の日々が、俺を強くした。
今はっきりと理解した。
俺は、人間の到達できないレベルへと届く事が出来た。
これが、神と呼ばれて者の領域。
世界のすべてが、高速でゆっくりと流れていく。
俺はちっぽけな人間だ……。
本当に、もうすぐ死んでしまうだろう。
だが、人間のままこの領域へと到達したんだ。
悪魔達よ……。
俺はお前らの前でなんて死んでやらない。
俺が死ぬ時……。
それは、お前たちが無へと変わった後だ。
今の俺に戦い以外のすべてが必要ない。
ただ、どう斬るか。
どう、回避するかだけを考えるんだ。
俺の攻撃は、回避できない。
俺の動きを、捉えることは出来ない。
俺の攻撃で、殺せないものはない。
俺の体へ、攻撃を当てられる者はいない。
さあ、死んでいけ。
俺が振るうのは、並ぶ者のいない、無慈悲なる死神の力。
何も知らぬまま……。
何も分からないまま死んでいけ……。
お前達が……お前達の踏みにじってきた人間の……俺の怒りだ。
殺してやる。
懺悔なんか許さない。
涙なんて、流させない。
皆殺しにしてやる。
優しい死神の剣は、お前らに苦痛なんて与えない。
何も分からない間に……。
永遠の安らぎへと、開放してやる。
だから……。
死んでいけ!
****
「何が起こっている!?」
「ええい! 混乱するな! メシアを捕らえるのだ!」
「捕らえられないなら、討ち取っても構わん!」
魔界とは、神を気取る馬鹿な機械が考えた、巨大な弱肉強食の虫かご。
魔界のコアへ、俺達の世界から悪魔達の魔力の元となる、憎悪や恨みといった負の力が自動で流れ込む様になっている。
その力を元に、天使達だった物が、悪魔へと変貌する。
悪魔へと変貌したそれは、戦い続ける。
自身が生き残らなければいけないと言う事も大きいが、そうプログラムされているからだ。
悪魔同士で練磨され、力をつけた悪魔が自分より弱い悪魔を従えはじめる。
それを繰り返すことで、力による主従関係の巨大なピラミッドが完成する。
団長と呼ばれるものたちは、純粋に強い。
百戦錬磨と言えるものだけが、その階級への権利を手に入れる。
その上で、個ではなく団体での戦いを要求されるため、指揮する力があるものだけが団長と名乗ることを許されていた。
まさに、より抜き中のより抜きだ。
その五百人の団長が、自身の力も指揮する力も発揮することが出来ない。
どんどん崩れていく自分の軍を立て直そうとするが、まったく上手くいかない。
中には、団長自身が混乱をきたして、意味のない指示を叫ぶものも出始めている。
理由は簡単で、見えている俺がまったく見えないのだ。
もう少し正確に言うと、俺の強力な魔力が空間をゆがめ、俺の動きに常に魔力の残像を残していく。
だから、敵には俺がどう動いたか手に取るように分かる。
しかし、分かったときには俺はそこにいない。
殆どのものがそれを理解した時には、自身のコアが破壊されていた事にも気が付く。
悪魔達には、俺が何人いるかすら識別できていないものが多くなってきたようだ。
戦闘開始から数時間……。
団長らしき悪魔を五人ほど殺したところで、俺に対する攻撃はほぼなくなっていた。
上限や制限のない俺は、際限なく速度を上げながら戦い続ける。
****
「あ……ああああ!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」
さらにそれからも局面は変わっていく。
どれほどの時間が経過しただろうか?
ただ、走り……殺し続けていた相手。
悪魔達が、俺から逃げ始めていた。
数えることの出来ないほどの敵がいる。
本当であれば、俺や同族が戦っている状況すら分からないはずだ。
しかし、俺が立ち去った場所から仲間が消えていく。
俺がいることは、魔力の残像により間違いないのだが、本体をまったく目視できない状況。
俺の姿が……。
いや、俺の残像が見えるものから、恐怖を認識する。
戦うことだけを……死ぬ恐怖がプログラムされていないはずの悪魔達から、恐怖が生まれているのだ。
その恐怖が伝染していく。
団長達の指揮をはなれ、各々が逃げ惑う。
しかし、さらに後方のもの達にはその状況が理解できず、同族同士での衝突や争いを生んでいく。
逃げる相手、向かってくる相手、ただ立ち尽くす相手……。
相手の状況など理解をするつもりもない俺が、すべてを飲み込み塵へと返していく。
ゴツゴツした岩で敷き詰められた大地を埋め尽くしている悪魔共が、俺の周りだけ次々と消えて戦場に空白を作る。
その光景を巨大な力が、眺めている。
戦闘開始から、ずっと俺を眺めている存在がいると分かっていた。
悪魔達の中でも、群を抜いてその三つの力は強いと理解できている。
同族を仲間とも思っていないその三つの力は、悪魔共と戦い疲弊した俺を狙うつもりだろう。
分かっている。
魔力だけでいえば、その三つは俺以上だろう。
だが、必ず殺してやる……。
必ずだ……。
****
その三つの力が、俺の前に姿を現したのは……。
魔界に入って、どれだけの時間がたった後だろうか?
俺は、発作に襲われることもなく。
眠気や空腹も忘れて、戦い続けていた。
殺すために戦う俺が立ち止ったのは、悪魔達が全滅する寸前だった。
残っているのは、二体の悪魔と一体の団長悪魔のみ……。
団長はまだ戦う気があるようだが……。
他の二体は、完全に戦意を喪失して震え上がっている。
そこまでいって、初めて三つの力のうち二つが俺に接触してきた。
立ち止まり、自分の姿を確認すると……。
攻撃を受けなかった体は無傷だが、岩の破片や風圧によって服が無残な状態になっていた。
俺は、どれほどの時間を戦っていたんだ?
『丸五日じゃ』
そうか……。
何も感じなかった……。
【体に変調はありませんか?】
何も問題ない……。
体どころか、精神にも揺らぎは出ていない。
「我等は、悪魔王様の側近……」
「お前はやりすぎた……。少し痛い目を見てもらおう」
俺の前に、蝙蝠の羽を生やした男と、女が降り立った。
男は、身長のと同じ長さの槍を……。
女は、身長の倍はある巨大なハンマーを片手に握っている。
真打登場ってところか……。
空間が歪むほどの魔力が放出されている。
最後まで楽はさせてくれそうにないな……。
五日も戦い続けて、やっと真打か……。
本当に数の暴力だな。
だが、俺はまだ戦える。
お前らを殺した後も……。
悪魔王を殺して……。
魔界をつぶしてやる。
「さあ……。来いよ……」
俺の命は……。
まだ消えてない!




