8
ライアンの屋敷
「ふむ、それで……お金はどこにあるのかな?」
少し前にダンプとハーベイが話し合っていた場所、そこでは現在、ハーベイと一人の老人が話し合っていた。
ダンプが居た位置に椅子が置かれ、そこに座る老人は楽しそうに笑い、朗らかにハーベイに話しかけている。
だが、ダンプに対するそれと今のハーベイの態度はまったく違い、緊張を隠せない様子だった。まるで、上位者を相手にしているかのように。
「それが……私どもとしても、探させてはいるのですが……」
「見つからない、か」
杖をついた老人の背後にはサングラスをかけ、帽子を被った長身の女性が立ち、剣呑な気配を放っている。その為、ハーベイの護衛達はそちらへの警戒を続けていた。
女への警戒はともかく、老人への警戒はかなり薄い物になっているのだが、ハーベイは老人がどれほど警戒すべき者なのかを知っている。例えば、『持っている杖は仕込み杖である』事などを。
----言い訳をする暇も与えられなかったな。
そう考えて、ハーベイは内心でため息を吐いた。目の前に居る老人----マーカスは『島』の管理者で、二百年以上生きていると言われる大物だ。
金を失った事を誤魔化そうと必死に考え、マーカス達が到着したと同時に時間稼ぎをしようと口を開いたのだが、それより早く、到着したマーカスが言ったのだ。「金を奪われたそうじゃないか」と。
「それで、だな。金が無ければ、こちらとしても『医者』を紹介してやる事は出来ないんだ。では、どうする?」
何故だか楽しそうな声がハーベイの耳には届いていた。笑い事ではないとハーベイは一瞬現れた憤怒を抑え込み、返事をする。
「ええ、では……待っていただけますか? いえ、一日あれば、金を取り戻す事も、新しく金を用意する事も出来ますので……」
ハーベイはこの時、奪われた金を奪還する事を半ば放り出す事すら考えていた。
が、マーカスの言葉はさらに上を行く。
「そうは言っても、肝心の患者ごと盗まれたのだろう? どうするつもりなんだ?」
「ど、どこでそれを……」
ハーベイは娘が連れ去られた事をマーカスには教えていない。それどころか、秘中の秘として直接関わったダンプ達や、護衛以外には一切知らせていないのだ。
情報漏洩には細心の注意で臨んだ。だというのに、マーカスはそれを知っていた。驚くのも当然だ。
「いや、我々にも色々と……情報網があってね、君達の内部にも……まあ、そういう事だ」
「……スパイ、ですか」
「いいや、そういう事じゃないさ。ただ、物事には優先順位があって、彼らの場合、君より私が優先されるだけでね」
堂々と内部から情報を得た事を教えるマーカスを、ハーベイは心の底から怪しく思う。この老人とは長い付き合いだったが、ハーベイは組織が大きくなった今でも勝てる気がしなかった。
内心ではマーカスを睨みながら、ハーベイは表面上では笑みを浮かべる。そんな中、マーカスの後ろから声が聞こえてきた。
「……なら、私が金と娘を両方、奪還してくればいいんじゃないか?」
首を傾げながら、その声は楽しそうにそう告げた。
ハーベイは、その女の発言を訝しげ聞く。マーカスならまだしも、その背後に居る女にそれが出来るとは思えない。
だが、何故だか女に見覚えがあるのだ。サングラスと帽子で隠されていてはっきりとは掴めなかったが、何故か心よりも体が『この女は危険だ』と告げている気がした。
「……貴女にはそれが出来る、と?」
「無論だ、いや……ごくごく一部の例外を除いて、当然出来る」
「なら、どうやってそれを証明する?」
「成る程、私の実力に不安がある、と。ではこれなら、駄目か?」
女がそう言った瞬間----ハーベイの護衛達が床に倒れ伏した。
「何……!」
「見たか?」
「これが、証明だ」
ハーベイが一瞬だけ驚いて護衛達を見つめ、視線を女に戻していた時には、既に女から帽子とサングラスが消えていた。
そして、そこにある顔を見て、ハーベイは内心で驚き、同時に納得した。
彼女こそ、この町で最も強く、ハーベイの組織内でも『敵に回してはいけない存在』として認識されている女----カミラ・クラメールなのだから。
「…………あぁ、お前なら出来て当然か」
「そうとも、私なら出来て当然だ。特に、今年の私ならね」
何やら意味ありげな言葉が入っていたが、ハーベイはそれを気にしない。確かに、彼女なら金と娘、そして『パーツ』を同時に手に入れる事も可能だろう。
が、ハーベイはそれを依頼する事は出来ない事も理解していた。
----チッ……マーカスが居なけりゃ、頼める物を……
そう、この場にマーカスが居る以上『パーツ』の事は言えない。知っていればマーカスが依頼を破棄する危険がある為に。
「そうだな、なら……頼めるか? いや、私の部下が何人か既に行動しているが……君なら、それらを邪魔せずに娘と金を手に入れられるだろう?」
内心を完璧に隠して、ハーベイは幾つかの書類、今回の情報が書かれた物を渡してカミラに依頼する。
そんな様子を見ていたマーカスは笑みを浮かべ、何も言わずに立ち上がった。杖をついているというのに、歩行は正常極まる物だ。
ハーベイはカミラとの会話を止め、マーカスに声をかけた。
「マーカス殿、どちらへ?」
「ああ、カミラ君が君の頼みを受けたのだろう? ならば私は、それを見届けようと思ってね」
「そうですか……それは……いえ、何でもありません」
娘とマーカスを会わせる事は、避けたかった。だが、怪しまれる危険を感じてハーベイは何も言わない。
そんなハーベイの様子を見ながら、カミラとマーカスは屋敷より去っていった。
+
どこかの道路
屋敷より去った二人は暫くの間無言のまま歩いていたが、やがて埒があかないと悟った双方が口を開いた事で、それは終わりを告げる。
「そういえば、最近あの医者に会ったか? ほら、助手が美人の」
「ああ、彼か。最近は会ってないな……それがどうしたんだ?」
「最近、あそこに行ったら医者が赤毛で長髪の美女の写真を見て泣いてたんだ。誰だろうな?」
「……うむ、多分、それは『彼女』だろうが……彼の名誉の為に、何も言わないでおくよ」
先ほどまで話していた内容を忘れたか、まったく気にとめていないかのように二人は話している。
そんな二人の隣には誰も通っていない。人通りはそれなりにあるのだが、どこを通る者も、何かに乗っている物も全てがこの二人から最低でも十歩分ほど離れている。車ですら、同じ様にしているのだ。
マーカスはそんな様子が気にかかり、少し周囲の人間を観察してみる事にした。
----うむ、怯えているらしいな……これは、カミラ君に、か?
周囲に居る者達の目は逸らされていたが、時折二人へ、正確にはカミラへ微かな----怯えた視線が向けられる事があるとマーカスは気づき、少しカミラを哀れんだ。
「……? マーカスさん?」
「いや、そのだな……君が必要以上に恐れられているから、ちょっとね」
そうしている間にも、人々はカミラを避けて行く。確かに、彼女は屈強な強盗団ですら名前を聞いただけで恐れる程に『強い』。だが、彼女自身の人格がそこまで危険では無い事をマーカスは知っている。
マーカスの哀れみが込められた言葉に、カミラは今更だと言いたげに苦笑した。
「ああ、成る程ね……気にする事は無いさ。特に不自由でもない。去年に仲間も出来たしね。それに、その……大切な人にも、再会出来たし……」
最後の言葉はどこか照れる様に、ほんの少しだけ頬に朱が射していた。そんな様子に、マーカスは少し安堵する。
確かに一年前、彼女は強盗団に入り、人生の目標である人物と再会した事も、マーカスは知っているのだ。
「それにな、私を寂しい人間みたいに言わないでくれ。あなたの所の……エィストさん、だったかな? 彼よりは嫌われてないよ」
カミラは『エィスト』という名前を出した時、少し嫌そうな顔した。が、マーカスの表情は真逆で、笑顔だった。
「……まあ、その通りだね。しかしだ……あれでも一応、私達の大切な人なのだよ」
ほんの少し、不機嫌そうにマーカスは言う。
何せ、彼にとってのエィストは『自身を実質的に不老不死にした者』であり、『子供の頃から親より慕ってきた存在』であり----
「一応、一応かぁ……いや、まあいいんだけどね」
----今、目の前に居る存在でもあるのだ。
二人は一瞬、それがエィストだとは気づかなかった。何故ならその外見は『知人とまったく同じ』だったのだ。だが、それがエィストだというのはすぐに分かった。
何故なら----髪の色が、虹色に輝いていたのだ。そんな存在を、二人は他には知らない。
「……おや、噂をすれば……ですか。お久しぶりです、エィストさん」
「……エィスト、か」
いつの間にかそこにいた存在に驚くそぶりも見せず、マーカスは心の底から嬉しそうに笑ってみせる。そんな笑顔に、エィストは同じくらい嬉しそうな笑みを浮かべた。
「うん、久しぶり……一年ぶり? かな、マーカス君?」
「ええ、恐らく、三百六十四日ぶりです」
「マーカスさん、それよく覚えてるな……いや、私もあの人と会ってない時間は覚えてるが……」
一人で言って一人で納得した様子を見せたカミラに、今気づいたとばかりにエィストは無駄にクルリと首を『回転』させ、マーカスの隣のカミラを見た。
「……ッ」
表情は笑顔で、かつ明るい物だ。しかし、カミラにとってはどうにも嫌な物を感じさせる。
----あの人が苦手な人っていうのも、あるかもしれないが……ああ、私なんかじゃどうしようもないな
姿を見る度に、カミラの感覚の全てがエィストを警戒しようと動き出す。
相手はエィストだ、何でも出来る---例えば、塵になった死者を生前まで戻したり、そういう事が出来る存在なのだ。無意味とは分かっていても、体がそうしてしまう。
が、エィストはそれに気づいていても、無視して笑顔を続けた。
「あは、カミラさんも相変わらず美人ですねー。十歳は若く見えるよ。でも実年齢はさグェぇ」
その声がカミラの年齢を発する寸前、カミラが思わずエィストの首を片手で締め上げていた。
「ははは、はっはっは。いやあ、誰の実年齢が外見不相応だって?」
「ぐぇええええ……ごめんなさーい」
首を絞められているというのに、エィストの声はまるで苦しそうではなく、むしろはっきりとしている。まるで魂から声を出している様な光景だった。
カミラはそれを呆れて見ていたが、マーカスはそれを気にもせず周囲を眺めている。が、暫くすると二人を落ち着かせようとしてマーカスは口を開いた。
「まあ、そんな事より……どうしてそんな外見に?」
「おお、よくぞ聞いてくれた!」
マーカスの質問に機嫌良く----いつの間にかカミラの手から離れた場所に立って、エィストは答えた。
「それがね、なんとなく……っていうのは嘘で実はちょっと考えてる事があるのさ!」
「ほほう、それは?」
悪戯を前にした少年の様に目を輝かせたマーカスに、エィストは一度ウインクをする。
「内緒」
やっぱり、とマーカスが微笑む。そんな彼の隣で、手を何度か握りながらも少し鋭さを含んだカミラの声がエィストに投げつけられた。
「……その外見の、本当の持ち主はどうなった?」
「ん? ああ、カミラ君。答えは『私がこの姿を使っている事にも気づいていない』、だ。指一本、髪一本触れていないからご安心を、だね」
鋭い口調のカミラに対し、エィストはあくまで楽しそうに、落ち着いた様子で答えている。
その様子にカミラは少しだけ安堵した。エィストの今の外見は知人の物だ。不吉な想像の一つも抱くと言う物だ。
そんなカミラを余所に、エィストは唐突に腕時計を見て、少し焦った様な表情をした。
「何かありましたかな?」
「……あぁ、マーカス君。ちょっと時間がまずくてね? お暇させてもらうね? いいよね?」
言うだけ言うとエィストは虹色の髪を外見の持ち主本来の物に戻し、エィストは二人の反応を待つ事すらせずに走り出して唐突に中に浮き、唐突に体が消え始める。
唐突すぎるそんな行動に、マーカスが思わず声を上げた。
「ちょ、エィストさん! 待っ」
「恭助君も何だか楽しそうだし今回は私も派手に動く気が無いからさ、つまり、君達にも色々楽しい事があるから、お楽しみにぃー!」
それだけ言うと、二人の反応も全て無視してエィストはその場から消え去った。
エィストが消えると、二人は一瞬だけ思考が止まった様に顔を見合わせ、すぐに口を開いた。
「……なんでしょうね、嫌に上機嫌でしたが」
「さあな。多分、これから色々あるんだろう」
老人と長身の美女の顔は、外見の印象とは違いまったく困り果てた物だ。が、すぐに気を取り直したらしく、話を始めた。
「さてっ……マーカスさん? とりあえず、どこへ行く?」
カミラは伸びを一つして、マーカスに質問する。周囲は相変わらず彼女から怯えた様子で離れていたが、最早マーカスもそれを気にはしなかった。
「うむ、それがね、待ち合わせをしているんだ」
「待ち合わせ?」
「ああ、そうさ。レストランの……ああ、『アンダースイージ』にね」
「……あそこか、店内で暴れるとコックに半殺しにされる……まあ、私は負けなかったが」
「暴れたのか……」
「いや、半殺しにされる奴が見ていられなくて、思わず間に入った」
何ともカミラらしい答えに、マーカスは静かに微笑む。
すると、カミラは何事かを思い出したらしく「あっ」と一言だけ呟いた。
「どうしたのかね?」
「……あぁ、そういえばアベリー達と会う約束があったんだった。エィストに驚いて忘れる所だったな」
その事を、マーカスは知っていた。どこで会うのかは知らなかったが、それだけは聞いていたのだ。それならば、とマーカスは提案する事に決めた。
「……おお、そうか……では、離れる場所まで一緒に行くかね?」
マーカスがそう言うと、カミラは少し悪戯っぽく笑い、口を開く。
「実は、私が行くのも……」
2日1回更新ー! さて、結構疲れました。うーん文章がもっと面白い感じになればいいのに……
後、『アンダースイージ』というのは分かる人にはわかるネタですが……まあ、おまけ程度の要素で二次でもなんでもありません。そういう名前の店を経営してる別人であって、現役警官のスティーブンさんとは何の関係もありませんいやマジで
2012/7/10




