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 『島』に至る港


 ミアという名の少女がアベリーのアジトに到着し、彼の仲間と賭事を始めた時、町のとある港には二人の少年と少女が立っていた。

 その港は町から、中心にある『島』へと続く唯一の物だ。が、それとは関係なく、十五歳くらいの少女とそれより三つ程年下に見える少年、つまり恭助とアンはそこに居る。

 今現在は船が一つも来ていない港で、二人は----何やら、怪しい事をしていた。



「わぁ……お姉さんのこの腹筋、固いね」


 そう言って、うっとりとする恭助の片手は----アンの服の中に入り、素肌の腹部に当てられていた。


「んっ……そうだろ、そうだろう? ダンプの奴め、何時も何時も、あたしには鍛え方が足りないなんて……」


 恭助は触診する医者では無く、アンの腹に子供が居る訳でもない。

 だというのに、恭助の手はアンの腹部を撫で回している。それがくすぐったいのか恥ずかしいのか、アンは偶に眉を顰めていたが、それでも恭助の手を払う事はしなかった。

 だが、アンの不満を理解したのか恭助はすぐに手を服から抜き出し、申し訳なさそうに目に涙を貯める。


「とと、ごめんごめん。くすぐったかった?」

「まあ、一応大丈夫。怒ってないから、気にしないで?」


 アンは手を振って苦笑いを浮かべ、恭助を安心させて見せる。その意図を理解したのだろう、恭助はすぐに涙を消し去り、楽しそうに笑う。


「それにしても、あのおじさんはうるさい人だったんだねぇ。大変だったでしょ? こういう風にするの」

「そうそう、外見上は分からない様に鍛えるのって、大変なんだ……」


 そう言ってアンは一度周囲を見回し、恭助以外の人間が居ない事を確認すると恭助から背を向けて服を自分にしか見えない様にほんの少しだけたくし上げ、自分の腹部を見る。

 柔らかそうで、なおかつ細く整っていて、長らく外に出ていない為に日焼けの無い白い肌だ。が、その下には強い腹筋がある事を彼女自身は知っている。何せ、自分で鍛えたのだから。


「まったく……ダンプもトニーさんも、そんなに人を筋肉女にしたいのかなもう」


 ため息を一つ吐き、アンは服から手を離し、恭助を一瞥して考える。



----何でこうなったんだったかなぁ……?



 そこでようやく、アンは現状のおかしさに気が付いた。上空に居る間、恭助とアンは話をしていた、その仮定で、いつの間にか自身の腹筋の話になっていたのだ。

 だが、それがどうしてそうなったのかは分からなかった。


「うんうん、いやぁ弱そうなんて言ってごめんね! かっこいいよ! ふふっ、肌は綺麗だけどね! ってこれはちょっと、明け透けだったかな?」

「う……そう褒めないでよ、もう。あたし、あんまり慣れてないから……」


 アンが少し首を傾げて考えていると、恭助の賞賛の声が耳に届いてきた。

 純粋な好意を感じさせるその声に、アンは照れて赤面し、その時ようやく経緯を思い出した。



----あぁー……そうそう。確か、空で話してる時に……



+


 数分前 上空



「ふーん、パーツ取り専用クローンかぁ……」


 アンが自身の正体を恭助に伝えると、恭助は何度か頷いて興味深そうに、しかし、ある種どうでも良さそうな口調で呟いた。

 その口調に、アンは思わず眉を顰める。自身にとっては命に関わる問題だが、恭助のそれは『楽しそうだ』と言いたげな物だったのだ。思わず、詳細を話そうと口が開いていた。


「さっきのビル、あったでしょ? アレ、あたしを余所の組織から隠す為に作られた物で、あたしはずっとあそこに監禁されてて、ダンプ……あのおじさんはあたしの見張り兼、教育係兼、親代わりでもあったんだ」

「へぇ……親代わり、かぁ……ん? じゃあどうして、あのおじさんを睨んでたの?」


 興味深げな顔で聞いてくる恭助の言葉、その中にあるダンプの事にアンはため息を吐いた。


「……トニーさんはともかく、ダンプ、おっとおじさんだった、は嫌な奴でね……さっき知ったけど、寝てる間に折角伸ばした髪を切られたり、疲れてる時には決まって騒がしくするし……度数の高いお酒を顔にぶちまけてきた事もあるわ……最近は、大切なぬいぐ……その、大切な物をバラバラにされた上に……された事もあるなぁ」


 『ぬいぐるみ』、と言いかけてアンが口ごもった事を理解して、恭助はニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「へぇー……そっか、ふふ、そうなんだねぇー……あ、そうそう、おじさんと言えば」


 ふと、恭助が何かを思い出した様に笑みを浮かべ、アンに輝く瞳を向けた。


「ん?」

「お姉さん、さっき男の人を蹴り飛ばしてたよね、あれ、かっこよかったぁ……そんなに強そうに見えないのに、凄いキックが出来るんだねぇ」


 尊敬の瞳を向けてきた恭助にアンは内心で一瞬照れる気持ちを抑え込んだが、すぐに言葉の中の小さな棘に気づいて眉を顰めた。


「その言いぐさだと、あたしが弱いみたいな言い方に聞こえるんだけど」

「あ……! ごめんなさい! でも体、筋肉質じゃないし、柔らかくって触り心地良いし……あ、太ってるとかそういうのじゃないから、怒らないでね」


 言い訳めいた口調で次々と話す恭助の姿に、アンは少し困った顔になる。

 何せ、相手はどう見ても年下の少年である。そんな少年に謝られ続けるのは精神的に疲れるのだ。

 だが、それ以上にアンは後半の内容に対して訂正しなければならないと考えていた。


「怒ってない怒ってない。それよりね……あたし、中身はちゃんと鍛えてるから、柔らかいのは服越しだからだと思うんだけど」

「え? いや、嘘でしょ? 現に今だって、抱き抱えて飛んでる訳なんだけど……それ、わからないよ?」

「いやそれがね、本当に、ちゃんと固いんだ」


 きょとん、とした表情になる恭助を見ていて、アンは自分の中の悪戯心が動いているのを自覚してニヤリと笑みを浮かべる。

 それに気づいて嫌な予感を覚えたのだろう、恭助は少し冷や汗をかいている様に見えたが、アンは気にしなかった。


「ね、あたしのお腹……直に触ってみる?」


 その言葉が恭助に届いた瞬間、唖然とした顔の恭助によって二人は急降下していた。


+


 『島』に至る港にて



----あー……そうだった、そうそう。ちょっとからかってやろうと思ったら、驚いて落ちそうになるんだからなぁ……


 アンはそれまでの経緯を思い出しきって、ようやく急降下の衝撃から吹き飛んでいた感覚を取り戻し、その瞬間から赤面した。


----ありえないでしょそれ……『直に触ってみる?』なんて……いいえ、落ち着けあたしっ、相手は子供……子供……やっぱり、恥ずかしいっ!


 相手は子供である、落ち着けと言い聞かせているにも関わらず、彼女の心は言う事を聞かない。

 ダンプに育てられた事もあって性格こそ強気で、少しダンプの性格が写ってはいる。が、感覚は立派な箱入り娘だ。他人に素肌を触らせる事など、初めてだった。

 その理由の一端に、『パーツ』としての安全確保という理由があったが、彼女はそれを知らない。


「ん? どうしたのお姉さん? 顔、真っ赤だよ?」


 そんなアンの顔色が気になったらしく、いつの間にか恭助がアンの顔を覗き込んでいた。


「わっ! う、うん。平気、平気だから気にしないでよ……」

「そ、そう?」

「そうなのっ!」


 アンはそれだけ言うと深呼吸をして、なんとか普段通りの調子を取り戻す。そんな姿を恭助は興味深げに見つめていた。その面白がる様な目が気になったアンは、話題を転換する為に口を開く。


「あー……それよりっ! あたしはこれからどうすればいいと思う?」

「どうする、って?」

「さっきも言ったけど、あたしはライアン・ファミリーの娘……ミア、だったかな? そいつのクローンなの、捕まったら殺されて分解されてその娘に移植されるの、で、私は見ず知らずの相手の為に死にたくはない、OK? 分かった?」


 言い聞かせる様な口調のアンに、恭助は何度か頷く。それを確認したアンは、話を続ける事にした。


「で、本題なんだけど……あたしを守ってくれそうな人、知らない?」


 アンは自分だけで逃げきれるとは到底思っていなかった。目の前の恭助がただの少年ではない事は分かっていたが、それでも心配は頭に浮かんでくるのだ。

 ならば、とアンは恭助の知り合いに望みを託す事を考えた。空中を飛ぶなどという無茶苦茶をやってのける少年の知人であれば、必ず頼りになるであろう、と。

 産まれてから外部の人間に知人の居ない少女は、それが最高の選択肢に思えた。勿論、それがライアン・ファミリーに関わりのある人物ではない可能性は、祈るしかないのだが。


「んー……お姉さんを守ってくれそうな……ああ! 居る居る! マフィア絡みじゃなくて、なおかつ権力があって、強い人!」


 アンの祈りを、恭助はさっさと叶えて見せた。


「本当? じゃあ、それはどこの誰?」

「えへへっ、内緒! この町的には超大物だから、ビックリするかもね!」


 悪戯っぽい恭助の表情に、しかし嘘は見られない。純粋に、驚かせたいという気持ちが見て取れる。

 アンはそれが誰なのかを考えたが、結局頭に思い浮かぶ事は無かった。実際に顔を合わせた相手すら少ない彼女にとっては至難の業だろう。

 そんなアンが首を捻る様子を面白そうに見つめながら、恭助は次の言葉を放っていた。


「実はね、その人と待ち合わせがあるんだ。行く?」


 魅力的な提案だ。アンはそれを聞いた瞬間にその人物を探る事を諦める事を決め、腹を括った様子で一度だけ頷いた。

 すると----恭助は勢いよくアンの手を取り----もう一度、飛翔した。



「わっ! きゃあ!」

「おっとごめんね! うんうん、早く行かないと遅れちゃうかもしれないし、いいよね!」


 余りに唐突なそれに思わず悲鳴を上げたアンを確認した恭助は少し申し訳なさそうな顔で謝り、楽しそうに口を開いた。


「あ、手は離さないでね! 落ちるから!」


 一瞬、驚いてアンは思わず恭助の手を握りしめた。それが嬉しかったのか、恭助は飛んだまま、嬉しそうにその手を握り返す。

 そこまでで、ようやくアンは混乱から解放されて『何故空を飛んでいるのか』という疑問に行き着く事が出来た。だが、それも予想していたらしく、恭助はまた独り言の様に話した。


「ここから少し離れた所にあるレストランなんだけど……何て言ったかなぁ……ああ、そうそう『アンダースイージ』っていうお店! そこで待ち合わせてるんだ! だから、早く行かないとね!」


 『レストラン』という単語に、思わずアンは反応した。彼女は、ビルから外に出る事すら滅多にない立場の人間だ。勿論、レストランなど行ったことすらない。


----レストラン、かぁ……名前と意味くらいは知ってるけど……


 空の感覚を楽しみながら、アンは自身の命の危機も忘れて少しだけ未知の場所への興味を抱く。

 その感情が全てを埋め尽くしていたのか、無意識の内に、空を飛ぶという経験をさせてくれた少年を信じている事には彼女は気づかないままだった。


サービスシーンである、名前はまだない。何かサービスシーンを入れたいな、とか思ってたらこうなりました。名前はまだない。短いのはサービスシーンだからである

忙しくって書くのが難しい状態ですが、それでも全部投げ売って時間を作れば……!

2012/7/8

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