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一時間と四十分後



「……娘が連れて行かれた場所は分かっている。十中八九、病院だろう」

「なら町の医者全員を締め上げて吐かせればいいじゃねえか」

「時間が掛かりすぎるんだよ、ダンプ。幾ら俺の組織がでかいからって、構成員はそこまで多くねえ」


 暫くしてハーベイが少し落ち着いた事もあり、部屋はそれなりに『マシ』な雰囲気にはなっていたが、それでも部屋の内部にはまだまだ重苦しい空気が漂っていた。

 話し終えてため息を吐くハーベイと、それでも微かに楽しそうな雰囲気を纏ったダンプという組み合わせは、どこか奇妙な親和性が感じられる。 

 しかし、その場に居る者にとっては居心地が悪い事この上無いのだろう、ハーベイの護衛をする者達も、僅かだが身じろぎしていた。


「いやぁ、にしたって、まさかこんなにスゲえ事になるとは俺も思ってなかった」

「それにしたって、娘と『パーツ』と移植費用が同時に無くなるのは正直きつい、本当にな」


 ハーベイは、先程までダンプに怒鳴り散らしていた事を感じさせない落ち着いた声音で話す。しかし、そこにはどこか危険な色が見て取れる。


「そうだな……とりあえず、『パーツ』は五体満足で生きてれば、いや或いは瀕死でも部品さえ無事なら問題無いぞ」

「あぁ、そんな事は分かってるぜ……安心しろよ、ボス。あいつは俺の大事な遊び道具だ。俺の手から逃がすのは、ありえねえ」

「そこだよ、まったく。人の娘の『パーツ』に余計な知識を吹き込みやがって……」


 ダンプには、それが良く分かった。その危険な色がどこから来る物なのかなど、聞くまでもない事だった。


「本当に、アンタは怖いな。娘助ける為に『クローンを作る』何て思いつくか普通」


 その時ばかりは、ハーベイの護衛達もダンプの言葉に同意する。娘の病を治す為とはいえ、一人の少女を一から作り出し、しかも全てを移植するなどこの町ではまったく前例の無い事だった。

 だが、ハーベイの言葉は強かった。異常な部分がある事も、含めて。


「妻の遺言に従い、私は不治の病にかかった娘を助けねばならん。それは決して、破れない誓いだ。例え、お前を殺そうが、俺が殺されようが、破れねえ。『その課程で娘を殺す事になっても』、破れねえ」


 その言葉が妻子への愛情や誓いと共に口にされていたならば、それは万人には納得出来ずとも、理解される物だっただろう。だが、そうではない。


「……ああ、ただ騒がしいだけの俺とは大違いだよ。アンタは『本物』だ」


 そう、ハーベイの声の中に含まれていた物----人はそれを、『狂気』と呼ぶのである。

 ダンプは、ハーベイの目の奥が泥の様な何かに見える事を昔から知っている。その元が、妻を亡くした時に得た物である事も、良く知っていた。


「ふん、私の事などどうでもいい。今問題にすべきなのは、娘の居所だ」

「ボス! お嬢様の居場所が分かりました!」


 ダンプの賞賛めいた発言を一蹴したハーベイが本題に入ろうとしたその時、扉がノックも無しに開かれ、そこから一人の男が書類を持って飛び出してきた。


「おお、トニー! あいつ、見つかったのか!?」

「いえ、お嬢様だけっすよ。何聞いてたんですか旦那は。ああボス、これが居場所です、どうぞ」


 それだけ言うと、ファミリーの一員----トニーはハーベイに書類を渡し、静かに一歩下がる。

 そんなトニーとダンプを目の前にして、ハーベイは静かに書類に目を通し、一度だけ頷くと書類を机の引き出しに仕舞う。


「トニー」

「ボス、何でしょう?」

「よく知らせた。ダンプとは大違いだな」


 苦笑混じりの言葉を賞賛を受け取ったトニーは敬意を込めて一礼し、部屋を出ていった。

 トニーが消えた事を確認したハーベイは少し肩を動かして息を吐き、少し何事かを考える様な表情になる。が、すぐにダンプの顔を見た。


「……うむ、決めたぞ。ダンプ、娘の事も、『パーツ』の事も、金の事も、お前に任せる事にした」


 ダンプは思わず首を傾げた。先程まであれほど怒鳴っていたというのに、ハーベイはダンプの失敗など忘れたかの様に話している。

 その表情の意味に気づいたのだろう、ハーベイは気安げで、しかしどこか意味ありげな顔をした。


「まあ、アレだ。お前の失敗は水に流してやる、さっさと行ってこい」

「あぁ……了解。それじゃ、行ってくるぜ」


 ハーベイの顔を一瞬だけ見つめたダンプは、すぐに笑うと背を向けて歩きだした。

 それを数秒見つめたハーベイは、思い出した様に一言だけダンプに声をかける。


「あぁ、行ってこい『ジャック』」


 悪戯混じりの口調でハーベイがそう言ったと同時に----彼の隣の護衛が倒れた。一瞬の事に隣を固めていた護衛は体を硬直させたが、その中でハーベイと、背を向けたままのダンプだけが笑っていた。

 ただしダンプの笑みは剣呑で、瞳の中では火炎が渦巻いている様に見える物だ。


「おぃおい。ボス? 言ったよな? 俺はダンプだ、ダンプだぜ? 間違えるなよな、折角の麻酔の弾が無駄になっちまったじゃねえかよ、な?」

「良いからさっさと行け。俺はこれから商談なんだ、言い訳を考えないといけないんだよ」


 そこまでの話の中で、護衛達はなにが起きたのかを察した。彼らのボスがダンプを別の名前で呼んだと同時に、ダンプは振り返る事も無く、麻酔銃らしき物を撃ち込んだのだ。

 ボスを狙ったのかとも思ったが、ダンプの様子を見た限り、どうやら違うようだ。つまり、ダンプは名前が呼ばれると同時に、背後を見る事もせず護衛に当てて見せたのだ。


「お? アンタ人の名前を間違えておいて、それだけか? それだけかよ。いけねぇなあ、俺が本気ならここで全員ぶち殺してる所だぜ」

「さっさと行けよ。ちょっとしたジョークだ」


 瞬間、ダンプとハーベイは恐ろしい程の威圧感を出して睨み合った。

 が、ダンプがすぐに引き下がった事で、それは消え去る。


「……あぁーはいはい、分かったよまったく。しょうがねえボスだ」


 それだけ話すとダンプは背を向けたまま歩き出した。


「おっと、そうだ忘れてた。分かってると思うが……」

「あぁ分かってる。『お前に部下を任せたらお前が全滅させちまうからトニーと二人で行け』『絶対にミアとアンを五体満足で連れてこい』だろ? そんな事言われなくても分かってる」


 笑いながら言ったダンプは、ハーベイの返事を待つ事すらせず、そのまま部屋から出ていった。





「よろしいので?」


 ダンプが部屋から去っていった後、そこには護衛達とハーベイが残されていた。

 ハーベイは隣で眠っている男の事など意に介した様子も無く、護衛の言葉に耳を傾ける。


「何がだ?」

「いえ、あの男に全部を任せちまって、いいんですかい? いや、『パーツ』の方は言わなくても勝手に動くと思いますが……」


 護衛の疑問も尤もだ。組織の中でも武闘派の腕利きで、ボス以外の言葉を聞こうともしないダンプに『五体満足で人を生きて返す』事を頼むなど、無茶な話だ。それはハーベイが一番良く理解している。


「他の奴に任せたいのも山々なんだがな……相手はアベリーのクソが仕切ってる強盗団だ。連中、頭は腐ってるが腕は確かと来てる」

「しかし、下っ端連中を集めて突撃させりゃ何とか……」

「馬鹿が」


 護衛は話を最後まで続ける事が出来なかった。それより先に、ハーベイが彼らを呆れが混じった、しかし威圧感のある表情で睨んでいたのだ。

 そのままの表情で、ハーベイは続けた。


「馬鹿かお前は、それじゃ娘に流れ弾が当たりかねないだろうが。第一、下っ端の連中じゃ返り討ちだ。連中を甘く見るな」

「じゃあ、娘さんが傷を負ってもいい、と?」

「……ふん、不本意だが……最悪四肢が無くなっていても今回の『治療』で良くなるんだ、仕方ないと諦めるさ。まあ、命だけは、トニーの奴が何とか止めるだろ」


 そこまで言うと、ハーベイはため息を一つ吐く。十六年前に決断してから、彼はその為だけに組織を広げてきた。敵対組織の行動を全て無視し、時には自身の命を放り出してでもそうしてきたのだ。

 だからなのか、ハーベイの周囲にはそんな彼の狂人じみた行動を気に入った変わり者が集まってきた。その中でも、桁外れに面倒なのがダンプだ。

 もしも実力が伴わなければ、すぐに粛正したいとハーベイは常々考えていたが、ダンプは組織の中で頭が二つ以上抜けた実力者なのだ。罰を与えようにも、始末しようにも、出来る者が居ない。


「あいつも、あの性格じゃなければ最高なんだがな……」


 頭の中の愚痴が声に出ていたが、ハーベイは気づいていない。

 周囲の護衛達が何やら話をしている様だったが、彼は気にしなかった。そんな物は、視界に入っていなかった。


「どっかに、強くて力加減の効く奴は居ない物かねえ……」





(ボス、やっぱりお嬢様の事……)

(あぁ……間違いなく、そうなんだろうな)


 そんな独り言を聞いていた護衛達は、ハーベイの心の中に娘への愛の類が無い事を実感していた。何せ、四肢を失っても良いと軽々と言ってのけるのだ。

 いや、よく話を聞いていれば、それを知らずとも分かるだろう。

 何せハーベイは----娘の名を、一度も呼んだ事が無いのだから。


+


 上空


 ダンプがハーベイの屋敷に到着する数分前、空には今も空を飛ぶ物体があった。そう、ダンプから逃げた少年と少女だ。


「はぁっははははあぁー! どう? どうこれ!? 風が気持ちいいと思わない? 思うよね? 思って欲しい!」


 少年と、その腕の中に居る少女は雲の真下を縦横無尽に飛んでいた。ダンプから逃げた後も少年は地上に降りる気など無い様で少女を空中に連れ回していた。


「ね、ねぇ? 何か言って欲しいなぁ……」


 笑っているにも関わらず、何を考えているのかが今一つ伝わってこない少年を、少女は完全に無視して視界に入ってくる物を見つめている様に見える。

 そんな彼女の行動をどう受け取ったのか、少年は瞬く間に悲しそうな顔をした。


「あ、あれ……? 怒らせちゃった? う、うぅ……ご、ごめんなさい……」

「……いや、そうじゃないよ」


 まるで親に怒られた子供---実際、外見はどう見ても子供なのだが、の様な少年が泣きそうな顔で見つめてきたのを理解したのだろう、少女は笑顔で少年を見つめ返す。

 きょとん、と少年は涙混じりの顔で首を傾げる。すると、少女は唐突に笑い出したのだ。


「く、ふふ……あははは!」

「へ?」

「実は……風、が気持ちいいの! 最高の経験をありがとう! えーっと……」


 どうやら、少女が視界に入る物を見つめていたのは、初めての『空中』が楽しかったからだったようだ。そう考えた少年は今までの涙など即座に放り出して、笑みを浮かべる。


「うわぁ喜んでくれてありがとう! 何よりだよ! あ、僕は恭助。名字は……気にしなくて良いよ」

「ありがとうキョウ……うっ……えっと、キョースケ」


 少女が一度だけ眉を顰めた理由はすぐに分かった。この町では珍しい、というかほぼ存在しないであろう名だ。ぼうとして、舌を噛んだのだろう。

 にも関わらず、少女は何とか名前を呼んで見せたのだ。少年---恭助は柔らかい笑顔を浮かべた。


「呼びにくいなら……んと、じゃあ、エィストとでも呼んで欲しいかな」


 きょとん、とするのは少女の方だった。その名前は、この町にとって---そして、町の中央にある『かつてエィストが居た島』、または単に『島』と呼ばれる島にとって、非常に重要な歴史上の人物の名前だ。

 その名前は特別な物だという事を知るからこそ、少女の思考は少しの間止まったのだ。そんな彼女に、恭助は声をかけた。


「で、お姉さんの名前は?」

「……あ、アタシ? えっと、アン・ライアンよ。ライアン・ファミリーの娘……の」

「の?」


 そこまで言って、少女---アンは本当にそれを言っていいのか迷った。それを言えば、自分の腕の中に抱く少年は完全に巻き込まれる事になるのだ。

 少年がただの人間では無い事は今この瞬間に空を飛んでいる事からも明らかだったが、それでも躊躇われた。

 しかし----


「の?」


 恭助がもう一度言ったその時、アンの口は開いていた。自分でも意識しない内に、『まるで無理矢理口を開けられたように』。


「……クローン、かな……分かる? ある人間の複製として生まれたって事」


 そこまで話してしまっては、もう完全に巻き込んでしまったも同然だ。それを悟ったアンは、自嘲気味に自身を表す言葉を告げた。



「パーツ取り専用に……ね」



 十六年前、妻を亡くしたハーベイは二つの事を決めた。

----一つは、『娘のクローンを作り、それを治療のパーツとして使う』という事。

 そして、もう一つは----


プロローグ終了。にじファン消滅と聞いてちょっと焦ってるので、今回はここまで。ところで2日に1回更新です。そうそう、本作の改行、どうすればいいんですかね? 『バッカーノ!』に影響されて『強調したい台詞』に改行を入れているわけですが……自分の環境だとそこそこ読みやすいですが、他の方はどうなんでしょう

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