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「『あの』、マーカスさんが……ガキの病気治すのにまともで医学的な……つまり医者を呼ぶと、そう思うか?」
恭助が二人に問いかけたのと同じ頃、ビル上層部の執務室、の目の前ではトニーがカミラへ似たような事を話していた。
そのトニーの顔には痣が出来ている。それが今作られた傷である事は痣の色や、痛みを堪えるその表情を見れば誰の目にも明らかだろう。
ミアとアンがビルから落ちた時、カミラもまた二人を助けようとしたのだ。全てを知っていたトニーは慌てて彼女を止めようとして、拳を一発受けたのだ。
「マーカスさんはガキの病気を治すのに、間違いなく異常な、というかそれを成すには大げさすぎる存在を呼んだのさ。それが、恭助さんだ」
カミラの拳という、常人なら死にそうな一発を何とか耐えたトニーは痛そうな顔を崩しはしない。だが、真実を語るその口調はどこか爽快そうでもあった。
それを認識したカミラは安堵の息を吐いてビルの下に居る少女達を視界に入れながらも、どこからか取り出した救急箱でトニーの痣に手当をしていた。
「では、何故恭助はミアを治さなかった? あいつの性格上、ミアみたいな優しい子が苦しむ所を見逃す筈は無いと思うんだが……ああ、これで良し。後で医者に行けよ、頭に損傷でもあったら事だ。それとも、恭助を呼ぶか?」
カミラは本題を話しながらも、何度か痣の部分をさすっている。
珍しく、彼女の表情は気まずそうだった。それを見たトニーは思わず吹き出す様に笑ったが、カミラが真剣な顔をしている事に気づいて止めた。
「ああ、後で治してもらうよ。それで……実は、知らなかったんだ。恭助さんがミアの病気を治せるとか、マーカスさんの動きとか、そういうのは。というか頭がそこまで動かなかった」
ため息混じりに告げられたその言葉に、カミラは首を傾げていた。
「何? だが、お前は……」
「ああ、今は知ってる。実は此処に来る途中で教えてくれた奴が居てさ。いやあ参った。俺はただ『アンが逃げられる様に』って恭助さんに頼んだだけなのにさ」
肩を竦めつつも、トニーははっきりとした口調で話している。
その中にあった言葉にカミラは少し意外そうに、驚いた風な表情を浮かべていた。
「実はな、ミアを治すという目的で恭助さんを呼んだのはマーカスさんだが……俺も、恭助さんに頼み事をしていたんだ」
「ああ、確かお前達は恭助と面識があるんだったな? マーカスから聞いたよ」
「そうさ、前にマーカスさんの部下全員と恭助さんが顔合わせをしてから俺はあの人と連絡を取り合ってたんだ。頻度は少なかったが、ね。ま、その繋がりでな」
それが成功したのか失敗したのかは分からない、トニーの目はそう言っている様に見えた。
「……成る程な。だが、まだ分からない事はある」
不敵な笑みを浮かべて頷いたカミラは内心、驚いていた。
恭助とアンの出会いは偶然というには出来すぎているとカミラは考えていたが、まさかそれを計画したのがトニーだとは思っていなかったのだ。
そして、カミラはその話を聞いた時から心の中で引っかかっていた事をトニーに聞いてみる事にした。
「ミアの事だよ。アンが逃げる様にし向けたのがお前なら、ミアが同じ日に脱出しようとしたのは何故だ?」
その質問が届いた時、トニーは無理はないとばかりに何度も頷いていた。幾らアンとミアが似た行動を取ったと言っても、同じ日に、ほぼ同じタイミングで行動を起こすというのは考えにくいだろう。
実の所、それはトニー自身も疑問として持っていた物だった。ミアが連れ去られた聞いた、その瞬間から。だからこそ、トニーはカミラの質問に答える事を決めた。
「それは、さっき聞いた話だが……」
トニーは口を開き、自身が『それ』から聞いた事を話そうとした。
だが、その前に背後の廊下から何人もの人間がなだれ込む様に入り込んできた為、トニーは口を閉じる事になった。
「……おおカミラ! どうなった、あいつ等は!?」
廊下から現れたのは、武装に身を包み全員が無骨な銃を握り込んだ一見して屈強そうな印象を与える男達だった。
だが、カミラの目には男達が妙に愛嬌のある大馬鹿者共に見えて、彼女は思わずため息を吐いた。
「……はぁ、お前等。ライアン・ファミリーのアジト襲撃は今日二回目か? ああ、まったく。大組織に喧嘩を売ってどうするつもりだ?」
「どうするも、お前等を、というか嬢ちゃんと医者の先生を助けに来たのさ。第一お前だって人の事は言えないだろ」
「私は良いんだよ。此処の連中じゃ万年億年あっても私の敵にはなれないから」
カミラから出た強烈な自信を感じさせる、だが本当はただ『事実を言っているだけ』の発言を男、アベリーは肯定して頷く。
その姿を見たカミラは笑みを浮かべ、次いでアベリーの周囲に居た男達へ目をやった。
勿論、アベリーの強盗団とカミラは全員が顔見知りだ。だが、その中にそれ以前から知っている顔がある事に気づいてカミラは首を傾げた。
「ん……! おやおや、久しぶり……かな?」
「あら、久しぶりねカミラ! 今日も元気そうで、私とは縁の無い感じよねぇ」
知っている顔は、退廃的な印象を与える女だった。尤も、片手に握られた銃と冷徹そうに見えて熱意を感じさせる雰囲気がそれを上書きしていたのだが。
女の声を聞いて、トニーとの会話でダンプが医者を此処へ連れてきた事を既に知っていたカミラは納得して頷いた。
「助手だからって、医者を助けにこんな所まで乗り込んでくるとは……最近の女医は怖いんだな」
「さあ? でも分かっている事があるわ。この世の普遍的な真実って奴よ」
「ほほう、それは?」
興味深そうに顔を覗き込んでくるカミラに、女は面白そうな顔になって答えた。
「あなた程、怖くは無いって事」
それを聞いたカミラはクスクスと笑って、女の肩を掴む。
唐突な行動に体を警戒で強ばらせた女だったが、カミラの手つきに敵意も殺意も感じられない事を認識するとすぐに力を抜き、微笑んだ。
「ああ、何というか……今後も仲良くできそうだ」
「ええ、私もそう思うわ。波長が合うみたいね、私達……ああ、でも、その前に----」
彼らの横で嫌そうな顔をするアベリー達を余所に、二人は初対面とは思わない程気安く笑い合っている。気の合う仲間を見つけたという、なま暖かい空気だった。
「----その前に、そこのあなた? 随分とまあ、私の格好で好きにやってくれたわねぇ?」
だが、それは女の方が唐突にカミラの背後へ声をかけた事によって四散した。
その声によって、アベリー達は目を見開いて銃を取り、カミラは背後に何者かが居る事に今更気づいて振り返って----ビルは、敬意と愛情の籠もった瞳でそこを見つめていた。
「うふふ、あなた達も来たのねぇ。ああ、ビル君も居る。お久しぶり、ね?」
そこに居たのは、まさしく今カミラの目の前に居た女と同じ外見をした----だが髪の色は虹色の何者かだった。
カミラは瞬時に思い切り生理的嫌悪の籠もった瞳でその存在を見つめた。だが、それを知りつつもビルは一礼して、その存在の側に近寄っていく。
周囲の人間達は、嫌そうな顔をしながらもビルを止めなかった。ビルにとって、その存在は大切な物だと知っている為に。
「お久しぶりです。エィストさん、何て言うか。今回も随分色々やったんですね」
敬意を感じさせる声音でビルがその存在に話しかける。すると、その存在が返事をするより早く、カミラの側に居たトニーが口を開いていた。
「本当っすよエィストさん。まったく、ダンプさんが医者と一緒に、助手の女の形をしたあんたを捕まえて来た時は自分、死んだと思ったっす」
「でも、お陰で君はいち早く真実を知る事が出来たってわけさ、文句無いだろう?」
「大いに有るっす。ああ、俺の周りの連中は皆こんなのばっかりか……」
呆れと疲労を感じさせるトニーの声を受けて、その存在、エィストはビルの肩を何度か叩きながらクスクスと笑う。外見と外見だけに、何やら可愛らしい姿だった。
それと同じ外見の助手の女は嫌悪感と、『勝手に外見を使われた』怒りを込めてエィストを睨みつけた。
同時に、エィストへ嫌悪感を持っていたカミラ。そして胡散臭そうに見ていたアベリーの二人がエィストの目の前に立ち、全力の殺気を浴びせかけていた。
「やあ二人とも! どうしたんだい? 何か辛い事でもあった?」
二人の様子がおかしい事に今気づいたとばかりにエィストは笑いながら顔を覗き込んでくる。
アベリーはそれでも構わないとばかりに銃をエィストへ向けて、静かに告げた。
「----お前だろ、俺達がミアと会うようにし向けたのは」
静かな殺気と怒気が込められた一言は、だがそれでもエィストの態度を変えさせる事は無かった。
勿論、それは分かっているのだろう。アベリーはエィストを睨みつけたまま口を開いた。
「俺はさっきまで、電話の主がこの女だと思ってたが……違うな、本人に否定されちまった。なら、お前だろう、そんな姿をして、そんな声をしたお前さんに俺はスッカリ騙されて、ミアと出会う様にし向けられたって訳だ」
言い終えると、アベリーは銃をエィストに向けながらも僅かにカミラを見た。彼女もまた、身震いする程の殺気を放っているのだが、エィストは小揺るぎもしていない。
彼女の怒りの理由がアベリーにはよく分かった。何せ、自分達は今日という一日を彼の手のひらの上で過ごしていたのだから。
ただ、何故カミラがそこに思い至ったのかは分からなかったのだが。
「ああ、そうだね……いやぁ、バレてしまったか」
最早隠す必要は無いと判断したのか、それとも最初から話すともりで居たのか、いつの間にか青年の姿になっていたエィストは拍子抜けする程あっさりとそれを認めた。
「おっと! 一つ言っておくけどね、君達がライアン・ファミリーと戦う理由になった銃とビル君の負傷は私の仕業じゃあないよ。あくまで、偶然起きたのを利用させて貰っただけ」
「だからって……お前があの嬢ちゃんを遊び道具にしていい……とは、言わねえよなぁ!」
「ちょ、ボス! ストップストップ!」
アベリーは銃の引き金を引きかけたが、その前にビルが腕を出してそれを制止する。
一瞬、アベリーはビルがエィストを守ろうとしたのかと思ったが、すぐに違う事を理解する。簡単だ、エィストに撃っても無意味だと、彼は知っている。
それを見たエィストはビルに抱きつき、今度は、いつの間にか彼らの知らない女の姿を取っていた。
「ありがとうビル君! お陰で罪も無い銃弾が無駄にならずに済みましたね!」
「い、いや……俺は……」
「いいえ、あなたは私と、銃の両方を救ったのです。誇って、良いのですよ?」
唐突に絶世の美女になったエィストに、ビルは顔を緩める。
だが、隣から感じられた強烈な殺意に慌ててエィストから離れ、それを感じた方向に居るカミラを見た。
「……その、外見を、止めろ。反吐が出る」
カミラは静かにその女、の姿をしたエィストを見つめていた。
「えー……酷いですよ。こんなに綺麗な人だというのに……」
視線だけで人を消し飛ばせそうなその威圧感をエィストは楽しそうに受け取り、踊る様に体を一回転させる。
「エィストさん、勘弁してください」
そこで我慢の限界が来たのだろう、カミラより先に、トニーが不快そうな顔で口を開いていた。
トニーの言葉を聞いたエィストは不満そうに頬を膨らませている。
「トニー君まで……もう、しょうがないなぁ」
「しょうがないのはお前の方だろう。ミアもアンも、私も、恭助ですらお前に踊らされていたんだからな」
カミラの口から吐き捨てる様な声音で言葉が告げられていた時には、エィストは既に元の青年の姿に戻って楽しそうに笑っていた。
見た目には爽やかだというのに、何故か不快感を与える表情だった。尤も、その理由は次にエィストが言った言葉ですぐに理解できたのだが。
「あははっ、もうねぇ。皆々様面白くってしょうがないんだよねぇ。あ、姿を真似ちゃったお姉さんにはごめんなさいだけどね」
「……勝手に人の姿で色々やっておいて……それだけ?」
悪びれなない態度で、あっさりと謝罪の言葉が出た事にそれまでカミラが喋っていた為に黙っていた女が苛立ちを込めて口を挟んでいた。
彼女の怒りは理解できると言いたげな顔でカミラが頷いている。それを見たエィストはより楽しそうな顔を強めていた。
「はは、いや本当に悪いね。君はライアン・ファミリーに出入りしてるし、マーカス君の部下……なのは関係無いけど、色々都合が良くってさ」
その言葉にカミラはため息を吐き、アベリーは嫌そうな顔をする。
だが、等の女の反応は別な物だった。
「……ミアちゃんを助けようとしたのは、分かってる。だから、許してあげるのよ」
予想外の言葉に、エィストの目は丸くなった。
だが、女はそれに構わず、エィストが何かを言うより早く話を続ける。
「だけど、どうしてこんな回りくどい事をしたの? マーカスさんから聞いたあなたの力が本物なら……そんな道筋は無視して二人とも、いいえ、『四人とも』助けられる筈よね?」
女の声はエィストに突き刺さらんばかりの鋭さを秘めていた。
その言葉の中にある『四人』という言葉に他の者達は首を傾げていたが、勘の良い者と、それらを知っている者達は気づいたらしい。
その四人とは、ミアとアン、そしてそのオリジナルと母親を指しているのだと。
当然、エィストもそれに気づいたらしく、ニヤリと笑ってその問いに答えた。
「生きる意味、死ぬ意味を見つけて貰いたかったからね」
次に、驚いて目を丸くしたのはトニーだった。それはまさしく、アンの心の底で探していた物で----恐らくは、ミアとの出会いによって見つけたであろう物でもあったのだから。
「でも、答えなんて、人それぞれで良いんだよ。重要なのは、答えを胸に置いておく事。それだけなんだ、きっとね」
この時だけ、エィストは淡い微笑を浮かべてその言葉を発していた。
その様子を不審に思ったその場に居た全員がエィストを見つめると彼、いや、その存在は何を思ったのか照れくさそうな顔になった。
「私? 私の場合? ふふ、『生きるも死ぬも楽しまなければ価値が無い』かなぁ?」
勝手に喋ったエィストへ『そんな事は聞いてない』という視線が集中したが、エィストはそれを気づきつつも無視して笑い声を上げた。
そんなエィストの姿を見ている一方で、トニーは視界に倒れ伏すダンプが居るのにも気づいていた。
----ああ、ダンプの旦那……死んじまったのか
トニーはため息を吐いていた。普段の彼ならば、エィストに掴みかかって殴り飛ばしていたかもしれないが、今は怒りの一つも沸かなかった。
何故なら----これもまた、エィストの計画通りなのだから。
「でもでも、今回の私は良い事をしたと思うんだよね。結果的にはみんなが笑えるんだから」
トニーがそんな事を考えている間に、エィストは何やら楽しそうに話を続けていた。誰も、そんな事は聞いていないのだが、エィストは構わず喋り続けている。
「どこにだって? ほら、見てごらん? あの二人の顔、凄く幸せそうだと思わないかい?」
そう言って、エィストは外を指さした。
思わず、窓の側に居た数人が外の遙か下に広がる地面を見て、安堵の息を吐く。距離はあったが、彼らならそこに居る少女達の表情を見て取る事すら出来た。
「ほら、な? 幸せそうだろう?」
それを見たエィストは満足げな顔すると大げさに腕を広げ、愉快極まるといった表情でその場の全員に宣言した。
「これで彼女らはハッピーエンドって事になるわけさ! ……ああ、いやいや訂正させてくれ」
宣言したかと思うとエィストは首を一度振って笑い、また心の底から愉快そうに言葉を続けた。
「彼女らのハッピーは……これから始まるのさ」
エィストの立っている場所は部屋の中央だ、どうやっても、視界に二人の少女が入る筈は無いのだが----それでも、エィストには見えているのだろう。
幸せそうに相手を見つめて笑う、二人の姿が。
----そして、声が。
----ね、ミア……一つ……言いたいんだ
----何ですか? アン
----あたし達、本当の姉妹じゃないけどさ……家族には、なれると思うんだ
----あたしの、家族になってくれる?
----はいっ! 喜んで……!
ここで、完結です。ここから先はエピローグになります。
2012/8/28




