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 屋根を走っていたカミラと、それに抱かれていたミアはその時、ある一軒家の屋根の上で動きを止めた。

 あまり綺麗とは言えない場所だが、二人は構う事無く腰掛ける。


「ここは……?」

「まあ、気にするな。どっかの家の屋根だ」


 はぐらかす様な口調で、カミラは返事をする。それを疑問に思ったミアもそれより気になっていた事があった為に何も言わなかった。

 周囲は静かすぎる程に静かで、人の気配は無い。不自然とも言える静けさの中で、カミラは楽しそうな様子になってミアの顔を見る。


「さて、何を話すんだったかな?」

「あなたが何故、私を知っているのか、です」


 カミラは確認を取りたかったらしく、ミアが答えると頭を何度か叩いて、あたかも思い出したかの様な顔をして見せた。


「ああ、そうだったね……いや、その前に一つ聞かせてくれ。君は、あのクローンの子をどうしたい?」


 唐突な質問に、ミアは思わず首を傾げた。

 だが、いつの間にか真剣な表情をしていたカミラに対してミアもまた真剣に答える事にする。


「……そう、ですね。何とかして生きていられる様にしなければ、と思っています。あの、それが何か?」

「いや、ただ聞きたかっただけだよ、本題に入ろう。さてどこから話そうか……そう、あれは……」


 ミアの答えを聞いたカミラは何やら安心した風な顔をしていた。だが、その理由を告げる事も無く、カミラは本題に入っていった。


「そう、まだ私が子供だった頃か、まあ……当時は、というか当時もそこそこに生意気なガキでね。近所の悪ガキ共と遊んだりする事も割とあったんだが……」

「カミラさんの、子供時代ですか……私には想像できませんね」


 昔の話が始まった事をミアは特に驚かず、ただ自分の頭にカミラが小さかった頃という姿を想像出来なかった事にだけ、首を傾げる。

 そんなミアの気持ちはカミラにも伝わってきた様だ。


「私もそう思う。まあ、そんな時、そいつらを叱ったり、一緒に遊んだりする人が居てね。多分今の君と同じくらいの歳だったと思うんだが、やっぱり小さな子供にとっては十代後半でも大人に見えるんだな、当時はその人を『大人の女代表』の様に見ていた物さ」


 懐かしそうなカミラの声を聞いてもミアはその存在と自分がどう関わっているのかが分からず、疑問に思いながら、とりあえず頭に浮かんだ事だけを聞く事にする。


「その方は、やはりあなたの様な強い方だったのですか?」


 その質問を予測していなかったらしく、カミラは意外そうな雰囲気になりつつも、答えた。


「むしろ、病弱だった。悪戯をやったバカを叱ったらそのまま倒れて病院に運ばれた事もあって、私達は極力その人に負担を与えない様にしたんだ」


 「お陰で、当時の悪ガキ共はどいつもこいつも悪ガキじゃなかった。むしろその人の前では良い子を演じ続けていたんだ」そこまで続けて、カミラは悪戯っぽい、しかし此処には居ない存在への敬愛が籠もった笑顔を浮かべる。

 それだけで、その人物が周囲から愛されていた事が伝わって、ミアは見知らぬ人物に好感を抱いた。


---素敵な方だったのですね……いえ、まさか……


 同時に、カミラが何故その人物の話を始めたのか、その理由ががミアの中で予想という形をして浮かびあがってき来た。

 そうだとすれば、とミアはカミラの言葉をもっと集中して聞く事にする。それに気づいているらしく、カミラはもっと声の早さを落として話を続けた。


「多分、あの人が初恋って奴も多い。優しくて、心が強くて、中には思春期の難しいガキも居たんだが、そういう連中の事もちゃんと理解しようと一生懸命になる人だからね」

「初恋……」


 耳に慣れない、そして経験もした事がない言葉を噛みしめる様にミアは呟いた。


「君はまだなんだな……ま、初恋は叶わない物で、あの人は私達の知り合いではない男と結婚してしまったよ」


 まったく残念だ、とカミラは冗談とも本気とも付かない薄笑いを浮かべていた。

 一瞬、ミアは「あなたの初恋は?」と聞きたくなったが、すぐに止めた。

 カミラの顔はクスクスと笑っていたが、目は押さえきれない敬愛と親愛と様々な気持ちが混ざった、幸せそうな物だったのだ。


「他の連中がその人の事を覚えているかどうかは知らないが……ふふ、私自身はその人と疎遠になった後で、この世で最も尊敬すべき人に出会ってね。だから、私はあの人の事を最近まで忘れていたんだ」


 一度深呼吸をして、カミラは言葉を続けた。



「でも、君と会って、話して、久々にその人の事を思い出したよ」



「……その方の、名前は?」


 ミアは思わず口を開いていた。彼女の予想は最早確信に近づいている。名前を聞けば、すぐにそれが真実だと分かる程に。

 それを分かっているカミラが一度頷き、ゆっくりと言葉を告げた。


「そうさ、その人の名前は-----君を産み落として亡くなった、君の母親だ」


 名前の部分だけがまるで大事な物を見せる様に小さく小さく囁かれ、ミアの耳にだけ届く物になっていた。

 それでも、ミアの目は見開かれる。


「やはり……そう、なのですか……!」

「君を一瞥してすぐに気づいたよ、彼女の娘だってね。何せ、性格も口調もそっくりなんだ……外見は、あの人の方が人間離れしていたけどね」

「そんなに、似ているのですか。私と母は」


 ミアの声は静かだった。例え、合った事が一度も無くとも、母は母だ。僅かであっても気にはなる。

 それを察したカミラは冗談めかした様子で話してはいたが、声は真剣な物だった。


「君が会えなかったのが残念なくらいだ。ま、そういう訳で、君の事は何となく分かる。何となく分かる私がもう一つ聞きたいんだが……」


 ふいに、カミラの表情や様子が真剣な物になった。

 何かが来ると理解したミアは体を硬直させ、静かに耳を傾ける。


 ---次の瞬間、ミアの体は硬直させる所か凍り付き、目は見開かれたままカミラを見つめ続ける事となった。



「君、本当は自分の命をきちんと計算に入れてるだろ。アベリーの奴は誤魔化せても、私の目は誤魔化せん」



---そう、今まで一度も見抜かれた事がない「ミアの内面」を間違いなく捉えている、カミラの言葉で。



「今も言ったが、君の母親を私は知っている。あの人もそうだった、自分より他人を優先する性格だっていうのに、一方では生きる事への欲求を人一番持ってる人だったよ……ま、これは多分私以外は知らない事だろうが」


 ミアの様子に構わず、カミラは話を続ける。それはどこか懐かしそうで、同時に怒っている様でもあった。


「君が私と会った経緯を聞いて理解できたよ、君は強盗団の組織として派手に動くより、アベリーと二人で行った方が良いと思ったな? それに、私が君を抱き抱えた時、あれは私を心配したんじゃない、私という戦力が低下する事を恐れていたな?」

「それにな、そもそも……他の誰かを死なせない事を最優先にするなら、君はとっくに自殺していると思うんだよ。どうだ? 合ってるか? 間違ってるなら謝るよ、アベリー達にはこれを聞かせたくなくて、移動したんだが」


 事実を確認する為の言葉だったが、それでもカミラの声音はミアに優しく、腕はミアを安心させようと肩を抱いていた。

 その行為を受けて、とりあえず驚愕から脱して落ち着いたミアが何とか声を発する。


「……正しいです。ええ、とても正しい。でも、私があの子の……アンの体を貰ってまで生きたいとは思わないのも、確かなんです」

「はは、君の母親もそういう感じだった。自分の命が誰よりも大事だから、命の重みや大切さを誰よりも知ってる。そうさ、その価値観が時に自分の命を捨てさせる矛盾に繋がりかねない」

「……」

「だが、それは間違いじゃないさ。ああ、それはそれで、『君が君らしく生きようとした結果』なんだろう? 世の中には、自分らしく生きられないなら死んでしまう奴も居るんだからね」


 柔らかな口調で、諭すようにカミラはそこまでの言葉を告げる。

 言葉は、ミアの心にゆっくりと浸透していった。


「……君には母親の分まで生きていて欲しいのも確かだが」


 だが、その言葉だけは心配と悲しさが入り交じる、カミラの感情が山の様に籠もった物だった。

 それが本心から来る物である事はミアにもすぐ分かった。


「……どうして、そこまで思ってくれるのですか?」


 だが、そこで疑問を抱いたのだ。カミラという女性は、本来此処まで人の生き方に干渉しようとする人間ではない事はこれまでの短い付き合いで十分に理解出来ていた。

 それでも、カミラはミアに言葉を届かせようと一生懸命になっているではないか。


「君の母親には人間として凄く大事な物を教わったし、それに、随分お世話になった……だから、今度は私が君を、ってね」


 言いながら、カミラは自然な動きで手を顔の前に持ってくる。

 それに気づかず、ミアは心配そうな口調で話していた。


「ですが……私という荷物を抱える事になりますよ?」

「大丈夫だ。去年までの私なら稀にドジを起こしたかもしれないが、今年からの私は今までと比べ、実力において大きな開きがあるのさ」


 それだけ言うと、カミラは自分の眼前に手を置いて---それまでとは違う、凶悪な笑みを浮かべた。


「そう、こんな感じにっ!」


 ---その瞬間、カミラの指の間に、銃弾が挟まっていた。


「銃弾!?」


 ミアの驚愕を余所に、カミラは銃弾を指で持ったまま凄まじい勢いで『投げ返す』。同時に、ミアは遠くでうめき声が聞こえた気がした。


「はは、やっぱりね。追ってきたか。いや実は、君をあそこから連れてきたのも、コイツらが来ている事を察知していたからでね」


 そこで、ミアはカミラが外の様子を見た理由を理解した。この為だったのだ。

 銃弾を掴むなどという人外的な行為を成功させたにも関わらず、さも当然の様な顔でカミラは何の達成感も喜びも見せていない。


「ほらほら出て来い! 狙撃手は一人だけだろうっ! 私は位置も服装も分かっているとはいえ、それでもミアに姿を見せるくらいの気を使えないのか!?」


 納得するミアの横で、カミラは大声を上げた。

 すると、数十メートル離れた場所や、隣の民家の影から十数人の男達が姿を現した。作業着姿の者も居れば、黒いスーツを着た者も居て、全員が別の服を着た統一性の無い集団だ。

 だが、手に握られている物は同じだった。ミアは、それが何なのかを知っている。つまり---銃だ。それも、一見して同じ銃だと分かる物を。


「はっ……やっぱりテメェはとんでもねえな。だが、この人数なら危ないんじゃねえか?」


 ぞろぞろと現れた男達は冷や汗をかいているが、リーダーと思われる男は軽口を叩く。そんな姿を見ながらもカミラは楽しそうな---しかし、先ほどの穏やかな物とは程遠い冷たい声音で答える。


「さてさて、君達はこう思ってるのかな? 『カミラがどんなに強くても、荷物を抱えてこの人数相手なら倒せるかも』そういう感じか?」

「その通りだ。分かってるなら、話は早い。さっさとそこの嬢ちゃんを渡」

「お断りだよ」

「……何?」

「ぷっ、クッ、ァハハハ! ハハハ!」


 カミラは男達の言葉を遮ったかと思うと、すぐに笑いだした。


「甘いね、甘い甘い。そんな程度の銃と、そんな程度のお前達、そんな程度じゃ……どうしようもない」


 男達は侮辱された事を認識すると、敵意を浮かべてカミラを見た。だが、すぐに目を逸らす事となった。

 カミラの表情は、先ほどとは違う物だった。そこにあったのは---紛れもない、狂笑。

 男達は、息を呑んだ。


「---ま、それはどうでもいい」


 だが、それはただの牽制だったらしい。視界に入れただけで怯えが走る笑みはすぐに消え去り、冗談めかした様子で話し出した。


「ま、それはどうでもいい。ところで、だ。君達は私が何の意味も無く此処を選んだと思っているのかな? 屋根に座りやすいからとか、そんな理由じゃないぞ?」


 何故か、カミラは親愛を込めた瞳で周囲を眺めている。それを不審に思った男達とミアも思わず周囲を見回したが---


「なぁ? 我が仲間達よ、そうだろう?」


 ---その言葉と同時に、男達は地に叩き伏せられた。


 叩き伏せられた男達は何とか状況を確認しようともがいたが、万力のような力で押さえつけられて全く動く事が出来ない。

 だが、それを成した存在が全員男である事は理解できた。何故なら、上から声が聞こえてきたのだ。


「カミラよぉ、俺達のアジトでこんなに騒ぐんじゃねえよ」

「こいつら、ライアン・ファミリーの連中か? よくわからねぇがそこの嬢ちゃんの敵って事で良いんだよなぁ?」


 急に背後から現れた男達は、余裕と呆れが籠もった口調で人を押さえつけている。


「ははは! そうだろう? いやいや、私はあまりバイオレンスな事はしたくなくてね? 君達に任せようと思ったんだ」


 どこか柔らかな口調で、カミラは笑う。

 その隣でミアは驚いた、だが嬉しそうな顔をした。


「強盗団の皆さん!? どうして……?」

「ははっ、数時間ですかねミアお嬢ちゃん!」

「後でまた賭をしようぜ!」


 そう、ライアン・ファミリーの構成員達を倒して見せた男達は、ミアを数時間前に保護した強盗団の者達だった。

 今、自分達が立っている足下は強盗団のアジトなのだ。爆破されたアジトに代わって使用している場所が此処なのだと、ミアはやっと気づいた。


「と、言う訳だよ。ライアン・ファミリーの諸君」


 カミラは不敵な笑顔で地に伏せられた男達を見る。狂笑ではなく、普通の笑顔だった。

 だが、リーダー格の男はその中にある馬鹿にする色を見つけて、悔しさに音が立つ程歯を食いしばった。


「ふふ、殴る機会が無くて嬉しい限りだ、ミアの目にそんな光景を見せたくないし……正直、あの人の前で『やんちゃ』してる気分になるからやりにくいったらないよ」


 ミアを見て、カミラは嬉しそうな顔をする。既に男達の事など視界に入れていない様子に、男は怒り狂った。周囲の様子や、自分の安全を忘れる程に。


(このままこいつの好きにさせていいのかよ……? そんな筈がねぇ! ぶっ殺してやるっ!」


 途中から、それは言葉になっていた。男を押さえつける力が途端に強くなったが、構わなかった。


「くたばれ畜生!」


 腕が吹き飛んでも構わないと暴れ、肘打ちを頭上の男の顔へ叩きつける。

 どうやら直前で防がれた様だが、そこで怯んだのだろう、男を押さえる力が一瞬弱まった。それを見抜いて、男は瞬時に立ち上がった。

 男は恐ろしい勢いでカミラの元へ走り、殴るのでも、蹴るのでもなく----首へ手をかけた。


「くたばれぇっ! テメェは消えなきゃいけねえんだぁ! 終わっちまえ、へし折れちまえ畜生がっ!」

「あ……あぁ……ぅ……」


 何故か、男の手はカミラの首を絞める事が出来た。うめき声が口から漏れ、カミラは苦しそうな表情を浮かべている。


(効果がある、効果があるぞ! やってやろうじゃねえかぁ!)


 男は、カミラが苦しむ様子を見ると勝機を感じ、カミラを持ち上げる。


「カミラさんっ!」


 より一層苦しそうな顔をするカミラを見て、何故か動こうとしない強盗団達に代わってようやくミアが悲鳴の様な声で駆け寄ってくる。

 だが、もう遅い。男の経験上、それ以上首を絞められて生きていられる様な人間は居ないのだ。じきに首の骨が折れるだろう。

 男は達成感のあまり笑みを浮かべる。

 男は幸せだった---



「と、まあ、それは置いておくとして」



 ---カミラの顔が、いつの間にか笑顔になっていた事に、気づくまでは。


「な、何だと……?」


 確かに、首の感触は今でも手の中にある。カミラの首が無くなった訳ではない、だが、カミラは楽しそうな顔で、普通に喋っている。


「はは、いやぁ。たまにはこういうドッキリもいい感じかな? ミア、ビックリしたか?」

「……な、ドッキリだったのですか!? 明らかに、首が締まってますよ!?」

「……あー、やっぱりドッキリかよ。まったく心臓に悪いっつーか、馬鹿っつーか、っていうか、どうして死なねえんだあいつ。いつの間に人間止めやがった」


 予想していたらしく、強盗団の男達は首を絞められてなお笑顔のカミラに嫌な汗をかきながらも、安堵の声を上げた。

 男は、カミラの顔をよく見てみる。確かに、笑顔だ。ミアや強盗団に向ける物は穏やかで、悪戯っぽい色もある。

 だが、男に向けられている物は----先ほど以上に、強烈な狂笑。


「ヒっ……」


 男は、思わず怯えた。

 その声でようやく思い出したとばかりにカミラは男の顔を見て、恐ろしい笑顔で問いかける。


「満足かな? 私の首の感触はどうだった? 私の首がへし折れる音を聞きたかったか?」


 声音はふざけた様に問うていたが、それは答えを求めていない物だ。カミラは、すぐに言葉を繋げた。


「---だが残念。私とその他色々に限って、この程度ではどうにもならない」


 その言葉が聞こえるのと同時に、男はいつの間にか自分がカミラの首から手を離していた事に気づく。

 いつの間にか、何の前触れも無く起きていた事を認識した途端に全身を恐怖が襲ってきたが、それをカミラの危険性は上回っていた。


「さてさて、気が変わった。お返しだ。私の首に手をかけたんだ。君の首にも手をかける」


 それだけ言うと、カミラは優しく男の首に片手をかけた。だが、その手に力は入っていない。今はまだ男の首は絞められていなかった。


「わ、悪かった。だから止め……」

「大丈夫大丈夫、手をかけただけだ。私が力を入れない限りは君の首も命も大丈夫。まあ、まかり間違って軽く握っちゃったりしたら……どうなって、しまうだろうね?」


 男は自身が恐怖している事を認識する。

 そう、カミラくらいの存在が、人の首に手をかけたという事は---すぐに首が握り潰されてもおかしくないという事なのだ。


「おっと、質問をしないといけないなぁー? それで……? 君達に指示を出したボスは今、どこに、居るのかなぁ?」


 とびきり凶悪な笑顔で、しかしミアを視界に入れているからか居心地の悪そうな雰囲気で、カミラは男へ質問した。



「教えて、くれるよねえ?」

2012/8/28

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