エピローグA
とあるビルのとある会議室の中で、男達が椅子に座って睨みあっている。
恰幅の良い者、好好爺然とした老人、何故か顔面に包帯を巻いている者。そこには様々な男達が居た。
全員が全員、共通した物は何も持っていない様に思えるその集団。だが、その男達に共通して存在する物がある。つまり----剣呑で、欲望にギラギラと輝くその瞳。
それを見れば、その場に居る者達が『どんな集まりなのか』はすぐに分かる事だろう。
「我々をこのような場所に集めて、一体どういうつもりだね?」
沈黙して、睨み合っていた男達の中で、意を決した様に一人が声を上げる。すると、まるで室内の時間が今まで止まっていたかの様に他の男達も口を開きだした。
「うむ、我々が同じ場所に集まるなど、滅多に無い事だ。誰か、説明して貰おうか?」
「知らねぇ。だが、俺達幹部を集めてやる事なんざ、よっぽどでかい『何か』だろ……ま、検討は付くがな」
口々に、男達は話し合う。その彼らが浮かべているのは困惑と警戒、そして苛立ちだった。
彼らがそんな雰囲気になるのも当然と言える。昨日起きた『らしい』大事の処理をしている最中に呼びつけられたのだから。
「まったく、奴はまだ来ないのか。人をこの忙しい時に呼びつけておいて……くだらん話なら容赦せんぞ」
「あいつがクソなのは今に始まった事じゃねえだろ。チッ、カスの癖にボスには気に入られやがって、ムカつくぜ」
「左様、腹立たしい事この上ない」
苛立ちを込めた口調で、男達はある男の姿を脳裏に浮かべる。調子に乗った様な笑みと、後先を考えない間の抜けた所のある、その男を。
だから、頭に浮かべた男が扉を吹き飛ばす勢いで飛び込んできた時は全員が目を見開く事になった。
「おっとすまねえ遅れた!」
「申し訳ありません! 準備に手間取りまして!」
入ってきたのは一人ではなかった。だが、誰もそれに驚く事はない。
その代わりに、男達は二人へ罵声を飛ばそうと口を開いたが、それより早く片方が片手を軽く上げて、ニヤリと笑ってみせる。
「ああ、皆さん今日はお集まり頂き……いや、どうでも良いよな。そういう挨拶。お前等にはする価値も無いわけだしな」
「面倒になるから、黙っててください。で、今回はそう……このファミリーが始まって以来の大事が起きた事は皆さんもうご存じで?」
面倒極まると言った表情で軽く馬鹿にした発言をする男に対し、もう一方の男は呆れの混じった声で制止する。
普段と変わらない、二人の男。だが、その場に居た男達には何か違和感を覚えさせた。
それでも男達の一人は違和感を無視して、片方の男の声に答える事を優先する。
「当然だ、朝からボスが死んだなどと聞いた時は驚きすぎて倒れそうになったよ」
「ふん、嬉しすぎて倒れそうにでもなったのか? 次のボスの座、狙ってたもんなぁ」
「……貴様が言えた事か、ボスに黙ってヤバい薬を売ってやがった貴様が」
一人が嘲笑して、もう一人は身を乗り出して拳を振りかざす。だが、それ以上何かをする事はなかった。彼らとて、この『ファミリー』の幹部である。
それでも苛立ちは止まらなかったらしく、声は殺気を帯びていたのだが。
「テメェ……! 俺がヤクを売ったのはあくまでファミリーの為で……!」
「そういう割には、バレても利益だけは手放さなかったよなぁ? あ? どうした、青筋なんぞ立てやがって。そんなにムカついたのかなぁ?」
「うるせぇ! 大体、何だその包帯は? 転んだか? 大方、他の組織の連中と小競り合いでもやってやられたんだろ!」
「色々あるんだよ……色々、ああ、色々あったんだよ。これがな……」
飛んできた罵声に、包帯を顔中に巻いた男はくぐもった、だがこの世ではない場所を見るかの様な声で返していた。
「……」
そんな中、話が進まない事に苛立ちを感じたのだろう。遅れて入ってきた男の片方が懐に手を入れて、微かに殺気を発していた。
それに気づいたもう片方の男は一瞬青ざめたが、すぐハッとした様な顔で大きめの声を上げた。
「あー……悪いと思いますが……その、皆さんのお悩み色々は結構、だがそろそろ本題に入らせて頂いても?」
努めて丁寧にしようとしているのだろう、男は話し難そうだ。勿論、誰もそれを正そうとは思わなかった。
その言葉にやっと怒りやもめ事を抑えようと考えたらしい、男達は声を沈めて息を吐く。
「……ああ、良いぞ。だがその前に一つ言っておく」
「何ですか?」
その言葉に、男の片方が首を傾げる。見るまでもなく、男達の一人はため息混じりに一言を告げていた。
「お前の相棒、相変わらず恐ろしいな」
「いや、ははは……」
同意する様な、誤魔化す様な乾いた笑い声を上げながら男は一度頷き、本題に入った。
「……さて、皆さんご承知の様ですが……我らがライアン・ファミリーのボス、ハーベイ・ライアンが殺られました。死因は射殺、言うまでもなく即死です」
物騒な言葉に、男達は当然知っていると言いたげな顔で頷く。
そう、彼らは紛れもなく、今話の中に出た『ライアン・ファミリー』の一員、しかも幹部なのだから、知っていて当然なのだ。
それを確認したもう片方の、懐に手を入れた男はやけに愉快そうな表情で全員の顔を見て、笑みを浮かべた。
「おお、すげえ一発だったぜ。あれは間違いなく、多分、きっとプロの仕業だな! きっと今頃どこぞの銀行へ金が振り込まれてるに違いねえ……よし、銀行という銀行を襲ってみるか!」
「出来ると思いますが止めてください。犯人は……今は置いておきましょう」
息を吐く様に無茶な事を言った男を、もう片方は否定しなかった。だが、制止する声と頭痛を堪える様に頭を押さえる挙動を見た限り、あまり歓迎したい事では無いらしい。
「で、今日お集まり頂いたのは……『何故、こうなったのか』をお話する為です。ああ、お手元に資料を配ったのですが、お気づきで?」
言うなり、男は周囲に目を配る。
男達はその男の視線の先が自分の目の前に注がれている事を理解して、そこを見る。
すると、言葉通りの物があった。今までは無かった筈の----数枚の紙が。
「やっとお気づきに。では、その資料を元に話していきましょう」
男達がその紙を手にとって、読み始めた事を確認した男は満足そうに笑って、隣に居る男へ意味のある視線を送る。
「では、私達の立ち位置から今回の顛末を話していきます、あ、お願いしますよ」
「分かった分かった。よしよし、話してやろうじゃないか。とりあえず、俺達は昨日の今頃……」
それを見て、理解したのだろう。男は楽しそうに一度頷くと、今度は剣呑な気配すら感じさせる笑みで男達へ話し始めた。
そう----昨日、二人の少女が起こした事件を。
割り込み投稿でエピローグを入れてみました