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【第1幕】会議は踊る

 会議は紛糾した。それは石田係長の一言に始まった。


 「それなら別々に返礼すればよいのではござらんか。」


 石田係長は来る3月14日のホワイトデーの「お返し」を一括して行う一括方式に対して、いわば分割方式を提案したのである。さらに石田係長は次の一言を忘れなかった。


 「無論、合力してお返しをされる方々があっても、それはそれとして異存はござらん。」


 「こうした類のものは、個々人の判断に拠っても良いのではなかろうかと。」


 そもそもこの会議、「ホワイトデーお返し調整会議」は、去る2月14日に職場の女子社員某氏から従業員20名全員に配布された洋菓子、すなわちバレンタインデーの義理チョコレートに対して、3月14日にその配慮に謝意を表するホワイトデーのお返しを職場の男子が一体となって行うために、お返しの内容等を吟味することを目的として開催された臨時的な会合である。


 会議の主催は「一括方式」の発案者、加藤課長代理。日頃から明るく、職場のムードメーカー的な役割を担う加藤課長代理が、示したこの案の要諦は次のとおりである。


 女子社員から配給されたチョコレートは概ね300円から500円相当のものであったが、これに対して同金額程度の返礼を男子従業員20名全員が個別に行っては、300円から500円程度のマシュマロを始めたとした廉価な菓子が20も彼女の前に並ぶのであって、これは彼女にとってはあまりありがたい話ではなかろうということだ。


 が、この案にはもう一つの目的がある。お返しを一括して購入するという運びとなれば、誰かが代表して買い出しに行くことになる。


 こうした場合はたいてい職場の若手がその任にあたる慣わしであるから、加藤課長代理は費用さえ負担すれば、お返しの購入に行く必要がない、座したまま女子社員への義理を果たすことが出来るというものだ。加藤課長代理の狡猾さとズボラさがのぞく案といえる。


 いずれにしても、一括してお返しを行う「一括方式」が大前提であったこの会議の根底をくつがえす意見が出されたので、会議の参加者は一様に驚かされたのである。



 意表をつく発言にしばらく会議には沈黙が流れた。この重い空気を破ったのは、営業部時代に「猪武者」の名で知られた福島課長であった。


 福島課長は、意外に穏やかな口ぶりでこう語った。


 「あいや、石田係長どの。そもそも、本会議は連合して、おトヨ(女子社員の愛称※筆者註)に返礼を行うための会議ではござらんかったか。それを個別に(返礼を)なそうというのは、いささか合点がいかぬ。」


 こう言って、「考えを改めて伺いたい」と、石田係長に穏やかな一瞥をくれた。


 この福島発言に入社3年目の若手、小早川ケンタは「福島老いたり」と感じたが、それは誤りである。


 論語によれば「知命」、すなわち天命を知るべき年齢、50代を向かえた福島課長のその人柄は丸みを帯び、また先年の営業部から企画室への転出によって、現場から離れたことでも、彼から往年の生気が削がれたということもある。


 が、そもそもこの「ホワイトデーお返し調整会議」自体が、職場の課題であるとは言え、純粋な意味での業務ではない。詰まるところ親睦を目的としているに過ぎないこの会合においては、業務ラインでの命令、すなわちトップダウン式の命令が無効であることに、福島課長は配慮したのである。


 福島課長がただの「猪武者」にとどまらない人物であることが、ここから分かるが、意に添わぬ発言をした石田係長への福島課長の意外な穏やかさは、そういう理由からであった。


 石田係長は元来が過激な男である。先般の室内会議においても、成績が振るわない営業部第二課のリストラと大幅な組織変えを提案したことでも、その性格の一端を知ることが出来る。

 

 が、ドラスティックに物事の解決を図ることを善しとするのは、若手管理職に一般的に見られる傾向ということもある。いずれにしても、彼は企画室の改革派であった。


 石田係長は、福島課長の質問に応えて、次のように主張した。


 「福島課長が仰せのとおり、たしかに本談合は、おトヨどのに一括して返礼を行うことを目的として開かれたものに相違ござらんが、ご覧のとおり意見は未だまとまらない。それならいっそ、各々が思い思いの返礼を行えばよいのではないか、そう申したまででござる。」


 石田係長は口元に皮肉を浮かべながらこう続けた。


 「どうも、過分の返礼を意図する御仁もおられるようですしな。」


 この発言に反発したのは前田課長であった。企画室の古参で、現在はブランドビジネスのライセンス管理をとりまとめる、来年には退職する小柄で温和な男である。


 彼は頬を赤らめていた。


 次回につづく

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