夏の1コマ
暑い、と空はうんざりしたように言った。だが毎日日に晒されているとは思えないほど、汗の伝っている頬は白い。対する将平が真っ黒なのに、だ。
長かった髪をばっさりと切ってから首の辺りが寒いとぼやいていたのはつい昨日のことのようなのに、そのギャップがなんだか笑えた。
「……おい何だよ将平、お前暑くないのか?」
「暑いよそりゃあ。でもそれ以上に目のやり場に困るって言うかさぁ……」
ツナギを腰のベルトで留め、上半身を脱いで上はタンクトップ一枚という状態で畑を見ていた空は怪訝な顔で将平を見つめる。慌てて何でもないと言い訳をして、それ以上の追及を避けるように視線を畑に向けた。
入道雲が広い畑の向こうに立ち上がっている。
「何か、オレじゃないみたいだな」
不意にぽつりと空が言って、どういう意味か分からなかった将平はそちらを向いた。
空はちらりとそんな将平を見た後、空を見上げて独り言のように言う。
「こんなに襲撃がないのは久しぶりなんだ。名前を変えたのと髪を切ったのは予想外に効果的だったんだな、と思ってさ」
「別にそれだけじゃないと思うけど」
空は覚えていないのだろうが、明の事故死はそれはそれは大きく報じられたのだ。日頃は国に規制されほとんど姉弟のニュースなど報道されなかったのに。
「……あー、そういや理性が死んだ、って皆知ってんのか」
将平の一瞬の沈黙から読み取ってしまったのだろう、納得の表情を空は浮かべてまた雲を見上げた。
「……将平も、大変じゃないのか? オレに付き合ってて」
付き合う、という言葉にかっと頬に血が上るが、空のことだ、他意はないのだろう。自分だけがこんなに振り回されるのは理不尽だと胸中でぼやきつつ、将平はまだ熱いままの頬を隠すようにタオルで額を拭った。
「……別に。楽しいし」
「……そっか。サンキュ、将平」
不意に空のすらりとした腕が伸びてきて、その骨ばった手が将平の髪を掻き回す。驚いてうっかり空の方を向いてしまい、その肩から鎖骨、そして首のラインにうっすらと汗が浮いているのを見てしまって将平はまた慌ててそっぽを向いた。
肩幅は将平よりも広いのに、骨格が明らかに女のそれでやっぱり目のやり場に困るのだ。空が何も意識していないと分かっていても。
「将平?」
怪訝そうに空が呼ぶ。誰かこの状況をッ、と内心で激しく懇願したとき、空の携帯が鳴った。
「もしもし……あぁ、かおりか。どうした?」
助かった姉ちゃんナイス! と空に見えないようにガッツポーズをする。空はそれに気付いていたのかいないのか、ちらりと将平を見てニヤリと笑った。
「……あぁ、分かった。将平連れてきゃ良いんだな?」
「……え、どこに……?」
ニヤリと笑ったままじゃあ後で、と電話を切った空に怪訝な表情を向けると、空は将平に背を向けて顔半分だけ肩越しに振り返った。
「ばーさんが帰ってきたから顔出せってさ。オレはまぁ運転手?」
「……え、何、ばあちゃん?」
「そ。ほら行くぞー」
空を疎んでいる祖母にわざわざ会いに行きたくなどなかったが、呼び出されては仕方ない。車でないとさすがに二時間かかる距離だし、将平はまだ車を運転できないから空に頼むのも道理である。
「……しっかしこの暑いのによくまぁ出て来たよなあのばーさん。将平にまたオレに近づくなって忠告かな?」
「……勘弁してよ……」
ツナギの上半身を身に着けながらの少しだけ自虐的な空の笑みに、何も出来ず内心臍を噛みながら将平は後に続いた。