第6話 新学期~ポン先生怖くて適応教室には誰も来ません
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謹んでお届けします。
新学期が始まった。
適応教室はまだ子どもがいない。
子どもがひとりも来ないのだ。
だいたい不登校の子どもが、適応教室ができたからってすぐに来るはずがない。
ここから、教室の存在や指導内容を伝え、「行ってみよう」と思ってもらうのが我らの仕事だ。
担当者が熱苦しい昭和人間のホンダ先生だから、
子どもたちも敷居が高いでしょう。
不登校の子供たちに、適応教室の開設と担当がホンダ先生とカンナ指導員であるという手紙を郵送したが、問い合わせはまだない。
ホンダ先生、つまりポン先生は今朝も大きな声で挨拶運動をやろうとする。
「黒川カンナさん、一緒に挨拶運動に行くぞ」
松葉杖を振り回しながら、わたしの腕を引っ張る。
「あ、あわあわ……」
仕方なく隣に並んで、小さい声で「おはよ」と言う。
人前、大きい声、たくさんの人、こういうのが私は苦手。
それに、昭和っぽい指導が大嫌い。
「おはよう! おい、ポケットから手を出せ」
「おはようござい……」
「おはよう! もっと腹から声を出せ」
「おは……」
明らかに子供たちはホンダ先生を避けている。
遠回りをしている子。
佇んでいる子。
後ずさりしている子。
回れ右をして家に帰る子。
母親の影に隠れて通り抜けようとする子。
こんな先生のいる適応教室に行きたい子どもは、まあいないでしょう。
しかし、なんと、あの子たちはなんだ!
「ポン先生! おはようございます!!」
「おう。おはよう! 元気がいいな、秋山君」
「ポン先生! おはようございます!」
「ああ、木村さん、おはよう。もう6年だな、期待しているぞ」
ポン先生が好きなタイプも多数いるらしい。
だけど、さっきから校門の陰に隠れて挨拶運動が終わるのを待っている親子がいる。
苦手なんだね。わかるよ。
ここはひとつ、カンナの出番ということで、
「そうだ、ポン先生! ミカさんが、アンケートに回答してって言っていました。
締め切り過ぎているので、大急ぎですって。行きましょう」
「後でいいだろ?」
「ダメです。今すぐやりましょう」
ポン先生を教室に連れていき、タブレットでのアンケートフォームを開いた。
「ああ、こういうの苦手なんだよなあ」
ポン先生はドリルを押し付けられた子どもみたいな顔をしている。
いい気味だ!
きっとあの子も無事登校できたことだろう。
その間に、校内を回ってみることにした。
朝と言うのに、保健室には腹痛を訴え、迎えを待つ子がいた。
「適応教室ができたんだよ。遊びに来てみない?」
「え?! ポン先生がいるんでしょ。やだ」
「そうだよね。でも、わたしもいるよ?
わたしは黒川カンナ。カンちゃんって呼んで欲しいな」
通信制高校のスクーリング以降、カンちゃんで通している。
名札にもカンちゃんと書いた。
これは子どもが呼びやすいだろうと思っての事。
廊下を歩いて行くと、ランドセルを背負ったまま立ちすくんでいる子どもと出会った。その子は、壁に貼られたポスターに見入って自分の教室に戻る気配がない。
「ねえ、適応教室ってどうかな?」
話しかけたら、走って逃げられた。
チャイムが鳴った。
昇降口で、遅れて登校した子にも出会った。
暗い顔で下を向いてなかなか上履きをはかない。
「嫌なんだよね。行きたくないんだよね。
わかるよ、わかる」
あの頃の自分を思い出して、涙が出そうになる。
その子は、ずっとそこに立っていた。
担任の先生が来て、「ほら、来い」と手を引っ張っていった。
適応教室。必要としている子はきっといる。
しかし、勝手に勧誘して連れて行ってはいけない。
本人と保護者と担任の考えが一致してからのGOサインなのだ。
ポン先生が、まだパソコンとにらめっこしていた。
「ああ、黒川さん。次に安全点検の入力をしなくてはいけないらしい。
今日中にだよ、今日中。はあああ。
わかったよ、やるよ。だけど、それってどこにあるんだ?
安全点検簿なんて、何十年も紙の帳簿でやってきた。
今更、タブレットでこんなことできないよ。
ああ、紙の時代はよかったなあ」
こういうぼやきを聞くと、元気が出る。
ポン先生の弱った姿は大好物だ。
「ポン先生のアカウントですよね。わたしなんかが見ていいのでしょうか」
「管理職の許可はとってある。頼むよ~、黒川さん」
ブックマークを触ってみると、すぐにアンケートのページが出て来た。
「おおお。君は天才だね。子どもの頃からそうじゃないかと思っていたんだよ。
それでは、記入してくれないか」
「それはご自分でお願いします」
「じゃあ、読んでくれないか」
「まじですか?」
「まじです!」
そうして、読んであげて、回答を聞いて、入力してあげた。
本当に介護って言葉がぴったりの仕事をした。
「ところで先生。先ほど保健室に入る子に適応教室の話をしたんです。
ちょっと言いづらいのですが、ホンダ先生のこと、怖いと思っているようでした」
「ええ?! そうなの? そんなはずはないんだけどな」
「そこで提案なんですけど、ホンダ先生ではなくポン先生って名札に書いたらいいんじゃないかなって思いました。校内ではみんなポン先生と呼んでいるようなので。
適応教室のポスターにもポン先生とカンちゃんが待っているよって」
「なるほど、ポンとカンか。ポンカンみたいだね。いっそミカン系のイラストでものせよっか」
まんざらでもない様子。
「これからポン先生って呼んでいいですか? わたしのことはカンちゃんって呼んでください。わたし、通信高校のスクーリング以降、カンちゃんで通しているんです」
「ああ、わかったよカンちゃん」
「それといろいろ言って申し訳ないんですけど、声の大きさは、もう少し小さめでお願いします。わたし、聴覚過敏で、大きな音が苦手なんです」
そう言って、イヤマフをつけた。
イヤマフは、大きなヘッドホンのような姿かたちだ。音を吸収して聴覚過敏のわたしでも過ごしやすくなるのだ。これに出会って、生きやすくなったように思える。
「ポン先生、今の声の大きさだったらうるさすぎて、わたしにはイヤマフが必要なんです。もし、わたしがイヤマフを外したら、適正な大きさだと判断してください」
「わかったよ。でも、ぼくは耳が遠くてね。ではこうしよう。カンちゃんは大きな声で話してね。ぼくは小さい声にしてみる」
静かな落ち着いた会話はなかなか難しいようだ。
これから校内を歩くときはこれをつけて、イヤマフの知名度をあげたい。メガネが必要なようにイヤマフが必要な子もいるはずだ。
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次回もどうぞお楽しみに!
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