第1話 悪夢
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謹んでお届けします。
3月の最後の月曜日。
風香がカフェに入ってきた。わたしは手を振った。風香は気づいて駆けてきた。
「やっほ、カンナ」
「あれ、風香、髪色黒に戻したんだ」
「うん。さすがにもう先生らしくしなくちゃ。カンちゃん、何飲んでるの?」
「抹茶茶ラテ」
風香は入り口に戻り、注文の列に並んだ。
明日はまだ3月なのに、新しい勤務先に呼ばれている。それはきっと風香も同じはず。
「お待たせ」
風香は緊張からほど遠い緩んだ顔をしている。待ち合わせの時間にも平気で遅れてくる。その図太さ、たくましさが羨ましい。思い切って話してみた。
「ねえ、風香。わたし、どきどきして、おかしくなりそう」
「え? なんで?」
「明日ね、東西小学校の校長先生に呼ばれているんだ」
「カンナも? わたしも西宮第一小に呼ばれている」
「ねえ、どきどきしないの、風香?」
「しないよ。試験じゃないし、レポートとかもないし、行けばいいんだから。ま、私の場合は遅刻に気を付けなくちゃいけないけどね」
ふふっと風香が笑う。
「いいなあ。風香の雑草のようなハート」
一口、カップに口を付けた。抹茶ラテはほどよく冷めて飲み頃だ。
今のうちに風香に交わって雑草エキスを全部いただいておきたい。
「ねえ、風香。つまんない話、聞いてくれる?」
「カンナの話はつまんなくないよ。何でも聞くよ」
もう一口飲んだ。深呼吸をした。
「あのね、風香。わたし熱が出ると、いつも同じ夢を見るの。
新聞紙をもみくちゃにしたような画質の夢。
4Bくらい濃い鉛筆でデッサンしたような世界は、小学校3年生の時の教室」
「おお、きたきた。カンちゃんの深層心理。心理学教室の私にはいい教材だわ」
「茶化さないでよ。あのね、担任のホンダ先生が遠くにいる。世界で一番苦手な人。
そして、隣の席のヤマダくんがしつこく話しかける。
『カンナちゃん、給食残しちゃダメなんだよ。ひじき食べれる? ししゃも食べれる? 牛乳嫌いなんでしょ。飲んであげようか?』
わたしは何も言えない。ただ首を振っている。
もうこれ以上、わたしに構わないで欲しいけれど、それが言えない。
大嫌いなししゃもの目を見てるいると、だんだん気分が悪くなってくる。
『カンナちゃん、食べなくちゃいけないんだよ』
しつこい山田くんの顔が、右から左から出てくるの」
「おお、よっぽど嫌な記憶なんだね」
風香がスマホをいじりだす。そのくらいの軽くて雑な聞き方の方が話しやすい。
「山田君が言うの。『全部食べなきゃいけなんだよ。アフリカの子どもたちは飢えているんだよ。食べ物を残したら、もったいないお化けが出るんだよ』
そして、わたしはご飯を食べる。
飲み込んだご飯が胸の途中で止まってしまう。
息はできるけれど、食べ物がとどまって、苦しい。
何か飲まなきゃ。でも嫌いな牛乳しかない。
苦しい。涙が出てくる。
すると、いつだってあいつが出てくる。大嫌いなホンダ先生。
『おーい、カンナー、大丈夫かぁ?』
大丈夫じゃないけど、こっちに来ないでってもがく。
何か飲みたい。でも、牛乳は嫌。
どんと目の前に牛乳が差し出される。
ああ、ホンダ先生のでっかい手だ。
そして、牛乳だ。
嫌だけど、牛乳を口に含む。
飲めない。吐き出したい。でもできない。
苦しい。苦しい。苦しい。
そこで、目が覚めるの。
ベッドから飛び起きて、キッチンに走り、冷蔵庫からお茶のボトルを取り出す。
ぐびぐび飲む。
そして、やっと落ち着く」
「ふうん。まあ、この話をわたしにできるようになったのも進歩じゃない?」
「そうだよね。これって、トラウマって言う?」
「トラウマだと思うよ」
「まあ、その山田君にもホンダ先生にも一生会わないと思うから、もう忘れようよ」
「確かに……」
風香の軽い言葉にトラウマも消えてしまいそうだ。
わたしも風香みたいに軽やかな思考をしたい。でも、カフェに来てもいまだにコーヒーが飲めない。そのように、世の中にはわたしだけに無理なことが多すぎる。風香が「じゃあそろそろ行くね。また会おうね」と席を立った。ガラス越しに男の人が手を振っている。
ああ、そういうことなんだ。風香はいいなあ。
わたしは風香の残り香を吸い込んだ。雑草ハートが感染しますようにと。
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