■君は薔薇より美しい
どのあたりからだろう?馬車が道なりに進むと、芳しい花の香りで心が軽やかになる。
ふーっと自然と深呼吸をする。吐き出すのがもったいなくなるような、気品に溢れた香り。
「薔薇の街」。そう形容されるこの街に足を踏み入れると、香りは一層強い。
街角には、薔薇園への目印が随所に並ぶ。街の中心に大きな薔薇園があるのだとか。
観光名所として名高いその公園。優しい薄紅色、幾重にも重なる花びらは肉厚だけど、決して嫌味には見えない。
茎はスーッとまっすぐ、花びらをしっかりと支えてて、花を誇らしく支える健気な仕草に感動すら覚える。
青々とした、陽の光を全て受け止めようという葉は、生命力を感じさせてくれる。
茎や葉と調和した花びらは、正に芸術だと思える。
私の名前はリナ。兄バースを訪ねて、その旅の途中だけど、今は薔薇園で休憩中。
「ひさしぶりね」
女性が走ってきて笑う。見ればうっすら汗をかいてるよう。
ハァハァ、と息を切らして胸を抑えている。よっぽど急いできたのだろう。
彼氏がいる。彼女を見て、嬉しそうな恥ずかしそうな感じで佇んでいる。
彼女のほうは大胆で、彼氏にそっと頬を寄せる。
遠巻きに見てる私達も気付くぐらい、ポーッと彼氏のほうが赤くなった。
それを見て、ケタケタと笑い始める、同行している兄のリュート。それを幼馴染のキースが口を抑え込む。
「お兄ちゃん!失礼よ!」と私も咎め、カップルの邪魔にならないように奥へ進んだ。
***
赤子のミーノはスヤスヤと、キースの妹エレナの胸元で寝ている。
執事見習いのシンは日傘で、ミーノを燦々と降り注ぐ日光から守ってあげている。
薔薇の花びらの奥に、そっと鼻を埋もれさせる。爽やかだけど濃厚な、甘美な香り。
鼻先が妙にムズムズする。慌てて顔を上げると蜜蜂だった。
驚いて飛び退く私を尻目に、羽音を立てて逃げていく姿を見て、エレナはクスリと笑う。
私も思わず、はにかみ笑顔。リュートがブッと吹き出し、「ドジっ娘」と呟く。
「もう!お兄ちゃんてば!」
いつもの何気ないやりとりの中、キースはなんだか浮かない表情。
「どうしたの?キース」話を変えようと、キースに近づく。
キースの視線の先。さっきのカップルだ。声までは聞こえないが、何か言い争ってるようだ。
彼女がこちらに走ってくるのが見えると、キースの胸元にスッポリ収まった。
固まるキース。何が起きてるのかわからない私とリュートは、キョロキョロと互いの反応を伺う。
そこにエレナの「キースのうわきもの!」の一声で、皆、ハッと我に帰った。
***
彼女は泣きじゃくって話にならない。
キースは「やれやれ」と、そっと肩に手をやり、「さぁ」と、ハンカチを手渡す。
ズッズビー。渡されたハンカチで豪快に鼻をかむと、ため息をひとつ。
やっと落ち着いたようだ。
キースに抱きついたのは、彼女のお父さんに似てただけだって。
フフッ。キースの春なのかと思ったのにね。
それはさておき、話を聞くと、彼氏のあまりに不器用な態度なので、言い争いになったんだって。
言葉は強いけど、惚気話しよね、これ。
不満をぶちまけたいのだろう、と皆聞き手に回ってる。
うんうん、と頷き、相槌を打って話しやすいように仕向ける。
私達はこう見えても聞き上手なのよ。エッヘン。
「・・・というわけなの。あんな不器用な人、もう知らないわ!」
ひとしきり喋り倒したと思ったら、彼女の表情は晴れ晴れとしていた。
そこに、大きな花束を手に持つ彼氏が駆け寄ってきた。
服はボロボロ、手先には血が滲んでる?
ハァハァ、と息を切らしているが、顔は真剣そのもの。
彼女が振り向くと同時に、彼は意を決したようにその場に膝をつく。
薔薇園のざわめきが、一瞬で静まり返った。
***
彼氏は、小箱をパカりと開ける。指環だ。
彼氏は叫ぶ。
「
そう、あの薔薇より。薔薇よりも美しい。
目には見えないけれど、その背には羽ばたくための翼が広がっている。
結婚しよう。
」
黙って頷く彼女。目にはキラリと光るものが。
抱き合う二人を、私達も、他の観光客も祝福する。
彼氏のプロポーズの言葉がやけに響く。
その熱い気持ちを応援したい。私は口ずさみ始めた。
この世界の言葉ではない、圧倒的な声量で歌われる、その歌を。
その声量には負けられない、対抗心も歌に乗せて。
男性が女性に惚れ直す、そんな歌。女性への恋慕を真っ直ぐに歌詞に乗せた歌。のはず。
居たのは薔薇園の中央。ベンチが並び、木々は豊かに繁っている。
そんな中私は光る。燦々と降り注ぐ日光さえも、私の前では陰ってしまうほどの強さで。
光は四方に広がり、影の無い世界を作り上げた。
キースは、女神を崇めるような目で、リナを見つめていたのだった。




