■ルビーの指環
滝。サァサァと常に流れる、壮大な流れ。神秘的でもあり、どこか恐れ多い。
パシャ。冷たい。不意に水しぶきを浴びると、清められたような、そんな気がしてくる。
滝の奥から届く日の光に、ほんのり虹が浮かぶのが見える。
滝は二段に別れており、間には大きな橋が掛かる。
下に広がる泉は、底が見えるほど澄んでいて、ピョンと魚が跳ねるのが見えた。
飛び込んでもいいかも。そんな勇気はないけど。
滝の周りには青々と繁っており、爽やかな草の香が飛沫に乗って漂う。
ピピッピピッと小鳥の群れが呼び合うのが聞こえる。
頂上に一瞬、鹿の影が現れるが、すぐに立ち去る。こちらに気付いて逃げたのだ。
緑豊かな土地であろう。多様な生命の息吹を感じる。
私の名前はリナ。伯爵領代官の娘。
侯爵領で働く兄バースを訪ねて、その旅の途中。
旅の仲間は、兄のリュート、幼馴染のキースとエレナ兄妹、執事見習いのシン、それに赤子のミーノ。
今日は、近くの有名な滝を見物に来ていた。
***
橋をテクテクと進む。他の人々とすれ違いながら、ふと、ひとりの女性が気になった。
彼女は、橋を渡るでもなく、ボーッと滝を見上げて立っている。
ベージュのドレス。彼女の装いは、滝という場所に似合わず、やたらと軽装だ。
エレナが抱くミーノが、ニッコリとした満面の笑みと、無敵の愛想を彼女に振りまく。
ミーノの、防御不能の超必殺技が炸裂したのだ。防ぐことなどできない。
ミーノに気付くと、彼女は申し訳なさそうに笑みを浮かべる。
ふ・・・不発!
初めての出来事だった。阿鼻叫喚した。伝説として語り継がれるであろう出来事を目撃してしまった。
不発を受け、ミーノがギャンギャンと泣き出してしまった。
ハッとした彼女は責任を感じたらしく、初対面のエレナと一緒にヨシヨシとあやしてくれた。なんて優しい人なんだろう。
私達はすぐ仲良くなった。彼女の名前はキャシー。キャシーは近くの街の領主、男爵の娘なのだと。
細長く、美しい指にキラリと赤く光るものがある。指環だ。鈍く光る銀の輝きの中央に燃えるように赤い宝石。
その指環は、彼女の美しく長い赤髪によく似合っていた。美しさを引き立てるというのはこういうことだろう。
街に戻ると、彼女の屋敷に招待された。道すがら、人々はキャシーに一礼する。尊敬されているのね。
私は・・・いつも「ドジっ娘」ってからかわれてた気がする。なんなの?この差は。
***
屋敷の居間にある窓から街並みが見える。くもり硝子で目線が合わないようにしてあったが、ボンヤリとわかる。
たまに風がゴーッと吹く。今日は何故か風が強いみたい。
屋敷の執事さんが入れてくれたお茶をスーッと啜る。温かい香がフゥと鼻を抜ける。
「おいしい」と呟くと、執事さんがにこやかに微笑む。
男爵の娘、キャシーはポツリポツリと、何故橋に居たのかを教えてくれた。
恋人のことを。二年前に別れた恋人。
橋にいれば会えるかもしれない。そう思って二年、あそこで待ってるんだって。
目印は、ベージュのドレス。それにこの、指環。
恋人におねだりした、誕生石の指環。
目映い太陽の元、誓ってくれた愛の誓い。
今は幻になってしまったけれど。
話すうちに、感情が決壊したのだろう。途中から涙ながらに恋人への思いを語ってくれた。
彼女は、キャシーは別れたことを後悔しているのね。失ったことを。
エレナは隣でシクシク泣いてる。エレナに同情するかのように、心配そうなミーノ。
男性陣は俯いて無言だ。思うところがあるのだろうか。
シンは、後ろで黙って立ってる。もちろん無表情。
私もホロリときた。彼女の思い。未練の中に愛情が漏れ出ている。
***
彼女が落ち着いたところで、私は口ずさみ始めた。
この世界の言葉ではない、知らないはずのその歌を。
黒眼鏡の男性が、暗闇の中、ひとりで歌う情景。渋いと形容できるその人が、渋い声で歌う。
私の声色と合うかしら?と若干不安を感じさせるが、それでも歌う。
声域は私に合わせて。勿論、気持ちを込めて。
歌詞の意図はわかる。それは男性の失恋の後悔。キャシーの恋人も、多分このような気持ちだろう。
そう思う。そう思いたい。そのはずだ。最後は断定に変わり、歌い上げた。
光を抑えることなどできず、屋敷の窓から光がパァっと漏れ出ていた。くもり硝子で隠れていたことを願う。
キャシーが私の手を取って再び泣いていた。よほど感動してくれたのだろう。歌って良かった。
屋敷で働く人たちも、居間に集まってきていた。拍手喝采。中には涙を流す人も。
拍手喝采の中、シンが「光を抑えることは出来たはずです」と耳打ちしてきた。
できるかーーーーー!心の中で叫ぶ。
でもシンが耳元で囁くと、何故かゾクゾクするのよね。
***
キャシーの好意で、今夜は泊めてくれるらしい。
晩餐には、地元の名産の牡蠣。食後のフルーツも美味しいのだとか。
料理に思いを馳せつつ、また談笑に戻った。
談笑の最中、光を浴びた指環が、怪しく輝くのであった。




