■亜麻色の髪の乙女
乗り合い馬車は、それなりの斜面だが、強引に進む。
パキッと枯れ木を踏みしだく音や、石の転がる音、風に靡く針葉樹の歌声は、耳に心地が良い。
ピャーッ。遠くで鹿が、私たちを警戒してるのだろう。ホーホーと鳴く、梟の強い鳴き声の合間を縫って聞こえる。
時折、独特の獣臭がする。熊が出るかもしれないから、気をつけなきゃね。執事見習いのシンがいれば、多分大丈夫だろうけど。
馬車が軋みを上げて、さらに登る。松脂の鋭い香りが強くなり、苔むした巨木が道を覆う。湖が近い、そう確信した。
宿の観光案内を見ていた時に知り合った、亜麻色の髪が特徴的な女性。
彼女の案内で、湖に向かう馬車に乗ったんだっけ。道中、その美しい亜麻色を、風が優しく、優しく包み込む。
彼女は、湖の畔で見回りをするというボーイフレンドに、ランチを届けるのが日課らしい。
彼に会えることを、それはランランと目を輝かせて語ってる。恋する乙女。そんな言葉がよく似合う。
ヒラリと長いワンピースに、麦わら帽子。軽装にも見えるが慣れっ子なのだろう。
畔に到着すると、意外に人が多い。観光客だろう。
乙女は周りを見渡すと、彼を見つけたようで、ランチと白い花束も一緒に、足早にかけていく。
それを見届けると、私たちも湖に向かう。
一面に広がる、静かに波打つ水面。空の景色をそのまま映し出す。遠くに見える山々も、なんとも雄大だ。
水辺の湿り気のある空気。スーッと吸い込むと、木々の青臭さも消えていて、心穏やかになる。
サァッと風が吹く。亜麻色の髪の乙女の帽子が飛ばされるが、颯爽と隣の御仁が掴む。
例のボーイフレンドだろう。挨拶すると、爽やかな笑顔で迎えてくれた。
***
見つめ合って自分達だけの世界に突入する、お熱い二人は置いておいて、私達は水辺でしばしの休憩だ。
幼馴染キースの妹エレナの発案で、釣りに挑戦することにした。
貸し道具屋さんは結構豊富にある。頼めばボートも出してくれるらしい。
今回は、赤子のミーノがいるから、ボートはお預けにして、兄リュートと、キースが挑戦する。
釣りは子供の頃の遊びのひとつ。私がキースの応援をすれば、エレナはリュートの応援をする。
あんまり盛大に応援合戦になるから、二人の応援で魚が逃げるってよく怒られたっけ。
ミーノを湖に触らせながら、釣りを眺めたり、湖の向こうの山々を眺めた。
遠目に通りかかるボートに大きく手を振ると、みんな盛大に振り返してくれた。
日差しは強いけど、気温は高くない。体が冷え過ぎちゃうかも、と心配してミーノを抱き上げる。
エレナがサッとタオルを出してくれた。ありがとう、エレナ。
二人が釣り上げるであろう、今日のランチを期待していた。
でも、待てども待てども二人が一切動かない。お腹すいてきた。
気付くと、奥でシンが釣り竿を持ってる。しかも、次から次から釣り上げてる。
シンに気付いたリュートとキースから、焦りを感じさせた。二人の釣果はなし。しょぼくれた顔は見ものだったわ。
お店の人に頼んで魚を調理してもらう。
焼いた方は、柑橘類の、サッパリとした爽やかな酸味と、独特な香りが癖になる味付けが口いっぱいに広がる。
蒸した方も、こっちは玉ねぎの味が強く効いてた。どちらも程よく濃厚な脂が乗ってるけど、引き締まった味わい。
どちらも美味しゅうございました。
食後の余韻に浸っていると、ザワザワと休憩所の外が騒がしい。
***
「熊だーーーーーー」
耳を劈く大声。数人が休憩所に飛び込んでくる。
覗き出ると、確かに、いる。
「彼」と洞窟で見た、それを思い出す。異形。リッチ。ミノタウロス。
熊は人より遥かに大きく、軽く薙ぎ払っただけだったが、巨木が折れ倒れる。
戦慄した。口元に手を当て、漏れ出そうな声を抑える。
シンは黙って抱いていたミーノを私に手渡すと、怪異に向かって進む。
キースとリュートも、さすがに立ち止まっている。
エレナはリュートの背にしがみつく。
ミーノが力強く私の袖を掴む。何かを感じ取っているのだろう。
「シン、やっちゃって!」シンの背中に投げかける。
逃げ惑う人たちを避けながら、シン悠然と驚異に立ち向かっていた。
見覚えのあるワンピースが、熊の前で腰をついている。
あの乙女だ。動けない彼女を見て、いてもたってもいられなかった。
熊はゆっくり近づくと、腕を大きく振りかぶり、ブンッと彼女を襲う。
あぶない!
と、その時、盾を持った騎士が彼女の前に出た。
バーンと、盾ごと吹き飛ぶ騎士。
彼女は倒れ込む騎士に駆け寄り、泣き叫んでいるようだ。
シンは歩きながら足元が光る。見覚えのある形。魔法だ。
熊はさっきまでと打って変わって機敏に動く。
シンの繰り出す無数の黒い手を、ササッと躱していた。
反撃、とばかりに熊は突進した。
ドン!と、シンを吹き飛ばす。黒い手はシンを守るように受け身を取る。
***
私とキース、リュートで吹き飛んだ騎士を助けに行った。
熊は、シンに気を取られている、その隙に。
顔を覗き込むと、騎士は、案の定ボーイフレンドだった。
乙女は、彼氏を胸元に抱きかかえて座り込み、「なんで、なんで」と言葉にならない。
涙。ツーッと哀しみの涙が頬を伝い、泣きじゃくる。
そんな乙女の涙を見て、気持ちが同調する。
私もひと粒、涙を落とした。
歌い出しは、乙女の髪、亜麻色。
風に優しくつつまれる、長い美しい髪色。
乙女とボーイフレンドを見て、思い出していた歌。
乙女の恋の歌。優しい音色。
歌詞に出てくる言葉は、もちろんさっぱりだったけど、情景が思い浮かぶ。
サァーーーー
歌いはじめると、光が充満する。
光はカップルを包む。キースも。リュートも。立ち並ぶ貸し道具屋も、休憩所も。熊も。シンさえも。
光は湖に届き、その光を湖が吸い込む。
私は歌い終えて、閉じていた目を静かに開く。
騎士は意識を取り戻したようで、乙女の手を握り返している。
言葉なく号泣する乙女。見つめ合って自分達だけの世界に突入している。
熊は、シンとの争いをやめ、走り去っていくのが見える。
ドンドン姿は小さくなっていく。お尻は案外プリティだ。
ひと安心していると、シンが涙ながらにこちらに近寄ってくる。シンって案外涙もろいのよね。
「お嬢様、助かりました」
シンから何故お礼を言われたのかわからないまま、エレナに預けたミーノの様子を見に行く。
***
後日、この出来事を機に、「女神の湖」と呼ばれるようになる。
歌の旋律の一部に別の歌詞が当てられ、歌い継がれることになる
また、巨獣を退けた女神として祀られ、リナの石像が建立されるのであった。




