■いつでも夢を
緑が強く、生命力に満ち満ちた木々、時折ザァザァと降り注ぐスコールは、景観の変わり目をはっきり教えくれた。
フーッと深呼吸をすると、湿り気の中の様々混ざり合った果物ような香りは、乾いた大地の土煙の匂いを忘れさせてくれる。
もうクシャミの心配はなさそうだ。砂埃がそりゃあ酷かったのよ。
ただそれとは別に、幌が雨漏りでもしないか、という新たな悩みを連れてくる。
少し肌寒い。上着を一枚出すと、幼い赤子ミーノも寒かろうと抱き上げる。
乗り合い馬車の中継地点。その傍にあった商店で見つけた小袋をバサッと開ける。
ナッツの詰め合わせを店主がオススメしてくれた。
買い物の帰りという老夫婦にもお裾分けして、ちょっとしたティータイム。
執事見習いのシンは、無表情でちょっと怖いが、彼のお茶は何気に美味しい。
しかもナッツに合うよう、工夫してくれてるみたいだ。細かいことはわからないけど。
老夫婦はミーノに夢中だ。ミーノの振り撒く愛嬌にもうメロメロ。顔は緩みっぱなし。
ミーノも嬉しいらしく、特におばあ様から離れない。おじい様にも笑顔を振りまき、幸せそうだ。
二人は子宝に恵まれなかったそうだが、この時間だけは家族の幸せを堪能して欲しい、と思った。
二人を見ていて、「オシドリフウフ」という言葉を思い出す。
異国の言葉。知らない発音。でも、懐かしさを覚えてる。
ふと、懐かしさに浸っていると、つい歌を口ずさむ。
雨より優しく
今サーッと降り注ぐ雨は優しい雨音だったが、それよりも優しく歌う。
ああ、私、いつも歌っているな。男性と女性で歌うのが本来だったはずだが、私しか歌えない。ちょっと残念。
リュートお兄ちゃんにでも教えようかな。
隣に住む幼馴染キースと、その妹エレナが何やら騒がしい。また私が光始めたらしい。
ハッとして声を萎める。光も同期したかのように萎む。
また事故を起こすところだった。あぶない、あぶない。
シンが静かだし、大丈夫だったはずよね?
ご夫婦を見ると、ミーノに夢中で、光には気付かなかったらしい。
馬車は静かに雨の中を進む。もうすぐ終点だ。
***
終点。笑顔で別れ、宿場を歩く。州境のこの街。大きな看板が掲げられている。
大きなお祭りの開催時期や、宿や食事処、服飾のお店などの地図、観光名所などが満載だ。
看板の情報量に目を白黒させていると、今日の宿を探しに出ていたシンが合流した。
もう日が落ちる。宿に入ると、なんと馬車の老夫婦がいた。
強面さんが複数人、おじい様に対して凄んでいる。
「いいから金払え!」
黙って俯くおじい様を察して、お兄ちゃんが間に立つ。
お兄ちゃんは、強面さん達の顔を見る。ただ見るだけ。何も言わない作戦らしい。
「なんだ!?てめぇ!喧嘩売ってんのか!」
強面さんに胸ぐらを掴まれたところで、一瞬で組み伏せる。
相手の力、体重を拝借しつつ、関節の可動域を巧みに利用する柔の技。
剣術だけじゃなく、徒手空拳だっていけちゃうんだから。えっへん。
先頭の強面さんは、地べたでジタバタしながら、何が起こったかわからず混乱している。
その後ろに立ってた強面さん達も、死角に回ってパッと一撃で打ち倒す。膝を付く形で倒れ込んだ。
次の瞬間には、強面三人衆が持ってた武器は、部屋の隅にドサッと吹き飛んでいった。
腰に提げていた剣を、お兄ちゃんが静かに抜くと地べたの強面さんの喉元へ。
「帰れ」
案の定「おぼえてやがれ!」と叫び、私達を突き飛ばすように退散していく。
ちょっと感動していた。お兄ちゃん、人助けできるのね。
おばあ様が丹精こめて作ってくれた郷土料理に舌鼓を打ちつつ、話を聞く。
聞けば、おじい様は数年前に大怪我したんだって。で、その治療費を借りた相手が悪かった。
最初の約束と違う利子を要求するようになったんだって。
そんなことって許されるの?って思うけど、自警団も手が出ない相手らしい。
高利貸しのカルロス。この辺りじゃ有名な悪徳商人らしい。
カルロスの手下は毎日のように催促や嫌がらせ、営業妨害に必死なんだって。
老夫婦が経営する宿を売ることも考えてるだなんて、可愛そうになっちゃう。
料理はみんな美味しかった。
新鮮な生牡蠣。甘辛くピリッとした辛味のあるタレとの相性が絶品ね。
身がホロホロと崩れ、皮まで美味しくいただける川魚の蒸し焼き。
茹で蟹も最高。殻をはずすのはおじい様の得意技なんだって。全部やってくれたけど、今度教えてもらいたい。
全部の料理にワインが合う。素敵な料理をありがとう。おばあ様。
満腹になれば眠くなる。夜は更けていくのであった。
***
深夜。ゴロゴロ、ゴロゴロと梟のつがいがデュエットしている。
ふいに目が覚め、窓からボンヤリ外を眺めていると、火の玉が何個も近づいてくるのが見える。
火の玉かと思ったそれは、松明だった。
怖くなり、隣で眠るエレナを揺する。どうしよう!?起きてくれない。
男子部屋に向かい、お兄ちゃんを叩き起こすと、寝覚めの悪いお兄ちゃんは、寝ぼけ眼で夢うつつだ。
シンは、と振り返ると、もう事態を察知してるみたいで臨戦態勢みたい。
エレナの兄キースも寝間着姿だが、帯剣している。
シンは「隠れていてください」と私に告げると、なんと窓から飛ぶ。!?ここ三階よ!
窓から顔を出すと、地面で悠々と立っているシン。
「殺しちゃだめよ!」シンに大声で叫んだけど、聞こえたかな?
ほっとしたのも束の間、キースは部屋を飛び出していた。
部屋に戻るとミーノが起き出していた。勘が鋭いのよね、最近。
横で寝るエレナの頬をペチペチと叩くミーノ。起こそうとしてくれてるのね。
ミーノを抱き上げ、窓から下を見ると、深夜の大通りは多くの灯火で明るく照らされていた。
乱闘は既に始まっていた。シンは"いいつけ"を守って、魔法は使ってないみたい。
キースと死角を守り合う形で、問答無用に襲ってくる悪漢をあしらっていく。
キースとシンのコンビはなかなかお目にかかれない。しっかり見なきゃ!
でも、シンが持ってるのって箒よね?出入り口に立て掛けてあったやつ。見覚えがある。
シンは相手の太刀筋を全て見切ってるみたいで、威力の弱い瞬間を狙って剣を打ち払ってる。
ついでに穂先を顔に押し付けて嫌がらせしてる。埃が目に入ってるみたいで悶えてる。
ハハッなんか滑稽ね。
キースはいつもの構え。落ち着き払って相手を見定める。悪漢と言えど命までは奪わない。
深手にならない場所をエイヤッと打ち据える。
数十人はいようか、という悪漢を相手に、二人の技は冴え渡る。
悪漢達の打ち込みの雄叫びと、痛みを受ける悲鳴が交互にこだまする。
お兄ちゃん・・・には今は期待できそうもないね。夕暮れに活躍しちゃったもんね。
街のひとたちも気付いたようで、他の建物の窓も開き始めた。
「動くな!てめえら!」
キースとシンの奥にいる、手下を引き連れた親玉が二人を指差して叫ぶ。
「カルロスの旦那!」「旦那!」口々に悪漢が呼ぶ。あれが噂の悪徳商人ね。
「こいつがみえねえか」
若い女性が、短剣を喉元にあてられ、人質にされている。
「ユミ!」
老夫婦は既に真下の入口に立っていた。叫ぶおじい様を前に出ないようにおばあ様が抑えている。
ユミと呼ばれた女性は、泣き面で「店長〜」と心細そうにしている。
後で聞いたが、彼女は丁稚の子らしい。
「店の権利書を渡せ!そうすればこいつを返してやる!」
悪徳商人は、要求を声高に叫ぶのであった。
***
おじい様は、古傷が痛むのだろうか、足を引きずりながら、カルロスに近づく。
キースもシンも、おじい様を守るように周囲を見張る。
「いいから、権利書もってこい!じじい!」カルロスがおじい様をこずくのを見て、得も言われぬ怒りがこみ上げてくる。
ムカムカ、ムカムカとこみ上げるものをこらえていると、抱き上げたミーノが私の顔を触る。
その柔らかい手のひらにほのかな温かみと、指先の冷たさを感じ、「こうしちゃ居られない」という気分になった。
カルロスに倒されたおじい様。それを庇うお祖母様。それを見て、つい歌い始めてしまった。
星より密かに
空は雲ひとつなく、星が煌めいている。何もなければ。何もなければ、良い夜なのに。
私は目を閉じ、歌う。
おばあ様。料理おいしかったわ。明日もたくさん食べたい。
おじい様。殻の捌き方、明日教えてね。
ふたりのことを考え、歌う。
二人を見ていて、「オシドリフウフ」という言葉を思い出す。
その気持ちが前にでて、私の内側から光が生まれる。
眩い光の渦は、窓から漏れ出て、あっという間に大通りを包む。
ああ、男性パートを歌って欲しいな、なんて我儘を考えつつ、歌に気持ちを乗せる。
そのときの私の声は、向かいの建物の奥まで聞こえていたらしい。
光に包まれた者全員、例外なく武器を落とす。カルロスも、悪漢も、キースも、シンも。
やがて、カルロスは泣き崩れる。大のおとなが人前で大泣きだ。悪漢もそれに続くけど。
朝。んー。気持ちよく伸びをする。
何事もなかったかのようにエレンと顔を見合わせる。エレンも今起きたようだ。
あ、歌った。そうだ、昨晩歌った。あの後どうなったんだろう。シンに聞かなくちゃ。
寝間着を着替え、まだおねむのミーノを抱くと、朝食を食べに向かう。
廊下にでると、リュートが居る。リュートは、お兄ちゃんは、わからないよね?
食堂には既に人数分の料理を出してくれていた。昨日の人質の子も忙しなく働いてる。
「助かったんだね」と思うと、「おはようござます」と元気な挨拶が飛んできた。
つい吹き出してしまった。強面三人衆のひとりだ。強面さんが挨拶してきた。
昨日の厳しい派手な服装ではなく、ボロの仕事着だ。
野太い声もどこへやら。
私の手を取ろうとした瞬間、シンが割って入った。
***
私は敢えて、事の顛末を聞いていない。
「オシドリフウフ」の幸せそうな顔。ユミの献身。強面三人衆の心変わり。
それらがハッピーエンドを知らせてくれている。きっと、もう大丈夫なんだろうと。
兄バースのいる街はまだ遠い。馬車に揺られて、北へ、北へ。
ガタンゴトンと、緑の森を抜けていく。




