■雨のメモランダム
カンカンに照り付ける太陽は、ジリジリと私の肌を蝕む。
潮風の煽りで帽子が飛びそうになるたび、ギラギラと光が目を襲うから、つい顔を背ける。
そんな攻防が一段落すると、馬車は果樹園の隣を駆け抜けていた。
厳格に整備された畑では、たわわに実った果実を収穫中だ。
甘い、甘いその香りに、私はさっきまでの死闘を忘れ、幸せな気持ちになった。
しかし、馬車のなかでは、別の戦いがあった。
愚図る子をあやす幼馴染。
預かった子ではあるが、もう既に母親同様の愛情を注ぐその姿。
赤子も可愛い。そして彼女も尊い。
可愛いは正義なのだ。
それを実感していると、子はウトウトとお昼寝タイム。
彼女もつられてそのまま眠った。
二人を起こさないよう、そっとタオルをかけると、子を抱きしめ直す寝顔。
この愛おしい女性を見守りながら、果樹園を抜けていった。
***
私はリナ。兄に会うため旅の途中。
果実への欲求を抑えつつ、北へ北へ進む。
道中、果樹園の農夫のおじさんに手を振ると、笑顔で返してくれた。
旅は順調そのもの。馬車の揺れはちょっと気になるけど。
エレナに目をやると、ミーノに手をやりながら寝顔を眺めている。
最近のエレナはすっかり"母"の顔だ。
ミーノもエレナに一番なついている。ちょっと悔しい。
ミーノは普段大人しいけど、私が抱き上げると嫌がることもあるのよね。
お兄ちゃんのリュートも、時折"父"の顔を見せることがある。
さながら夫婦を見ているようで、なんだか、嬉しいような寂しいような。
二人には本当の夫婦になってもらいたい、と思いつつ馬車に揺られる。
キースはどう思ってるんだろう、とエレナの兄、キースが気になった。
***
キースは心の中で思っていた。
エレナがすっかりリュートになついちまって、兄貴としては寂しいぞ
エレナが生まれた時は、それはもう嬉しかった。
後ろをついて回るエレナが愛おしくて仕方がなかった。
なんでもしてやろう、と心に誓ったものだ。
エレナよ。リュートと仲良くしているのを見ると、寂しさでいっぱいになる。
リュートも親友とはいえ、少しは遠慮してくれ。小さい頃とは違うのだぞ。
あの頃のお前はもう居ないのだな。
この旅から帰れば、父上の後を継ぐために自警団に入ろうと思っている。
そうなれば、顔を合わせる機会はぐっと減るのだぞ。
もっと俺にも甘えてくれ、エレナよ。兄は、お兄ちゃんは・・・。
それにしてもリナだ。
あの歌。心揺さぶられる声。
野盗のときもそうだ。あの光。全身を飲み込まれるような、優しい光。
この気持ち。これは・・・恋・・・なのだろうか。
でも、あのドジっ子リナだぞ。と思っても、つい目が合うたびに伏せてしまう。
どうしちまったんだ、俺は。平静を装えているだろうか。
気持ちがバレてないか、そればかり気にしてしまう。
***
リナを見ているとつい、からかいたくなる。
小さい頃からドジなアイツは、キースやエレナとは違って、どこか抜けてた。
ドジばかりのくせに、言うことだけは一人前。それがリナだ。
洞窟での一件以降、どうも調子が狂う。
なにより歌だ。毎朝聴いていた歌。前々から歌だけは認めてた。
でも最近はどうだ、光るんだぞ。さすがに驚いたが、それ以上に傷が治るだなんて。
とてもじゃないけど、あの街には居られない。
リナが誘拐でもされたら、それこそ一大事だ。
親父にも兄貴にも顔向けできなくなる。
シンにそれとなく聞いても、微笑むばかりで答えやしない。
何か知ってることだけはわかったつもりだが、どうなることやら。
***
「ねえ、キース」
エレナとリュートを前に、すこしバツの悪そうなキースに声を掛けた。
「エレナとリュートのこと、どう思う?私はお似合いかなって」
リュートはその言葉を聞くなり、照れ笑いを始めた。
言葉を返すように、リュートは続ける。
「そんなことより、お前の歌、すごいよな。」
その後続く言葉は、からかい混じりで、褒めているようでもなんだかとっても不愉快だった。
からかいにはエレナも参戦してきた。
こうなったときの二人の猛攻は激しい。
グスン。悔し涙が出始めたところで、キースが助けてくれた。
「おいおい、言い過ぎだぞ。リュート。かわいそうだろう」
シンは静かに見守ってくれてるが、四人の間には入ってこない。
ミーノはエレナの髪を掴んで遊んでる。
キースの背中に隠れると、リュートの必殺のひとことが飛び出す。
面白おかしく言い換える癖は知ってる。でもそんな風に思ってたなんて。
悔しくて悔しくて馬車から飛び出した私は、汚れることも構わず走っていた。
私の悲しい気持ちに応えるかのように、風が頬で雨に変わる。急な雨模様。
ザァザァと降り注ぐ雨は今の気持ちを伝えてるよう。
信じてたのに。
ひとしきり走って息を切らす私のところに、キースが迎えにきた。
遠くでシンが見ていたが、ついキースに寄り添う。
何も言わず、肩を抱くキース。追いつくリュート。
エレナはミーノを抱いて、馬車にいるようだ。
思わぬ出来事に、兄は動揺している。
シンに促され、三人は馬車に戻るのだった。




