■浪漫飛行
バシャリ。
水鳥が遠くで飛び立つのをぼうっと見送る。
背筋をスッと伸ばし、軽く持ったパドルを交互にサッサッサと差し込む。
半ばまで沈んだ舟はまっすぐ優雅に進む。
舟はひとり乗りで、真ん中にぽっかり穴が空いた、長細い形状をしている。
思っていたより軽くて、私でも持ち運べた。といってもギリギリまでは馬車で運んでもらったけど。
パドル操作にはもう慣れっ子。波の立たないこの湖でならどこまでも行けちゃうかも。
湖の上だと、木陰がないから陽のあたりは結構強い。パドル自体は軽いけど、じんわり汗がにじむ。
よそ見をする余裕はあるのだが、なんとも腰元が蒸し暑い。
舟自体は沈んでるのに、なんで腰元は涼しくならないのかしら。
浸水防止のカバーのせいで熱がこもるのよね。
いっそ水に浸かりたいが、転覆だけは避けたいものだ。
***
幼馴染エレナと、その兄キースは、水辺でこちらを眺めてる。エレナに抱かれたミーノもなんだか楽しそう。
高らかな笑い声とともに、後ろから尋常じゃないスピードで私の兄リュートが追い抜いて行った。
とほほ、優雅なひとときが台無しよ。見なかったことにしたい。
私はリナ。今日の寄り道は大きな大きな湖。
代官補佐を務める、長男のバースを追って未だ旅の途中。
この近くには、五大湖って呼ばれる大きな湖があるらしいけど、その中でも最大級の大きさなんだって。
えっへん!どう?私って博学でしょう?さっき執事のシンに聞いたのは内緒よ。
昨晩泊まった宿で、この舟を貸してもらったの。一目惚れって奴ね。
リュートも同じこと言ってたのはちょっと癪だけど。
この湖には、ヌシが住んでるんだって。大きな大きな竜。お宿の女将さんは、それは得意げに喋ってた。
一度くらいは見てみたいけど、神出鬼没なんだって。いくらなんでも数日で見れるわけ、ないよね?
「リュート!リナ!そろそろお昼にしよー!」
結構距離はあるけど、エレナの爽やかな声がはっきりと聞こえる。そうか、もうお昼なのね。
朝から舟の乗り方やらを教わってたけど、見上げると日がもう高い。
舟を反転させて、戻ろうとした瞬間!なにやら黒い影が足元に!?
ザバァアン
大きな波?に飲まれて闇に引きずり込まれてしまった。
キャーーーーーー
かすかにエレナの叫び声が聴こえたけど、そのまま意識を失ってしまった。
***
スモーク・ホワイトフィッシュ。
燻製所でじっくり燻された魚をディップにしてクラッカーに乗せた料理は、とっても美味しかった。
燻製の香りって食欲をそそるのね。
でももうお腹いっぱい。もう食べられない・・・もう無理よ。
ハッ!
そうか、夢か。
昨晩の料理の夢を見るなんて。リュートにバレたら爆笑されてしまうわ。
目をこすりながら夢を反芻していると、なにやら周りがおかしい。
全体的に辺りは暗いが、ところどころ光が漏れてる。
瓦礫?そう瓦礫が散乱している。
キョロキョロと辺りを見渡しているうちに、奥のほうにふたつの青い宝石が宙に浮いてるのを見つける。
目を凝らしていると、その下に真っ赤染まった炎?が開く。
怖い!え?え?くち?顔!?と思ったのも束の間。
「人間よ。」
なんともプリティな幼女感のある声がこだまする。
最初は、顔と声が結び付かなくてオロオロしてしまった。
「人間よ。聞け」
ハイ! と背筋を伸ばして答えたものの、私は結局パニック状態。
眼前にそびえる巨躯に、星光鋭い宝石の瞳。
青い鱗、首元には威厳のある髭、それはそれは気高い角。
たまに刺す太陽の光が反射して、とてもキラキラ光っていて美しい。
なのに、甘ったるいプリティボイスなんですもの。
それから、はっきり姿が見えたとき、私は正直驚いた。
だって、ものすごく大きいのよ。そんじょそこらの動物なんて目じゃないくらい。
・・・湖のヌシ様なのですか!?
と恐る恐る聞く。軽く咳払いをしながらも黙って頷いてくれた。
***
話を聞き始める。要約すると、愚痴のオンパレード。
最近はお供えものが少ないとか、もっとデザート系もってこいとか。
他のヌシのほうがよっぽど優遇されてるとか。・・・ちょっと引いた。他にもヌシはいるのね。
そもそも私は、いったい何を聞かされているの?
そのうち、昔のお供えもので印象深かった話になる。
歌。
数日だけ、歌をお供えされたときがあったんだって。
それはそれは、ものすごく楽しかった思い出。
バシン!ズシン!
歌を思い出したのか、体を左右に、小気味よくひねり出した。
踊りに合わせて大地も揺れる。
いつの間にか、ヌシ様と仲良くなっていた。
ちょっと一息。腰に付けていたポーチから何気なくビスケットを取り出す。
水没したかと思ってたけど包みで案外平気だったらしい。
ヌシ様も気付いたらしく、いかにも物欲しげなまなこ。
フェリーナ ナサーサ ティーカティカ!
モリーナ サリーナ フィッコフィコ!
ナイスバディで!プリティになーれ!!!!
ヌシ様の怪奇な呪文が響く。
一帯が水蒸気に包まれたかと思ったら、ちょこんと眼の前には小さな女の子が。
でもどこか青っぽいというか、鱗っぽいというか。髭の代わりにマフラーというか。
宝石のような瞳に、気高い角は健在。まさか!!ヌシ様!?
「どうした人間。なにを驚いている」
驚きを隠せない私に、声をかけてくる女の子。
ヌシ様の威厳は?どこ?どこなの?探せど探せど、可愛い女の子がひとり。
「ほれ人間。貢げ。よこさぬか。」
ハッと我に返り、ビスケットを差し出すと、ふたつに割って半分返してくれた。
「はんぶんこってやつじゃ。よかったのう人間。」
二人で仲良くビスケットを食べていると、私は、何気なく歌を口ずさみ始める。
歌詞の意味は理解しているが、言葉そのものはわからない。でも忘れられない曲。
歌に合わせて、リズムに乗ってヌシ様も踊り出した。
バシン!ズシン!
体は小さいはずなのに、踊りに合わせて大地も揺れる。
揺れに身を委ねつつ、歌を続ける。楽しいひととき。
私はふたつの青い宝石を見つめ、ヌシ様は私を見つめる。
ふたり?の意気が合ったとき、私は光った。光って消えた・・・・。
え〜〜〜〜〜どうなっちゃうの????




