■いまはおやすみ
朝。パッチリ目が覚める。小窓からのそよ風が顔をほんのり触る。
ベッドから足が出て宙に浮いていた。
そのままぐーっと伸びる。枕は相変わらず行方不明。
泊まった民宿の香り。この周辺で伐採されたであろう木々の独特な芳香。
くち、鼻それぞれで一杯に吸い込む。もう限界!というところまで来たら止める。
ここで無の境地とばかりに思考を止め、なにもかも忘れたころに吐き出す。
これをやらないと目が覚めた気がしない。
私はリナ。小さな村に滞在中なの。小さいといっても、活気に溢れてる。
昨夜見た音楽劇。真っ赤に燃え盛るような断崖を大胆に取り入れ、時には優雅に、時には激しく。
まさか馬も演者だなんて驚きよ。鳴き声だってバッチリ歌に合ってて、そりゃすごかった。
料理だって負けてなくて、ステーキをピッチフォークに乗せて、油樽に浸す。
ジューッと一気に火が通る。でも焼けすぎてるわけじゃなくて、とっても旨し。
器用に大きなピッチフォークで調理するんだから。
ただ、それだけではなかった。感動した。
ベイクドビーンズ、ベイクドポテト、ガーリックトースト、などなどなど、覚えきれない料理は取り放題。
兄リュートに負けじと食べ比べしてたのは内緒。
***
昨晩の夢のようなひとときを思い出していると、幼馴染のエレナが慌てて駆け寄ってきた。
「ミーノ、ミーノがいないの!」
赤子のミーノがいないというのだ。いつも二人は同じベッドで寝ているハズ。
「シンは?シンが面倒みてるんじゃない?」
執事見習いのシンは、もともとミーノの親代わり。面倒見てても不思議じゃない。
「もう聞いたわ。何度も。何度も」
言い終えないうちに、エレナは泣き崩れてしまった。
私も一緒になって動揺してはいけないと思って、エレナの背中をさする。
昨晩は一緒に民宿に帰ってきたはずだし、まさかそこで迷子になるなんてないでしょう?
あの子は元気過ぎて、ハイハイでどこまでも行けちゃうし、なんならスピードも凄い。
こないだなんて岩に突進して無傷だったし。
でも変なものを口に入れてたらやだな、と思い二人で探しに出る。
エレナの兄キースも事情は伝わってるようで、リュートと探しに出てるらしい。
「ミーノ!ミーノ?」
大声で街中を進む。早い時間だったけど、街の人も心配してくれた。
「・・・いったい、どこへ」
両手を大きく広げて天を仰ぐ。鳥が翼を広げるように。
そんな仕草でミーノを待つエレナ。
ミーノは辛いことでもあったのかしら。
ん?そういえばシンは?シンなら魔法で探せそうね。
シンは宿かしら?とシンに気を向けると、目の前にはシンが居た。
***
シンが重い口を開く。
「ミーノ・・・ミーノはどうやら、盗賊の砦に向かったようです」
!?!?!?
どういうこと!?盗賊?砦?意味がわからなくて、何度も聞き返した!
「もう一回!もう一回お願い。ミーノはなんだって?」
何度聞いても同じ。盗賊の砦・・・なんてパワーワード。
昨夜。
食事帰りの私達、とくにエレナを狙う輩がいたらしい。
嫌らしい目つき、舌なめずり。如何にも悪党といった風貌でエレナを睨んでいたと。
で、宿を特定したところで、一旦輩が引き返してたんだって。
エレナに向ける殺気というか、どす黒い感情をミーノが感じたらしい。
シンも気がついてはいたものの、私のいいつけを守って静観していたんだって。
でもミーノは違った。思いのままに、あるがままに突進していっちゃったみたい。
それはまるで、裏山の洞窟で見たミノタウロスのように。
早速、兄たちも引き連れて現場に向かう。
街外れの小道から森へ入り、覆い茂る木々の間を進む。
商人、地域住人、ましてや狩人も寄り付かなそうな、寒々として、薄気味悪い場所だ。
そのもっと先。川のせせらぎがザァザァと聴こえてくる場所に抜けると、人工の建築物が見える。
砦、と呼ぶに相応しかったであろう廃墟は、今にも焼け崩れそうにぼうぼうと煙をあげていた。
***
「ミーノ!」
思わずエレナが大声で呼びかける。
すると、それに呼応するかのように、壁が。木が。建物が。砦のあらゆるものが崩れ倒れる。
ドドドドドドッドドドドドドッ
何に形容しようか、そう!ドミノ。ドミノの連鎖が目の前で起こったよう。
埃は辺りに舞い上がり、前もよく見えないほど。
そんな土煙舞う中、小さな小さな影。見覚えのある可愛い影が視界に入る。
ミーノ。
ハイハイをするミーノ。可愛い。そのひとことだろう。
手のひらや膝を汚すことはあっても、一切傷にならないミーノ。
よっぽど丈夫なミーノ。
ミーノはハイハイでこちらに突っ込んでくる。
そのパワーたるや障害という概念が存在しないとばかりに、全てをなぎ倒してきたのだ。
このままじゃ轢かれる!!!!
と心配したが、タイミングばっちりに、エレナに向けてジャンプ!
両手を大きく広げてミーノをキャッチ。鳥が翼を広げるように。
そんな仕草でミーノを抱くエレナ。
満面の笑み。やっぱり可愛い。
顔も、手も、足も。いつもの泥遊びさながらに真っ黒にしながら、笑みをエレナに向ける。
まさに天使のようなその姿に、一気に安堵が訪れる。
安心したのか、ウトウトするミーノに、やさしく「おやすみ」とささやく。
そんな中、白旗を上げて降参する盗賊たち。
ミーノは、たったひとりで三十人からなる盗賊団を壊滅させたのよ。すごいでしょ。
ミーノも、エレナも、なんだかドロドロ。
ふわっと吹いた風。風に舞う二人を見て、私はムズムズ。
歌いたい。言語は分からない。でも意味はわかる、不思議な歌を。




