■大空と大地の中で
一面を覆い尽くす苔。
どの木にも、どの岩も、分け隔てなく表面を覆う。
プーンと香る、その濃厚な青臭さに酔いそうになる。
木漏れ日はいかにも燦々としてた。
それに比べて、ジメリジメリと湿気を感じ取れる。
もはや獣道と呼ぶほうが良さそうなその道をゆっくりと進む。
ゆっくりでなければ足を取られそうだ。
足元にそよぐ草は刃のように鋭い。丈夫な裾の衣服に着替えて正解だったと思える。
思い返せば「幻想的」なのだろうが、今は鬱陶しいほうが勝っていた。
獣道を抜けるとそこの先には小川と呼べそうな流れに行き着いた。
ブーツが濡れると風邪を引く。そう思い素足になって小川を横切ることになる。
冷たい。これは冷たい。冷たさで転んでしまいそうだ。
両手まで凍える。凍傷にならないように息をフーッと吹きかける。
足の裏に意識を集中する。砂利の感触を確かめつつ、何か尖ったものを踏まないように。
冷たさは体力を奪うが、ここでは焦りは禁物。もうすぐ対岸だ。後少し頑張ろう。
森を抜け、小川を抜ける。今度は山登りだ。
抜けるような青空を見上げながら、山岳地帯を進む。
吹きすさぶ風が冷たい。飛ばされぬように身を縮こませる。
腰掛けられそうな岩場に出た。岩肌は雨風に打たれたのだろう、肌触りが良い。
我々の疲れを癒やさんと妖精が用意してくれたのだろう。
このあたりで一旦休憩だ。
スモークサーモンにクリームチーズ。彩り良くオニオンスライス。
私はこれにレモン果汁を追加だ。
スモークサーモンの塩分に酸味が調和を与える。
このベーグルサンドこそ、至極の一品だろう。
その余韻を楽しみながら、残りの行程を進む。
頂上まで後少し。心地よい疲労と戦いながら、一歩々々着実に進む。
ついには頂上だ。まさに青一色。今日は雲も見えない。
ふと足元には一輪の野に育つ花。
花はか細いが、太陽に向かって真っ直ぐ伸びる。どこか力強さを感じた。
それまで悩んでいた。生きることは、辛いこと、悲しいこと、だと。
今は花を見て思う。その花のように、力の限り生きようと。
向かいの山にはまだ雪がたくさん残っているのが見える。これだ。これが見たかった。
ここまで来た甲斐があった。あったはずだ。
山を下り、思い出になった。全ては「幻想的」になった。苔の王国も。氷の小川も。
***
隣の席のおじいさん。酔った勢いで、登山の話に夢中だ。
食事処の女将さんは、「いつもの話しだ」って笑ってる。
おじいさんの人生を語る独白。私はちょっとウルルンと感動してた。
あ、私はリナ。旅の途中で立ち寄ったお店でランチの前。
陽気なおじいさんは私を見るなり、その武勇伝?を語り始めた。
注文も忘れてついつい聞き入ってしまった。
「で、なににするんだい?」女将さんはやさしくも忙しそうにオーダーを待ってる。
「おじいさんの食べてた、ベーグルサンド!名物なの?」
私が言い切る前におじいさんが割って入る。
「ここのベーグルサンドは絶品だ。女将は怖いがな。がっはっは」
ちょっと怖い顔しつつも女将さんは、復唱しながら去っていく。いつものことなのだろう。
おじいさんの隣に、ちいさい男の子が座ってる。五歳、六歳くらいだろうか。
なんだか物言いたげにモジモジとしているところが、なんとも可愛い。
振り絞った声でひとこと、「おじいちゃん、もう帰ろうよ」
さっきまで陽気だったおじいさんは、スーッと神妙な顔になって黙って頷く。
代金をテーブルにジャラリと置くと、男の子の背に手を添えてトボトボと去って行った。
***
名物を堪能し、しばし沈黙の時間。至福の時間だった。
幼馴染のエレナが抱く、赤子のミーノがだぁだぁと窓に向かって手を伸ばす。
どうしたのかな?と窓の外を見ると、おじいさんと男の子がチンピラ集団に囲まれてる。
声は聞こえないが、どうやら言い争いをしてるみたいだ。
バンッ
おじいさんは、先頭のチンピラに殴られ、吹き飛んだ。
私は思わず立ち上がり、窓に近づく。
次は男の子!あぶない!
と思っていると、男の子を身を挺して庇う兄リュート。
いつの間に!?
背中を殴られて痛そうにしてるけど、男の子は無事みたい。
エレナの兄キースも駆けつけ、リュートの前に立つ。
執事見習いのシンは、無表情に様子を見守る。
やっちゃえー!と、エレナがすでに白熱してる。
チンピラたちはキースに殴り掛かるが、拳を巧みに避け相手を転ばせる。
ドス!ドス!ドス!転んだ相手に一撃!
次々に伸びるチンピラを見て、フーッと胸をなでおろす。
チンピラは仲間が駆けつけたが、一方的な状況を見るや、「おぼえてやがれ」
定番の捨て台詞が聞けるなんて。
そそくさと伸びたチンピラを担ぎ去っていった。
***
泣きじゃくって俯く男の子を、なんとか元気づけたい。
そう思っていると、おじいさんの話を思い出していた。
花はか細いが、太陽に向かって真っ直ぐ伸びる。
その花のように、力の限り生きようと。
話を聞いていて思い出していた歌があった。
その歌を口ずさむ。勿論、歌詞に出てくる言葉はさっぱりだ。
力強く歌う。遠い記憶の歌手は、歌い方は粘り強く、力強い。
歌い出しが特に印象的。一気に心を掴まれる。
生きる苦しみ、辛さを跳ね除ける。そんな歌。
自らの力で幸せを掴む。そう願って。
歌っていると、男の子と目が合った。ニコッと微笑む。
男の子もつられてニッコリ。
歌い終えるころには、おじいさんも気がついてた。よかった。




