■チェリ-ブラッサム
「不死の軍団」
それが彼女達の渾名であった。
連戦連勝、数的不利をものともせず、敵を降伏に追い込む。
倒れては立ち上がり、倒れてはなお立ち上がる。その様は、正に「不死」そのものであった。
敵は恐れおののき、やがて戦意をなくしていく。
そうやって勝ち上がった彼女らは、敵でさえも仲間に引き入れる。
開放した都市からの支援厚く、人気は絶大だった。
そして、この物語の全ての始まりは、帝国最南西にある伯爵領の、裏山の洞窟から始まる。
***
私の名前はリナ。代官の娘、それが私の立ち位置。
周りは私を、「ドジっ娘」扱いするけど、ひどいと思わない?
たしかに何も無いところで転んだり、忘れものすることもよくある。それはわかってる。
でも流石に「ドジっ娘」は無いじゃない?
父は帝国最南西に位置する伯爵領の代官職を預かり、家族で領事館で住んでいる。
兄は二人。長兄は成人し、隣接する侯爵領補佐官。次兄はすぐ傍で、私の機嫌を伺っている真っ最中。
母はいつも優しいけど、どこか抜けているところがあるのよね。
私は私で、今日も朝のルーティーンをこなすため、廊下をトコトコ進む。朝食前の掃除。これが私のお気に入りの日課なのだ。
窓をガラリと開け、新鮮な空気を取り込む。ビュゥッと吹く春風は、爽やかな気持ちにさせてくれた。
ふと、懐かしい気持ちになった。
聴いたことのない軽快な音楽、美しい歌声、派手な衣装に身を包む若い女性。
ギラギラと眩しい景色にそれを囲む観衆。そんな光景が目に浮かぶ。
女性の歌う、この世界の言葉ではない、知らないはずのその歌を私は歌える。そんな気持ちになった。
掃除をしながら、ついついその歌を口ずさむ。
歌詞に出てくる言葉はさっぱりだ。
でも、伝えたい「何か」はわかる。その気持ちを乗せて、声が大きくなる。
サビを迎えるころには、掃除そっちのけで歌いこんでいた。
すぐ前の塀を見やると、いつにも増して領民が集まってきていた。
この時間、いつも塀のあたりは領民で賑わう。
買い物の帰り道、そのことを聞いてみた。
すると口々に「元気になる」「肩こりが治った」「膝が軽くなった」なんて言われちゃう。
そんな効果ないのにね。そう笑いかけると、皆照れてた。
後でわかったんだけど、私の歌には本当に"癒やし"の力があったんだって。
それまでは、私が「ドジっ娘」だからって、からかいに来てるんだとばかり思っていたから。
幼馴染は二人。隣に住むエレナにキース。兄妹とはいつも一緒だった。
妹のエレナは私のお気に入り。贔屓抜きで可愛い。そりゃあもう私の好みだ。私が男なら絶対離さない。
でも、一緒にいると、いつも意地悪ばかり言うんだから。
リュートへの思いがあることはわかってる。そしてそれを黙っていることも。
あ、リュートは私のお兄ちゃん。私のことばかり優先して、エレナを構ってあげないんだから。
エレナは流行に敏感で選ぶ服も可愛いし、なによりスタイルも抜群。
それに比べて寸胴の私・・・トホホ。
あるときエレナに、「裏山に行こう」と声を掛けられた。
今回の目的地は、裏山にある洞窟。入口までは何度も行ったことあったけど、中を進むのは初めてだ。
なんだかとっても緊張する。
ランチを持って集合し、そのまま洞窟ピクニックを敢行することになったんだけど。
***
エレナ、キース、リュート、私。自然と列を成し、暗いデコボコした岩肌を進む。
入口も大きいけど、中も広い。岩肌にランタンを近づけると、自然に出来たものだと実感する。
ところどころ濡れているのは、昨日降った雨なのか、水脈が近いのか。
でも案外歩きやすいし、なにより四人とも元気だ。
進むうち、ときどき蝙蝠が飛んできてはキャーキャー騒いでリュートに抱きつく。
こんなときお兄ちゃんは便利よね。
キースはそれを見て呆れ顔。
キースは「こっちに抱きついてもいいんだよ」って冗談ばかり。からかってるのね。
鼠を踏んづけて転ぶと、皆「また、転んだ」ってからかってくる。もう!失礼よね。
エレナは私を見て、いたずら心が芽生えたのか、歩みを早めた?。
キース、リュートは私を気にしながらもエレナに続く。
「もう!待ってよ!」ついつい、大声を上げると、壁に跳ね返ってこだまする。
「えっ」
声が漏れたときには、足を滑らせていた。穴だ。
落ちるはずがない、岩盤のわずかな継ぎ目のような見えなかった穴。私はそこにスポン。まんまと落ちた。
「うーん」
気付いたときには、前のめりに横たわっていた。
落ちたときのことを思い出す。何度か岩肌にゴツゴツぶつかったと思ったが、痛みは無い。
着ていた服はボロボロになっちゃったが、怪我はないみたい。
「よかったー」
なんて口走って、おしりをパンパンと叩いていると、奥の暗がりに、なにやら存在感がある。
自分のランタンはどこかに行ってしまった。灯りこそないが、たしかにそこには「何か」いる。
目を凝らすと、人?人がいる?恐る恐る近づくと、顔が見えてきた。
相手のランタンが顔に近づく。若くもあり、年老いたようにも見える男性。
最初の印象がそれだった。微笑みを絶やさず、こちらを優しく見ているのがわかる。
大きな荷物を背に抱え、汚れた外套には年季が入る。
どこかか細く、頼りのなさそうな風貌だったが、それでも人がいることにホッと安心した。
手招きされてついていく。すると彼の「居間」がそこにはあった。
広げられたカーペット。その上にはいくつかのクッション。近くには焚き火の跡。寝袋は散乱し、どこもかしこも散らかってた。
クッションに招待され、私はストンと腰を下ろす。
温かいお茶を渡されると、顔が近づく瞬間があった。
「いやー、君は可愛いねぇ」
お世辞。キャー。ちょっと恥ずかしい。正直、嬉しかった。真っ直ぐな言葉に心躍った。小躍りしてた。
ボンッと顔を真っ赤にすると、すぐさまポンポンッと頭を撫でられた。
その瞬間。体の奥底から何かが走る。痛くはない衝撃は、心地よさがあった。
永遠のようで短いその感覚は、いつまでも忘れられなかった。
これが、「彼」との出会いだった。
彼が指差す先。下には大きな空間が広がり、よく見ると、所々に篝火のようなものが置いてある。全体を見渡せるほど明るい。
奥のほうから、見るからに大きい影が現れた。大男。でも頭は牛?牛のお面でもつけてるの?
彼が言うには、ミノタウロスという種族らしい。牛の頭を持つ怪力の巨人。
その一撃は岩も粉々にできるし、体当たりはひとたまりもないと。
そっと肩を抱き寄せながら、私に教えてくた。
抱き寄せられたのはぜんぜん嫌じゃなかったし、なんだか父を思い出していた。
方や、別の影がもうひとつ。おどろおどろしい影。どこまでいっても影。
突然ぱっと顔が浮かび上がったと思ったら、どうやらフードを被っていたらしい。
フードの袖先から覗く腕は、皮膚が無く、干からびた骨と筋のように見えた。
フードの奥の顔は青白く、皮膚は薄紙のように張り付き、眼窩の奥には影が揺れていた。
あっちはリッチ。この洞窟の長。これは果たし合いなんだよ、と彼の言。
始まりの合図などはなく、ふたつの異形がにじり寄る。
***
彼が近くにいるだけで、不思議な安心感がある。
もらったお茶を啜る。アツツ。つい声が出ると彼が微笑む。
自然と私も笑みを返す。他人とは思えない仕草。つい肩を寄せる。
ほろ苦いけど風味は濃く、なんとなく甘みがあるお茶で、遠い地方の名産らしい。
ホッコリ。彼は、異形のものの対峙を前に、世話話でほぐしてくれた。
束の間って一瞬よね。あのふたつはついにぶつかる。
先手を取ったのは、ミノタウロス。斧を片手に振り回す。
大振りのそれは、リッチがさっと躱す。
びゅんびゅんびゅん。空を切るばかりだが、あんな音するくらいだから、当たったら潰れそう。
何度やっても当たらないとわかったミノタウロスは、一旦距離を置く。
距離が出来たことで、リッチは持ってた杖を前にし、静かに佇む。
すると、足元が何か光る。朧げだけど形ははっきりしてる。
魔法だ。魔法は成功すると陣が見えるってお兄ちゃんが言ってた。
そうだ、お兄ちゃん。心配してるかな?ふと、離れ離れになってることを不安に感じる。
その不安を感じ取ってくれたのか、彼はまた肩を抱いてくれた。
「大丈夫だよ」
察してくれたのか、その言葉で何故か安心できた。
足元から無数の黒い手。ミノタウロスをつかもうと襲いかかる。
ミノタウロスは、大柄な体とは裏腹に、軽快に飛び退く。
飛ぶ度にズドン、ズドンと鳴り響く。
攻守は交代していたが、両方とも決め手にかかるみたい。
次に飛んだ先。一気に穴が広がり、ミノタウロスが沈み込む。
「えっなにそれ!?」
驚きのあまり声が出た。
闇の魔法。彼は魔法にも詳しいらしい。
そもそも魔法は、精霊にお願いして奇跡を起こしてもらうものなんだって。
で、今回は闇の精霊にお願いして、落とし穴ができたんだって。
魔法っていろんなことができるのね。つい感心してしまった。
足を取られたミノタウロスを、黒い手が動きを封じる。
徐々に沈み込むミノタウロスはついに、首だけが地面から出てるようになってしまった。
もう見てられない。顔を両手に埋め、背を向けた。最後は見られなかった。
彼にきいたところによると、リッチの勝利らしい。
ミノタウロスがその後どうなったかは聞いてない。怖いもん。
最初は怖かったけど、ミノタウロスが居なくなったことが悲しくなってきた。
メソメソしちゃだめだ!と頭ではわかっているのに、いつもの通り涙腺が緩んでしまう。
いつもなら、お兄ちゃんが飛んできてヨシヨシしてくれる場面だが、お兄ちゃんはいない。
「生があるから死がある。」
彼がふいにその言葉を言う。慰めだとわかっていても、私の胸はちぎれそうだった。
この世界の言葉ではない、知らないはずのその歌。
心を込めて、精一杯。リッチに気付かれてもいい。歌いたい。
私は、目をつむり、歌に夢中になっていた。
夢中で歌ってるとき、私は「光る」らしい。あとあと教えてもらったことだが、その時も光っていたのだろう。
私の歌声は光となり、下の巨大な空間を、優しく、しかし圧倒的な力で充満し、包み込んでいった。
***
後からそれは、夢、だったと思う。
彼に抱かれる。しっかりと抱えられて、私は安心する。
大きく深呼吸。安らぎの中に溶けていく。ゆっくり、ゆっくり・・・・
「リサ!おい!リサ!リサ!」
肩を大きく揺さぶられる。なによ!いいところだったのに!つい叫んだ。
お兄ちゃん!エレナとキースも真剣な眼差しで顔を覗き込んでいた。
あれ?彼は?
最初に彼のことを探した。探していた。彼の姿が見えないこと。それが最初の、最大の不安だった。
洞窟の入口で大の字で寝ているのを発見された私。
服はボロボロ、ランタンも鞄もない。お気に入りの鞄だったのに。
これじゃあ怒られて当然よね。グスン。
あれから三人は、私を探して走り回っていたと。
猟師や街の人にも協力してもらって、それはもう大騒ぎになったらしい。
彼のことを聞いても、誰も知らないと言う。
名前を聞いたはずの彼の名前が、一向に思い出せないまま、帰路についた。
父は真剣な顔で四人にお説教。かれこれ二時間よ、二時間。信じられない。
母は静かに見守ってくれてた。一言も無いの?一言も?
両親の別々の愛情表現を体感しつつ、その夜は更けていった。
数日後の朝方の廊下で、見知らぬ男と鉢合わせした。
キャッ
思わず声が出たが、男は跪く。
「お初にお目にかかります。リナお嬢様」
え?泣いてる・・・?私に会えて感動?なんですと!?
どうやら、執事の見習いで、雇い入れたらしい。
背が高く、細身で色白。美男子と言えば美男子なんだろうけど、無表情の奥に超越した何かを感じる。
無表情自体は怖いけどね。
黒髪で長髪気味。流行りには疎いのかな?シンって名前もなんだか怖い。
子供連れらしく、ミーノって言うんだって。
その子はとっても愛くるしい。栗毛でふわふわの髪は、撫でていると安らぐ。
ぷにぷにのあんよをもんであげると、キャッキャと愛嬌を振りまく。
面白いのは、角のような突起がこめかみにあるのよね。なんだか不思議。
二人を見てると、リッチとミノタウロスを思い出して、なんだか切なくなった。
シンはとっても有能で、父の指示も、母のお願いも、兄の無理難題もなんでもこなしてた。
全幅の信頼を寄せる部下が出来た父は、鼻高々だ。
あれから何日たっただろうか。
私は今、旅の準備をしている。侯爵領で補佐官をする兄バースに会いに行くのだ。
妹離れできない兄リュートと一緒に。
エレナとキースも行くらしい。いつもの四人だし、気が楽だ。
シンが案内役を買ってくれた。ミーノも一緒に行けるって。
そんなこんなで、私達は、侯爵領行きの馬車に乗り込むのだった。
12/31 誤字修正。




