21話 ダンジョンの真意
時刻は10時25分。テストが始まって40分程が経過した。私は今机と睨めっこしながら問題を解いている。
「……ふぅ」
思わず深呼吸をした。
あれから、特に何事もなく問題に着手している。
問題数は多いが、難易度的にはそう難しくない。もちろん、だからと言って簡単ではないから時間はかかるが、しかし十分答えられるレベル。この調子でいけばきっとクエストをクリアすることはできるだろう。
「……」
にしても、数学のテストなんて久しぶりだ。受験の時以来ではないだろうか。当然前世から数えれば、という話にはなるが、こうしていると昔のことを思い出す。
記憶に残っているのは受験勉強に勤しむ高校生時代。私は勉強が嫌いだったから、受験間近の高校三年生は苦痛で仕方なかった。毎日毎日勉強の日々。朝から夕方まで学校で勉強して、そのあとはそのまま直通で塾へ行って。授業がないのに自主勉タイムが始まるのだ。
それが嫌で逃げだしたくなって、不登校になりかけたこともある。けどそんな時友人が声をかけてくれた。一緒に勉強しよう。終わったら遊びに行こう、と。その友人はいつしか一緒の塾に通うようになった。そして私の生活は一変した。
毎日が苦痛ではなくなったのだ。毎日が面倒な日々に変化したのだ。そのおかげでどうにか大学に入れた。結局そのまま社会人になった。
私は前世からそういう運に恵まれている。それはきっと今世でもそうだと思う。
みんな私を好いてくれて、信用してくれている。だから、そんなみんなのために頑張りたいと思う。
前世で助けれくれた彼のように、辛い人を助けられるような人になりたいと思う。
「大丈夫、だよね? みんな」
自分のことよりみんなのことが心配だ。私はどうになるけど、前世の記憶がないみんなは本当にこのレベルを解くことが出来るんだろうか。
それともこれは私だけなのだろうか。私のレベルに合わせて問題がリポップしているってことなんだろうか。それならまだ何とかなりそうな気もする。そもそも習ってないことを出題されたら解くことはできない。応用発展にとどまるならみんなも解けるはずだ。
そんなこんなでテストを受けること45分。気づけば三分の二が終了した。
それと同時にチャイムが鳴った。
『放送部による経過報告を始めます。由利原愛が理科のテストをクリアしました。由利原愛が理科のテストをクリアしました。クリアタイム46分。続いて、家入涼香が社会のテストをクリアしました。家入涼香が社会のテストをクリアしました。クリアタイム47分。残り7教科です』
どうやら由利原と家入さんの二人がテストをクリアしたらしい。すごいな。さっき裕栄くんが体育のテストをクリアしたって言ってたからこれで3人目だ。みんな揃いも揃ってかなり早い。
多分早く終わらせた方が護衛班に負担がかからないだろうと思ってのことなんだろう。けど、それを実際に実行できる彼らはまさに異常だ。
私にはできない。今のところまだ三分の一残ってるし、早めに終わらせることはできるだろう。けど、だとしてもまだ時間がかかる。
「みんなが頑張ってる。私も、頑張らないと」
念の為言っておくと、私は前世持ちだ。そのおかげで今も躓くことなく問題を解くことが出来ている。
しかし、なんで私よりもみんなの方が早いんだろうか。やっぱり本人の実力に添ってテストが作られてるんだろうか。いや、だとしても早すぎる。
本人の実力に添って作られてるならもっと時間がかかるはずだ。つまり、私と同様、高校生レベルの問題が出題されたんだろう。
「尚更意味わからんな」
格の違い、とはまさにこのことだ。私にはない勉強の才能。まあ、一々僻んでいてもしょうがないし、頑張るしかないが。
そう思いつつ解いていくうちに、また放送部により二名のクエストクリアが報告された。一人は技術担当神崎くん、もう一人は美術担当の藤村さんだ。それぞれクリアタイムは60分と69分。残り教科は5教科。
私も集中して解いていく。周囲にはのっぺらぼうの生徒がじっとこちらを見ているがすべて無視だ。めっちゃ怖いけど無視。特に何もしてこないし、おそらくこれは私たちに圧力をかけるために作られたシステムだと思うから。そう思えば、何の問題もない。
「よし。できた!」
解き続けることさらに数十分。ようやくテストの問題を解くことが出来た。わからない問題もいくつかはあったが、基本的には自信がある。
空欄は3つ。習っていない偏微分の問題だけだ。
「すみません、提出してもいいですか?」
私は手を挙げながらそう言う。
「構いません。ただし、修正はこれ以上できなくなります。よろしいですか?」
「はい」
確認は既にした。時間はあったし、解きながら行った。これで計算ミスがあるならそれは仕方ない。数学にミスはつきものだ。
「では回収します。丸付けを行いますので今しばらくお待ちください」
そういって先生は赤ペンで丸付けを行いだした。今更だが、すごく緊張する。
正直テストは解いてる最中より答えが返ってくるときの方が緊張するものだ。あとテストが始まる直前。高校の時も大学生の時もそうだった。こればかりはまったく慣れない。
とはいえ、全力は尽くした。これでダメならも私にはもう無理だ。
「たしか合格点は75点だったっけ……」
それを下回れば私はクエスト失敗である。みんなに迷惑をかけることになる。
迷惑なんてもんじゃない。命懸けで私をここまで連れてきてくれたのに、結局ダメだったなんて。そんなの向こうの立場からすればふざけんなって話だろう。
よかった、そんな変な想像しなくて。そういうネガティブなこと考えてたらプレッシャーで失敗してたかもしれない。案外馬鹿なほうが邪推なこと考えなくていいのかもな。
「採点がが終わりました。宮野ルリさん、こちらへ」
「あっ、はい」
丸付けが終わったらしい。私は言われた通り先生のもとへ足を進める。
……うん。やっぱり緊張するな。
途中明らかにバツ書いてたし。
丸の音も結構聞こえた気がするけど、それでも怖い。もし失敗したら、なんて考えてしまう。
心臓がバクバクと鳴る。挙動がおかしくなりそうだ。今にも緊張で倒れそうになる。
「……では、結果を発表します」
先生はそう言うとテストを前に出した。
私は今一度深呼吸をする。
大丈夫だ。大丈夫。落ち着け。心臓の音がうるさいからなんだ。もうテストは終わった。今更早鐘を打ったところで意味はない。息もなんだか荒々しいが、大丈夫。テストの点数さえクリアできれば、私は自分の責務を全うしたことになる。
緊張なのか、圧力なのか。もはやわからないが。
頭も真っ白のまま、私は先生の前に立ち、テストを受け取った。
点数は右上に書いてある。高鳴る心臓を抑え込み、決意を固めると、私はようやくそれを見た。
「85点……」
点数欄にはそう書かれていた。85点。つまりーー。
「おめでとうございます。合格です」
「……合……格…」
しばらく経って、私は屈んだ。全身の力が抜けて、弱弱しくへ垂り込んだ。
緊張していたからだろう。余計な力が抜けたのだ。
「よかったぁぁぁぁぁ……」
テストをくしゃくしゃにしつつ、抱きしめる。正直不安だった。心のどこかで失敗するんじゃって思った。そしてみんなに攻め立てられて、死人が出て、罪悪感で潰されそうになって、ララにも失望されて。そんな光景をどこかで想像していた。
でもそうはならなかった。今になって自分の勇敢さが誇らしい。
一体私はなんで数学をやろうなんて思ったんだろう。
みんなの命が懸かっているような大一番になんで参加しようと思ったんだろう。今更ながらそれが分からない。
なんにしても達成感はすごい。あれだけ勉強して、あれだけ魔道具も作って。人も集めて。どうにか自分の責務を全うすることが出来た。それだけで大きな荷が下りた思いだ。
「よし! よし! あとは学校から出るだけだ」
浮ついた気持ちはあるがそれをグッと抑え込む。
まだ終わりじゃない。最後に私自身がこの魔物だらけのダンジョンから外に出ないといけない。それまでがダンジョン攻略。それまでが私の仕事だ。
私はほっと息をつくとゆっくり立ち上がる。
『放送部より、経過報告を行います。宮野ルリが数学のテストをクリアしました。宮野ルリが数学のテストをクリアしました。クリアタイム76分。残り4教科です』
半分を切った。残り4教科。多分、今行われているのは国語と英語、音楽と保健だ。国語は由利原が。英語は静香が。音楽は久遠くんが。保健は尋菜くんが行っている。
国語に関しては由利原が二教科目に受けているものだから時間がかかるだろう。けど、他三教科はあと20分もすれば終わるはずだ。それまでに私が外へ出れば私を守る護衛班が他の班と合流できる。
「こうしてる場合じゃない。出来るだけ早く出なきゃ!」
そう思い、私はドアを開ける。
最後の最後まで気を抜いてはいけない、いち早くここから出よう。そう思って。
「……あれ?」
しかし、そこで私はあることに気づく。
「開かない」
ドアが、開かなかった。
開けようとしても、鍵がかかったようにビクともしなかった。
「宮野ルリさん、何をしているんですか?」
先生が言う。
「テストが終わったので、外に出ようと」
私は咄嗟に答えた。
「いけません」
「……え?」
そう言われ、思考が止まる。
「まだ終わっていませんよ」
「終わってない?」
「はい」
先生はそう言うと、私の目の前へ足を進めた。
そして。
「……っ」
次の瞬間、視界がブレた。まるで空でも飛んでいるかのように、吹き飛んだ。
思考が消し飛ぶ。景色が変わる。気づけば机を巻き込み、そのまま背後のロッカーにまで激突していた。
「……ゲホっ、ゲホっ……ゲホッ……何、が……?」
痛みがくる。まるでトンカチでも叩かれたかのような痛みが頬を襲う。内出血したのか口からポタポタと血が垂れる。それを見て、ようやく自分が頬を殴られたのだと自覚した。
「……血?」
口元に触れた瞬間、手が真っ赤に染まった。前世含め感じたことのない痛みとともに、初めての光景が広がった。
ーーなんで?
訳が分からない。なんで今、私は殴られたんだろう。なんで叩かれたんだろう。わからない。なにも、わからない。思考が遅れてやってくる。そんな私に先生は何事もなく近づいてくる。
「この学校では独自のルールが作られています。失点につき罰一つ。つまり、あなたはあと14回、私から罰を与えられます」
「なに、それ……聞いてない」
知らない情報だ。失点につき罰一つ。つまり私が85点を取ったから15回殴られるってことだろうか。
そんなの聞いてない。そもそも罰ってなんだ。私はクリアしたんじゃないの?
「大丈夫です。罰が終わればあなたはここから出られますから」
「誰が……」
誰が、そんな理不尽なルールを。
そう思ったがすぐに首を振る。
それよりこの状況をどうにかするのが先だ。
私が、殴られないようにするのが先だ。
「くっ!」
先生の横を通りすぎる。そして先程吹き飛んだ時に飛ばされた鞄を回収する。
私が出来ること。それはこの魔道具によって自分を守ること。そのために私は魔道具を持ってきたのだ。
急いで中を弄り、魔道具を取り出す。
「扇子人形」
目についたのは扇子人形だった。ここに来る前、魔物から私を守ってくれた相棒だ。ほんとはバナナマンを使いたいところだけど、そうはいかない。あれはここに入る直前で廊下に落とした。
「いけっ!!」
私は魔道具に魔力を流す。扇子人形は決められたプログラム通り突風を形成した。それは自らを脅かす先生の方へと突撃する。
「無駄です」
弾かれた。突風はたしかに先生に衝突したが、しかし何事もなかったかのように四方へと散らばった。
「……なんで?」
「それがダンジョンが作った絶対のルールだからです。あなたはルールに従い、テストを受けました。そこに自分の名前を示した。つまりこれから行う罰は私に決められた責務であり、絶対のルール。あなたがどんな抵抗をしようが、そこに例外はありません」
「そんな……」
じゃあどんな魔道具を使っても無駄だってこと?
何をしても、結局あと14発攻撃を食らわないといけないってこと?
「……」
絶望とはまさにこのことだろうか。私の中で恐怖がとりついた。
「捕まえろ」
「捕まえろ」
「捕まえろ」
その時、声が聞こえてきた。
今まで何もしてこなかったのっぺらぼうの生徒が私を拘束してきた。
倒れた私を起こし、そして四肢を掴んでくる。
「はっ、離せ!! 離せよっ!!」
言葉は通じない、生徒たちはにこやかな笑みを作って、私を強く締め付けている。その力はおおよそ私の力をはるかに上回り、それこそが、先生の言う絶対のルールだと。抵抗は無駄なのだと、そう言っているような気がした。
「では、いきますよ」
その声とほぼ同時。私は蹴られて、吹き飛んだ。教卓にぶつかり、そのまま黒板に叩きつけられた。
チョークが地面に転がっていく。粉々になっているのが目に入る。
痛い。
痛い。
痛い、痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。
感じたことのない痛みがさらに上書きされる。
苦しい。痛い、辛い。
なんだ、これ。
知らないことだらけだ。ダンジョンってこんなに理不尽なものなのか?
生徒はまた私を立ち上がらせ、先生もまた、こちらに歩いていく。
「やめて」
言葉が漏れる。
「やめてよ」
気持ちが漏れる。
「次です」
「あああああ!!!」
殴られ、そのまま黒板にめり込む。痛みは和らがない。どころか、さらに増していく。壊れそうだ。声も届かない。何を言っても教室のドアは開かない。そこは黒く、どす黒く、漆黒に染まっている。
「あと12発」
先生の高い声音が響く。彼女は醜悪に笑い、私の髪を雑草のように乱暴に掴み上げる。
歪む視界、痛む体。意味のない抵抗、あざだらけの体。そんな状況の中、私は思う。
あぁ……そっか。これがダンジョン攻略なんだ。
これが千代の言っていた、覚悟の話なんだ、と。
「……っ」
私は呆然と、迫りくる先生の横暴に対し、ただ耐えることしかできないのだ……。




