2話 前世の記憶が入ってきたけど別にいいや
翌日、朝起きると俺は大きく伸びをする。
昨日は中々にナイーブな気持ちになっていたが、寝て起きたからか、そんな気持ちは嘘のように消えていた。
「我ながら単純だな……。ーーん?」
あれ?
なんか、声がおかしい?
気のせいだろうか。今俺の喉から女の子のような透き通る声が出てきた。
「あぁ? なんだぁこれ? すっげぇ声」
喉に突っかかりがない。最近喉詰まりがすごくて声がガラガラしていたはずなのに、それが全部とれたみたいだ。
とりあえず、俺(?)は立ち上がると、洗面台へと足を運ぶ。そこで顔を洗い近くにおいてあるコンタクトに手を伸ばす。
「……」
コンタクトがなかった。いつも同じ場所に置いているはずのコンタクトが、どこかに消えていた。
おかしい。
いったいどこに行ったんだ?
というかーー、
「あれ? 私そもそもコンタクト付けないじゃん。ーーん?」
なんだ?
記憶が混濁する。
俺はーーいや、私は今なんて言った?
いつも同じ場所?
コンタクト?
いったい、誰が?
「……っ」
その瞬間、頭が勝ち割れんばかりの痛みが私を襲った。
まるで頭に釘を刺されてそのまま脳みそをつぶす勢いでトンカチを振るわれたような痛みだ。
「うぐっ……ああああ!!!」
電撃でも流されているかのような痛みに思わず叫ぶ。
痛い。
痛い痛い痛い!?
身動きが取れなかった。叫ぶことしかできない。頭を抑えながら、痛みが引くまでとにかくグッとこらえ続けた。
そうして。
痛みが引いたのは数分ほどたった後。
まるで何事もなかったかのように、痛みが引いていく。
「はあっ……はあっ……はあっ」
どうにか立ち上がるも、息は荒い。
耐え続けたせいで体が疲れていた。
腕にも力が入らない。だが、それでもわかったことが一つあった。
「まじかよ……頭が痛いと思ったら……男の記憶が入ってきたぞ……」
私の頭には前世の記憶とも言うべき、ある男の記憶が入ってきていた。
何事もなく、ただだらけた生活をした一般男性の記憶だ。社会人になったばかりで仕事に疲れて昨晩眠った。そこまでの鮮明な記憶。
それも夢じゃない。男の記憶は物心ついた頃から昨日のことまで、おおよそ私が知りえない記憶がしっかりと頭に入ってきた。
「……一体どういうこと……何で」
理屈が分からない。
まだ、何かに対して未練のある人生の記憶が入ってきたならわかる。そういう物語は昔小説やアニメで見たことがある。
だけど、何の未練もない、単にその日が辛いだけの男の記憶が入ってくるのは想定外だ。
……くっ。ほんと、どういうことだよ。
別の意味で頭が痛くなる話だ。
とはいえ、ゆっくりしている時間もない。
今日は平日だ。つまり学校がある日だ。
私は中学生、それも名前は伏宮京ではなく、宮野ルリ。年は14歳で、まだまだ現役。
決して働き始めたばかりの社会人じゃない。それだけはたしかだ。
混乱する頭を押さえつつ、一階に降りた。
一階には母さんと妹のララがいた。今は朝食を作っているらしく、ララはテレビを見ながら美味しそうに食べている。
「あっ、おはようお姉ちゃん。今日は早いね」
「あ、うん。そう、だね」
いつも母さんに起こしてもらうから今日は早い。時間を見てみるとまだ早朝の6時だった。普段は7時前に起きてギリギリになることを考えると、明らかな異常だ。
……これも前世の記憶のせいなのか?
早朝の6時に起きるのは伏宮のルーティーンだった。何ならここから昼の弁当を作って、そのままちょっと筋トレして車に乗り込む。それが当たり前の日常だ。
「……今更ながらちょっと怖くなってきたな」
「ーー? 何言ってるの? お姉ちゃん」
「なんでもないよ」
ともかく、記憶が戻ったならそれはそれで受け入れよう。
別に何かが変わったわけじゃないし、変な未練を思い出したわけでもないんだ。
何なら記憶が戻ったことで人生をやり直してる感があってちょっと得したまである。もっといえば、勉強した記憶だって残っているから頭もよくなった気がする。
「ふぅ。よし! 受け入れた。今日も一日がんばるぞ!!」
わからないことは無視。良い面だけに目を向けよう!
「んえぇ!? 何言ってるのお姉ちゃん?! お母さん! お姉ちゃんが急におかしくなった!」
ララがひどいこと言ってる……。
「ルリがおかしいのはいつものことでしょ? 一々慌てることじゃないわよ」
お母さんがひどいこと言ってる……。
「あ、そっか。ルリ姉、いい加減精神科行ったら?」
「みんなひどくない!? 私これでもちゃんとしてる方だから!」
「はいはい、何でもいいからさっさと学校行きなさい。ルリ、あんたは早く着替えて。もたもたしてると学校に遅れるわよ」
「……くっ。……わ、わかったよ。着替えてくる」
なんかひどい言われようだが。まあ、そんなことはどうでも良い。どうせ何か言ってもララに正論ぶつけられて黙り込むのがオチだ。私は前世同様物凄くだらしがないし抜けていることがあるので、しっかり者のララには何も言い返せない。だから言いたいことを喉元でとどめ、黙って服を着替えることにした。
にしても、本当に新鮮な感覚だな。
私はルリとしてずっと生きてきたのに、男として生きてきた記憶もある。しかもそれらがなまじうまく嚙み合ってるもんだからルリとしての記憶と混雑する。
それがいいことなのか悪いことなのかは分からない。けど、今はかなり頭がすっきりしているし深く考えなくてもいいだろう。
何より、この世界ならそういうことが起こっても不思議じゃないしね。
そんなこんなで、私は着替えた後、朝食を食べて歯磨きをする。そして母さんに別れを告げると、ララと共に学校へ出発するのだった。




