19話 イレギュラー
教室のドアが閉まる。それも勝手に。
「よし、これでまず第一目標はクリアだ」
「ここからは耐久戦だな」
「ああ」
それを見た、周囲の冒険者は特に気にしない。ただ一旦の問題はクリアした。そう、思っていた。
「なんだ? 今のはーー」
裕栄以外は。
たしかに、今ルリは教室に入った。それも無傷だ。一旦の問題はクリアしたと言っていい。だが、それと同時に疑問も浮かんだ。
ーーなぜ、今ドアが勝手にしまったんだ?
それは裕栄だけが気付いた異変だった。そして、ドアが勝手に閉まるというのは前情報にはなかったことだ。
「……」
違和感。
それを感じて裕栄は階段を上がり、教室へと足を進める。
そして見た、教室で起こっているその異常事態を。
「ーーーー」
そこにはなぜか先程まで誰もいなかった教室に、数えきれないほどの多くの生徒と一人の教師と思わしき人物が座っていた。
それも、見知らぬ制服を着た生徒と、厳しそうな面持ちをしたスーツを着た女だ。
「なんだこれ……違う。予定通りじゃない!」
本来の道筋はルリが教室に入り、リポップする問題用紙を解くことでクエストがクリアされるという流れだ。そこに他生徒の介入はないし、ましてやダンジョンからの介入もなかったはずだ。
つまり周囲の騒音に耐えながら本人が制限時間内に問題を解き、自動的に成績が打ち出され、終わりという流れだった。
それがーー。
「おい、宮野!! 聞こえるか!! 宮野!!」
「……」
返答はない。こちらから見ることはできるが、何の反応もない。
聞こえてないのか?
「おい、何してるんだ裕栄! お前はもう役割を終えただろ! こっからは体育のテスト受けるために体育館にーー」
「そうじゃない! イレギュラーだ! 宮野ルリが反応しない! 想定外の状況だ!!」
「なに!?」
俺の言葉に異変に気づいた仲間もすぐに教室へと目を向ける。そして同じ光景を見ると、驚いた表情ですぐに彼女に向かって声をかける。が、やはり返答はない。
「まずいな。これはまさかーー」
「ああ。そのまさかだ」
「え、なに!? もしかして何かあったの!?」
階段下の冒険者が裕栄に問いかける。彼女もどうやらこっちの異変に気付いたみたいだ。
こうなってしまっては情報共有を優先するのが得策だろう。
「急ぎで全冒険者に伝達を頼む!」
「伝達? 一体何を伝えるの!?」
「クエストについてだ! 今回のクエストが変更された!! 失敗する可能性が引き上げられた! すぐに全員にそう伝えろ!!」
今することは一つ。異変の共有だ。冒険者にとって情報共有は生き死ににも届きうる最優先事項。そして何よりイレギュラーが起きた場合、彼らはそれを一つでも見逃すことは許されない。
裕栄は顔を険しくすると、すぐに背後の窓を開けた。
「お前はどうするんだよ!」
仲間が問いかける。
「俺は予定通り体育のクエストを速攻でクリアする。そうすれば変更箇所が分かるはずだ、その共有を行う」
そういうと裕栄は窓から飛び降り、屋上へ。次の瞬間には姿が見えなくなってしまった。
「嘘だろ……続行かよ!?」
取り残された冒険者は呆然とした。普通ここまでのイレギュラーが重なればいったん退避するのが自然だ。
だが、しかしすぐに首を振る。
教室を見ると宮野ルリが教師に何かを言われ、着席しているのが見えた。
「もう始まってるもんな。流石に今更引き返せねえか」
今更である。ダンジョン攻略は既に始まった。各々が教室へと入り、もはや引き返すことなど不可能。それを察した彼は悔しそうに唇を嚙むと気を引き締めて魔物と対峙する。
「やるしかねえ、頼んだぞ回答班!」
イレギュラーが起きた。しかし、それを乗り越えてクエストをクリアすれば、問題はない。
そんな理想を胸に抱え、彼もまた予定通りの行動へと仕切り直した。
§
「これは……」
教室に入ってすぐのこと。目を開けると、そこには大勢の生徒と教師と思われる人物が一人立っていた。生徒はみんな着席しており、のっぺらぼう。顔の凹凸がなく、目も、口も、鼻も、耳もない。そして教師と思われる人物は厳しそうな顔持ちで教卓に立っている。
「魔物……?」
人ではないのは瞬時に分かった。私は咄嗟に鞄に手を入れる。
「あっ! あれ? バナナマンがない!?」
鞄に入れておいたバナナマンが消えていた。無くなったわけじゃない。ここに来るまであったのを見た。だが、どうやら教室に入る直前で落としたみたいだ。
「……まずい…のかな」
ドアの向こうは真っ暗だった。何も見えない。まるで黒い絵の具で塗りたくったかのように真っ黒だ。
ドアも開かない。鍵がかかっているのか、まったく開く様子はない。
「宮野さん、何をしているのですか? もうすぐテストが始まる時間です。席に座りなさい」
「えっ!? ……あっ、は、はい!」
先生と思わしき人物に言われ、とっさに返事をする。襲ってくる様子はない。というか、そもそもこんな話聞いてない。本来はここにテスト用紙がリポップするから制限時間内に解けば問題ないと聞いていたのに。
これもイレギュラーというやつだろうか。ともあれ、相手に敵意がない以上予定通り進めていくしかない。
「それでは、そろそろ時間が来ます。問題用紙を配りますので後ろに回してください」
そう言って先生は問題用紙を配り始める。落ち着こう。何がどうなってるかは一旦無視だ。とにかく、問題を解くっていうのは変わってないみたいだし、予定通りクエストはクリアする。
「制限時間は1時間半。問題用紙は二枚、回答用紙は一枚です。もし一定以上の点数が取れなかった場合赤点となり、追試を受けていただくことになりますので注意してください。なお、制限時間よりも早く問題を解いた人はその場で提出していただいても構いません。何か質問はありますか?」
先生の問いに手を挙げる人はいない。私は聞きたいことがあったけど、ここで聞いていいのかわからないので黙っておくことにする。
「どうやら質問はなさそうですね。ではテストを開始してください」
そうしてテストが始まった。私はとりあえず問題用紙をひっくり返して回答用紙に名前を書く。問題用紙は全部で二枚。制限時間が一時間半ってことはそこそこの問題数があるんだろう。ただ、一時間半もかけていたら外の状況がどうなってるかわからない。ここまで来るのにかなりの魔物がいたし、もしかしたらみんながあいつらに殺されるかもしれない。
怪我人の姿を思い出す。できるだけ早く解くべきだろう。
早速問題を解く。問題は簡単な方程式だった。そこから因数分解だったり、連立方程式だったり。さらには三角関数、微積分等々。計算系の問題が並べられている。
「……いやムズイな!?」
おおよそ中学二年生でやる内容ではなかった。完全に高校生の内容だ。しかも受験勉強を乗り越えてなきゃできないような難問まで。これをやれというのは中々酷なクエストである。
「……」
とはいえ、私ならできる。前世の知識を使えばどうにか合格点くらいまでは。
一応、出てくる内容は発展問題や応用問題って聞いていたし、ここに対してはイレギュラーじゃない。問題なく、解けるはずだ。
「よし、やるぞ私!」
今日まで勉強してきたのだ。それが全部無駄にならないためにも、クリアしないと。
そう思い、私は机と見つめ合いながら筆を動かした。
補足:通常、ダンジョンのクエストは変化しません。同じダンジョンであれば何度挑戦しても常時同じクエストとなります。
もしそれでも変更があった場合、ダンジョンが自分の意思で変更した、もっと言えばイレギュラーとして他の何か(クエストの仕組みや魔物の数など)も変化したと考えるのが普通です。
よって裕栄はクエストが変更されたと察したという訳です。




