第18話 世の中にズルという言葉は存在しない
ぢゅらおです。
夏休みの抱負は高校来の親友のイラストレーターの人と己のすることに立ち向かうということに決まりました。
「というーことで今日はこの店で私とロシアンルーレットで勝負してもらいますっ」
「ほぼ強制じゃねぇか」
「まぁまぁ...細かいところは捨てといて...」
「置いといてだろ。回収する気ゼロか」
「いやぁ、今日もツッコミのキレが抜群! よっ! ツッツキ名人!!」
「言うならツッコミ名人だろ...なんで、木を口で突っつかなきゃいけないんだよ」
来人と紗奈花が席に座ると、目の前には既に1口サイズのケーキが12種、1個ずつ皿の上に綺麗に並べられていた。
「今、私たちの目の前にケーキが12個あるのわかるよね?」
「あるな」
「これを1個ずつ食べていってその中の1つだけある世界一辛い唐辛子を使ったケーキを食べた方の負けってルールね!」
「・・・なるほど。ちなみに匂いや色で分かるとかはないな?」
「もちろん! 置き場所も定員さんが置いてくれたから私にも分からないよ〜」
「分かった。受けて立とうか」
「そうこなくっちゃ! ちなみに負けた方は料金持ちって事で...」
「紗奈花が負けたら、もちろんお前が払うって事だよな?」
「ルールだもん! もちろんだよ!」
「・・・後悔するなよ?」
「ふっ、それはこっちのセリフだいっ」
コツンとお互いの拳を合わせた2人はジャンケンをし、紗奈花から食べ始めるということになった。
(この勝負...我に運あり! 希望あり!)
来人の中でのプランは決まっていた。それは自身の運強さに賭けること。つまり、神頼みである。
「んー!!」
「おっ当たり引いたか!?」
ガタッと机が揺らし、前のめりになる来人。しかし、紗奈花の顔は徐々に緩んでいって・・・
「おいひぃーい!!!」
「ちっ。なんだハズレかよ──────」
「・・・ふぁあ、美味しかったぁ...次来人ね」
「うーん。じゃあ...これで」
1番目の前にあったケーキに手を伸ばして口元に持ってきた来人だが、すんでのところで手が止まる。
「・・・あ、あの店員さん?」
「はーい」
厨房にいる店員に声をかけると、来人は持っているケーキを指さして言う。
「ちなみにですけど、辛いやつってどれくらい辛いですか?」
「うーん...そうですね、この間来た辛いもの好きな男性の方はケロッと──────」
「あれ...じゃあ意外と辛くないんじゃ──────」
「ケロッとしてるフリしてましたけど、身体中から汗が吹き出てましたね」
「おーい!!」
一瞬見えた希望の光も実は地獄の炎。来人は持っているケーキが急に別の物に見えてきた。
というかその人...すごいプライドの持ち主だな、見てなくても辛いもの好きであるための意地を感じるぞ──────
「更にちなみになんですが、その唐辛子ってなんて呼ばれてるんですか...?」
「正式名称は長くて私も言えないんですが、別名は死人の囁きと呼ばれるそうですよ?」
「し、死人の囁き・・・」
「はい・・・なんでも1口食べたら死んだはずの人からの囁きが聞こえるからだとか?」
「それもう川渡ってないですか...」
「かもしれませんねっ」
ふわふわとした笑いを浮かべた店員は来人達に一礼すると、厨房へと戻って行った。
残された来人と紗奈花は目の前に並べられたケーキを再度見つめる。
「紗奈花...お前本当に死ぬ用意出来てる?」
「ううん! だって私負けないし〜」
「・・・そのニヤつき。いつまで持つかなぁ!?」
パクッと何も考えず自分の口に持っていたケーキを放り込んだ来人だったが、口の中に広がる程よい甘さに微かに口が緩む。
「こ、これ。本当に美味いな!」
「! でしょお〜!!」
「ロシアンルーレットっていう概念がなければ、純粋に楽しめたんだがな...」
「・・・そっちだって乗る気満タンだったじゃん」
「うっ...と、とりあえず次行きますか」
「もーう! じゃあ紗奈花の2回目行っきまーす──────」
※※※※※※
来人と紗奈花はお互いに当たり(ハズレ)を引くことなく順調に美味しいケーキを堪能し、12個あったケーキも今や2個を残すのみとなっていた。
「紗奈花〜。早く選べよー」
「待ってよっ。今様々な角度からどちらが美味しいケーキなのか判断してるんだから──────」
「諦めた方が早いぞ?」
「静かにして!」
「静かにしてくださいお願いしますだろ。ったく・・・」
紗奈花を待つまでの間、来人は意味もなく店の中を見渡す。すると店の奥に入った時には気付かなかったが、男の子が1人で座っているのに気付いた。
そこで来人はすぐ近くに来ていた店員に声をかけた。
「店員さん」
「はい。どうしましたか?」
「あ、いやあの子...」
「あの子がどうしましたか?」
「いえ、あれぐらいの子が1人でいるのが珍しいと思いまして...」
「あぁ...! あの子親が両働きでいつもお店に食べに来てくれる子なんですよ」
「なるほど、けど気のせいかもしれませんが、なんか元気ないような気がするんですが...」
「・・・いや。言われてみれば確かにいつもより元気ないかもしれないです...どうしたんでしょうね」
「ちょっと声かけてきますね」
来人はそう言い、まだどちらのケーキを選ぶかで悩んでいる紗奈花に対して一瞬ジト目を見せるとその男の子の所へゆっくりと向かう。
「・・・よっ。坊主。元気ないけど大丈夫か?」
来人はどういう風に声をかけようか少し迷い、なるべく気を使わせないように軽い感じで言った。
いきなり声をかけられて気を後ろに引いた男の子だったが、来人の言葉の軽さに少しだけ警戒心を解く。
「・・・お兄ちゃんに関係ないでしょ...」
言葉では断っても言葉の奥底から感じる本音に来人は微笑を浮かべると、目線を合わせるためにその場でしゃがむ。
「そりゃあお兄ちゃんに関係ないけどさ、坊主くらいの歳の子供が悩んでるの見て、それを無視したら今日の寝付きが悪くなるでしょうが」
「それ僕に関係ない...」
「・・・まぁとりあえずさ、何があったか俺に話してみろって」
男の子は自分の目線に合わせてくれている来人の目を少しの間じっと見ると、「実は...」と何が悩みなのかを話し始めた。
男の子は今度自分の学校で劇をやることになっていて、自分はその主役であること。親が劇関係の仕事をしていて自分にもそのプレッシャーがかかっていること。何度練習しても上手く演じられない箇所がたくさんあって、明日の練習会でみんなの前で見せるのが怖いという内容の話を時々涙目になりつつ来人に伝えた。
来人は男の子が話す間、言葉を入れる訳でもなく、ただ細かく頷いてじっと男の子の様子を眺める。
「僕やっぱり明日みんなの前で主役やりたくないって言った方がいいのかな...それとも練習会の1分前になるまで必死に練習してちょっとでもいいもの見せた方がいいのかな──────」
目線が落ち、声のトーンまで暗くなっていた男の子。そんな様子を見て、来人は男の子の胸に手を優しく当てると緩やかな声で伝える。
「そっか...じゃあ今、坊主は超えられない壁を目の前にしてるんだな」
「うん...」
「その上で聞くけど、坊主は主役やっててどう思う?」
「どう思うって・・・」
「他人に譲っても良いのかっていうこと」
「・・・いやだ」
弱々しくても、心から吐いたとわかる言葉。来人はそんな言葉に心を打たれつつ男の子の髪を手でくしゃっと撫でる。
「超えられない壁に立ち向かうんだな...坊主は」
「うん...お父さんが言ってたから。逃げても何も欲しいものは手に入らないって...」
「坊主、本当にかっこいいじゃん」
「でも超えられない壁にどうやって...立ち向かえばいい...の!」
ぐすっと流した涙を手で拭き取るがそれでも溢れてくる男の子に来人は持っていたハンカチを貸してあげた。
「超えられない壁さ。超えなくて良くね?」
「えっ?」
涙を拭く男の子の頭をポンポンと軽く手で触れ、来人はいつものような軽口を叩くように再度男の子に語りかける。
「超えられない壁? いいじゃん超えなくて。俺なら誰かが紐を下ろしてくれるか、手で掘れるくらい脆くなるまでそこに座って待ってるね」
「・・・?」
「坊主...頑張りすぎってこと」
「!」
「なんで明日までに完璧にしないといけないんだ? 練習会なんだろ? ならミスしたっていいじゃん。それに1人で頑張ってるっていうことはよく分かったけど、それ俺以外の誰かに話したか?」
「話してない...」
「壁にぶち当たった時に、真正面から超えようとするのはいい事だ。それは間違いない。たださ...」
来人は窓の外のオレンジ色に光り、今日の役目を終えようとする太陽を眺めながら続ける。
「間違いなく辛い思いをするのがほとんど。今の坊主のようにな。壁を超える事が目的なら誰かに助けて貰ったり、ゆっくりと時間をかけて自分のペースで超えればいいさ」
相手の事を思いつつ、なおかつ傷つけないような来人の言い方に男の子は来人の服に顔を埋め、抑えていた感情を全てさらけ出すかの様に泣いた。
来人はただひたすら頭を撫でていたが、男の子が泣き疲れたのか来人の服から顔を離すと、ぼぅーと目の前に置かれる食べかけのショートケーキを眺める。
来人はその様子を見て、先程までのシリアスな雰囲気を蹴飛ばすかのような悪戯顔を浮かべ、男の子を諭す。
「つまりさ・・・賢すぎるんだよっ!! もっとさバカになれ! バカに!」
「ば、バカ?」
「そう! 俺のように!」
「バカになったら壁超えられる...?」
「もうそんな壁反復横跳び出来るぞっ」
「──────じゃあ僕バカになる!」
「ストッ──────プッ!!」
といつからいたのか紗奈花が大きな声で叫ぶと、来人の頭をペシっと1発はたく。
「来人! 途中まで感動する話だったのに...」
「な!? 最後までいい話だったろ?」
「バカになれって言う前まではね!!」
「・・・お兄ちゃんの言ったことやっぱり嘘なの...?」
来人と紗奈花の会話をいまいち理解できなかった男の子は悲しそうな声で紗奈花に疑問を投げかける。
紗奈花は「あ、そういう事じゃなくて...」と男の子に言おうとした時、自分の隣で嘲笑ってくる来人を見て少しでもこのバカの意見に賛成することに悔しさを感じたが、男の子のために苦汁を飲んだ。
「・・・ううん! 私も壁に真っ正面から立ち向かわなきゃダメって事は絶対ないと思う。そこは一緒。ただね...」
先程の悔しさを晴らすように来人の耳を思いっきり引っ張って指を指す。
「痛い痛い!! 紗奈花まじ痛いって!──────」
「こんなバカになっちゃダメっ!! 分かった?!」
「バカってダメなの?」
「自分から成ろうとするのはダメ!」
「じゃあ...」
男の子は聞いていいものかと自問自答した上で、覚悟を決め来人と紗奈花に問う。
「なんでお兄ちゃんはバカになったの...?」
来人と紗奈花は顔を見合わせると、悪意は一切ないのに、悪意しか含まないその言葉に口を大きく開けて笑う。
「ははっ...! そうだねっ! なんでこのお兄ちゃんバカになったんだろうね?」
「バカになったなんて失礼だな!? なってたんだよ! いつの間にか!」
「・・・けどさ、世の中にはこのバカみたいにもっと悩む事が多いやつもいるんだよ。来人が悩んでないのは問題だけど」
「全て余計なお世話だな」
「だからさ、もっと気楽にね! でもしそれでも詰まるところがあるなら、私たちがまた話聞くよっ!」
「だそうだ坊主。なんかあったら俺ら頼れ〜」
「・・・頼りない...」
「ぶふっ! 頼りないって来人ぉ〜」
「お前のことだろ?」
「・・・お兄ちゃんの方」
「おっとお兄ちゃん(笑)? ドードーだよ? ドードー」
「あぁ...分かってる。分かってるさ、俺だってガキ相手にキレるほど子供じゃねぇ」
しかし来人の眉尻は誰が見てもつり上がっていた。さらに来人は拳を握って、込み上げる感情を分散...
「じゃあそんな子供じゃない来人に...はいこれ」
「?」
「ロシアンルーレット。これラストだよ」
「え?」
「残り2個で私が1個食べてセーフだったからこれ来人の。もちろんアウトのやつだけどね(笑)」
「・・・なぁ坊主」
「なーに?」
「何も聞かずに、お兄ちゃん生きてって言ってくれないか?」
「なんで?」
「ちょうど今、お兄ちゃん壁を登る紐が必要なんだ...」
「・・・! お兄ちゃん頑張れっ!」
「よし、いただきます...」
紗奈花が持っていた皿の上に残された死因になりかねない物体を来人は満を持して、何も考えず口の中に入れる。
最初はなんともなかったが、徐々に辛さが増えていき、最終的には口の中が地獄のような熱さとなった──────
「◎△$♪×¥&%#?!」
「来人、耳まで真っ赤っかだよぉ〜? くすっ」
「──────か! いまぞんなご、コッホっ!」
「・・・お姉ちゃん!! 僕、劇上手くできるような気がしてきた!」
「お、少年、来人に感化されたね〜?」
「うん! なんか他の人の表情見てたら、自分でもできる気がした! 大切なの、実体験...!」
「そこまで分かればもう紐はいらなくても、自分で壁登れるね?」
「うん!」
「よしっ! じゃあこのお兄ちゃんが火を吹く前にお家におかえりっ」
「うん! じゃあね! またね!!」
「はーい! またね〜!!」
男の子は火を吹いている来人と手を振る紗奈花に一礼すると、元気よく夕焼けの空の下を駆けていく。
それから少しして店員が気を利かしてくれた牛乳を飲み、やっと辛さが落ち着いたところで来人が喋り出す。
「・・・坊主は?」
「帰ったよ、それにしても来人ぉーなっさけなーい」
「その口まじで縫ってやろうか?...」
珍しくちゃんとした涙を浮かべる来人の顔を見て、紗奈花は逃すまいとスマホを素早く取り出し、シャッターをカシャっ──────
「脅しにも使うつもりなら好きにしろよ...」
「いやぁー、そんなことしたらもったいないでしょ? だ、か、ら...ホーム画に設定と...ポチー」
「頼む、それだけは!」
「むっりー!!! 良かったね来人〜。私が毎日見るスマホの顔になれるんだよ?誇りに思いなよ?」
「いや、それ本当に恥ずかしいから!」
「・・・むむ、確かに」
「な? そうだろ!」
「では休日限定ということで...」
「それでも良くねぇ!!!」
スマホを奪い写真を消そうとする来人をケラケラ笑いながら紗奈花は華麗にかわす。
「はぁーあ...面白かったぁ」
「いや、まったく面白くないが」
「とりあえず会計よろしく〜」
「・・・くっそ。負けは負けだ、男してそこは守ろう」
トホホと財布を取り出す来人。紗奈花は自分の荷物をまとめ、先に出口へと向かう。
「はいではお会計ですね〜」
「はい...」
「そちらの方も先日に続き、当店のご利用誠にありがとうございましたっ!!」
「・・・? 店員さん、こいつ先日も来てたのか?」
「? はい。おひとりで来店されまして、熱心に店の中を見渡したりしてメモを取ってらっしゃいましたよ? その時は理由は分かりませんでしたが、今ようやく意味がわかりました...いい彼女さんですね」
「・・・はい!? 彼女じゃないですよ!?」
「あら、てっきりそうかと...ごめんなさいっ」
「いえ、全然構わないんですが、ほぉ...」
来人は店から出ようとしている紗奈花の肩をポンポン叩く。よく見れば、何も辛いもの食べてないはずなのに耳を赤くしている。
「バカはバカでも、お前違う方のベクトルのバカなんだな」
憎たらしいほど唇の端がつり上がっている来人。
紗奈花はそれに怒る訳でもなくただ小さな声で──────
「・・・だって来人と初めて出かける場所でミスったら嫌じゃん...」
「え?なんか言いましたかね?」
「なんも言ってない!! 来人が困ってもぜーたい紐なんか下ろしてあげないんだから!!」
「・・・実際は?」
「めっちゃ頼んでくれたら....助ける、かも」
「くっくっく...紗奈花らしいや」
顎が外れるくらい大きく口を開けて笑う来人の背中を顔が赤くなりながらもお構い無しに強く叩く紗奈花。
そんな2人が店を出て残された店員は思う。
(もう君ら、カップル以上にカップルだよ...お幸せに...)
心の中で1粒の雫と共にハンカチを振る店員の姿と一緒にその日の太陽も役目を終えていった・・・