第15話 バカも時には役に立つ...よね?
ぢゅらおです。
大学は人生の夏休み(個人差あり)って誰か付けといてください。
ほのかに感じる夏の訪れを肌で感じるこの季節。本来であればまだ過ごしやすい気温だが、ある場所だけは少しだけ様子が違っていた。
「だからここはこの式にくっつけるんだって! 来人君さ、まさか君...バカ?」
「・・・バカと天才は紙一重だから」
「いやそれバカ=天才って意味じゃないから」
「くるっくー! そこは計算しなくていいんだよ! アルキメデスの定理ってやつ!」
「あ、アヒルのメス・・・?」
「ぐわっぐわっじゃないよ! ア! ル! キ! メ! デ! ス!」
「人の名前じゃん」
「大切なのそこじゃなーい...」
長方形の長机の真ん中に来人が座り、その隣を未夏と時雨が挟み込むように座っていた。
あの勉強会でさえ勉強出来なかった来人がなぜ今こうして机に向かい勉強に打ち込んでいるのか、話はほんの少し遡る──────
※※※※※※
「大変! 更月さん、くるっくーが!!」
「むむっ、さすがにこの美女2人の雰囲気にあたりすぎたか!」
「・・・」
「び、美女だなんて...私なんて全然」
「いいかい時雨ちゃん...美女が謙遜したら、一般ピーポーはどうやって謙遜すればいいのかいな?!」
「けど皆さんそれぞれ良いところがありますし・・・」
「(あ、ダメだ。この子根っからの良い子だわっ)」
「─────あれ、どこか具合が悪いんですか!?」
顔を手で覆い隠して唇を軽く噛む未夏に対して、時雨は手をバタバタして右に行ったり左に行ったり慌てた様子を見せる。そしてとりあえず自らの右手を未夏の額に軽く押し当てた。
「きゃあ! 更月さんも倒れた...私どうすればいいんですかぁ!」
「──────いてて、なんか騒がしいな...」
「あ! くるっくーが起きた! くるっくーが起きた!」
「目覚まし時計かって」
「世界で1番素晴らしい時計は────」
「それは目覚ましい時計」
来人が床で横になってる状態で上半身だけ起こしつつ時雨と繰り広げる寸劇の端っこで未夏は顔を真っ赤にしてうつ伏せで倒れていた。
「(美少女の手のひらで私のおでこに触れられた...あぁもう死んでもいい。というかいっそこのまま──────)」
「うーん、これ絶対しょうもないこと考えてる顔だけど...なんかした?」
「えっ? なんか更月さんの様子がおかしくてどこが具合が悪いんじゃと思っておでこに手を当てたらこうなっちゃったの...」
「ほぉー」
むくっとその場で立ち上がると蝉の抜け殻のように一切動かない未夏の元へゆっくりと近寄った来人は悪戯顔を浮かべ、バカにするように口調を変えた。
「へぇ〜、美女2人にあてられて倒れたんだぁとか? 俺に言ってましたけど? え、え、自分が倒れちゃうんですかー?(笑)」
「・・・くっ」
そんなの全く効きませんと言わんばかりに無動の未夏だが、よく見ると顔全体が赤くなり始めている。
そんな未夏を見た来人はますます調子にのってさらに畳み掛ける。
「ほぉほぉ、まさか更月さんあれだけ人生の先輩感出しといて、美少女からの優しさ1発でノックアウトするんですね? なんて浅いことですねぇ、ねぇねぇ?」
「・・・」
「そういえば更月様と呼んで欲しいとか言ってましたね? もちろん年上ですから呼ばせて頂きますよ? 初心な更月様(笑)」
「─────じゃないもん」
「へっ? なんて?」
そう言い未夏の口元に耳を近づけた来人。それを確認した未夏は息を大きく吸うと、お構い無しにそれを思いっきりぶちまけた。
「初心じゃないもんっ!! そりゃあ私だって1人や2人いた...かも知れないじゃん!! それに可愛いは世界共通の正義なんですぅーバカだから来人君はわからないか! ばーかばーか!」
「ぎゃあぁぁ! 耳がぁ─────!!」
耳元で急に発せられた一種の騒音に来人はその場でごろごろと転がりながら耳を押さえる。
「・・・急に大きな声出しやがってぇ、耳聞こえなくなったらどうするんですかね!?」
「清々するね...私が」
「あんたの話はしとらんわぁ!」
年の差に似合わない実に子供らしい争いをする来人と未夏。そしてそれを仲裁するかのように「カシャッ」とシャッター音が響いた。
「・・・えぇーと時雨さん?」
「時雨ちゃん!? なんで今写真を─────」
「あ! すいませんつい...」
「いや、時雨ちゃんのスマホの中に私の姿が保存されるの光栄です。うっすうっす」
「あ、俺も別に構わないけどさ」
あっさりと答える来人に対して、どこの名門野球部かと思うくらいの元気さと未夏特有の性癖を隠すことなく表す未夏の姿。本来逆では・・・?
「実は私、日記を作ってまして...」
時雨はその流れでスマホの画面を慣れた手つきで操作すると来人と未夏に実際に書いている日記のページをいくつか見せた。
「ほぉ、デジタル日記ってやつだね! これ毎日書いてるの?」
「はい! 写真とかはその日によって入れない日とかありますが、文章は基本的に毎日...」
「すげぇ、たぶん俺なら3日で終わるわ」
「さすがバカ。終わるスピードも異次元だねぇ、髪の毛坊主じゃないのに」
「あぁ!? いくら年上でも許さんぞゴラァ」
顎を上げ、少し目線も上げて相手を威嚇する来人だが、未夏の顔は余裕に満ちた表情。しかし目は笑っている。
「子供は怒れる時に怒りなさい。私は大人だからもうこんな事で怒らないけどね?」
ピキっと来人から音がした。どこから発生した音か分からないが確かに聞こえた。そして来人の顔は既に限界レベルでつり上がっている。
「時雨さん...ちょっと後ろ向いててくれるか?」
「ちょ、ちょっとくるっくー?」
「ごめんな。時雨さんの前では血を見せないって心に誓ってたんだけど」
「ち、血...すごい特殊な誓いだね、普通なら使わないよきっと──────」
なにかの映画で娘を救うお父さんみたいな雰囲気になっていた来人と時雨。しかしそれはあくまで雰囲気だけ。見た目はそんな甘ったるいものではなかった。
というのも来人は未夏に向かい拳を向けファイティングポーズを向け、未夏は人差し指をクイクイっと動かし挑発をしている。
「俺、こいつだけは許せんわァ!」
「青二才児が!! かかってきなさいよ!」
一触即発、もう後は誰かが軽く背中を押すか新たに爆弾を落とせば戦いの火蓋は落とされる。
「・・・! く...くるっくー勉強! 勉強しよ! この間出来なかったもんね、私がなんでも見るし教えるから手を血に染めるのはやめてっ」
「無駄だよ時雨ちゃん。バカはペンを握れないから」
「握れますぅー仮にも高校生ですぅー」
「そこまで言うなら今からやろうよ。私も一緒に見るからバカじゃないってことが分かったら私謝るからさぁー」
「おっけーおっけー...じゃあやりましょうか、戦争を?!」
「来人君よ、バカはボケーッと口を開けてればいいって事を教えてあげるよ」
「ちょ、ちょっとは仲良くしてくださぁい...」
かろうじて食い止めたものの、また新たな戦いが起こりそうな予感に時雨はほんの少しだけ肩を落として、「仲良くして欲しいだけなのに...」と再度口からこぼした。
※※※※※※
「だーかーらー!! やっぱりバカじゃん! こんな問題も分からないのによく乗る気になったね」
「んだとおら。今日はその...調子悪いだけだい!」
「勉強に調子いいも悪いもないでしょ? ただの勉強不足〜」
「くっ・・・」
そんなこんなで2時間近くずっと机に向かっているのだが、来人がその時間進んだワークはわずか2ページ分。来人自身も表向きは反抗してるが、心ではさすがに自分でもびっくりしていた。
(逆に俺凄くないか? このページに書いてある事何も分からない事ってあるのか...)
忘れてはいけないが仮にも国内有数の進学校の生徒である来人。少なくとも一般的な知識は持ち合わせているはずなのだが、来人にはどうしてもワークに書いてある言葉が日本語に見えない。
「くるっくーこれはさすがに...」
あーさすがにこれは飽きれられるよなぁ。だってこれ中学生ぐらいでもわかるもんなぁ...
そう考え、来人は心から恥ずかしくなった。一応この男にもプライドはある。まして1つ下の学年の子に教えられるこの状況に悔しくも感じていた。
「伸び代しかないよ!」
「・・・へっ?」
「確かに正直ここまでだとは思っていなかったよ?」
その言葉通りの正直な言葉に来人のHPが少し減った。
「けど、逆に言えば変な覚え方してないってことだもん!」
「と言いますと...?」
「答えを全暗記してる人よりくるっくーの方が断然ましっ!!」
「─────そうか、そうだよなぁ!!」
来人は褒められると伸びるタイプである。来人のHPが凄く回復した。それと同時に来人の心の中が晴れていく感じがした。
そして一瞬目をつむり再度開くと時雨の姿が一瞬ボヤけて見えたが、すぐにはっきりと捉えることが出来た。
「俺、ましなんだっ!!」
「そうだよっ!! くるっくーはましだよ!!」
「はははっ答え全暗記してる奴より俺はましだぁぁぁ」
「だぁぁ〜」
やんややんやと手を上げたり下げたりして嬉しさを表現する2人にそれを見ていた未夏が悩んだ表情を見せ、少し気まずそうに告げる。
「・・・私、全暗記勢なんだけど」
「「・・・」」
騒がしかった空気は一変、3人は何かに取り憑かれたように急に静かになると散らかった机の上を綺麗にして、椅子に再度深く座り直した。
「まぁ人それぞれだよね」
時雨がそう小さく口に出すと残りの2人も「その通り」と口を合わせ同感するのだった...
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「バァックショイッ!!」
いつもより盛大にくしゃみをした紗奈花はティッシュで鼻をかんだ後にその赤くなった鼻の下を人差し指で擦る。
「これはきっと誰かが噂をしてますなぁ〜」
なんて自分でもくだらない冗談を零したなと思った紗奈花はゴミ箱に見事ダストシュートを決めると、また机の上に広がるワークの模範解答の1つ1つに暗記マーカーを引いていくのだった。
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「来人〜もうすぐテスト始まるけど、勉強大丈夫か?」
「──────あぁ任せとけ」
「・・・そうか? ならよかった」
晃太郎が本心から心配そうな顔をしているので来人もそれに返すように顔に余裕を持たせる。が、内心ではそれどころじゃなかった。
(任せとけじゃねーよこのバカ!!)
何言ってるんだと自分を殴りたくなった来人。図書館で時雨と勉強をした日が経ち、ついにテストの日を迎えてしまった。今回の期末テストは日程が特殊で金曜日に2教科やった後に土日を挟んで月火水に3教科ずつテストをする。
来人は部分的にはノー勉ではないが、それでもほぼノー勉である自分がまるでテスト勉強が完璧だと言わんばかりに言ったことにムカついたのだ。
「あぁ、今日はいいんだ、今日は」
「あ、なんか言ったか?」
「──────独り言だ」
「そっか、じゃあ頑張れよ」
「おう」
チャイムが鳴り、自分の席に戻って行った晃太郎を目で少し追いかけ、ため息を1つ吐いて来人は視線を前に戻した。
「ふっ、下から見る景色は楽しみかい?」
「次その嘲笑するような目を向けたら・・・知らんぞ?」
「ごめん冗談! 冗談だからぁ〜!」
「ほぉ、残念。俺は本気だったのに」
「え? まじ?」
「それより今は話しかけないでくれないか? 集中してるんだ俺は」
「へ、やる気十分じゃないかあんちゃんよ」
「だから喋りかけるなって」
紗奈花からのだる絡みを素っ気なく返す来人。そんな様子を見て紗奈花が黙っていられるはずもなく少し俯いてる来人の視線に映るように机と来人の顔の間にくにゃっと首を伸ばす。
「紗奈花、お前近いって」
「おぉっと? いつもそんなこと気にもしない来人が...まさかす、好きな人でもd──────」
「出来てないわ。出来てたとしても教えないがな」
「ちょ、私たちの仲なのに酷くない!?」
「俺たちの仲だからだろ? 俺はこのままがいいんだ」
「・・・何いきなり言ってるのっ! まるで私たちカップルみたいじゃない〜///」
来人に注意され、首をすっこめた紗奈花は意図もしない来人からの告白|(?)に頬をほんのり赤く染める。
「おーいお前ら席につけー。テスト始めるぞー」
来人にとってはちょうどいいタイミングで、紗奈花にとっては悪いタイミングで先生が教室に入ってきて、クラスはテスト当日の独特の緊張感に包まれた。・・・2人を除いて。
「ねぇねぇ来人、消しゴム貸してよ〜」
「忘れたのか? ・・・ったくしょうがねーな...」
ゴソゴソと自分の筆箱を探したが、あったのは新品の消しゴム1つだけ。来人はそこで紗奈花に見えないように机の下で、消しゴムを手で2つに割った。
「ほら。片側汚いけどまぁ使えるし、いいだろ」
「全然問題ナッシングッ!! ありがとう来人〜」
「どういたしまして」
素直に感謝を告げる紗奈花。来人はその様子を見て「頑張れよ」と心の中で伝えた。
紗奈花は消しゴムを受け取り、自分の机の上に置くと周囲の様子をチラリと見ると、突然後ろに振り返り耳打ちをした。
「消しゴム作ってくれてありがとっ」
そう小声で伝え、紗奈花は前の人から問題用紙を受け取る。
突然の耳打ちだったので、来人の背中には嫌悪感では無いが、何かゾクゾクとした感覚が走った。
(・・・まぁさすがに、バレるよなぁ)
紗奈花から問題用紙を受け取ると視線が突き刺さるのを感じ、顔だけ少し左横に向けるとシャーペンを鉄棒を握るように持ったクラスの野郎一同(晃太郎は除く)のお姿があった。
その綺麗で整った姿勢に来人は関心しつつもなぜみんなしてこっちを見ているのか不思議に思い、1番近くにいる男子に聞いてみる。
「ちょ、どうした?」
「あぁ、来人。1つ聞くことがある」
「なんだ?」
「さ、さっき...間藤さんにき、き...」
「き?」
「キ...スされてなかったか!?」
「もっとはっきり言えよ、なんかこっちまで照れくさくなるって。・・・キス?」
「そうか・・・」
その男子生徒はこちらを見ている男子生徒達に手でジェスチャーを送ると、教室の先頭の列にいる別の男子生徒がジェスチャーを返してきた。
「ふむふむ...」
「どうした急に?」
「あ、今キ...スをしてないってことを伝えたんだけどな?」
「だからはっきり言えって」
「でクラスの男子の総意が出たから伝えるわ」
「いや総意ってなんだよ。それとキスってなんのこt──────」
「えぇーとな」
するとクラスの野郎一同(晃太郎は除く)が一糸乱れぬ動きで手でグッドマークを作り、それを首を親指で切るように手を動かし、そしてピシッと下に親指を向けた。それも笑顔で──────
「フリでも殺す。二度とやるな。だと」
【キーンコーンカーンコーン...】
始まりのチャイムと同時にクラスの野郎一同は一斉に問題に取り組み始める。
来人も自身の問題用紙に目線を落とすが、ペンを持つ手が震えていた。
(俺...いつキスしたんだよぉぉ?!)
心の叫びは誰にも気付かれないまま、来人の期末テスト1日目が幕を開ける──────