マーティ・ランバードの愛
兵士達は翌朝まで探していたが、
結局賊は見つけられなかった。
ずっと俺の部屋で話していたからなんだけど。
話しているうちにまた復讐心に火がついたのか、まさか翌朝の襲撃など予想していないだろうとジルが細剣を手にする。
ふと気づいたのだからこの細剣には、ジョイント部分が二つある。
つまりコレは魔道具?
プラムを見ると、我が意を得たりと
「その風のカートリッジ、貸してくれへんか」
と、切り出す。
俺はロッドにおさまっているカートリッジを見た。
「貸すも何ももともとプラムのものだろう」
「でも、いったんあげたもんをやなぁ」
と、モゾモゾ。
「ホレ!」と、ジルにカートリッジを手渡す。
「あんな話を聞いて、断れないだろう」
ジルがやっと微笑んだ。
しかし絶対に剣を通さない鎧の魔道具がある限り、どんな攻撃を受けても弾かれてしまう。
その対策から考えないと……。
まず、あのベストに魔力を注いだ記憶がない俺は、誰が充填したのかメイドさんに聞いた。
メイドさんも気になっていたらしく、王様付きのメイド仲間に聞いてくれていた。
それによると、あの魔道具はずーっと元勇者が使っていた聖剣と共に王様の部屋の壁に引っ掛けていたそうだ。
するとプラムが
「聖剣は魔素を吸収して形になるさかい。
聖剣がもつ魔力をベストのカートリッジが吸収して起動し始めたっちゅうことかいな」
まずは、あの魔導具をどうにかしないことにはジルは手出しができない。
皆が頭を抱えていると、ヒナが
「あんたカートリッジに充填出来るのなら、
吸い取ったり、放電?させられないの」
「いや、その前に聖剣から充填できるのなら
わざわざ俺がやらなくてもヒナが持っていればいいんじゃないの」
「まぁあかんことはないけど、結構な時間がかかるでぇ」
「ちょっと、私の質問にも……」
「まぁ、出来るって言えば出来る」
俺は手のひらを見ながら答える。
「けど充填よりも時間がかかる上に、
ずっと側で触れていられるのか」
「いなさいよ」
「テメェ」
「なんで勇者同士仲悪いねん。
もっと仲良ぅ……、そうや」
プラムの案に俺とヒナは、目を細めた。
朝日まぶしい廊下を、右手に中庭を見ながら魔道具を着た王様が近衛兵を連れて朝の食事へと向かう。
その廊下の先で、俺とヒナは膝をついて王様のお越しを待っていた。
「なんじゃ。まだおるのか」
王様が二人の前に立った時を見計らい、
中庭からジルが襲いかかった。
咄嗟にヒナが、聖剣を二人の間に投げ入れる。
と、勢いを停められたジルが王様と向き合う形で立ち止まる。
フンっと鼻であしらう王様。
一呼吸入れてジルはレイピアを繰り出した。
風のカートリッジを装填したレイピアは、
軽くジルの全力をしのぐスピードで突き刺す。
が、やはりその剣は王様に届かない。
「なんだ、王が襲われているのに見ているだけか」
王様は、振り返ってマーティ隊長を見た。
「いえ」
そう言うとマーティは、スラリと抜いた剣で王様を斬りつけた。
「もうあなたは、死ぬべきです」
しかし剣は防がれる。
「がっはっはっはっ!
ようやっと本性を現したかランバード」
「ナターシャ」
「マーティ」
二人の間に甘い時が流れる。
ランバード男爵家の次男としてマーティは生まれた。
家督を長兄が継いだ後、仕事を探していたマーティは近衛兵の試験に合格していた。
領内一の器量好しのナターシャは本が好きだった。
王都に行けばたくさん本が読めると言っていたのを
覚えていたマーティは、王都で仕事を探していたのだ。
結婚式を控えたある日、領地へ狩りの途中立ち寄った王様がやって来た。
なんと言ってもこれからお守りするその人がやって来たのだからマーティは張り切った。
が翌日
「さっそくで悪いが、帝国軍に何やら怪しい動きがあるらしい。
そこで此度、我が近衛になる貴公に偵察をお願いしたいのじゃ。
なぁに、朕からも兵は出すし。
サモトラ辺境伯からも息子が来てくれる。
……やってくれるな」
正直行きたくはなかった。
できれば挙式後。
ナターシャとの婚儀だけは済ませたかったが。
「今、近衛隊長の座が空いておる。
世代交代の時期も相まって、皆若くてな」
ニヤリといやらしい笑みをうかべる王様。
「もし手柄を立てて戻ってくれば、
お前が隊長だ。どうだ、悪い話ではなかろう」
貴公こらお前に変わったあたり、
距離を縮めて来ているのか、馬鹿にしているのか。
どちらにしても平と隊長職では給料が違う。
「わかりました。謹んでお受けいたします」
「おう、そうかそうか。
貴公ならそう言ってくれるものと思うておった」
また貴公に戻っている。
「では、出陣のご用意を」
王様の側近らしい男が、出発を急かす。
「今すぐですか」
「敵は待ってはくれませんぞ。
それにグダグダしている時間が、勝敗を決するかも
しれないとなれば……」
「わかりました。早急に仕度致します」
ナターシャにひと目会いたかったが、
王様の兵達もついてきて兎に角急かす。
父上と母上、それと兄上に挨拶を済ませ
バタバタと屋敷を出ることになった。
早くに出たせいもあって、翌日には国境の宿場町
まで進むことが出来た。
そこで、
「あれ。マーティやないか」
「えっ、プラム。プラムじゃないか!
久しぶりだなぁ」
肩をたたき合うのは、王立学院で同期だった
プラム・イージスだ。
気持ちが落ち込んでいたが、
旧友との出会いに心が沸き立った。
プラムは豪商の息子だが、放蕩がすぎて家督を弟に奪われている。
「なにやってんだよ」
「こっちのセリフや。
ワイは今、マクロ評議国からの帰りやけど」
今までのいきさつを簡単に話すと
「ほなワイも一緒に行くわ」
隣で聞いていた兵士が間髪入れず
「遊びに行くんじゃないぞ」
と凄む。
「途中まででっさかい、堪忍してくれまへんか。
それに道中、振る舞いまっさ」
そう言うとプラムは荷馬車に積んでいた瓶をバシバシ叩いた。
「いいんじゃねえか」
大柄のいかにも呑みそうな男が声をあげる。
上官なのか凄んできた男は引き下がった。
「いいのか、本当に遊びじゃないんだぞ」
「かめへん、久しぶりにジルの顔も見たいしな」
それから5日が過ぎ、瓶の底が見え始めたころ
二人はジルコニスタと合流した。
三人は肩を叩きあい再開を喜んだ。
その夜荷馬車にジュリアナを寝かせ、三人はヒソヒソと話し始めた。
「そんな話聞いたことないで、
帝国が攻めてくることなんてあるかい」
「私もそう思うが、継母が公爵家の情報筋から上がったきたので偵察がてら見てこい……と」
「なんや歯切れが悪いなぁ。
だいたい魔王軍が侵攻を始めたとかいう噂、
聞いたで」
「たぶんその線だろうが、」
「私もそう思っていまる。
兎に角、事実確認の上。王様に報告せねばならない」
「それだけやないんやろ」
「ああ、もしも有事の場合。
武勲を上げれば、
近衛隊長に任命してくれるとのことだ」
「そこも胡散臭いねん。
武勲を上げたからってぺぇぺぇが、いきなり近衛隊長。
ありえへんわ」
「実はなぁ、二人に話しておきたい事がある」
そう言うとジルコニスタは、妹が毒を飲まされていた事を話した。
「プラム!頼む。
ジュリアナを王都で匿ってくれないか」
「そんなん、お安い御用やけど。
相手が公爵家となると、すぐ見つかってしまうで」
「なら私が通っていた道場の師範が今、王都で騎士団の隊長をしている。頼めばなんとかしてくれる人だ」
「それはエエんとちゃうか。
……なんでマーティは騎士団いかんねん」
「近衛兵のほうが、給料よくてな。
ははは、こんど結婚するんだ」
「それは目出度い」
そっと荷馬車から瓶を下ろすプラム。
「チョトやけど、まだ酒残ってるで」
「良し!祝杯だ」
そののち三人は、荷馬車に積んでいたプラムのコレクションの魔道具から人型の人形を取り出しジュリアナの服を着せ馬に跨らせた。
次の日、ジュリアナは人形の服を着ることを嫌がったが
コレしか着るものがないためしぶしぶ着用し、荷馬車の中で人形の様にふて寝していた。
「私、御兄様と離れたくありません」
「私もだよ。ジュリアナ」
手と手を握り合い見つめ合う二人。
「なに見せられてんねん。行くで」
「必ず迎えに行くから」
「お待ち致しております」
「ほな、二人も気ー付けて。
なんやきな臭いで」
「ああ」
それからは、ジュリアナの人形が気づかれないか注意しつつその日の夕方には帝国の領界までたどり着いた。
「この辺りで良くないか」
大柄な兵士がそう言うと、待ってましたとばかり
兵士たちは抜刀しはじめる。
「私たちを斬り殺す為だけに、
こんなところまで来たのか」
ジルコニスタも剣を抜き構える。
「お前まで狙われていたのか」
「どうもそうらしい」
「まったく。帰ったら結婚式なんだからな」
「なら向こう側に付くか」
「バカにするな、友を見捨てたとあってはナターシャに顔向けできん」
「心配するな。お前も殺せとの命令だ」
「なぜだ。私は、近衛兵マーティ・ランバードだぞ」
「バカが、邪魔なんだよ。
お前の婚約者は、今頃王様の側室になって
ベッドでヒーヒー言ってるころさ」
「分かったらサッサと死ねや」
向かってくる兵士を一閃、
マーティの居合いが切り裂いた。
「中々やるようだが、この人数。いつまでもつかな」
おお柄な男の言うとおりだ。
この人数一人なら逃げる事も出来なくはないが、
ジルコニスタを置いてはいけない。
サモトラ家の兵士も三人いるが、皆老兵であてにはできない。
5分くらいなのかもう1時間たっているのか、
呼吸音が耳障りだ。
「ぐぉー!」
振り返ると、老兵の屍の中でそれでもトドメをさされないよう膝をついたジルコニスタが剣を振り回している。
私はジルコニスタに背に威嚇する。
「どうしたジル」
「なに、ちょっと休憩しただけさ」
しゃべっているうちは大丈夫、まだ死んでいない。
それにしてもまだ五人しか切っていないのに、
剣の切れがすこぶる悪くなっている。
私自身も致命傷は避けているものの、目が霞んできた。
二人とも口数が減った。
もはやここまでかと思ったその時、
まさかの援軍があらわれた。
「我が領土でその様な振る舞い。許すまじ」
そう言うと皇帝エルカミラ三世は、スルリと剣を抜き。
号令一声「かかれ!」
いつのまにか周りを取り囲んでいた帝国兵が加勢してくれる。
皇帝の横では、軍師らしい人が頭を抱えている。
公爵家の兵士は、まともに戦うこともなく壊滅した。
「エルカミラ三世皇帝陛下とお見受け致しますが、
なぜ我等を」
「なに、始めから見ていたからな」
えっ!私はキツネにつままれた様な顔をしていたのか
それともなぜもっと早く助けなかったという非難めいた顔をしていたのか。
「陛下にはそのまま見殺せと、儂が言った。
何があったか知らぬが、どちらにせよ他国のことと」
「それでも、助けていただいた事に違いはなく」
深く礼をする。
「気にするな。
爺は何があったか分からんと言ったが、最初から聞いていたのだ。大体のことは分かる」
「この礼は、いずれ必ず」
なぁ!っと振り向いたところに血まみれのジルコニスタが倒れていた。
「エルカミラ三世皇帝陛下。
厚かましいお願いで申し訳ないが、このジルコニスタ・サモトラは我が親友。
何卒手厚く葬っていただけないか」
陛下は頷いてくれた。
その後どこをどう歩いたのか。
本当にナターシャは側室になったのか、
どうにか王都までたどり着いたようだ。
その後近衛宿舎で目を覚ました私は、
帝国兵に化けた野盗の集団を壊滅させ、
一人生き残った英雄として近衛隊長になっていた。
王様は、約束をまもったのだ。
私は近衛隊長に、ナターシャは王様の側室になった。




