辺境伯サモトラ家の悲劇
「ジルコニスタ。
アナタもうお兄さんなんだから、ジュリアナのこと
ちゃんと見てあげてね」
やせ細った手で優しくジルコニスタの頬を撫でる。
「嫌だよ!お母様、早く元気になってよ!
もうすぐ本国から、優秀なお医者様が来られるから……ね。そんな気弱なこと言わないでよ」
微笑む顔に生気はない。
誰の目にも母、ジュリアンヌの余命は残り少ない。
バタン!とドアを勢い良く開けたジュリアナが、
ドロだらけの服で母のベットへ駆け寄った。
「見てお母様、病気が良くなるってメイドのアンに聞いた花。
サイネリアの花をこんなにいっぱい取ってきたの」
ジュリアナは、ベット脇に置いている花瓶へ自分が持ってきた花を押し込む。
「コレでもう大丈夫よね」
母は優しく微笑むだけで、じっとジュリアナの顔を見ている。
その夜、ジュリアンヌは息を引き取った。
長兄に続き御母様の死にサモトラ家は、日が消えたように沈む。
翌朝、死ぬのを待って来たかのようにヘルメス率いる王国医師団が辺境伯領へとやって来た。
ジュリアンヌの葬儀は、手早く簡素に済まされ
いつの間にか父様とヘルメスの結婚が決まる。
ジルコニスタは余り屋敷に寄り付かなくなり、
ジュリアナは、次第に体調を崩していった。
屋敷の中は、前よりも装飾品が増え見たことも無い絵画が飾られている。
「もう、知らない人の家みたいだ」
部屋で籠もっているジュリアナに久しぶりに会った御兄様がそう言った。
「アンも暇を出されて、もう知っているメイドもいないの」ジュリアナは俯く。
「お前も外に出たらどうだ。
ちょうど隣村に行く用事があるから、
連れて行ってやる」
「そうね、体調が悪いのだから屋敷から出ないように継母から言われているけど、たまにはね。
御兄様もいることですし」
二人は馬に跨り屋敷を出ていった。
その後を、血相を変えたメイドたちが騒ぎ立てる。
「そんなに心配しなくても大丈夫だから」
そう言って手を振るジュリアナを、
怪訝な顔の執事が見つめる。
隣村リニアでは、一時期騒ぎがあったとのこと。
遅ればせながらその事を聞いたジルコニスタが、
事と次第を調査に来たのだ。
しかし、その内容たるや。
「一月か、一月半ですか、王国の医師団がずっと滞在していました。
こんな小さな村に大勢いらっしゃったので、
もうてんやわんやの日々で……」
村長の言葉に、ジルコニスタは愕然とする。
「あんた!ソレ言っちゃいけないって言われてたんじゃなかったかい」
「そうじゃ。
スマンが、聞かなかった事にしてくれんかな」
領主の父様ならいざ知らず
自分達が誰かも知らない村長は、
拝むように手を合わせて背を向ける。
「やはりあの女は、母様が死ぬのを……」
怒るその肩を突然むんずと大きな手が掴む。
「ジルコニスタ様こんなところでなにか」
公爵家から来た私兵が、二人に威圧的な態度をとる。
ジルコニスタが何か言う前に
「それよりもヘルメス様が大事なお話があるとかで、
お早く屋敷へお戻り下さい」
と、矢継ぎ早に言い放つ。
まだ13歳のジルコニスタでは到底かなわぬ程
大きな体躯の男たちに囲まれる。
まるで犯罪者を連行するように連れて行かれる。
「さっ、ジュリアナ様も早く」
そう急かされ迎えの馬車へ向かう。
が、目の端にアンの姿が目に入った。
「乗る前に少し……」
そう言うと、お手洗いに行くふりをして
アンのもとへ駆け寄った。
「もう、アンったらなんで黙っていくのよ」
しかしアンは、兵士達の目をぬすむように一言だけ
「御屋敷の食事は、食べないで下さい」
「えっ、それはどういう意味なの」
アンはジュリアナの問いかけには答えず、
建物の陰に隠れるように立ち去った。
そういえばランチは御兄様が持ってきた
サンドイッチを食べたせいか、いつもより頭が回る。
そういうことなのか?
その日のディナーは、体調が悪いと断った。
継母はしきりに何か食べたほうがいいと勧めたが、今ではそれがかえって怪しく思える。
その夜、御兄様が部屋へ忍び込んできた。
ベッドの脇に座り、小声で話し始める。
「ジュリアナ。私は明日の早朝、兵を率いて帝国へ行く」
「そんな急に」
「継母様が言うには、公爵家からの情報で
帝国は軍備を揃えているらしい」
「それは、魔王軍に対するものでしょう」
「私もそう答えたが、帝国に一番近いのは我が領であり、何も無ければそのまま帰ってくればいい」
ジュリアナは、嫌な予感を胸に秘めつつも
何か良い打開策を思いつかない。
「それに王都からマーティも来てくれるそうだ」
「マーティ様って、御兄様が王立学院にいらっしゃった時のお友達ですわよね」
「そうだよ。アイツ近衛に入ったとかで、
もう会うことも無いかと思っていたけど
何故か今回、参加しているそうだ」
「まァ、御兄様ったら嬉しそうですわ」
「ここだけの話、それが目当ての遠征だったりして」
二人は時には笑い、時には深刻に明け方まで語らった。
翌早朝、馬上のジルコニスタの横には
ジュリアナも馬に跨り追随することになった。
継母は、その事に暫し考えをめぐらしたあと、
「よろしいのではなくて」
と、容認してくれた。
兵の数は二人を含めて32人。
途中で、マーティの部隊15人と合流した。
「久しぶりじゃないか、マーティ」
馬上のジルコニスタが近寄り肩を叩く。
「よっ!思ったより元気そうだな」
マーティのほうもジルコニスタの肩を叩いた。
すると集団の後ろの方で
「ワイもおるで〜」
プラムのこえがした。
「なんでお前までいるんだよ」
ジルコニスタは馬をあやつり馬車に乗っているプラムの
方へやって来る。
「ほんま久しぶりやなぁ」
王立学院ではよく三人でつるんでいた。
「こいつとは、本当に偶然なんだ」
「マクロ評議国の帰りにな、なんやものものしい集団の先頭に知った顔がるやん。声かけるしかないやん」
朋友は馬を降りて、そのままランチ休憩となった。
小一時間程たったのち、ジルコニスタがジュリアナに
プラムと共に王都に行くように勧める。
昨夜の話では、あのまま屋敷にいたのではジュリアナの命が危ない。
そこで共に行くことで一先ず危機回避出来ると考えたが、プラムと会ったことで王都に避難できればと、
新たな考えたが思いうかんだ。
「ジュリアナ、マーティが懇意にしている騎士団長がいる。気のおけない人物らしいので、
そこで僕が帰るまで待っていてほしい」
「御兄様、プラム様のところではいけませんか?あの方とも初対面ではありますが、御兄様からお話は何度か聞いたことのある御方」
「ジュリアナ、きっと継母は君を探すだろう。
つまり僕の知り合いの所は、危ないんだ」
「なるほど、あえて知らない人の所へ行って
目をくらませるのですね」
「すまない。不安だろうが、すぐ行くから」
二人はしっかりと抱き合い。
そして分かれた。
公爵家の兵士達に気づかれる無いように、
プラムの荷の中にあった人型の魔道具にジュリアナの上着を着させて馬に乗せ。
本人は、馬車の荷台に隠れた。
こうしてジュリアナは、王都にやって来た。
まずプラムが騎士団まで行き、団長のドノバンを呼び出す。
ついで、マーティの紹介で来た旨ジュリアナのことをお願いした。
ドノバンも最初は訝しんだが、豪商の御曹司の紹介ならば信用しよう。と、言うことになりその夜、
人目を忍んでドノバンの家へ行きそのままそこで過ごすことになった。
ドノバンは基本紳士だが、何度か夜這いに行ってもいいのか聞かれた。
その度にジュリアナは「ダメです」ときっぱり断るので
毎度大人しく帰って行く。
それから十日過ぎた日。
王都にマーティだけが、ズタボロのすがたで帰って来た。
そこからさらに十日が過ぎた頃、近衛隊長となったマーティが事情を話にドノバンの家にやって来た。
「帝国領に近づいたところで公爵家の兵士達が襲ってきたんだ。
僕とジルコニスタそれに君も、三人共殺すつもりでね。
こちらの兵は、
ジルコニスタを慕ってついてきた三人だけ。
奮闘したけど、無理だった。
ジルコニスタは深手を負い僕も余力がない。
けど、そこで援軍が現れたんだ」
「援軍?」
「ああ、正確には援軍ではないんだけど。
たまたま近くにいた皇帝エバンスが、
騒ぎを聞きやって来た。
彼は、ジルコニスタを知っていたんだね。
そこで一気に形勢逆転だ」
そこでマーティはいきなり土下座した。
「すまない。ジルコニスタを助けられなかった」
ジュリアナは、泣いた。
ただ泣いた。
マーティが何かその後も言っていたけど、
自分の泣き声しか聞こえなかった。
ジュリアナは泣いた。
そのまま泣き伏せ、いつの間にか夜になりまた泣いた。
ドノバンがオロオロとしていたが、
ハッキリとは覚えていない。
顔が泣き腫れるほど泣いて、剣を取った。
母親が嫁ぐ時に実家から家宝だと言われたレイピア。
今は、ジュリアナが受け継いでいる。
ドノバンの部屋へ行くとスラリとレイピアを抜いた。
最初ジュリアナが自分の部屋に入った時は、
ニコリとしていたドノバンも、真面目な顔で細剣を抜いている姿を前にただならぬ雰囲気に気づく。
「私に剣を教えてください」
そう言うと腰まであった金髪をバッサリと切った。
「これからは男としてジルと名乗ります」
ジルはジルコニスタの愛称だ。
敵をとるために、まずは強くならねば。
その日から文字通りゲロを吐きながら毎日の鍛錬にはげんだ。
それは自らをいじめることで悲しみを忘れようとしていることにほかならず。
その姿を哀れと思いながら、ドノバンも手を緩めず
ジルを鍛えた。
2年後、騎士団でも二番隊を任される程に成長したある日、間違いなく王が人前に出てくる好機をマーティから
教えられる。
プラムにサポートしてもらい。
万を期して挑んだ結果、
傷一つ与えることができなかった。




