無人タクシー
その夜は雷雨だった。
会社から帰ろうとする男の手元には傘がない。だから彼はタクシーを呼んでいた。ついこの間使用が許可されたばかりの無人タクシーだ。
突然のゲリラ豪雨で困っていたが、運よくすぐに迎えに行きますとのことだった。
しばらくして来た。
特徴的な丸っこい愛らしいボディ。一目で某社の作った無人タクシーだと分かる造形だ。
男はタクシーに乗り込むと、運転手の代わりのAIに自宅までの運転を頼んだ。タクシーは夜の闇を切り裂くように走り出した。
乗客が退屈しないようにAIは会話をしてくるものだ。
「今日は突然のゲリラ豪雨で困ったことでしょう」
「ああ。傘さえ持ってきていたらこんな無駄な金を使うこともなかったのだがね」
「最近は異常気象ってやつが多いですから。天気で困った時はぜひ我が社のタクシーをご利用してください」
タクシーは夜の道を進んだ。
土砂降りのため外の景色はよく見えない。しかし、男は何か違和感を感じ始めた。
「ちょっと道を間違えてないか?」
「いいえ。この道であっています」
「だがこんな道通ったことがないぞ」
「あともう少しです。ゆっくりとしていてください」
どうやらここはどこかの山道のようだった。道はくねくねと曲がりくねり、漆黒の森が辺りを覆っていた。
やがて道はさらに細くなり、張り出した木々の枝がタクシーの側面を擦る音が車内にまで響いてきた。
「おい、車をとめろ!」
男はAIに呼びかけた。
「もう直ぐ目的地です。もう直ぐ目的地です。もう直ぐ目的地・・」
明らかな異常に男はタクシーから飛び降りる決意をした。
このAIは故障している可能性がある。そうしてドアを開けて、男は飛び降りた。
地面とぶつかった男の足はねじ曲がり痛みが走った。
ゴロゴロと地面を転がり、体が泥まみれになったところでようやく体は止まった。
痛みを堪えて立ち上がり、前方に目をやった。
タクシーはどこに行った?
タクシーの明かりはどこにもない。しかし視界の下の方で何かが明るいものがあった。
男は細い道の先を見て愕然とした。林道は途中で終わりその先は崖になっていたのだ。そして、タクシーと思われる残骸が漆黒の闇の中で煌々と炎をあげて燃えているのだった。
後日、このタクシーをハッキングしたとして犯人が逮捕された。
犯人は元タクシー運転手であり、動機は仕事を奪われた腹いせだったという。